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ボールはダイレクトにゴールに飛び込んだ。
麻依子が千里に飛びつく。凪子と夢香が抱き合う。ふたりはそのまま誠美にも抱きつく。誠美が満足そうな顔で床でバウンドしているボールを見ている。
相手選手たちは天を仰いでいた。
整列する。
「97対96で、千葉ローキューツの勝ち」
「ありがとうございました!」
両者握手したり、背中を叩いたりして健闘を称え合った。麻依子は相手キャプテンとハグしていた。
こうしてローキューツは全日本クラブ選手権を初制覇したのであった。
この日の別府アリーナはAコートが表彰式専用!で運用されていた。
9:00からの時間帯にBCコートで女子の準決勝が行われ、10:40からの時間帯にBCコートで男子の準決勝が行われている間にAコートで女子の3位の表彰式が行われた。そして12:20からの時間帯にはBコートで女子の決勝が行われている間にAコートで男子の3位表彰式が行われる。そして14:00からの時間帯にはBコート男子の決勝が行われている間にAコートで女子の1・2位の表彰式が行われた(その後15:30からやはりAコートで男子の1・2位の表彰式)。
優勝したローキューツに優勝カップ、トロフィー、賞状、ウィニングボール、記念品が贈られる。優勝カップは浩子、トロフィーは麻依子、賞状は夏美、ウィニングボールは千里、記念品カタログは夢香が受け取ったが、全員3月いっぱいで退団するメンバーだ!
次いで準優勝の遊ガールズに賞状と記念品が授与される。
その上で金メダル・銀メダルをひとりひとり掛けてもらう。金メダルのプレゼンターはクラブバスケット連盟の会長、そのサポートでメダルの乗ったトレイを持つ役はミス別府の女子大生が務めてくれたが、彼女はこちらを憧れの目で見ている感じだった。
個人表彰が行われる。得点女王は遊ガールズの人、リバウンド女王は誠美、スリーポイント女王は千里、アシスト女王は3位になった伊豆ホットスプリングの選手だった。千里はウィニングボールを国香に預けて前に出て行き、賞状を受け取った。
表彰式が終わると両チーム入り乱れながら退場。束の間の交歓を楽しんだ。
優勝したローキューツは着換えてから男子の表彰式が終わるのを待ち、男子の優勝チームと並んだ記念写真も撮った。それで会場を後にしたのは16時頃である。
それでも充分早い時間帯に終わったので、別府市内のレストラン(何位になっても打ち上げしようというので昨日のうちに予約していた)に入り、優勝の祝賀会をした。
この日は下記の便で帰ることにしている。
別府北浜19:00(臨時バス)19:40大分空港20:10(SNA94)21:30羽田空港22:05-23:05千葉駅
SNAはスカイネットアジア航空(現在のソラシド・エア)である。使用機材はB737-400の予定。他の航空会社で長年使用されていた中古機だが、まあたぶん大丈夫であろう。
大分空港までのバスはバス会社に照会したら人数が多いので臨時便を出してもらえることになった。そもそも29人も路線バスに乗ろうとするのは無理がある。料金はふつうに1450円×29人で42050円で済んだ。千葉駅から先は交通手段の無い子は行き先別にタクシーに乗せて帰す予定だ。
祝賀会では、キャプテン浩子の音頭でワインで乾杯した後、自由に何でも頼んでということにしたので、みんな凄い勢いで食べていた!
