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3月18日(日).
季里子は自分の母を千葉市内に呼び、桃香と“結婚”したことを話した。母は驚いたものの
「あんた、昔から女の子が好きだったもんね〜」
と言って理解を示してくれた。実は高校時代に女の子の恋人とセックスしている現場を母に見られてしまったこともある。当時は季里子がタチ(男役)だった。つまり季里子は相手のバージンをもらっている。
母と少し話し合った上で、エンゲージリングをもらったこと、マリッジリングも交換したことを話す。
「へー。どんなのもらったの?」
「これなんだよね」
と言って桃香からもらったルビーの指輪を見せる。
「わあ、いい指輪じゃん!これ石の色がきれい!」
「きれいだよね。少し高かったけど、頑張ってくれた」
「マリッジリングはつけないの?」
「えへへ。つけてていい?」
「ふたりが結ばれたという証(あかし)だもん。つけときなさい」
それで季里子は自分の左手薬指にプラチナのマリッジリングをつけ、その上にルビーのエンゲージリングも重ねてつけた。
「ああ、あんたもお嫁に行ったんだね」
「うん。お嫁さんになった」
「相手はどんな子?」
「会ってもらっていい?」
「うん」
季里子がそちらを見ると、近くの席に居た、(女性用)ビジネススーツを着た桃香がテーブルに近づきお母さんに挨拶した。
「高園桃香と申します。よろしくお願いします」
「あら、あなたが季里子の旦那さん?」
「はい。ご挨拶にも行かず、申し訳ありません」
「えっと、あなた女性ですか?」
母には一瞬桃香の性別が判断できなかったのである。
「一応戸籍上は女になっておりますが」
「見た瞬間、男の人かと思っちゃった」
「お母ちゃん、スカート穿いてる男の人はいないよ」
「そう?でも最近、男の子でスカート穿く子も時々いない?」
「まあいることはいるけどね」
「女湯とか女子トイレで悲鳴あげられたことは何度かあります」
と桃香は言いつつ「何度も」と言うべきかなと思った。
「男の子になりたい女の子?」
「男の子になりたい気持ちは無い訳ではないですが、やはり自分は性同一性障害ではなく、ただのレスビアンかなと思っています」
と桃香は言うが
「まあ私としてはどちらでもあまり大差無い気もするけどね。でも私、女の子が好きだから桃香が性転換して男になってしまったら、別れるかも。取り敢えずおっぱいは無いと嫌だ」
「なるほどね〜」
促されて桃香もマリッジリングを左手薬指につけた。季里子の母は、取り敢えず桃香と携帯の番号・アドレスを交換した上で言った。
「ずっとふたりで暮らしていくの?」
「そのつもり」
と季里子。
「今私は学生なので、あと1年学生やって卒業したら、就職して、家庭を支えていくつもりです」
と桃香。
「赤ちゃんとかはどうするの?」
とお母さんは、つい言ってしまってから「あれ?」と首をひねっている。
「私、桃香の子供を妊娠しちゃうかも」
と季里子。
「あまり女の子を孕ませる自信は無いんですが」
と桃香。
「精子あるんだっけ?」
「時々友人から、お前精子あるだろう?と言われるのですが、精子を生産できるような器官は持ち合わせていないはずなのですが」
「でも桃香と初めてセックスした後、3ヶ月生理が来なかったから、あの時は、もしかしたら一時的に妊娠していたのかも」
と季里子は言う。
あれは念のため産婦人科に行ってみようかと言ってたら生理が来たのである。
「女同士なので籍は入れられませんけど、もし季里子さんが妊娠した場合はちゃんと認知しますので」
と桃香。
「女性でも認知できるんだっけ?」
「やってみないと分かりません」
「でもお父ちゃんにはどう話そうか」
と季里子が迷うように言う。
「しばらく秘密にしておこうよ。既成事実を積み上げて、せめて半年か1年くらいしてから話さない?」
と母は言った。
「その方がいいかも知れないね」
と季里子。
「私はいつでもお父さんに挨拶に行っていいですので」
「今すぐそれやったら、お父ちゃん激怒して話にならなそうな気がするもんね」
「取り敢えず桃香さん、季里子のお友だちみたいな顔して、うちに時々顔を出してくださるといいかも」
「だったらそういうことにしようかな」
「桃香、お酒好きだし、お父ちゃんと飲み友だちになってしまうといいかも」
「まあお酒は好きだけど。今度、どこかの地酒でも持って訪問しようかな」
と桃香が言うと
「いつでも歓迎よ」
とお母さんも笑顔で言った。
3月19日(月).
