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■夏の日の想い出・影武者(16)
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目次 8
時間索引 #
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月曜日、和夫は学校に出て行くものの、あまり調子が良くない。数学の授業で当てられるも、黒板の前で問題が解けずに窮してしまい、その問題は結局、神谷真理子が解いた。
その日の晩地震があり、その後、吾朗の家の隣で火事が起きる。和夫は夜ではあるものの、吾朗を心配して走って現場まで行く。すると現場には青紫の花模様の浴衣を着た深町も来ていた。
幸いにも火事はすぐ消し止められ、吾朗も
「参った参った。うちは無事だったから助かったよ。心配して来てくれてありがとう」
とふたりに言った。
そして翌火曜日、和夫は寝過ごして、食パンを1枚テーブルの上から取ると
「遅刻、遅刻」
と言って駆けだしていく。
《食パンをくわえて駆けていく少女》というモチーフのパロディだ。そして途中で吾朗と会い
「浅倉君も遅刻?」
などと言いながら、一緒に走って行く。交差点で信号が青になると同時に左右も見ずにふたりは飛び出すが
「危ない!」
という声が掛かった。ふたりの目の前に大型トラックが迫っていた。
「きゃー!」
という声を和夫があげるとともに、画面はブラックアウトする。
ハッと和夫がベッドの上で起き上がる所に場面は移動する。
「夢?びっくりしたー」
と和夫は言っている。時計を見ると7時半なので、普通に着替えて出て行き、朝ご飯を食べて学校に行く。
吾朗と会ったので
「昨夜は火事大変だったね」
と言うが、吾朗は
「火事?何それ?」
と言う。
深町も出てきたので、深町にも言うが
「火事なんて知らないけど」
と深町。
「芳山、お前夢でも見たのでは?」
と吾朗に言われる。
「あれ〜?だって、深町君も格好良い青紫の浴衣着てたし」
「浴衣?ぼく、そもそも浴衣を持ってないよ」
「え〜〜!?」
和夫は首をひねる。そして数学の時間に小松先生から当てられるのだが、和夫は驚く。それは昨日自分が当てられて答えに窮した問題だったのである。
和夫が黒板に出て行き、解いてみせると
「おお。凄い。良く解けたな」
と言われる。
席に戻って隣に座る神谷から
「芳山君、凄いじゃない。あれを即解けるって、最近数学よく勉強してるのね」
と言われた。
「え?だってあの問題、昨日も出たじゃん。昨日は神谷さんが解いたけど」
と和夫が言うと
「え?昨日って、昨日は日曜じゃん」
と神谷に言われ
「え?今日は火曜だよね?」
と和夫は訊く。
「今日は月曜だけど」
「え〜〜〜!?」
そして和夫はその日、月曜日の時間割に沿って授業が行われていくのを見る。その授業の内容が全て昨日聞いたものばかりであった。
放課後、和夫は吾朗と深町に「相談したいことがある」と言って呼び出し、今日1日、自分が昨日体験したことをそのままリピートしていることを話す。吾朗は「お前、頭がおかしくなったんじゃないの?病院に行ってみない?」と言うが、深町は「それっていわゆるデジャヴかも知れない」などと言って理解を示した。
「確かに世の中には時々不思議なことってあるからな」
と吾朗は語る。
「俺のばあちゃんが子供の頃、不思議なことを体験したらしい」
「どんな?」
「ばあちゃんは戦時中、お母さん、つまり俺の曾祖母さんと一緒に長崎に疎開していたんだよ。お父さん、つまり俺の曾祖父さんは赤紙で招集されて中国方面に行っていたらしい。お母さんはそれで長崎三菱造船所に勤めていた。それでその日の朝、疎開していた家の裏の崖が崩れてさ」
「あらら」