「結びの大会で優勝できて嬉しい」
と浩子などは本当に嬉しがっていた。
「送別会は3月31日にあらためて」
「OKOK」
記念品はウィンドブレーカーと大分名産・柘植製品で、柘植のブラシである。ウィンドブレーカーは全員早速着ている。ブラシは本体も山も柘植でできている。
「国体で優勝した時は柘植の櫛をもらったね」
と麻依子が懐かしそうに言う。
「うん。でも櫛では私の髪はどうにもならないからお友だちにあげてしまった。今度はブラシだけど、やはり私の髪では折れそうな気がする」
と千里は言う。
「妹さんにでもあげるといいかも」
「そうなるかも」
4年前、大分県で行われた国体少年女子で優勝した時のメンバーで今ここにいるのは千里と麻依子だけだ。薫は北海道予選までは参加したのだが、まだ女子選手としては全国大会に出られなかったので、国体本戦に参加していない。
「プレゼンターのミス別府の目が危なくなかった?」
「そうだっけ?」
「単純に同じ女子として、凄いなあと思って見ていたんだと思うよ」
「モデルとか歌手とかになるのと、スポーツ選手になるのとは両立しないよね?」
「それは身体のつくりとして無理があるな」
「たまにスポーツ選手として有名になった後でCD出す人とかはいるけどね」
「まああくまで余技だよね」
「だけどどこかの国の女子チームがオリンピックに行く資金を作るのにヌードを披露していたね」
「マジ!?」
(2000年のシドニー五輪サッカー競技で、地元枠で出場したオーストラリア女子チーム"Matildas"は活動資金が無かったため、代表選手の内の12名がヌードを披露するカレンダーを制作。16.20豪ドル=1053円のカレンダーが45,000部売れ、4500万円ほどの売上となり、おそらく2000万円程度の強化資金を確保することができた。なお、結果は0勝2敗1分2得点6失点で予選リーグ最下位であった)
「いやお金もらえるなら、ヌードくらい披露してもいいや」
「私は、やだ」
「でもどうせヌード写真撮るなら若い内に撮っておきたいとか思わない?」
「それはカメラの上手な女子に頼んで、プライベートに撮ってもらうといいかも」
「あ、それいいかも〜。誰かカメラの上手い子居なかったかな」
千里は桃香の顔が思い浮かんだが、あの子はビアンなので、やや危ない気もする。特にスポーツ女子なんて、桃香のツボじゃん!
「でも屋内だけではつまらないね」
「屋外でヌード写真撮ってたら捕まるよ」
「屋外ヌード写真撮影に使える撮影所とかもあるよ。高い壁で囲まれていて、中庭で撮影できる。2〜3万でレンタルできたはず。千葉県内にも凄くきれいな家を1軒まるごとスタジオにした所があったはず」
と千里は言った。
「なるほどー!」
千里は雨宮先生がそこで女子高生歌手のヌードを撮ったと言ってたなと思い起こしていた。単にヌードを撮っただけで、Hなことはしてないらしいが、全く犯罪スレスレのことしてるなと思う。
「しかしヌード撮るなら半年くらい掛けてダイエットしなければ」
「私たち筋肉は発達してるけど、お腹の脂肪が若干不自由なケースもあるよね」
「そこは気合いを入れて引っ込めれば何とか」
「気合いだけでは何ともならないケースは?」
「それはやはり日々の練習で脂肪を燃焼させよう」
その時誠美がポツリと言った。
「ヌード撮られるなら、ボク、ちんちんをうまく隠さないと」
場が一瞬シーンとなる。
「マチ、それマチが言うと冗談に聞こえないから」
と国香が注意した。
「いや、マジで誠美にはちんちん付いてんだっけ?と考えてしまった」
という声が出ていた。
3月20日に冬子と政子が振袖を着て“結婚記念写真”を撮ろうとしていた所に行き合わせて、カメラマンを務めてあげた萌依は、撮影のアクセントにと用意されていた胡蝶蘭の花束を自宅に持ち帰った。
「あら、胡蝶蘭。どうかしたの?」
と母が訊く。
「冬子からもらったぁ」
「へー」
母としては、ファンからのプレゼントか何かだったのかなと思ったようであった。夕方帰宅した父も「おっきれいな花だな」と言う。母は「萌依が冬子からもらったんですって」と言う。
その日の夕食はラーメンであった。
「なんか冬・・・が家を出た後、うちの食卓が寂しくなった気がする」
と父。
父としてはいまだに元息子のことを「冬子」と呼ぶのも抵抗があるようである。といって「冬彦」と呼ぶ訳にもいかないしということで、語尾を誤魔化している。
「まあ冬子が主としてご飯作ってくれてたもんね〜」
と萌依。
「萌依がいいお嫁さんでももらってくれたら」
と母。
「そうだなあ。いい人がいればいいけど」
と萌依。
「萌依がお嫁さんをもらうわけ?」
「そういうのもいいと思うけど」
「お前、男になりたいの?」
「うーん。自分の性別はわりとどちらでもいいかな」
と萌依が言うと、父は何だか悩んでいた。
翌3月21日(水).
