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3月10日。
この日、千里と桃香は東京駅を6:04の新幹線に乗ることにしていた。
「そういう訳だから私は千葉駅を5:06の電車に乗るつもり」
と桃香は言った。
「私は都内にいるけど、その時刻までには東京駅に行くよ」
と千里は言って電話を切ったのだが、その後で千里は「ものすごーく」不安を感じた。
桃香は朝に弱い。桃香の奥さんになった季里子もお寝坊さんのようである。つまりあの組合せは遅刻ペアだ!
千里は再度桃香に電話した。
「桃香が朝起きられるか不安だから、私そちらに迎えに行くよ」
「ほんと?それなら安心かも」
それでこの日千里は千葉のアパートの方に泊まり、朝から季里子のアパートまでインプレッサで走ってドアを叩いて桃香を起こした。それでまだ眠そうにしている桃香を連れ出す。下着姿の季里子が嫉妬するような視線でこちらを見ている。
それでまだ半分眠っている桃香を後部座席に乗せて東京駅に向かい、近くの駐車場に駐めた。
それで無事ふたりで6:04の新幹線に乗ることができた。
この日は青葉の家族の一周忌をすることにしていた。本来は3月11日なのだが、3月11日に一周忌をする所がたくさんあるのでお寺さんがとても手が回らず、お寺さんにとって《内輪》の青葉の所は1日ずらしてくれと言われて10日にすることにしたのである。
最初は青葉・朋子・彪志・桃香・千里・それに佐竹慶子くらいの、本当に内輪でやるつもりだったが、地元の友人・小沼早紀が出ると言い出し、その話を聞いた、早紀にライバル心を持っている高岡の友人・石井美由紀が出ると言い出し、その後、話はどんどん大きくなっていく。
話はどんどん広がり、結局、こういう人たちが下記のルートで集まってきた。
3/10 大船渡在住(5)
小沼早紀と母・海老名椿妃と母、佐竹慶子
早紀と椿妃は祭壇の準備なども手伝ってくれた。
3/10 八戸6:34-7:03盛岡↓に合流 (4)
菊池咲良と母
3/10 盛岡から
佐竹真穂 咲良と母、礼子の友人・浅沼を乗せて自家用車で大船渡へ(9時半頃着)
この車は慶子のライフをあらかじめ盛岡に持って行っておいたものである。そして運転は実際には若葉マークの真穂ではなく、ベテランドライバーの浅沼さんがしてくれた!
盛岡在住の浅沼さんは長年女性として暮らしており、前妻を亡くした子連れ男性と事実婚して“お母さん”としても頑張っているが(「浅沼」もその内縁の夫の苗字)、礼子の同級生だった頃は学生服を着た美少年だったらしい(葬儀の時に彼女の友人が言っていた話)。昔は女性ホルモンなども入手できなかったので身体は男性化してしまっているものの、女子トイレなどで騒がれたことは無いし、プールではふつうに女子更衣室を使うし、ちゃっかり女湯に入ったことも2度あるらしい。せめて去勢くらいしたいが手術代が無いと言っていた。
子供には絶対に男性器を見せないようにしているという。タックしているので子供にお股を触られても付いていないように感じる。最近女性ホルモンを飲み始めたのでバストは微かに膨らんでいるらしい。しかし女性ホルモンを飲み始めて一番良かったのは、男性器が勃起しなくなったことだと言っていた。それだけでも物凄く気持ち的に楽になったらしい。
MTFには見た目が若い人がわりと多いが、この人も礼子と同い年ということは43歳のはずなのに、まだ32-33歳に見える。
「礼子ちゃんって、昭和43年の十勝沖地震の当日に生まれたんだよ。地震のショックでお母さん(川上市子:今回の震災で死亡)が1ヶ月の早産で産んだ。それがまた地震で亡くなってしまうって、不思議な運命の人だ」
と浅沼さんはしんみりと言っていた。
3/10 一ノ関→車(エディックス)で大船渡へ (8時頃着) (3)
青葉・彪志・彪志の父
3/9 出雲18:55-3/10 7:08東京7:56-10:22一ノ関→彪志の母の車(CR-V)で大船渡へ(12時着) (3)
藤原直美夫妻。
彪志の母・文月は普段は軽に乗っているのだが、それでは人を乗せるには狭いので彪志の父・宗司のCR-Vを使用した。それで宗司は自分のお店で代車用に確保している車の中から、エディックスを(無料で!)借りだして、それに青葉と彪志を乗せて大船渡に向かった。この3人が一番早く現地に着いた。エディックスを使ったのは、6人乗りなので使い手があると思ったからである。
3/10 東京6:04-9:04新花巻→レンタカー(プリウス)で大船渡へ(11時頃着) (3)
桃香・千里
3/10 新千歳8:05-9:05花巻空港↑に合流
越智舞花
最初桃香と千里は藤原夫妻の東京到着を待ち、ふたりと一緒に一ノ関まで行ってレンタカーを借りるつもりだった。ところが舞花が来るということが分かり、お嬢様の舞花を空港で待たせる訳にはいかないので、舞花を拾えるように朝一番の新幹線で花巻に向かったのである。それで藤原夫妻は彪志の母が対応してくれることになった。
そして千里は大船渡に着くと、桃香と舞花を降ろしてから、すぐにプリウスで一ノ関に向かった(実際には一ノ関まで運転したのは《こうちゃん》)。
3/10 高岡6:32-8:41越後湯沢9:07-10:02大宮10:06-12:14一ノ関→プリウスで大船渡へ(14時着) (3)