「その日は木曜日で平日だったけど、これでは仕事とか学校とかに行く段ではないといってふたりで片付けとかすることにしたらしい。その内お母さんが、何か道具を借りてくるといって親戚の家に行って、俺のばあちゃんがひとりで手で拾える程度のものを片付けていたんだけど、かなり陽が高くなってきて、たぶん10時55分頃、白い服を着た女の子が現れてさ『もし生き延びたいなら、私についてきて』と言ったんだって」
「ねえ、その日ってさ」
と和夫が訊く。
「うん。その日の11:02に長崎市は原爆が落とされて壊滅したんだよ」
と吾朗が言う。
「それでばあちゃんはその女の子に付いて行った。ふたりは町の防空壕まで行った。でもふと気づくとその女の子は居なかったんだって」
「それで助かったのか」
と深町が言う。
「うん。その直後ピカッと空が光って。びっくりして俯せになったんだけどその直後、もうこの世の終わりかと思うほどの凄まじい音と光があって。ばあちゃんは気を失っていたらしいけど、気がついてから防空壕の外を見たら、もう地獄絵図だったらしい」
「わあ・・・・」
「とても外に出る勇気が無くて、呆然としていたという。幸いにも防空壕だから、食料や水の備蓄があってそれで数日生き延びていたら、救助隊の人たちが来て発見してもらって、それでばあちゃんは生還したんだよ」
「良かった」
「でもちょうどその原爆が落とされた日、ばあちゃんのお父さんは中国戦線で戦死していたらしい」
「ありゃあ」
「だから、ばあちゃはあれは自分のお父さんが女の子の姿になって自分を助けてくれたんじゃないかって、いつも言っていたよ」
「ほんとに不思議なこともあるもんだね」
と深町は言うが
「ちょっと待って。なんでお父さんが女の子の姿になる訳?」
と和夫が疑問を提起する。
「うん。それがよく分からないけど、もしかしたら、お父さんは来世で女の子に生まれ変わったのかもと言っていた。ただその自分を導いてくれた女の子は、男の子と思えば男の子だったかも知れないという。でもやはり女の子に見えたんだよねと言っていた」
「なるほどね」
この会話を聞いて、政子はまたニヤニヤとしていた。
どうもこの映画は随所にこの手の「ファンサービス」が入っているようである。
3人は色々話し合っていたが、結局は和夫の夢が正夢になっただけなのではという話になる。
ところがその晩、本当に地震が起きる。和夫は、この後きっと火事も起きると思い「ちょっと浅倉君ちに行ってくる」と言って飛び出した。和夫が現場にたどり着いた時は、まだ何も起きていなかった。
しかしそこに火の手があがる。和夫は119番しようとスマホを取り出したのだが、その前にそこに通りかかった男性が
「火事だぁ!」
と大きな声を出し、その男性が119番した。
その後、大きな騒動になり、多数の野次馬も駆けつけてくるのだが、深町もやってくる。
「深町君、浴衣着てる!」
と和夫が言う。
「うん。実は今日お母さんがさ、いい感じの浴衣があったから買ってきたよと言って、それをさっき着たばかりだったんだよ」
と彼は言っている。
翌朝、和夫が起きたのはまだ早い時間だったが、ハッと交差点でトラックに轢かれそうになったことを思い出す。
「しまった!昨夜吾朗君に会った時、事故の話もしておくべきだった!」
と言って朝ご飯を急いで食べて家を飛び出した。
問題の交差点まで来た時、まだ吾朗は来ていなかった。それで吾朗を待つことにするが、そこに神谷がやってくる。
「芳山君、どうしたの?」
「浅倉を待っているんだよ」
「何か用事があるんだっけ?」
「いや、特に用事は無いんだけど」
「別に芳山君、浅倉君のことが好きな訳じゃ無いよね?」
「僕、男だよー。男の子を好きになる訳ないじゃん?」
「別に男同士で恋愛してもいいと思うよ。でもむしろ芳山君、女の子になりたいのかな、と思うこともあるんだけど」
「別に女の子になりたくはないよー」
「女の子になりたいというのも悪いことじゃないからね。みんなに言うのが恥ずかしかったら、私だけに打ち明けるといいよ。女装に協力するよ」
「ありがとう。でも特に必要はないから」
「ああ、普通に女装してるのか」
「してないよー」
政子はこのやりとりをニヤニヤしながら見ていた。
