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■春金(5)

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(C)Eriko Kawaguchi 2020-12-20
 
「空手で熊を倒したのって、大山倍達(おおやまばいたつ)さんだったっけ?」
 
と、唐突に青山は、ドライブ中に運転している藤尾に尋ねた。彼女は元サッカー選手だが、よくプロレスの話などもしているので格闘技にも詳しそうである。
 
「それは2つの誤解がある」
と彼女は言った。
 
「まず読み方が違う。あの人の名前は“おおやま・ますたつ”と読む。“ばいたつ”というのはよくある誤読」
「そうだったんだ!」
 
「そして大山倍達(おおやまますたつ)が倒したのは牛であって、熊ではない。だから“牛殺し”の異名があるんだよ」
 
「牛だったのか!」
「人間に素手で熊は倒せないと思うよ」
と藤尾は言った。
 
「やはり無理?」
「パワーが違いすぎるもん」
「そっかー」
 
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「でもテレビの企画で熊と格闘した男がいる」
「テレビの企画〜?それ命に別状は無かったの?」
「戦ったのは、大山の弟子で、ウィリー・ウィリアムスという外人選手」
「ひぇー、気の毒」
 
「熊を放した後みんな逃げるから自分も逃げたくなったと後日言ってた。実際にはほとんど勝負になってなかったらしい。熊はじゃれてるだけ。たぶん余興の遊び程度に思ってたんじゃないかね、向こうは。それに元々飼い慣らされていた熊で、性格もおとなしい奴だったみたいだよ」
 
「うーん」
 
そんなことを話していた時、車の前方、道ばたに何か黒い物体が立っていた。
 
「・・・・・」
「・・・・・」
 
藤尾が運転する車は、そのそばを通り抜けていった。
 
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「熊?」
「熊だと思った。ツキノワグマ」
「通報する?」
「した方がいい。車は止めないからだいたいの位置をカーナビから読み取って通報して」
 
「車を止めるのはやばいよね!」
 

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「やはりヒグマは美味しいなあ。やみつきになりそう」
と天津子はつぶやきながら、焚き火で焼いた熊肉を食べていた。
 
天津子は少し仕事の手が空いたので「半月くらい山に籠もってる」と助手の山咲(元ヤクザ)に告げて山に入り、山駆けしたり滝行したりしていた。そして昨日の夕方、バッタリとヒグマに遭遇した。できたら平和にお引き取り願いたかったし、天津子も笑顔でゆっくりと後ずさりで距離を空けようとした。
 
しかしヒグマは勢いよくこちらに走って来て、天津子に飛びかかろうとした。数メートル前で停まって地面を叩くなどの威嚇行動も無しで、こちらを捕食しようとしていると認識せざるを得なかった。
 
それでやむを得ず、そのヒグマに“気の塊”をぶつけ、倒したのである。倒した以上、その死を無駄にしてはいけないので、即血抜きをしてナイフで解体。今そのお肉を味わっている所である。向こうは天津子を晩御飯にしたかったのかも知れないが、逆に熊のほうが、天津子の晩御飯となってしまった。
 
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天津子がヒグマを倒したのはこれが4回目である。そういえば初めてヒグマを倒した時に、山咲たちに会ったんだったなあ、と天津子は回想していた。
 
彼らは親分の引退に伴い組が解散したのを機に足を洗ってカタギになった。若頭をしていた高原(彼自身は新たな組を設立した)に頼まれ、山咲たちのグループは、天津子が知り合いの建設業者さんに紹介してやり、建物解体や樹木伐採・植林などの仕事に従事している。みんな真面目に働いている。
 
山咲は特に天津子に惚れ込んで、弟子にしてくださいと言ったので助手にした。運転したり荷物を運んだり、時にはクライアントのボディガードをしたりなどの仕事をしている。天津子の“娘分”織羽がとても山咲に懐いている。織羽は人の心を見通す力があるので、山咲の心が純粋なことを見抜いているのだろうと天津子は思っている。
 
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山上はかなり涼しいものの、夏なので冬と違って雪の中にお肉を保存するようなことができない。といって天津子1人で数日で食べきれるものでもない。それで山咲に連絡して数人の弟分と一緒に保冷庫を持ってきてもらい、一部を残して里に持ち帰ってもらうつもりである。たぶん山咲たちは今日の夕方くらいにはこの付近の山道まで到着するだろう。もっとも夕方は熊の活動が盛んになる。あいつら、熊に遭遇しなきゃいいけどね、と天津子は考えていた。
 

