広告:ここはグリーン・ウッド (第1巻) (白泉社文庫)
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■夏の日の想い出・影武者(11)

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それで14階のエレベータ前で青葉と待ち合わせた。一緒に12階に降りる。青葉は目を瞑って考えるようにしていたが、右手を指さす。そちらに行く。青葉は時々立ち止まっては、何かを探るようにしていたが、やがてひとつの部屋の前で泊まった。
 
そこは1256号室である。
 
「この部屋の中に居ます」
と小さな声で言う。
 
「誰か友達と一緒にいるのかな?」
と私も小さな声で答えた。
 
「ちょっと戻ってみませんか?」
「うん」
 
それで私と青葉は14階に戻り、そのまま青葉の部屋に行く。ここは青葉と友人の田中世梨奈・上野美津穂さんの3人で使っているが、2人は眠っているようである。
 
青葉は荷物の中から直径4-5cmの水晶玉を取りだした。
 
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目を瞑ってその水晶玉を撫でている。やがて青葉はニコッと笑って目を開け、紙に、ある人の名前を書いて私に渡した。
 
「この人と一緒に居ますよ」
 
私は微笑んでその紙を受け取りポケットの中に入れた。
 
「ありがとう。この人と一緒なら問題無い」
と私は言う。
 
「うまく行くといいですけどね」
「まあうまく行ったら行ったで大騒動になるけどね」
 
それで私は青葉によくよく御礼を言って部屋に戻り、安心して眠った。フードパックは冷蔵庫の中に入れておいた。
 

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翌朝、私が6時に起きると政子は私の隣ですやすやと眠っていた。起こすのも可哀相なので、目が覚めかけという雰囲気だった仁恵に声を掛けて政子のことを頼んでからひとりで朝御飯に行く。
 
食堂に和泉・花野子・青葉がいた。
 
「サウザンズ凄かったらしいね」
「何かあったの?」
 
「サウザンズは本来なら最終日の夜に登場してもおかしくない格じゃん。でもどうしても枠が足りなくて、サウザンズ、スカイヤーズ、スイートヴァニラズでじゃんけんしたらしいんだよ」
 
「へー!」
「それで負けたサウザンズが2日目に回って、スカイヤーズとスイートヴァニラズは最終日になった。その代わり2日目だから何回でも客が求める限りアンコールしていいということになったらしい」
 
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「凄い」
 
「それで樟南さんが、俺たちはアンコールの求めがある限り、無限にアンコールやるぞ!と言って、お客さんも乗って乗って」
 
「何時までやったの?」
「朝5時半」
「え〜〜〜〜!?」
 
「今日は4:44が日の出だったらしいけど、日の出の中のステージは凄く美しかったらしいよ。よし、このまま日没まで演奏するぞ!と樟南さんは叫んでいたらしいけど、主宰者側が今日の日程もあるんで、このあたりで勘弁してと言って」
 
「その間、お客さんもひたすらアンコールし続けたんだ?」
「らしい。だから昨夜19時半から10時間ライブ」
 
「もう演(や)ってる側も、聴いてる側も、精根尽き果てたのでは?」
 
「倒れられたら困るから★★レコードがお客さんにおにぎりとお茶を差し入れたらしいよ」
「それは賢明な判断かも」
 
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「それでも、終わった後、立てない客がたくさんいるみたいだから、全員退出し終わるのに2〜3時間かかったりしてね」
 
「伝説になったね」
「うん。これは凄い伝説だよ」
 

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やがて小風と梨乃も出てきたので、彼女たちの食事が終わるのを待って一緒にシャトルバスに乗り、苗場の会場に入った。またもや今日も朝一番にGステージに行く。美空は花恋が付いているということだし、政子には琴絵と仁恵が付いているから問題は無いだろう。
 
