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■夏の日の想い出・影武者(18)

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同時刻に新田金鯱さんも事務所で記者会見をしたが、内容的にはマリが話したのと、ほぼ同じであった。ただ彼の会見では、マリが言ったのの他にケーキの食べ比べもして、これはマリが勝ったということであった。
 
「結局、僕とマリさんはただの食べ友達ですね」
と彼は笑顔で言う。
 
「吉本宏太さんとかとも会うんですか?」
 
「ええ。僕や柔道の吉本、相撲の駿河海、プロレスの高橋、あと大食い番組に一時期よく出ていたタレントの神崎バレンちゃん。このあたりが食べ仲間なんですよ」
 
と彼は楽しそうに語る。
 
「新田さん、マリさんのこと個人的に好きではないんですか?」
と記者が聞いたが
 
「すみません。マリさんは素敵な女性だとは思いますが、僕は今恋愛をするつもりは無いです。今やっているドラマに当面は全力投球です」
 
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と彼は元野球選手らしいことばで締めくくっていた。
 
こうして今回のマリの恋愛騒動は、空振りに終わったのであった。
 

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スター発掘し隊の8月11日の放送で、三つ葉の初CD『恋のハーモニー』(ステラジオ作詞作曲)が公開された。これを手売りで3万枚売ることができたらメジャーデビュー、売れなかったら性転換ということになっている。
 
この日の放送では女性から男性への性転換手術の仕方について、実際にそういう手術を行っているH医師が出演して三つ葉の3人に説明していたが、3人とも口を押さえて「きゃー」とか「いやー!」などと悲鳴を上げていた。性転換して男になった人の性器の写真も3人にだけ見せていた。
 
「おっぱいも取っちゃうんですか?」
とシレン。
「男性はおっぱいは膨らんでないので」
とH医師。
 
「性転換しちゃったら、お嫁に行けなくなりますかね?」
などとコトリが発言する。
 
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「男はお嫁に行かんよ」
と司会者の殿山。
 
「性転換したらやはり男になるんですか?」
とヤマトが訊く。
 
「あんたが先に前もって男に性転換していたら、その後の性転換で女になるだろうけどね」
 
と昼村。
 

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手売りの1回目は8月13日に金沢、2回目は14日に福岡、3回目は20日に札幌で行われることになった。シレンが北海道の出身、コトリが長崎県、ヤマトが石川県なので、まず最初の3回は各々の出身地の近くの大都市でやろうということであった。その後は21日大阪、27日名古屋、28日東京と予定されているが3万枚に到達した所で販売会は終了する。
 
「シレンちゃんのお父さん、札幌に2000枚買いに行くと行っていたよ」
とその日マンションに来た桃香は言っていた。
 
「2000枚で120万円か。凄いなあ。でも桃香の親戚だとは知らなかった」
 
「従姪になるんだよね。私の従姉の娘。実は東京に出てきたので、色々世話を頼むと言われていて、何度かご飯食べさせに連れて行ったよ。学校の保護者面談にも親の代理ということで出て行ったし」
と桃香。
 
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「いや、近くに年の近い親戚がいると心強いよ」
 
「でもあそこ両親とも舞い上がっているっぽい」
「歌手の親って両極端だよね。舞い上がるタイプと関係無いみたいな顔してるタイプと」
 
「モーニング娘。でも初期メンバーが5日間手売りで5万枚って課された時、メンバーのお父さんが大量に買ってたよね」
と政子が言う。
 
「うん。確か大阪で中澤さんのお母さんが100枚買ったので、負けじと札幌で安倍ちゃんのお父さんが1000枚買って行ったと思う」
 
「頑張るなあ」
 
「でもシレンちゃんって難しい字を書くよね」
と政子が言うと
 
「あそこの姉弟は全員難しい」
 
と桃香は言って、シレンの姉弟の名前を書いてみせる。
 
「いちばん上が月音と書いて『だいな』、2番目が波歌で『しれん』、一番下の弟は、太陽と書いて『みとら』」
 
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「うーん。。。。」
と声を出して私は悩んでしまった。
 
「『だいな』は月の女神・ダイアナの略か」
「そうそう」
「『しれん』はシレーヌ、歌う人魚。英語読みすればサイレンだよね」
「それそれ」
「『みとら』はゾロアスター教かな」
 