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「胸がぶつかる」
と恵真は言った。
 
「何何?」
と姉が訊く。
 
「冷房の冷気をあまり逃がさないように、部屋の出入りする時に、ドアを細く開けて出入りするじゃん」
 
「うん」
 
「その時、開ける広さの目測を誤って、通り抜ける時に胸がぶつかって痛いのよね」
 
「ああ、その目測は難しい」
と姉が言ったが、母は
 
「私はお腹がぶつかるなあ」
などと言う。
 
「お母ちゃんは、おやつ減らした方がいいと思うよ」
と姉は言った。
 
「香沙はちんちんがぶつかったりしない?」
と姉は尋ねたが
 
「女には教えない」
と弟は答えた。
 

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その日桃香は、早月・由美と遊んでいたのだが、唐突に歌を歌い出した。
 
「たんたん、たぬきの金時計、風も無いのに、ぶーらぶら」
「そーれを見ていた子だぬきは、ぼーくも欲しいと呟いた」
 
朋子が
「教育に悪い」
と渋い顔をする。
 
「性教育だよ」
などと桃香は言っている。
 
さっきまでは「げんこつ山のたぬきさん」を歌っていたのだが。たぬき繋がり?
 
「でも、なんで子だぬきは“ぼくも欲しい”というのかな?メスなのかな?」
 
などと桃香が言うと、青葉が笑って答える。
 
「それ、先日、上島先生から聞いた話だと、ひょっとすると、金玉の方が替え歌で金時計が元歌かもという話」
 
「ほぉ」
 
「だいたいタヌキの睾丸はとっても小さくて、揺れるほどもない」
「でもタヌキの金玉、八畳敷きとか言うぞ?」
 
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「あれも由来がよく分からないよね。信楽焼のタヌキの睾丸が強調して作られているから、そのあたりから来たのか。あるいは、金箔を薄く延ばすのにタヌキの皮をかぶせた木槌を使っていたからという説もある」
 
「やはり金(きん)なんだ!」
 
「金時計(*2)なら、普通に風が無くても揺れるでしょ?」
「確かにそうだ。でもそれを羨ましがるんだっけ?」
 
「昔は大学の首席卒業生に金時計とか銀時計を授与していたんだよ」
「へー!」
 
「だから、金時計を持っているということは、優秀さの象徴だったんだね。それで羨ましがられたんだと思う」
 
「そういえば夏目漱石の『坊ちゃん』で赤シャツが金時計を持ってたっけ?(*2)」
「そうそう。優秀な先生だったんだと思うよ」
「教頭まで出世したんだから、本来はいい先生なんだろうな」
「だと思う」
 
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(*2)金時計とは、金メッキあるいは金張りの懐中時計のこと。懐中時計とは小型の時計で、チェーンが付いていて、ポケットに入れておき、時刻を見る時はポケットから取り出して見るものである。揺れるのは、そのチェーンが付いているため。チェーンは真鍮の金メッキかもしれないが、18金を使っていたら超豪華。坊ちゃんでは赤シャツの金時計に対して、山嵐は銀色のニッケル時計を使用していた。懐中時計は、腕時計の普及によりあまり使用されなくなった。
 

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「ところでこの歌のメロディーは何かの替え歌?」
「上島先生によるとたぶん『タバコやの娘』という曲だって」
と言いながら、青葉はスマホで検索してみた。
 
「あ、これだ。薗ひさし作詞・鈴木静一作曲で、岸井明・平井英子のデュエット。1937年発売」
 
と言って青葉がyoutubeの動画を再生すると
 
「ああ、この曲だ!」
と桃香は嬉しそうに言った。
 
煙草屋の娘→ https://youtu.be/TdAr5nECe44
 
(薗ひさしは実は作曲者・鈴木静一の別名である。鈴木静一は多数の映画音楽を手がけたことで知られる。「姿三四郎」「雪之丞変化」「大菩薩峠」など。なお、この歌を歌った平井英子は後に作曲者の鈴木静一と結婚し歌手を引退した)
 
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恵真は学校が始まってからは元の週1回のセッションに戻すことになった。毎週土曜か日曜に仮名Aさん(実はいまだに本名あるいは芸名を聞いていない!が母は知っているようだからいいのだろう)と待ち合わせて、たいていAさんの自宅で歌とフルートの練習をし、その後、どこかで写真撮影をする。
 
ただ、8月29日(土)は変則的になり、早朝からAさんがフェラーリで迎えに来てくれて、千葉県内の植物園に行った。そこを開園時間前に、撮影に使わせてもらえることになったらしい。それで朝7時から9時までの2時間、色々なお花畑の前で撮影をした。
 
