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■娘たち、男と女の間には(1)

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(C) Eriki Kawaguchi 2019-10-14
 
博多ドームでのライブが終わった後、軽食を取ってから、警察の事情聴取に応じたが、ここで初めて龍虎は、今日の公演に爆弾を仕掛けたというメールがあったことを知った。それで今朝から警察が捜査していて、イベンターのスタッフやレコード会社のスタッフ総出でドーム内の座席の下とかトイレのタンクとかまでチェックしていたらしい。
 
本当にお疲れ様である。
 
「爆弾は見つからずに捨て猫が見つかったらしいよ」
「その猫ちゃんは?」
「40代の警察官の人が欲しいと言ったので保護してもらうことになったって」
「それはよかった」
「可愛い三毛猫ちゃんだったらしい」
 
「オス?メス?」
「メスじゃないの?三毛猫だから」
「三毛猫ってメスなんだっけ?」
 
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「色を発色させる遺伝子はX染色体にあるから、白い地毛のほかに色のある毛が2種類できるにはX染色体が2個必要。だから三毛猫の染色体は必ずXXだから、メスになる。同じ理由でサビ猫も必ずメス。サビ猫って実は白い地毛が残っていない三毛猫なんだよ」
 
「へー!」
 
「でも三毛猫のオスってたまにいますよね?」
「それは染色体的異常の場合。例えばクラインフェルター症候群 (Klinefelter syndrome) といって性染色体がXXYの場合は、Y染色体があるから外見上はオスになるけど、X染色体が2つあるから三毛猫になる場合がある。他にモザイクの場合も起きる」
 
「クラインフェルター症候群って人間でもあるよね?」
「そうそう。多くは普通に男性だから本人もそれに気付かないまま一生を送ることが多い。三毛猫同様、不妊になることが多いけど」
 
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「三毛猫のオスは不妊なの?」
「ごく稀に、X染色体にあるはずの発色遺伝子がY染色体に乗り換えてしまってXYでオスなのに三毛になる場合がある。物凄く珍しい現象。そういう三毛猫は普通のオスだから生殖能力がある」
 
「乗り換え?」
 
「精子が減数分裂する時に、本来X精子側に行くべき遺伝子が誤ってY精子側に行っちゃうことがあるんだよ。遺伝子乗り換え (Chromosomal crossover)」
 
「ああ、自分が行くべき集団と違う集団に間違って付いて行ったのね」
「修学旅行で間違って別の学校の生徒たちに付いて行っちゃったようなものか」
「方向音痴の人っているもんね」
「ありささんがくしゃみしてるかな?」
 
「三つ葉のヤマトちゃんも酷いらしいよ」
「その2人にオリエンテーリングの競争させてみよう」
「それどちらも永遠にゴールしないから」
 
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なお、昼間の放送局の乱入者は何か政治的な主張をしたかったらしく、アクアたちは単純に巻き込まれただけだったようである。
 
爆弾犯の方も本人が犯行動機や爆弾の材料の入手方法や製造の参考にしたものなども全て自供したということで、おかげでアクアたちの事情聴取はどちらの事件についても簡単に済んだ。実際何も知らないし!
 
追加ミュージシャンたちは東京のインペグ屋さん(ミュージシャンの斡旋業者)からの紹介で今日福岡に現地集合したばかりで、ミュージシャン同士も今日が初顔合わせだったらしく、みんな逮捕されたキーボード奏者のことは知らないということだった。そのインペグ屋さんの社長が東京から飛んできて、コスモス社長や紅川会長の前で土下座していたが、ふたりとも
 
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「社長さんの責任じゃないですよ」
と言い、今後もそちらとは付き合っていきたいと言ったら、涙を流していた。
 

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「でも私も昔やってたバンドの頃、ステージで襲われたことあるんだよ」
とヤコが言い出す。
 
「マジですか?」
「あれ怖かったねぇ」
とエミも言っている。
 
「サイドライトの頃ですか?」
とレイが尋ねる。
 
「そうそう」
「福岡のIMSホールって所でライブやってた時に包丁持った女に襲われてさ」
「彼女をヤコさんに取られた女が恨んでとか?」
「そんな上等な話は私には無い。いまだかつてラブレター書いたことももらったこともないし」
 
