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■夏の日の想い出・影武者(14)
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目次 8
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歌いながらそんなことを考えている内に曲は最後までたどり着く。最後は踊っていた凛子とビビが私とマリに抱きつくようにした。そして青葉たちも一緒に肩を組んで一列になり、凛子が号令を掛けて!一緒にお辞儀をした。
観客は大きな拍手をした後、私たちが退場する前から、もうアンコールの拍手を始める。すると進行係の人が場内アナウンス用のマイクを使って
「あと1曲歌ってもいいですよ」
と言った。
時間節約のためであろう。
鷹野さんと月丘さんがYAMAHAの高級電子ピアノCP1(サマーガールズ出版の備品で普段は風花の執務室に置いている。今日は月丘さんが主として弾いていた)をスタンドごとステージ前方に運んで来た。近藤さんが椅子を持って来て置く。そしてスターキッズも今踊っていた人たちも手を振ってステージから降りていく。私はそのCP1の前に座り、マリは私の左側(客席から見たら右側)に立つ。
ミードドミ、ミードドミ、ファソファミ・レ・ミ
というブラームスのワルツのモチーフを私が弾き始めると大きな拍手がある。
『あの夏の日』を歌う。
観客はこの曲は手拍子を打たずに静かに聴いていてくれる。
私とマリは思えば幼稚園の頃から何度もあちこちで遭遇していた。それが高校の書道部でお互いを認識する形で再度出会い、高校1年のキャンプで私たちは親友になった。
これはふたりが初めて共同制作した歌である。
一応歌詞はマリ、曲はケイが書いたものではあっても、実際にはお互い共有したイメージの塊のようなものから、私とマリが分担して彫り出したような曲である。
この歌をライブで歌う度、私は原点に戻る気持ちになれる。
そうだ。新しいアルバム『やまと』は原点に戻るような音作りをしたい。
私はその時、そう思ったのであった。
私の指が最後の和音を弾く。私とマリの声がハーモニーを響かせる。
長い音符を歌ってディミニュエンドしていき、やがてピアノの音と私たちの声が同時に消え、一瞬の静寂が訪れる。
そして次の瞬間、突然の大きな拍手が沸き起こる。
私は椅子から立ち上がり、キーボードの前に回る。マリも付いてきて私の後ろを通過して私の左手に来る。
ふたりで手をつないで一緒にお辞儀をし、今年の苗場でのパフォーマンスは終了した。
最後まで見たい人とすぐ帰って休みたい人、更には今夜は会場で徹夜したい人もあるので、一応夜1時!からホテルで打ち上げをすることにした。休みたい人はホテルでお弁当とお茶あるいはお酒を渡すことにして解散する。ゆまとビビが徹夜で最後までイベントを見ると言っていた。
近藤さんなどは
「疲れたから即帰るけど、仮眠してから打ち上げには出るから」
などと言っていた。七星さんが
「私は起こさないから、打ち上げに出るなら自分で起きてね」
などと言っていた。
私は政子、青葉、七星さんに加え、この演奏を楽屋で聴いていた美空、小風、花野子・梨乃、と8人でその後のGステージ、Dream Waves(日本)と今年のヘッドライナー、ジャムジャム・クーン(アメリカ)の演奏を見た。
「Dream Waves、以前見た時より凄く進化してた」
と小風が言う。
「うん。日本人アーティストのトリを取るだけのことあると思った」
と梨乃も言う。
「あそこは★★レコード時代はいまいちだったけど、メジャーと手を切ってインディーズに行ってから良くなったと思う」
と花野子。
「自分たちで好きなように制作できるようになったからかもね。私もインディーズになってからのアルバムの方ができがいいと思うよ。低予算だったのに」
と私は言う。
「うん。本来なら経験豊かなレコード会社のA&Rが、品質を上げたりあるいはよく売れるようにアーティストを導いていかないといけないんだけど、実際には、そういうセンスのいいA&Rって、多くないんだよ。単に威張っている人と、思いつきで口を出してアーティストに混乱をもたらす人がとにかく多い」
と小風。
「★★レコード時代は誰が担当してたんだっけ?」
「**さん」
「あぁ・・・・」
「例のワンティスの名義偽装問題に関わっていた人か」
「私も集団アイドル時代に関わったことあるけど、悪い意味でサラリーマン的な人だったね」
などと小風は言っている。
「私も何人かのアーティストの音源制作で関わったけど、日和見で、言うことがコロコロ変わるから、何度も何度も無意味なやり直しをさせられた」
と七星さんも厳しい。
「まあローズ+リリーは秋月さん、氷川さんと良い担当さんに当たってるよ」
と私が言うと
「KARIONはさぁ」
と小風が言い出すので
「こーちゃん、その先は言っちゃダメ」
と私が釘を刺した。
「はーい」
と小風は気の無い返事をした。
ジャムジャム・クーンは昨年はラストひとつ前だったのだが、今年はこのフェスの最後を飾ることになった。演奏自体は昨年聴いた時も凄いと思ったが、今年は更にパワーアップした感じであった。
「ドラムスが昨年と変わったよね?」
「うん。去年は白人の人だったけど今年は黒人さんだよ」
「このドラマーさんは以前、ショートノーズに居た人だよ」