その日は写真撮影の後で、千葉市内のAさんの友人の家という所にお邪魔して、そこで歌とフルートの練習をした。そこも広い家で、ヤマハ製のグランドピアノが置かれた防音の音楽練習室があった。きっとミュージシャン仲間の人なのだろうと恵真は思った。
 
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「歌もフルートもだいぶうまくなってきた。いっそフルートの吹き語りで歌う歌手とかで売り出す?」
 
「それ無茶です」
 
「誰もやったことのない試みだから」
「口が2つ無いと無理ですね」
「鼻でフルート吹きながら口で歌うとかは?」
「もう曲芸の世界ですね。クラリネットを1人で2本同時に吹いているのは動画サイトで見たことありまずけど」
 
「ああ、それは昔からわりと路上ミュージシャンとかでやる人がいた。肺活量さえあればできる。アルトサックスとソプラノサックスを同時に吹く人も見たことある」
 
「でも歌うのは無理でしょ」
「やってみなきゃ分からない」
「それを練習しろと?」
「いや。普通の演奏の練習をしたほうがマシ」
「でしょうね」
 
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「でもあんた最近、私に口答えするようになってきたね」
「Aさんがあまりに無茶なこと言うからです」
「どうしてだろう?私の弟子はみんな私にタメ口になる」
「何となく分かります。アナさん・オナさんとの会話を聞いていても、どちらが先生なのか分からない」
 
「そして私の弟子はみんな、自分は私の弟子ではないと言うのよね」
「それも納得ですね」
 

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その日は昼前にセッションが終わったので、新宿に寄って帰ろうと思い、新宿で降ろしてもらった。なお帰りは「電車は使わず、この番号に掛けてドライバーを呼び出して」と言われた。
 
恵真は♪♪ハウスと契約したことで、同事務所のタレント扱いになったが、同事務所ではコロナが落ち着くまで、原則として公共交通機関の使用を禁止しているらしい。その代り、多数の付き人(厳しい健康管理がなされている)がタレントさんたちのドライバーを務めている。
 
それで移動は、家族またはそれに準じる人の車に同乗するか、付き人さんを呼び出してということだったのである。
 
ブックファーストに寄り、少し数学の問題集などを見てみた。また、姉から
「あんた英検の3級は通ると思うから取っておきなさいよ」
と言われていたので、英検の教本も選んだ。
 
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その後、漫画本を物色して2冊買い、タレント本コーナーに行ってみた。
 
話題になっていた、アクアの写真集“カナダの休日”を見てみようと思ったのである。多数平積みされている。ビニール袋に入っており立見はできないので、買ってもいいかなと思い、それも籠に入れてレジに並んだ。
 
先日映画出演でもらったギャラがまだたくさん残っているので、恵真は今懐が温かい(母に渡そうとしたが「自分でもってなさい」と言われたので、2万円だけ貯金して、それ以外を自分の常用口座に入れている)。
 

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書店を出た所で言われた番号に電話する。
 
「はい。§§コールセンターです」
「済みません。私、先日♪♪ハウスと契約したばかりの、羽鳥セシルと申しますが」
「はい、お疲れ様です」
「あの、新宿から**市までの移動とかお願い出来ますか?私用なんですけど」
「もちろんですよ。新宿のどこにおられます?」
 
それで恵真は、先方に今居る場所、服装や特徴などを告げた。
 
10分ほどの後、日産のエンブレムを付けた黄色い車が停まり運転手さんが降りてきて
「羽鳥さんですか?」
と尋ねる。
「はい、そうです」
「ドライバーチームの森下です。どうぞ乗ってください」
と言って、首から下げている身分証明書を見せてくれる。後部座席のドアを開けてくれたので
 
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「ありがとうございます」
 
と言って恵真も事務所からもらった“契約者証”を見せて、車に乗り込んだ。シートベルトを締めると、車は発車した。
 
この車、前席と後部座席の間にアクリル板が張ってある!ちゃんと感染予防をしてるんだ!
 
「**市というのは御自宅ですか?」
「はい、そうです」
「では、そこへお連れしますね」
「分かるんですか!?」
「タレントさんの御自宅、学校、それから主な放送局やスタジオなどは全部登録されていますから」
「すごーい!」
 
「新人さんだそうですね。可愛いからきっと売れますよ」
「そうだといいんですが」
 
ドライバーの森下さんは自宅までずっとおしゃべりしていたが、とても楽しい話で、恵真は終始笑っていた。この人自体、タレントになれる才能がある気がしたが、きっとそういう人を積極的に雇っているのだろう。
 
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恵真は御礼を言って自宅にアクセスする路地前で降ろしてもらった。
 

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