萌依はお昼に同僚たちと一緒に外食に出た。よく行く定食屋さんが満席である。「どこか他に行こうか」と言って、その向こう隣のラーメン屋さんに入った。
お昼の時間帯は注文などは受け付けず、席に座れば自動的にラーメンが出てくるシステムである。萌依たちもテーブルに座り、おしゃべりをしながら待っていた。
このラーメン屋さんはふだんは50歳くらいの大将と20代の娘さんの2人で運用しているのだが、この日は娘さんが休みなのか、大将の(多分)奥さんが入っていた。どうも慣れていないようで、もたついて客から叱られたりしている。
「たぶん奥さんだよね?」
「おそらく。初めて見たけど、大将とのやりとり見てるとそんな感じ」
「客商売自体をしたことないみたい」
「もしかしたら後妻さんかも」
「ああ、それはあり得る」
やがてお盆にラーメンを4つ載せてこちらに持ってくる。萌依の前に1つ、隣の子の前にひとつ、そして斜め向かいの子にひとつ渡そうとした時だった。
4つラーメンを載せてバランスが取れていたので、最後1個になった時そのバランスが崩れてしまう。
「あっ」
「きゃっ」
ラーメンが床に落ちて丼が割れる。汁が飛び散る。萌依も汁が少し足にかかってアチッ!と思った。
その時、近くの席にいた男性が立って、
「君大丈夫?」
とラーメンの汁が萌依と向かいの女性に声を掛ける。
「良かったらこれ使って」
と言って、バッグの中からウェットティッシュを取りだして渡した。
「ありがとうございます」
と言って、萌依はウェットティッシュを受け取ると1枚出して、前に座っている友人に渡してから、自分でも1枚取って汁のかかった付近を拭いた。火傷などはしてない感じである。
奥さん(?)はオロオロしているが、男性が
「ぞうきんとバケツか何か持ってくるといいですよ」
と言うと
「はい!」
と言って飛んで行った。
その時、初めて萌依はその男性の顔をしっかり見た。
「小山内君?」
「あれ?唐本さん?」
それは10年ぶりくらいの邂逅であった。
奥さんが掃除している間、給仕が停まる。すると小山内は
「僕が運んであげますよ。これ、どちらのテーブル?」
と大将に尋ねる。
「たぶんそっちの端」
「私も手伝います。こちらは?」
と萌依も尋ねる。
「次は観葉植物の隣の席かな」
萌依は自分の前に置かれたラーメンを食べておいて、と前の席の友人に言ってしばらく給仕をしていた。
それで奥さんが復帰するまでの5分ほど、2人が頑張ったので、昼食時の混雑するお店が何とか運用された。
「ありがとうございました!」
と片付けた上で手も洗ってきた奥さんが言った。
「ホントありがとう。でもあんたたち、ラーメン持つのうまいな」
と大将から褒められる。
「まあ物理の問題だよね。重心がちゃんと手に乗るようにしないといけない」
と小山内が言う。
「やはり最後の1個残す時に手の位置を変えないとやばいよね」
と萌依。
それであらためて、小山内も萌依も新たにラーメンを作ってもらって食べた。何かチャーシューがどっさり入っていた!
そして小山内と連れの男性2人、萌依と連れの女性3人、全員お代をタダにしてもらった上に、サービス券?までもらった。
お店を出ようとした時、小山内が言った。
「ね、唐本さん、携帯の番号交換しない?」
「いいよ」
と言って、ふたりは赤外線でお互いの番号を交換した。
萌依の同僚女性3人が微笑んでそれを見ていた。