大分県別府市では、全日本クラブバスケットボール選手権大会の準決勝と決勝が行われた。
この日が平日で翌20日は祝日(春分の日)なので、これが県大会とかであれば19日には試合をせずに、20日に試合をするところだろうが、これは全国大会で遠くから参加チームが集まってきているので、そういう訳にはいかず、平日だが試合は行われる。ここまで残っているのはこの4チームである。
ローキューツ(関東1位)、伊豆ホットスプリングス(東海3位)、カステラズ(九州1位)、遊ガールズ(九州2位)
準決勝(9:00)の相手は長崎から来たカステラズである。
見た記憶のある顔があるなと思ったら薫が「あの8番は長崎P女子高にいたね」と言っていたので、インターハイかウィンターカップに出ていたのだろうと思った。
事前の分析ではその8番と、12番を付けている長身の選手が手強いということであった。その選手もインターハイなどには出たことがないものの、同じ長崎市の強豪、長崎C女子高のOGらしい。
8番は麻依子が任せてくれと言ったので、彼女に任せた。そして12番は桃子に対応させた。
麻依子は日本代表候補にこそ召集されたことがないものの、それに近い実力を持っている。正直、代表経験のある竹宮星乃などとそう実力に差が無いのではという気がしている。その麻依子が本気になると、向こうの8番は完全に抑えられてしまった。
12番と桃子は良い勝負をしていた。どうかしたチーム相手なら12番が全部リバウンドを取ってしまうのだろうが、桃子は身長では相手に劣るものの、ジャンプ力と勘で相手に対抗していた。
そして・・・麻依子と桃子が相手の主力を抑えている間に、千里と聡美の2人で点を取りまくる。ポイントガードは岬が務めた。
千里がスリーをどんどん成功させるので、向こうの8番は千里を抑えに行きたがっていたが、麻依子が放してくれない。それで向こうの選手の中で器用そうな感じの15番の選手が千里に付いたが、千里のスピードと瞬発力で振り切られてしまう。
そういう訳で、この試合は相手主力を抑えている間にこちらが得点するという作戦で、20点差で快勝した。
結果的にローキューツはこの試合で誠美と翠花を温存することができた。薫と国香も、ほとんど出ていないので充分元気がありあまっている。
決勝は遊ガールズとであった。遊ガールズは伊豆ホットスプリングスとの熾烈な戦いを制して1点差で勝ち上がってきた。
つまり伊豆ホットスプリングスと同程度のレベルのチームということだろう。
伊豆ホットスプリングスとは2009年12月の純正堂カップで戦っている。当時は伊豆銀行ホットスプリングスの名前だったが、伊豆銀行の支援が無くなってしまい、チーム名からも“銀行”を外したらしい。
2年前の純正堂カップの時は当時のローキューツと互角のチームだった。その後の成長については、昨夜分析会を開いたのだが(昨夜は今日対戦する可能性のある3チーム全部を検討している)、当時よりかなり実力があがっているというのが、多くの見方であった。
「遊ガールズ」は「あそガールズ」と読む。JRが以前運行していた蒸気機関車牽引の観光列車に「あそBOY」というのがあった。阿蘇と「遊ぼう」を掛けたものである。このチーム名はそのBOYをGIRLに性転換!したものである。
遊ガールズに関しては事前の情報が無い。今大会のビデオを昨夜分析した所ではあまり役割分担をしていない、いわゆるラン&ガン型のチームで、とにかく速攻が多いので、必ず誰か1人は浅めの位置に留まっておいた方がいいという結論に達していた。
それでこのようなメンツで出て行った。
国香/千里/翠花/夢香/誠美
夢香がその浅い位置に留まって、相手の速攻に対抗する係である。
実際これでかなり相手の速攻を停めることができた。
夢香には、絶対にアンスポを取られないように、相手を背中から追いかけてはいけないと言ってある。背中から追う形になってしまった場合はそのまま攻めさせて、リバウンド狙いにする。そうしないとこの係は簡単に退場をくらう。