神谷が去ってから少しして、やっと吾朗がやってくる。遅刻しそうになって小走りのようだ。
「浅倉君!」
「芳山、どうしたの?」
「待ってた」
「なんで?まさか愛の告白とかじゃないよな?」
「そんなんじゃないよー」
「とにかく急ごう。もう遅刻しそうだぞ」
と言って吾朗は信号が青になると同時に歩きだそうとするが、それを和夫が腕をつかんで止める。
「行っちゃダメ!」
「どうしたんだよ。お前マジで俺のこと好きなの?俺男同士の恋愛って困るんだけど。お前が女になるなら考えてもいいけど」
そんなことを吾朗が言った次の瞬間大きなエンジン音と「きゃー」という悲鳴が聞こえる。ふたりのすぐそばを大型トラックが走り抜けていき、続いてどかーんという凄い音が聞こえた。
結果的に和夫と吾朗は一緒に遅刻することになったが、その件で相談がしたいと和夫は福島先生に言った。それで放課後、和夫と吾朗は福島先生の所に行き、生徒相談室で3人で話すことになった。
「そんな凄い事故だったの?」
「トラックが最初に道路脇のクッションドラムをはね飛ばして、それが当たったサラリーマンが死亡、横断歩道の主婦を轢いてこの人も死亡。そのあと洋品店に突っ込んで、お店の人が2人死亡。運転手本人も死亡だそうです。他にもけが人が10人くらい」
と吾朗は語る。
「あんたたち、よく助かったね」
「でも、実は私たちも死ぬはずだったんです」
と言って、和夫はここまでのできごとを語った。
話を聞いた福島先生は
「それはタイムリープだと思う」
と言った。
そして和夫に
「君は金曜日のその理科実験室に戻らなければならない。そうしなければこの問題を解決することはできないと思う」
と言った。
「でもどうやって戻るんです?」
「その能力はふだんは眠っていると思うんだ。しかしそこから逃げ出さなければ死ぬ!と思った時、その能力は発動するんだろうと思う」
と福島先生は言う。
ともかくも、少し考えてみよう。でも今日はもう遅いから帰りなさいと言い、福島先生は和夫と吾朗を連れて一緒に学校を出た。そして学校近くの工事現場を通りかかった時、先生が突然和夫を突き飛ばした。
「危ない!上から鉄骨が落ちてくる!」
と福島先生は叫んだ。
「きゃー!」
と和夫は叫び、場面はブラックアウトした。
アクア演じる芳山和夫はどこか知らない場所に立っていた。
「ここはどこだろう?」
と独り言のように言ってから、近くに落ちていた新聞を拾う。
「え?昭和20年8月9日??」
和夫は町を歩き回るが、眼鏡橋、オランダ坂などの名所が出る。なお眼鏡橋は画像を加工して、1982年大水害に遭う前の、古い姿に変えてある。
「ここは長崎か?」
と和夫がつぶやく。
やがて和夫は坂を登った所で崖崩れが起きた場所に到達した。崩れた家の所でひとりの少女が片付けをしている。和夫は何気なく腕時計を見た。時計に10:55という数字が見える。
和夫がハッとする。
「その日の11:02に長崎市は原爆が落とされて壊滅したんだよ」
と吾朗が語る場面がプレイバックされる。
和夫はその少女の所に駆け寄った。
「ねえ、君」
と声を掛ける。
「はい・・・どなたでしょうか?」
「防空壕はどこ?」
「えっと、そちらの道を少し行った所なんですけど」
「僕と一緒に来てくれない?」
「最近越して来た子? でも私、今忙しいからひとりで行けない?行ったら分かると思うけど」
すると和夫はその少女の手を取り
「もし生き延びたいなら、僕と一緒に来て」
と言った。
和夫の勢いに負けて、少女は一緒に防空壕への道を行く。
「あなた、まるで男の子みたいな話し方するのね。そういう子嫌いじゃないけど」
などと少女は言っている。
この場面は実際には、今回の映画の撮影をおこなった埼玉県某市近郊の田舎道で撮影している。
ふたりが防空壕にたどりつく。和夫は先に少女を中に入れ、外側から近くに置いてあった戸板を入口に立てた。
直後、和夫は空が光るのを見る。
そして画面がブラックアウトする。
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