「うん。ゾロアスターでもヒンドゥーでも太陽神らしいね。ミトラ教というのもあって、キリスト教の源流のひとつらしい。そもそもマイトレーヤってミトラのこと。まあ日本では弥勒菩薩だ」
 
「桃香にしてはよく知ってる」
などと政子が言うと
「青葉に習った」
と桃香は言っている。
 
「そのあたりは古代宗教のミッシングリングだからなあ」
「あの時代の宗教はお互いに複雑に影響し合っているみたいだね」
 
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「昔の将軍様にミトラっていたよね?」
と政子が言い出す。
 
「ああ。ちょっと待って」
と言って私は電子辞書で確認して言う。
 
「鎌倉4代将軍の九条頼経だね。幼名が三寅。頼朝の直系男子が実朝暗殺で居なくなってしまったので、その後継として迎えられた。頼朝の妹の曾孫にあたる人で、2代頼家の娘・竹御所と結婚する。ふたりの間に子供が生まれていれば、一応頼朝直系の血筋が女系にはなるけど続いて行っていたはずが、竹御所は最初のお産で母子共に死亡してしまうんだよ。それで直系は完全に絶えてしまった」
 
「まあ鎌倉政権って実は北条政権だから、将軍はどうでも良かったけどね」
と桃香。
 
「北条は平氏だから、結果的には源平の戦いの最終勝者は平氏だったんだよね」
と私。
 
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「ところで3万枚完売できなくて性転換ってことになったら、ご両親どうすんの?」
 
「お前が息子になったら俺の後取りになってくれとお父さんは言っているらしい。性転換の記念に六尺ふんどしをプレゼントすると言っていたって」
 
「どこまでマジなのか分からない話だ」
「千里は万一の場合は自分がお金出して友達を総動員して3万枚買ってあげるよと言っていたが、3万枚って何万円だっけ?」
「私も1万枚くらい買ってあげるよ」
「それは助かるかも」
 
「しかし千里も今年は本当に忙しそうだ。今月下旬に帰国して9月いっぱいくらいは少し時間があると言っていたが」
 
千里は今リオでバスケットの一次リーグを戦っている最中なのだが、どうも桃香はその話を聞いていないっぽい。それで私もそれについては特に言わないことにした。国内のWリーグは10月に始まるのでそれまでは少し余裕があるのだろう。私は彼女にKARIONのシングル用の曲を1曲とローズ+リリーのアルバム『やまと』用の曲を1-2曲頼んでいる。それは9月くらいまでに書くと言っていた。また年末くらいまででいいから、KARIONの次期アルバム用の曲も2-3曲お願いしている。しかしどうも桃香は千里の作曲活動のことも知らないようである。
 
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「桃香はお仕事の方は?」
「少し休職させてもらおうかなと思っているんだけどね」
「体調でも悪いの?」
「そうではないけど、ちょっと計画していることがあって」
 
桃香の「計画」の内容について私は3ヶ月ほど後に知ることになる。
 

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8月11日(祝)にアクア主演の映画『時のどこかで』が公開されたが、初日は主演のアクア、共演の黒山明・広原剛志・元原マミ・木田いなほの5人で一緒に各地の映画館を周り挨拶をしていた。この映画はアクアの人気、そして1ヶ月前からの盛んな宣伝もあって、初日動員51万人(興行成績7.2億円)という恐ろしいレコードを叩き出した。
 
「アクアは元々が歌手より俳優志向だったし、今後も歌手より俳優を主軸に活動していくことになるんでしょうね」
 
と私は週明けに★★レコードに行った時、加藤次長と話した。
 
「あれだけ歌が上手いから、惜しいんだけどね。本人は最初から俳優になりたいと言っていたし。今は年間3〜4枚のシングルを出しているけど、20歳くらい過ぎたらそちらはペース落としていくことになるかも知れないね」
 
