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■春金(14)
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雨宮先生に電話する。
「この子凄いですね」
「でしょ?フルートも上手いから、フルートの吹き語りでデビューさせようかと思ってる」
「いいんじゃないですか?」
「マジで?」
と向こうが驚いている。
「ただこの子、アクアと競合する可能性ありますよね?」
「大丈夫だと思うけど。この子は男の娘だけど、アクアは女の子だし」
「女の子になっちゃったんでしたっけ?」
「20歳までには性転換手術受けさせるから、もう女の子扱いでいい」
また無茶言ってるし。
「もういい加減、あの子も男の娘は卒業よ。立派な女にしてあげよう」
「男の娘卒業って、男に戻るんじゃなくて、女にしちゃうんですか?」
「だって男らしいアクアとか全く考えられないし、そんなの需要無いし」
「確かに」
「だからちょっと手術受けてもらって、男の娘は廃業してもらおう」
「本人、絶対同意しないと思いますが」
「ちょっとちんちん切るだけじゃん」
「雨宮先生もそろそろちんちん切りますか?」
「それ絶対嫌」
しかしセシルちゃんこそ、既に男の子を廃業しているみたいだけど!?きっと親切すぎる誰かさんのせいで。
青葉は言った。
「セシルちゃんには大宮万葉以外の名前を使いたいです」
「だったら、氷川百葉」
「あからさますぎる変名ですね」
(“大宮”という地名は、そこに氷川神社があることから付いた名前)
青葉たちは翌日午前中に、羽田からG450に乗り、能登空港に移動した。
神谷内さんはパイロットの山村さんに
「無料でいいとは言われたけど、せめてもの御礼に」
と言って、金沢名物・フグ卵巣の糠漬けと、地酒「菊姫」を渡していた。
「わぁ、フグの卵巣は150年ぶりだ!」
などと言って喜んでいたので、青葉は面白い冗談を言う人だと思った。
(青葉は山村が人間ではないことにいまだに気付いていない。明恵さえこの3日間、彼の操縦する飛行機に乗っていて「この人、どうも人間じゃなくて龍みたい」と察していた!)
能登空港に駐めていた車(能登空港に来る時に使用したテレビ局のプリウス)に乗って金沢に帰還する。
実際には能登空港から、能越道を走り高岡で青葉を降ろし、8号線を西行してX町で真珠をおろし、金沢市内のS町で明恵、W町で幸花を降ろして、最後は神谷内さんひとりでテレビ局に戻った。
9月19日(土)、秋の連休の初日、香沙の通う中学で、文化祭が行われ、香沙は英語部で演じられる英語劇『Sleeping Beauty』(眠り姫)に友情出演し、姫に呪いを掛ける魔法使い Carabosse (カラボス) を演じることになっていた。
香沙たちは最後の練習をしていた。姫の誕生会の場面である。
王は7人の魔法使いを誕生会に招いていたのだが、実は招待漏れがあった。それがカラボスである。カラボスはもう50年以上、誰も姿を見ていなかったし、もし生きていたら100歳以上になるはずなので、既に死んでいると思い込んでいたのである。
慌てて王はカラボスに席を用意する。しかし急だったので、他の7人の魔法使いの食器(皿・スプーン・ナイフ・フォーク)は黄金なのに、カラボスのだけ銀であった。王から各魔法使いへのプレゼントも、他の魔法使いには、ダイヤモンドのペンダントで黄金のチェーンが付いていたが、大臣がカラボスに渡そうとしたのは、トパーズのペンダントで銀のチェーンであった。しかし "fountain" (泉)の魔法使いが気付いて、自分がもらったものと交換したので、カラボスにはちゃんと黄金とダイヤのペンダントが渡された。カラボスは泉の魔法使いを一瞥したものの、おとなしくその贈りものを受けとった。
料理も食べて「Hmm, Delicious」と言っている。それでカラボスも少し落ち着いたかと多くの人が思ったのだが、カラボスはまだ怒っていると感じた Lilac (リラ)という名の魔法使いはそっと席を立ち、カーテンの影に隠れた。
魔法使いたちが、姫にプレゼントを贈る。
"The Princess shall be the most beautiful woman in the world."
"The Princess shall have a temper as sweet as an angel."