何か今一瞬話が見えなかったぞ、と龍虎は思った。
 
「自殺の道連れが欲しかったらしいよ」
「迷惑だなあ」
 
「それどうなったんですか?」
 
「イベンターの男性が、あの女何か変だって気付いてさ。最初は録音機器隠し持っているのでは?と思って現場を押さえようと思っていたんだって。ところが隠し持っていたのは包丁で。びっくりしたらしいけど、何とか取り押さえてくれたんだよ。その人少し顔を切られたんだけど、大した傷ではなくて、跡も残らなかった」
 
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「良かったですね」
「顔に傷が残っていた方が、ヤクザに絡まれた時にスゴミが利いたかな?とか冗談かましてた」
「冗談で済んで良かった」
 
「その時最初にその女が変だと気付いたのが、★★レコードの八雲さんだよ」
「サイドライトって八雲さんの担当だったんですか?」
「当時まだ入社して間もない頃だったと思う」
 
「八雲さんに担当してもらったのに、サイドライトってブレイクしなかったんだ?」
などとレイが言っている。
 
「ほっといてくれ。ブレイク仕掛け人も100%ブレイクさせられる訳じゃ無いよ」
とヤコは少し怒っているようだ。
 
「ヤコのトークが下手すぎたからね。トークの台本まで書いてもらっていたのに1ページ読み飛ばして話が見えなくなったりするし」
とエミが言っている。
 
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「あんたがトークすればよかったじゃん」
「私がトークしたら観客は猫だけになっちゃうよ」
「それも楽しそうだが」
 

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事情聴取で遅くなったので、結局全員その日もシーホークに泊まることになり、沢村さんがホテル側と交渉して何とか部屋を確保していたが、かなり大変だったようである。
 
「すみません。全体的に昨日より部屋のグレードが落ちてしまうのですが」
「平気平気」
「一部の方に相部屋をお願いできますか」
「問題無い」
 
アクアは
「ボクは葉月ちゃんと同室にしてください」
と言った。すると
「部屋のやりくりが助かる!」
と言われた。実際には葉月は、アクアの付き人・ボディガード含みで同室になったようである。しかも隣の部屋にハナちゃんと白鳥リズムのスポーツ少女コンビが泊まるということで、
 
「何かあったらすぐ駆けつけるからね」
とハナちゃんは言っていた。アクアたちの部屋の鍵を1つハナちゃんが持つことになったようである。
 
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ハナちゃんは福岡まで竹刀を持って来ていたようで部屋の中で素振りをやっていた!
 
沢村さんはサックス奏者の人の性別を知らなかったようで、男性同士だからと思い、同室にしようとしたようだが、千里さんが注意してトランペット奏者さんは事務所の本田さんと一緒の部屋、サックス奏者さんはシングルの部屋になったようである。
 

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龍虎は実際問題として、夕食後はひたすら寝ていたのだが、
『アクアさん、アクアさん』
と言われて葉月に揺り起こされる。
 
目を覚ましてみると、部屋の中に葉月の他、愛心・リズム・ハナちゃん・和紗、それに、ゆりこ副社長がいる。
 
「クリスマス会しようよ」
と副社長が言っている。大きなクリスマスケーキのほか、大量のケンタッキーフライドチキンとビスケットがあり、シャンメリーも置かれている。龍虎も笑顔になって起きて小型の折り畳みテーブルを囲んで座った。
 
「もうすぐ0時だよ」
と言って、ハナちゃんがシャンメリーの栓を開けて全員のグラスに注ぐ。そして時報と一緒に
「メリークリスマス!」
と言ってグラスを合わせた。
 
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そういう訳で、龍虎たちは夜中の0時から1時間ほど内輪っぽいクリスマス会をした。大きなクリスマスケーキも、40本くらいあったチキンもきれいになくなったし、おしゃべりも弾んで、楽しいクリスマス会だった。
 
(翌朝あらためて福岡遠征組全員にケンタッキーのチキンとビスケットのセットが配られた:2ヶ月前から予約して頼んでいたらしい)
 

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千里は自分と鱒渕を同室にしてくれないかと言い、了承された。
 