「あぁ!」
「ショートノーズは今年も来てたよね?」
「昨日のFステージに出てたよ。ショートノーズはドラマーとギターが何度も交代してるんだよね。現在は名前の権利関係で揉めてショートノーズ・ロングデッキと名乗っている」
「日本にもショートノーズってバンドがいたよね?」
「いや、あれはロングノーズ」
「あ、そうだったっけ!?」
「ロングノーズって天狗様か何か?」
と政子が訊く。
「スポーツカーとかの、車の前が長い形」
「へー」
「パワフルなスポーツカーはロングノーズ・ショートデッキといって前が長くて、後ろが短いのが特徴だった。ショートノーズは自虐的にパワーが無い車という意味なんだよ」
「なるほどー」
「日本のロングノーズはLong Nose 長い鼻という言葉に引っかけて、Wrong Knows 間違って知っていると綴っていた」
「やはり自虐的なんだ?」
「後ろ向きの命名ってわりとありがち。運気を落としていると思うけどね」
「そしてその日本のロングノーズの最後のマネージャーが∴∴ミュージックの畠山社長だよ。元々∴∴ミュージックはロングノーズのメンバーだった前川優作さんの個人事務所として設立された会社」
と私が青葉や政子に説明するように言うと
「え〜〜!?知らなかった」
と小風が言ったので、七星さんが呆れたような顔をしていた。
ローズ+リリーのライブに出演したのはレッドインバルスのメンバーを除けば33人で、関係者としてこれに風花・夢美・響美・窓香・琴絵・仁恵、そして氷川さんを入れて40人だったのだが、ビビ・ゆまに結局凛子、それに苗場大好きの風帆叔母もイベントを明け方まで見ると言い、ヴァイオリン奏者の人たちや管楽器奏者さん、またオルガンの山森さんは先に休んだということだったし、現役高校生の七美花と日高・久本も乾杯だけで寝るように言ったので、打ち上げ参加者は22人になるところを、KARIONとゴールデンシックスのメンツ8人、KARIONのマネージャー花恋、ゴールデンシックスのマネージャー菱沼さん、更に帰ろうとしていた加藤次長まで「まあまあ」といって連れてきたので、結局参加者は33人である。
私が音頭を取って乾杯した後、(高校生たちを退出させてから)自由に食べて飲んでということになる。
政子が菱沼さんに寄って行く。
「菱沼さん、菱沼さん」
「お世話になっております、マリさん」
「菱沼さんって、丸山アイちゃんも担当してますでしょ?」
「専任担当は五田で、私は総括担当ですけどね。ゴールデンシックスが忙しいから、アイちゃんまで手が回らないんですよ」
「あの子売れてるもんね〜。ところでアイちゃんって、実際は女の子なんですか?男の子なんですか?」
「丸山アイというキャラクターは女の子ですよ」
と菱沼さんは言う。
「で、本人の性別は?」
「さあ、そのあたりは個人情報なので」
「じゃ、アイちゃんはトイレはどちら使うんですか?」
「女の子である以上、女子トイレですよ」
「うむむ。では高倉竜さんは?」
「さあ。私は高倉竜の担当では無いので」
「じゃ、アイちゃんは温泉とかはどちらに入るんですか?」
政子があまり絡んで菱沼さんが困っているようだったので
「マリ、いいかげんにしなさい」
と言って、私は政子を菱沼さんから引きはがしてきた。
「話が核心に入るところだったのに」
と政子は不平を言っている。
それで諦めるかと思ったら、今度は政子は青葉の所に行く。
「ね、ね、青葉、昨日フェイちゃんと会ったんだって?」
「ええ。アクアが倒れたのを次の出番のあの人が心配してお見舞いしてくれたんですよ」
と青葉は答える。
「フェイちゃんって男の子だった?女の子だった?」
と政子は訊くが青葉は腕を組んで悩んでいる。
「間近で見ても分かりませんでした」
と青葉。
「青葉にも分からないことあるんだ!」
と言ってから、
「でもチャクラの回転の向きを見たら分かるんじゃないの?」
と言う。
男女でチャクラの回転方向が逆になるというのは過去に青葉から聞いたことがある。
「それが分からなかったんですよ」
「回転はしてたの?」
「してますよ」
「でも向きが分からないことってあるの?」
「プロペラが高速回転している所を見るとですね。残像の関係で右回転に見えたり、左回転に見えたりすることってあるでしょう?」
「ああ、あれ不思議だよね」
「フェイさんのチャクラって、そんな感じに似ているんです。どちらに回っているのか分かりませんでした」
「フェイのチャクラってそんなに高速回転してるんだ?」
「ビジネスセンスの高い人とかスポーツマンとかには時々います。芸術家の場合はむしろ普通の人より遅い人が多いです。フェイさんって、その内、優秀なミュージック・プロデューサーになるかも知れませんね」
と青葉は言った。
「やはり裸にしてみるしかないのかなあ」
と政子は言うが、近くで話を聞いていた花野子は
「マリちゃん、裸にしても性別が分からない人を間近に見てきたのでは?」
と突っ込むと。
「う・・・・・」
と声を出していた。
「千里は女湯にしか入ったこと無いと言ってましたけど、たぶんケイさんもじゃないかな」
と花野子。
「うーん。小学校にあがった後は女湯にしか入ってないよ」
と私が答えると
「小学校にあがる前は?」
と政子は訊く。
「覚えてないけど、男湯に入った記憶は存在しない」
「なるほどねー」
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