相手はこちらを全く研究していないようだった。もっともこのタイプのチームは相手を分析して対策を考えてという戦い方そのものをしないであろう。一応マンツーマンだが、偶然近くにいた選手についている感じである。それで誠美に150cm代の選手が付いたりもする(当然勝負にならない)。
しかしこういう戦い方では、“専門家”を作る必要が無いので、選手運用が楽である。疲れてきた選手を交代させるという単純な方式で運用できる。充分な体力のある状態で戦うから、スタミナが持ち、ひたすら速攻を出すことができる。
試合は結果的に互角で進んだ。
浅い位置に居て速攻を停める係は消耗が激しい。第1ピリオドも後半は瀬奈に代わり、第2ピリオドは前半が夏美、後半でまた夢香にする。ポイントガードも運動量が多いので、第1ピリオドは国香、第2ピリオドは凪子を使う。また翠花の位置は、薫や元代にも変えていく。
しかし千里と誠美はずっと出続けた。
この相手には引っ込める訳にはいかないのである。
どうしてもファウルがかさみやすい相手なので、誠美には点数取られてもいいから、無理するなと言った。誠美が退場になると、勝負にならなくなる。
後半になっても向こうの戦い方は変わらない。それで守備に備える位置は瀬奈→聡美→岬→夢香と変えていった。ポイントガードも第3ピリオドでは浩子→国香、第4ピリオドでは司紗→凪子と変えていく。浩子や司紗は自分たちに出番が回ってくるとは思っていなくて驚いたようだが、こういう運動量が多く消耗しやすい試合では、彼女たちにも頑張ってもらわないと体力が持たない。
試合は最後まで競っていく。
残り1分の段階で93-89.こちらが4点ビハインドである。しかも相手の攻撃。こちらも疲れてきて、なかなか相手速攻に足がついていかない。向こうの選手が結果的に独走してランニングシュートを撃つ。これが決まれば6点差になり、ローキューツには厳しいことになる。ボールはリングの上をグルグルと数回回る。
しかし外に落ちてきた!
それを抜かれたものの追いかけていた夢香がしっかりキャッチする。そしてまだ戻りきっていない味方にロングパスを出す。それを凪子がしっかりキャッチして、相手選手が寄ってきた所で反対側のサイドにいた麻依子にパス。麻依子が中に進入して、相手選手にぶつかりながらもシュート。
ボールはゴールに入った。
審判は遊ガールズ側のファウルを取った。
バスケットカウント・ワンスローである。
麻依子がフリースローをする。
これをきっちり決めて1点差!93-92.
相手はすぐ攻めて来るが、フリースローの後なので、さすがにこちらは全員しっかり戻っている。相手は少しパス回しをした上で、結構強引に飛び込んできてシュート。
しかし外れる。
リバウンドを誠美が確保。近くに居た夢香にパスし、夢香は走り出していた千里に長いパスを出す。千里は相手選手と並走に近い状態になっていたのだが千里は巧みに走行路を調整して相手選手と反対側にボールの飛行路が来るようにした。
ボールが到達する直前に振り向いてキャッチ。そして相手を一瞬で抜き去ってミドルシュート。
きれいに決まって逆転!93-94.
相手が攻めて来る。速攻の後なので、こちら側のコートに選手がたくさん集まっている。攻めあぐねる。どんどんショットクロックの数字が小さくなっていく。困ってしまってスリーを撃つ。
これが入っちゃった!
逆転!!96-94.
こちらが攻める。向こうは必死にプレスを掛ける。何とか8秒ギリギリでボールをフロントコートに進める。相手のプレスは続く。
麻依子と千里が複雑な動きをして、結果的に麻依子がスクリーンを掛けた形になり、千里が一瞬フリーになり、ボールを持った。相手はスイッチして、近くにいた選手が千里に迫る。
その相手が近づく前に撃つ。
ここはスリーポイントラインより外側である。
撃った0.5秒後に試合終了のブザーが鳴る。千里に寄ってきた相手選手はギリギリで停止して千里にはぶつからなかった。
ボールの軌跡を全員が見守る。