"The Princess shall have a wonderful grace in all she does or says."
"The Princess shall sing like a nightingale."
"The Princess shall dance like a flower in the wind."
"The Princess shall play such music as was never heard on earth."
全員プレゼントを贈ったと思い込んだ Carabosse がおもむろに言った。
"When the princess is seventeen years old, she shall prick her finger with a spindle, and SHE SHALL DIE!"
それで Carabosse は大笑いして城を去ってしまった。人々には悲嘆の声をあげる者、泣く者などもあった。そこにカーテンの影に隠れていた、Lilacが出て来て言う。
"Do not grieve. King and Queen, Your princess shall not die. I cannot undo what my elder sister has said, but I can weaken it; the princess shall indeed prick her finger with the spindle, but she SHALL NOT DIE. She shall fall into sleep that will last a hundred years. At the end of that time, a marverous prince will find her and awaken her with his kiss."
直前の練習が終わった所で、本番衣装に着替えてくださいと言われ、全員衣装を渡される。英語劇は、"Alibaba and Fourteen Rubbers"(アリババと14人の盗賊)、"The Tale of the Bamboo Cutter"(竹取物語)と3年サイクルで上演しており、衣装も3年前のものを使い回しする(サイズが合わなかったり破損したりでたまに新調される衣装もある)。
カラボス役の香沙は黒い衣装を渡された。着替えは部室の中央に移動黒板を置いて男女別に着替える。むろん香沙は男子のほうで着替える。学生服・ズボンを脱いで衣装を着ようとして戸惑う。
「これ女の衣装みたいなんだけど」
「そりゃ、カラボスは女だから」
と部長さん。
「え?だってカラボスって魔法使いなんでしょ?魔法使いって男じゃないんですか?女なら魔女ですよね?」
すると3年生の部長さんは言った。
「あ、それわりとある誤解。魔法使い wizard と魔女 witch は全く別物」
「そうなんですか〜〜!?」
「流派の違いみたいなものだよ。たとえるなら、フェンシングと剣道の違い。だから、wizardに男もいれば女もいるし、witchにも男もいれば女もいる」
「witchを魔女と訳したのは誤訳だよね〜」
と別の3年生も言う。
「中世の魔女狩りでも、女だけでなく男も随分濡れ衣を着せられて殺されてるし」
「じゃ、僕、もしかして女役?」
「そうだけど」
今更断れないし、それで香沙は黒いドレスを着たのだが、いきなり転ぶ。
「ああ、スカート穿いたことない人は転ぶよね」
と言う2年生男子は、花の魔法使いの役だが、赤いドレスの衣装で普通に歩いている。
「スカートで歩く時はね、膝より下だけを動かして歩かないといけないんだよ」
「青野君、普通に歩いてるね」
「普段からそれで歩いてるし」
「スカート普段でも穿くの?」
「最近は、男子でもスカート穿くの、わりと流行ってるよ」
「そうなの!?」
そういう訳で、香沙はこの日、女装初体験をしたのであった!
「明日もよろしくね」
「あ、うん」
文化祭は明日もあるのである。
「スカートでだいぶ転んでたし、練習用にその衣装、持ち帰って練習する?」
「いや、いい!」
でも香沙は、結局練習用に普通のスカートを渡された!