早朝であるにも関わらず、Gステージはもう半分以上人が入っていた。昨日のアクアのような入場管理はしていないので、最大4万人入れられる状態だ。フェスに来ている主たる年齢層にとってはラララグーンとか、昨日Fステージに出ていたナラシノ・エキスプレス・サービスなどは、若い頃に燃えたであろうアーティストだ。
 
ラララグーンは9時ジャストにステージに登場した。先日のビデオメッセージでは車椅子に乗っていたソウ∽は今日は松葉杖を突いてステージの階段を上ってきた。彼は用意されていた椅子に座る。
 
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大きな歓声と拍手があるが、最初にキセ∫がマイクを持って《衝撃の告白》をする。
 
「実はうちのバンドで《ソウ∽》というのは2人いた。ひとりがいつもテレビに出ていた方のソウ∽で、今回ショ÷(しょう)と改名することになった。もうひとり、このじいさんみたいに見えるソウ∽で、まるで60歳くらいに見えるけどこれでもまだ46歳だから」
 
とキセ∫が言うと
 
「え〜〜!?」
「うっそー!?」
という声が上がる。
 
「こいつ高校生時代に部活やってて、引率の先生と間違われたって奴で、若い頃から老け顔だったんだよ」
とキセ∫は言っている。会場から笑い声が多数あがる。
 
「元々ラララグーンはこの年食った方のソウ∽と俺と2人で始めたバンドで、その内ルイ≒(るいじ)とハル√(はると)が加わった」
 
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そのあたりの経緯は多くのファンが知る所である。
 
「ところがデビューする時に物凄い問題が起きた。それがソウ∽が無茶苦茶あがり症という問題で、こいつ大勢の観客を目の前にすると足が震えて手も震えて、まともに演奏できなくなるんだよ」
 
この情報はここ一週間の間にネットでかなり拡散していたので、知っている人も多いようである。
 
「それでソウ∽の甥のショ÷(しょう)を影武者に立てることになった。こいつもバンドやってたことあって、当て振りさせると、まあ様になるんだよな。それとわりとトークがうまい。元々親戚だけあって声質も似ているから、それでトークの部分だけショ÷にやらせて、実際のベースと歌は本物のソウ∽がどこか客が見えない場所で演奏することになった。だからショ÷は口パクの当て振り」
 
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「まあそれで10年くらいやってきたんだけど、さすがにここ数年はCDの売り上げも落ちてきたし、テレビとかからもあまり声が掛からなくなったし、自分たちの演奏より、若い歌手とかに楽曲を提供したり、プロデュースしたりするような仕事が増えてきた。もう解散しちゃおうかなどという話も出てきたんだけど、解散するなら、ラストアルバム作ってから解散しようという話になった」
 
「そんな時、ソウ∽が結婚を考えていた女が死んじゃったんだよ」
とキセ∫は言う。
 
この言葉に青葉がショックを受けている表情を一瞬見せた。私はそれを見て、もしかして青葉はこのラララグーンの件に関わっていたのだろうかと思った。どうもここ数ヶ月、青葉が私にことさら話せないような仕事に関わっているようだなとは思っていたのである。
 
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「そのショックでソウ∽は全く創作ができなくなってしまった。俺たちにしても事務所の社長にしても、ソウ∽の心情が痛いほど分かったから、しばらくどこか温泉にでも行って湯治でもしてこいよと勧めた。それでソウ∽はここ1年近く温泉で湯治していた」
 
「最初は1ヶ月くらいの予定だったんだけど、なかなか気持ちを切り替えられないようで。恋人紹介しようかというと『俺当面女はいいわ』と言うし『何なら可愛い男の娘でも紹介しようか』と言ったけど、『男の子にも男の娘にも興味は無い』というし『いっそお前が女装してみる?』と言ったけど、ハマったら怖いから辞めとくといって。そんなことしている内に1年近く経った」
 
「それがこないだ、こいつ、道路でツキノワグマに遭遇してびっくりして転んで骨折しちまって」
 
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というキセ∫の発言に会場からは
「きゃー」
とか
「ひぇー」
という声が出る。
 