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と加藤さんは言っていた。
 
「どっちみち声変わりが来たら、歌手としての人気はどうしても曲がり角になると思いますよ」
「まあそれは仕方ないね。去勢する訳にもいかんし」
 
と加藤さんは言っているが、本音は去勢してしまいたい所のようだ。
 
「でもこないだはステージで倒れてしまったけど、彼の負荷は周囲が考えてあげないといけないですよ」
 
「うん。今回は急に映画の企画が浮上して大変だったんだけど、コスモス君も紅川さんと共同で、この先はこんな無茶なスケジュールは組まないようにして欲しいとテレビ局側に申し入れたらしい」
 
「彼は芸能界の宝ですから。無理させて潰したらいけないです」
 

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「しかし三つ葉の方も好調なスタートで助かった」
と加藤さんは言っていた。
 
「2000枚買うと張り切っていたシレンのお父さんは空振りになりましたね」
と私は笑って言った。
 
「うん。金沢と福岡で完売しちゃったからね。相対的な価値は下がったと言っても、まだまだテレビの影響は大きいんだなというのを思い知らされたよ」
 
と加藤さんは言っている。
 
「でもシレンちゃんのお父さん、性転換する羽目になったら男になった記念に六尺ふんどしをプレゼントするとも言っていたそうですよ」
 
「あんな可愛い子が男になっちゃいけないよ」
と加藤さん。
 
「アクアもあんな可愛いのに男になっちゃいけない。女の子にしてあげてという嘆願が大量に来ているらしいですが」
 
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「アクアの場合は、男なのか女なのか微妙に曖昧なのがいいのであって、本当に女の子になっちゃったら、人気急落するだろうけどね」
 
「それは本人も別に女の子になりたい訳じゃ無いから大丈夫ですよ。まあ女装には味をしめてるし、テレビの企画とかでもどんどん女装させるだろうから、そのあたりはかまわないんですけどね」
 

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この日私はローズ+リリーのアルバム『やまと』の発売時期、次のシングルの発売時期、ローズ+リリーのツアーの時期などについて話しに来ていた。町添常務が多忙なので、佐田副社長、加藤次長、森元課長、氷川さん、およびUTPの大宮さんと打ち合わせたのだが、こちらの希望を大筋で承認してもらった。
 
会議の中で加藤次長と氷川さんの様子もさりげなく観察していたが、先日のマリの記者会見の時よりは、不自然さが減少しているようである。
 

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会議が終わってから帰ろうとしていたら、大林亮平とばったりと遭遇する。私は会釈だけしてオフィスを出ようとしたのだが
 
「あ、ちょっと」
と呼び止められたので、一緒に近くの小会議室に入る。氷川さんがお茶とケーキを持って来てくれた。大林君は甘党なので、ケーキを美味しそうに食べている。
 
「こないだ苗場で夜中に僕の部屋の前まで来たの、もしかしてケイちゃんかなと思って」
 
「起きておられたんですか?マリが夜中居なくなっていたので探していたら、あそこに辿り着きましたが、大林さんなら問題無いのでそのまま帰りましたよ。実際朝までにはマリも戻って来ていたし」
 
「いや、足音がしたので気づいて。部屋の前で止まって、でもまた遠ざかっていったから、ちょっと気になって。でもやはりケイちゃんだったのか」
 
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「マリは何も言ってなかったんですけど、凄腕の霊能者さんがたまたまうちの伴奏者の中に居たので、その人に頼んで探してもらったんですよ。それで大林さんと分かったので」
 
「その人、凄いね!」
 

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「でも新田さんとの『恋愛報道』では、ちょっと助かったと思ったんだよ」
 
と大林君は言う。
 
「あれのお陰でマリと僕が会っている所を誰かに見られて、マリちゃんが男の人と一緒だったとか噂立てられても、ああ、新田さんかあるいは誰か大食い仲間だろうと思ってもらえるし」
 
「大林さんも何度か大食い番組に出ましたね!」
「うん。Wooden Fourでファミレスのメニュー食べ尽くしとかもやった」
「あれ無茶な企画ですよね」
「全く全く。あのあと一週間は水しか飲まなかったよ」
「ひゃー」
「体重戻すのに1ヶ月かかったし」
「お疲れ様です」
 

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