そして自宅の自分の部屋で、鍵を掛けた上で、スカートを穿いて歩く練習をしていたのだが、鍵がちゃんと掛かっていなかったようで、姉にドアを開けられてしまう。
「香沙、ちょっと手伝ってくれない?って、あんたスカート穿いてるんだ?」
「英語劇の練習なんだよぉ」
「ああ、やはり女に目覚めたのかな?女らしくなれるように女性ホルモンの注射をしてあげようか?」
「嫌だ」
「でも練習なら、今日はずっとスカートで過ごしなよ。劇の練習だといえば、お母ちゃんも別に変には思わないよ」
「まー姉ちゃんみたいに、無断で女にする手術されちゃったりしないよね?」
「あれはジョークだよ」
「やはりそうなの?」
「本人が女の子になりたいというから、手術受けさせてあげただけだよ。性別を変える手術は今は保険が利くから安く済むんだよ」
「そうだったのか。僕は手術されたくないからね」
「分かってる、分かってる。でも、ちんちん取らないにしても、おっぱいだけでも欲しくない?」
香沙は一瞬考えてしまったが言った。
「要らない!」
それで香沙はこの日ずっとスカートを穿いていたが、母も恵真も特に何も言わなかった(「劇の練習」ということさえ言ってないのに)。でもおかげで、スカートで歩いても転ばなくはなった。そして翌日のステージでは転ばずに演技ができた。しかし香沙は呟いた。
「これ癖になっちゃったらどうしよう?」
『北陸霊界探訪』のレギュラー放送は9月25日深夜に行われ“脇道から飛び出してくるワゴン車”事件を取り上げて大きな反響があったのだが、その1週間前の9月18日に『緊急特番・北陸あ!くまっ!探訪』という番組を放送した。
最初に今年は熊の目撃情報がひじょうに多いという報道に始まり、山岳会の方や金沢市の森林課の人に、熊と遭遇しないようにするための注意点、万一遭遇した場合の対処法などを解説してもらう。
そしてここで“謎の巨大熊”に関する噂について取材した内容を放送する。
それから大学の先生に、熊の分類について話してもらう。ストレートに“巨大熊”について尋ねると、先生は「ペットとして飼っていたものを面倒見きれなくなって、山野に放した可能性がある」とし、本当に3mくらいの熊がいるなら、ヒグマの一種(エゾヒグマやグリズリーなど)ではないかと言った。特に目撃者が「体毛は黒かった」と言っていることから、グリズリーの可能性があると先生は言っていた。
ここで番組は一転して、テディベアの逸話、くまのプーさんの話などが紹介される。それでテディベア・プーさんは、凶暴なグリズリーではなく、日本のツキノワグマと性質が似ている、おとなしいアメリカグマであることが解説された。また動物園の人の話も入れて、ツキノワグマは元々温和で臆病な性格であること、人間を捕食することは、めったにないことも解説された。
その上で、人間が襲われるケースとして、子熊に不用意に近づいて母熊が子熊を守るために戦おうとするケース、何かで熊を刺激してしまったケース、背中を向けて逃げるケースなどが、明恵・真珠と、熊の着ぐるみ(中身は吉田!)で撮影したものを流した。実はこの寸劇の部分がいちばん好評だった!
幸花は寸劇の解説者として登場。クマと遭遇した場合の対処として3点あげる。
・悲鳴をあげたり、背中を見せて逃げるのはNG。木に登ったり死んだふりは無効。
・笑顔で敵意が無いことを示し、後ずさりでゆっくり距離をあける。
・クマが近づいて来ても多くの場合は数メートル手前で停まり地面を叩いたりする。これは襲おうとしているのではなく、威嚇しているだけなので慌てない。
また、クマに遭遇しない対策として3点あげる
・クマは薄明性なので、クマの活動が活発になる早朝・夕方はできるだけ山道を歩かない。
・鈴などを携行し、人が近づいてくるのをクマに報せる。
・生ゴミなどを屋外に放置しない。果実はできるだけ早く摘み取る。
また他の注意点として下記をあげた。
・キャンプやバーベキューをした場合、確実に残飯を持ち帰る。クマに人間の食べ物の味を覚えさせたら危険。
・子熊がいたら確実に近くに母熊がいる。絶対に近寄ってはいけない。
更に北海道に行って、動物園のヒグマを撮影してきた映像も流す。真珠たちが「かっこいい!」などと声をあげているシーンが映る。スタッフさんの声なども紹介する。
そして最後に金沢ドイルが登場して解説する。ドイルは熊について2つの認識が必要だと視聴者に訴えた。
(1)クマは基本的には臆病な動物である。積極的に人を襲うことはない。
(2)クマは猛獣であり、愛玩動物の感覚で考えてはいけない。
その上で、ドイルは“巨大熊”について3つの可能性があると述べた。
(1) ツキノワグマの特に大きなものの見間違い。
(2) ヒグマ(ペットとして飼われていたものの“捨て熊”かも)
(3) 熊のお化け
それで事実を究明するため、“巨大熊110番”を設置するとして、スマホの番号を紹介した。この番号は『北陸霊界探訪』のホームページにも掲載する。
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