「幸いにもそこに車が通りかかってその音に驚いたのかクマは逃げたんで、ソウ∽は助かったんだけど、骨折は全治2ヶ月くらいらしい。その通りかかった車に看護婦の卵みたいな人が乗ってて、その人の応急処置が凄く適切だったんで、軽く済んだらしい」
 
「良かったね!」
という声が会場から掛かった。
 

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「そしてふざけた話なんだが、その骨折のショックでこいつ、また曲が書けるようになったんだよ」
 
とキセ∫が言うと拍手が湧き起こる。
 
「そのついでに、俺もしかしたら人前で演奏できるかもと言い出すからさ、それでもう影武者はやめることにして、ここに連れてきた。でも、こいつ人前でも演奏できるかも知れないけど、たくさんの人を見ちゃったら足が震えるかもと言うから、こうすることにした」
 
とキセ∫は言うと、はちまきを取り出し、ソウ∽の目の所を覆うようにして巻いてしまった。会場から笑い声が起きる。
 
「まあそれで今後は年寄りソウ∽はベース&メインボーカル、若い方のショ÷はトークとタンバリン担当ということで行くことにしたから」
 
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とキセ∫が言うと、また拍手が起きた。それでショ÷が出てきて挨拶する。
 
「そういう訳で、俺、偉そうにしてたけど、ただの影武者だったのを、取り敢えずトークとタンバリンあるいは手拍子担当ということでラララグーンの正式メンバーに入れてもらったんで、頑張ります」
 
と言うと、これも拍手が起きていた。
 

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ここまでの説明で5分ほど使ってしまったのだが、それで演奏に入る。最初はその復活したソウ∽が書いた新曲からであった。
 
ソウ∽は椅子に座ったままベースを弾き、力強い声で歌う。見た目は60歳くらいでも声はまだ30歳でも通るくらいに若い。46歳ということは36歳のキセ∫より10歳年上なのだろうが、歌声だけ聞いたらむしろキセ∫より若く感じるほどである。それ故に今まで影武者がバレなかったのであろう。
 
私はこの人、日々物凄い練習をしているのではと思いながら演奏を聞いていた。
 
ラララグーンはこのあと、ショ÷とキセ∫が掛け合うようにしてトークを入れつつ、8曲を演奏して1時間のステージを終えた。最後はソウ∽も目隠しを取ってから、松葉杖を使って立ち上がり観客に手を振っていた。
 
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私たちはラララグーンの演奏が終わると、いったんパフォーマーズ・スクエアに行き、ローズ+リリーの控え室に入る。
 
まだ時刻が早いので、来ていたのは甲斐窓香だけである。彼女がお茶とクッキーを出してくれるので、それをつまみながら、青葉・和泉・小風・花野子・梨乃といったメンツで窓香も入れて7人でおしゃべりしていたら、ふらりと雨宮先生が入って来た。
 
「なんかお酒無い?」
といきなり言う。
 
「ビールでもよければ」
と窓香が言う。
「ああ、それでいいや」
と雨宮先生が言うので、窓香が冷蔵庫からヱビスビールを出してくる。
 
「おお、なかなか分かっているじゃん」
「ヱビスがお好きですか?」
「私は本当はドイツビールしか飲まないんだけどね。日本のビールでもヱビスは好きだよ」
「なるほどー」
 
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「もしかしてモルトとホップだけで作られたビールがお好きですか?」
と和泉が尋ねる。
 
「それ以外はビールじゃなくて、ビール飲料だよ。バドワイザーなんてただのジュース」
 
「え〜?バドワイザー好きなのに」
と和泉。
 
「だったら国産ならヱビスとかプレミアム・モルツとか一番搾りとか」
と花野子が訊く。
 
「プレミアム・モルツはまあまあかな。一番搾りは残念賞だな」
「厳しいですね」
 

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