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■春金(4)

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“仮名S”はその日、ブレストフォームをつけたまま、学校に行った。
 
ちなみに彼がブラジャーを着けていても“いつものこと”なので、クラスメイトは何も言わない。もっともブラ線が出ないようにグレイのアンダーシャツを着ている。それでも女子たちからは“触られて”、ブラをしていることを確認されている。彼女たちからは
 
「Sちゃん、いっそ女子制服着ないの?」
 
などと唆されるが、
 
「ネット投稿されちゃうよ」
 
と言って、恥ずかしがったりしている。
 
「ウェスト何センチだっけ?」
「63cmだけど」
「女子制服、Sが着れるじゃん!」
 
「試着してみる?」
などと言われて着せられる。
 
「似合う、似合う。本当に女子制服作って、それで出て来なよ」
「恥ずかしいよぉ」
 
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でも実は女子制服は作っちゃおうかなと少し悩んでいる。そもそもこの学校に入る時も制服作りに行ったら、危うく女子制服を作られる所だった。スカート丈とか言われたので「ボク男子です!」と主張して男子制服にしてもらったが、惜しかったなあ、あのまま女子制服になってたら、仕方ないからとか言って女子制服で通学することになってたかも、などと妄想する。
 

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放課後には、付き人さんに送ってもらって放送局に行き(公共交通機関の使用を禁止されている)、他の数人のメンバーと一緒に、石川ポルカのバックで踊った。
 
この時は普通に男子のユニフォーム(上は女子のと同じだが、下がスカートではなくショートパンツ)で踊った。実はスカートの衣装も持って行っていたのだが、その格好でテレビカメラに映るとネットで何か書かれそうで、怖くなって、ショートパンツにしたのである。
 
(楽屋は普通に男性用の楽屋を使用している。もっとも何度か女子メンバーに連行されて女性用の楽屋で着替えたことはあるが恥ずかしかった。木下さんとかは普通に女性用楽屋を使っているみたいだけど、あの人はその内女の子になっちゃうのかなあ、などと想像している。密かに去勢してるという噂もあるし)
 
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仕事が終わって、また送ってもらって男子寮に戻った後、自室でスカートに穿き換えて今日の振付を再度踊ってみた。するとショートパンツとスカートでは微妙に踊り方を変える必要があることに気付いた。スカートは足の動きより“遅れる”ので、それを計算に入れて足を動かす必要がある。
 
「これってスカートで踊るつもりなら、普段からスカートでもちゃんと踊ってないといけないみたい」
と呟くように言う。でも自分がその内スカートを穿いてカメラや観客の前に立つことがあるだろうか?と考えると自信が無かった。
 
「木下さんがスカート姿で踊っているシーン、ビデオ(*1)で見たけど、ちゃんと踊れていた。きっと木下さんは普段からスカートでも練習してるんだろうなぁ」
などとも考える。
 
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(*1)木下宏紀が川崎ゆりこに欺されて女子のユニフォームで踊ってしまったものであるが、その録画が、女子寮生の間で出回っていたのを上田信貴がコピーさせてもらい、男子寮でも(本人以外に)閲覧されている。
 

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でも上田(兄)は、ゆりこ副社長から、女子寮のパスを渡されて
 
「いつでもこちらに引っ越して来ていいよ」
などと言われたらしい。部屋も割り当てられたという。
 
なんか今居る男子寮のメンツの内数人は1〜2年以内に女子寮に移動しそうなどとSは思った。自分もその内
 
「男子寮の部屋を空けたいから、あんた女子寮に移動して。性転換手術は予約しておいたから」
なんて言われたら、どうしよう?などと妄想する。
 

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衣装を脱いで洗濯機に入れ、そのままお風呂でシャワーを浴びる。
 
髪を洗い、顔を洗い、耳の後ろや首筋も洗う。腕を洗い、ドキドキしながら胸を洗う。この胸を洗う時に、ちゃんと胸を触られている感覚があるのが凄いと思った。レジ袋の中に入っていた説明書によると、ブレストフォーム表面に触られた情報が内部に張られている特殊繊維を通して内側まで到達するので本物の胸にも触られた刺激が届くらしい。だからブレストフォームをどこかにぶつけると、本当に痛いから気をつけるようにと注意書きがあった。
 