朋子・美由紀・日香理
12:25頃に千里が到着したので、その車に乗って大船渡に向かったが、千里は花巻→大船渡→一ノ関と走って疲れているはず、と言って朋子が運転してくれた。
この朋子たちの行程は、とても微妙な連絡で、越後湯沢到着後、8:49の《とき310》に乗らずに次の9:07《とき312》を待つのが“ミソ”である。《とき312》に乗れば↑のように大宮で10:06の《やまびこ55》をキャッチできるが《とき310》に乗ってしまうとこの列車は大宮に停まらず東京に直行してしまうので《やまびき55》に間に合わず、次の《やまびこ57》13:14一ノ関着になってしまい到着が1時間遅くなってしまうのである。遅い便に乗った方が早く到着できるという不思議な連絡になっている。
なお、美由紀と日香理の交通費は「去年の香典がまだ余っているから」と言って、朋子が出している。
3/08 高知から自家用車で大船渡まで(10日朝9時頃到着) (1)
山園菊枝
直美夫妻に大阪あたりから乗っていかない?と声を掛けたものの、菊枝の荒い運転のことは昨年の葬儀の後で、仲間内で悪評が広まっていたこともあり、ふられてしまった。それで仕方なく、ひとりでのんびりと走って来たが、青葉たちの次に早く到着した。
3/10 石巻に滞在中→自家用車で大船渡へ (2)
和美と淳
時刻は分からないが来るということだった。和実たちは翌日3月11日にオープン予定の姉の美容室の準備に駆り出されている。
3/10 気仙沼→時刻は分からないが顔を出す (1)
白石(父の友人)
合計25名
主な欠席者:冬子・政子・あきら・小夜子
この他に、祖父母の知り合いたち、青葉の友人たち、未雨の友人たちが合計30人くらい来てくれた。
お昼の時点で居たのは下記18名である。
小沼早紀と母・海老名椿妃と母、佐竹慶子
菊池咲良と母、真穂、浅沼
青葉・彪志・彪志の両親・藤原夫妻
桃香・越智舞花、 山園菊枝
とりあえずこのメンツに仕出しのお弁当を配り、お昼を食べる。
「お坊さんは何時頃、いらっしゃるの?」
と文月が訊くが
「たくさん回らないといけないので分からないそうです」
と青葉が答える。
この場では朋子がまだ到着していないので、文月が実質的な喪主後見人を務めていた。
「今日中には来てくれるんだっけ?」
と早紀の母。
「行けなかったら御免と言われてるんです。うちは住職の親戚だから優先度が低いから」
と青葉。
「え〜〜!?」
「坊さんが来なかった時は来なかった時だな。幸いにもお経を唱えられる人が数人いるし、そのメンツで回してお経をあげていたらどうだろう?」
と桃香が言う。
「ん?お経を唱えられる人?」
「それは私と菊ちゃんと、青葉ちゃんだな」
と藤原直美が言った。
それでその3人で交代で導師席に座り、交代で阿弥陀経を読誦(どくじゅ *1)することにした。
(*1)「読誦」という単語は普通に「声に出して読む」という意味では「どくしょう」と読まれるが、仏教の経典を読むという意味の時は「どくじゅ」と読む。
そして直美が読誦している時であった。
「あ、いけない。お布施の袋を用意しておくの忘れた」
と青葉が言い出す。
「それはまずいね」
それで青葉は買っておいた香典袋を取り出し、名前を書こうとしたのだが、筆ペンが見当たらない。
「誰か筆ペン持ってない?」
と言うと菊枝が
「これを使うといいよ」
と言って自分のバッグからペンを取り出して青葉に渡した。
それで青葉は「川上青葉」と名前を書くが
「何この筆ペン。異様に書きやすい」
と言う。
「うん。それ凄く書きやすいよね。気に入ったら青葉にあげるよ」
「ほんと?もらっちゃおう」
それで青葉は菊枝から筆ペンをもらった。
「カートリッジは呉竹ので適合するから」
「これ呉竹製?」
「違うけど、呉竹のが適合するように作られているらしい。四国の小さなメーカーの製品だよ」
「へー」
そんなことを言っていたが、実際にはこの筆ペンは、元々千里が高校時代に封印の呪符を掌に書くのにもらった佳穂特製の筆ペンである。それを1年前、青葉の家族の葬儀の時に菊枝が千里からもらった(ゆすり取った?)のだが、ここで青葉の手に渡ることになる。この筆ペンはこの年の7月青葉と千里が性転換手術を受ける時に力を発揮することになる。
実は今回菊枝が高知からわざわざやってきた最大の理由が瞬嶽の指示でこの筆ペンを青葉に渡すためであった。昨年この筆ペンを千里から取り上げたのも八乙女の恵姫から依頼された瞬嶽の指示である。
この筆ペンは千里が使用していたものを、元々は千里のものとは青葉が知らないまま、青葉に渡すことに意味があった。千里から青葉にエネルギーを融通するための内緒の仕掛けである。インドの賢人由来の数珠もあるのだが恵姫は複数のチャンネルを作っておきたいと考えていた。
(なお今回菊枝が青葉に筆ペンを渡した時、千里は朋子たちを迎えに行っている最中で不在である)
2016年の妖怪アジモド事件の時に妖怪を封印する呪符を青葉が大量に書いた時もこの筆ペンを使用している。
なお、菊枝はこの1年間この筆ペンで大量に呪符を書きまくり、多くの事件を処理していたのだが、恵姫は佳穂に言って、再度同等の筆ペンを制作させ、菊枝にあげた。