夕食後仮眠していたのだが、もう0時過ぎになって鱒渕は部屋に戻ってきた。
 
「お疲れ様」
「すみません。何かお話とかあったのでしょうか?」
「取り敢えずシャワー浴びておいでよ」
「はい」
 
それで鱒渕がバスルームから出てくると、鱒渕にベッドに寝るように言う。彼女はまさか“やられたり”しないよな?と少し不安な顔をしている。
 
「青葉が今日こちらに居たらあの子にヒーリングさせていたんだけど、私のできる範囲で」
と言って、東京から呼び寄せておいた《びゃくちゃん》に鱒渕のヒーリングをさせた。東京のフェイの傍には代わりに《いんちゃん》が付いている。今日も京平のお世話役は《げんちゃん》である。
 
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「あ、なんか疲れが取れていくような感じ」
「鱒渕さん、これ今すぐバッタリ倒れてもおかしくないくらい疲れが溜まっている」
「そうかも」
 
「サボリ方を覚えようよ。それと他の人でできる作業はどんどん任せて」
「私、どちらかというとコスモス社長があまりにも忙しいので、その仕事を取っているかも」
「ああ。でも自分もいたわらないと過労死するよ」
「ちょっときついかなとは思ってました」
「取り敢えず今日は眠るといい」
「はい」
 
実際鱒渕はすぐ眠ってしまった。千里は《びゃくちゃん》に3時間くらいヒーリングをしてもらった。膵臓が危険な状態だと《びゃくちゃん》が注意したので、そこを特に念入りに治療してあげるよう言った。
 
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今井葉月は11月18日(金)、学校が終わった後で東京に出ていき放送局に行くと、今日はドラマの撮影は中止になったと言われた。それで事務所に連絡すると
 
「ああ、ごめん。連絡行ってなかった?」
とゆりこ副社長が謝っていた。
 
「そうだ。ちょうどいい機会だし、こないだから葉月ちゃんと話したかったのよ」
ということだったので葉月は事務所に移動した。事務所には副社長だけが居た。
 
「何でしょう?」
と葉月は尋ねる。
 
「今アクアのリハーサル役をしている秋田利美ちゃんなんだけど、来年の春に中学生になるのと同時にメジャーデビューさせる予定なのよね」
 
「言ってましたね」
 
「それでリハーサル役を他の人に代わってもらおうと思ったんだけど、アクアがあまり身長が低すぎて、充分歌のうまい子であの身長に近い子がいなくてさ。葉月ちゃんは結構歌もうまかったよね」
 
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「あまり自信無いですけど」
「これ歌ってみて」
といって、ゆりこ副社長はアクアの『希望の鼓動』の譜面を渡した。
 
「これ新曲ですか?」
「そうそう。来週中に制作予定。ピアノ伴奏しようか?」
「お願いします」
 
それでゆりこがピアノ伴奏してあげて、葉月はまだ未公開の曲『希望の鼓動』を歌った。これは千里が11月13日に貴司の従兄の結婚式に出席した時書いた曲である。そのあとアレンジに回されて、実は今朝スコアと演奏データを受け取ったばかりだった。
 
しかし葉月はこの曲を初見なのに美しく歌った。
 
「凄いね。初見でこれだけ歌えるって」
「ボク、ピアノを弾くから、初見はわりと行けます」
「それは心強い。君の歌はこれ多分、うちの事務所ではアクアの次くらいにうまいんじゃないかな」
「そうですか?上手な人たくさんいるのに」
 
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「そもそも今の曲は音程が3オクターブあったのだけど、ちゃんと歌えたね」
 
「女の子の声が出るように練習したから、結果的に声域が広がったんですよ」
「なるほどねー。それに歌い方の雰囲気がかなりアクアに近かった」
「アクアさんを目標に頑張っているからかも」
「そういえば、あんたアクアを尊敬していると言ってたもんね」
「はい、アクアさんが女の子だったら結婚したいくらい憧れています」
 
その言葉にゆりこは、むしろ“アクアが男の子だったら”結婚したいのでは?と考え込んだ。最近葉月が急に女らしくなってきた気がして、この子、とうとう去勢したのでは?と、ゆりこは疑惑を感じていた(事務所のほとんどのメンバーが西湖は女の子になりたい男の子なのだろうと思っている)。
 
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それで葉月は、曖昧なまま、アクアのリハーサル歌手としても12月以降駆り出されることになった。もっとも12月は多忙なので、利美・葉月の2人が分担してアクアのリハーサル役を務める形になった。
 

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