これ、ローザ+リリンのケイナさんがつけてたブレストフォームと同じものかなぁと“仮名S”は思った。
 
「最近の技術の進歩は凄いよね」
 
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などとも呟いたが、彼はこのブレストフォームの“外し方”を知らないし、剥がし液ももらっていない。でもそのことに思い至っていない。
 

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恵真は、一希・汐里、真結、望海、それにクラス委員の裕佳と6人だけで、女子更衣室に行った。
 
「じゃ、脱ぐね」
と言って、恵真は女子制服上着(オーバーブラウス)、スカート、ブラウス、と脱いで、ブラとショーツだけになる。
 
「ちゃんと女の子だね」
 
「全部脱いだほうがいい?」
「念のため」
「了解了解」
 
それで恵真はブラジャーも外し、ショーツを脱いで全裸になった。
 
「間違い無く女の子だね」
と真結も望海も言ったが、裕佳は
 
「念のため、触ってもいい?」
と訊いた。
 

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「いいよ」
 
それで裕佳はまずおっぱいに触った。
 
くすぐる!
 
「ちょっとぉ、くすぐったいよぉ」
 
「うん。間違いなく本物のおっぱいだ」
 
更に裕佳は、お股にまで触る。
 
「そこに触るの〜?」
と一希が非難するように言う。
 
「ごめんごめん。これは間違いなく女の子だよ。審査合格。女子更衣室を使っていいよ」
 
「まあこの身体で男子更衣室使えと言われても困るよね」
と望海。
 
「えまちゃん本人より男子たちが困るよね」
と真結。
 

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「触ったりしたお詫びに私も見せるね」
と裕佳が言う。
 
「え〜〜!?別にいいよ」
と恵真は言ったのだが、裕佳は全部脱いで、自分も全裸になってしまった。
 
「えまちゃんの方がスタイルがいい」
と望海が言った。
 
「うん。私も負けたと思った」
と裕佳。
 
「ふたりともウェストが細ーい」
と真結が羨ましそうに言う。
 
「真結ちゃんは晩御飯を4杯食べてるのをせめて3杯にした方がいいと思うな」
「だって、お腹がすくよ」
 

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“彼”は呟いた。
 
「やはり睾丸を取ってすごく調子良くなった。身体から害毒が抜けたような気分。女性ホルモンが良く効いて、凄く女の子の気持ちになりやすいし」
 
姉に唆され、というか、病院に連行されて、うまく口説かれ、手術を受けてしまった。手術を受けている最中は、後で後悔したりしないかなと少し不安があったものの、後悔などは全くしていない。とっても幸せな気分だ。
 
おっぱい、もっと大きくなるかなあ、などと期待する。
 
母に打ち明けると
「あんたは小学3-4年生までに去勢手術受けさせてあげれば良かったね」
と言われた。
 
父はちょっとがっかりしたような顔をしたが
「まあ仕方ないか」
と言った。
 
姉からは
「18歳すぎたら、性転換手術も受けさせてあげるよ」
 
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と言われたけど、性転換手術は去勢手術と違って、かなり痛そうだよなと思った。
 
姉は「参考までに」と言って、性転換手術の様子を収めたビデオを見せてくれた。手術の途中で、ちんちんの“中身”が身体からチョキンと切り離される所はドキドキした。そしてその後、ちんちんの“皮”にお医者さんが指を入れて、くるっと反転させてしまうと、今まで凸だったのが凹になり、一瞬にして男の形から女の形に変わるのが、まるで魔法みたいに思えた。
 
ボクもその内、こういう手術を受けるのかなあ、と思うとドキドキして、その夜は自分が性転換手術されている所、そして手術が終わったあと、きれいに女の子の形になって、ちんちんも袋も無くなり、割れ目ちゃんができているのを眺めている夢を見た。
 
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青葉はその日ニュースを読んでいた。
 
「次のニュースです。昨日、小松市内でクマが出現し、男性が怪我をしました」
 
「昨日、午前11時頃、小松市那谷町地内で、県道を歩いていた70代の男性が子連れのクマに襲われ、頭長部から右上腕に掛けて怪我をしましたが、命には別状は無いということです。襲ったのは体長1m前後のツキノワグマで、子連れであったことから、メスと思われます。付近の小学校では集団下校を実施し、市の職員2名と捕獲隊1名で組織したパトロール隊が警戒に当たりました」
 
テレビでニュースを見ていた美由紀は呟くように言った。
「子連れだったら、メスなのかなあ」
「オスは子育てしないんじゃない?」
と翡翠が常識的な意見を言う。
 
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「それはよくない。男もちゃんと子育てに参加すべきよ」
「それ、熊に説教してみて」
 
「だいたい、オスだとおっぱい出ないし」
「メスが子供を見ている間にオスが餌を採ってくるとかは?」
「そんな家庭的な熊がいるとは思えない」
「オスはセックスしたがるから、うざいかも」
 

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青葉のニュース原稿は続く。
 
「今年はクマの目撃数が非常に多く、石川県内では8月までに214件にも及んでいます。7月には金沢市内で、散歩中の男性がクマに襲われ、怪我する事件も起きています。皆様もお気を付け下さい。小松市は昨日“クマ出没警報”を出し、注意を呼びかけました。外を歩く時はできるだけ複数で連れ合って歩くこと、どうしても1人で歩く場合は、ラジオを鳴らしたり、鈴などを付けて、人が来ることがクマに分かるようにすること、また熊を誘引しないように、生ゴミを屋外には置かないようになどと呼び掛けています」
 
「ツキノワグマは、北海道のヒグマとは違って、積極的に人間を襲って食べたりすることはないそうです。むしろ人を恐れる傾向があり、人が近寄ってくることが分かれば逃げるそうなので、それを積極的に報せるようにしましょう」
 
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「なお、万一クマに遭遇してしまった場合、悲鳴をあげたりせずに、できたら笑顔を作って、ゆっくりと後ずさりで距離をあけるようにすることが大切だそうです。背中を向けて逃げると、クマは逃げるものを追う習性があります。クマの走る速度は人間よりずっと速いので、追いつかれてしまいます。死んだ振りは有効ではありません。動物は見た目の高さで相手の大きさを判断しますから、横になると“自分より小さい”と判断されてしまいます。立っている方が有利です。またツキノワグマは木登りが大得意ですので、木に登ってもダメです。それでも万一襲われた場合は、身体を丸め、首の所に手を当てて、お腹と首を守ってくださいということです」
 
美由紀が言う。
「首の所に手を当てたら、手を怪我するじゃん」
 
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翡翠は言った。
「ミユキン、手を爪でえぐられるより、首を爪でえぐられたい?」
 
「うーん。それはヤバいな」
 
社長が言った。
「中国拳法には、剣を持った相手と素手で対峙してしまった時の、究極の戦い方というのがあるよ」
 
「へー」
 
「相手が剣を振り降ろしてきた時、左手でそれを受け止めて、右手で相手の急所に必殺の一撃を与え、相手を倒すんだよ」
 
「左手切られるのでは?」
「たとえ左手を失っても、命を失うよりはマシ」
 
「なんか壮絶ですね」
 

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「でも空手の達人が熊を倒したなんて話もありますよね」
「うん。まあツキノワグマだと思うけどね。ヒグマは人間の相手ではない」
 
「ツキノワグマとヒグマって、そんなに違うんですか?」
「ツキノワグマは大きな獣にすぎないけど、ヒグマは猛獣だね」
「へー」
 

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ニュースを読み終わってアナウンサー室に戻った青葉に、同僚の森本メイが尋ねた。
 
「ツキノワグマは北海道のヒグマと違って、積極的に人を襲って食べたりはしないとか言ってましたね。ツキノワグマとヒグマってかなり違うんですか?」
 
それに青葉が答える前に、アナウンサー室長の砂原さんが言った。
 
「ツキノワグマはでっかい獣にすぎないけど、ヒグマは猛獣だよ」
 
「そんなに違うんですか?」
 
「熊は基本的には雑食なんだけど、ヒグマが肉食メインなのに対してツキノワグマは草食メインなんだよ。木の実とかが好物」
 
「へー!」
 
「他の人も熊のニュースを読むことあると思うから、少し解説しておこうか」
と言って、砂原室長は話を始めた。
 
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