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(C)Eriko Kawaguchi 2018-05-12
2月24日(金)朝、ベッドの中で一緒に目覚めて
「おはよう」
と言ってキスをする。
「あ、しまった!」
と貴司が言う。
「どうしたの?」
「トレーニングウェアが全部汗だらけだ。千里にもらった予備まで」
「全部夜中にコインランドリーで洗濯・乾燥しといたよ」
「ほんと!? いつの間に」
それで貴司は服を確認して
「ありがとう!助かる」
と言う。
千里は《いんちゃん》に『ありがとね』と心の声で言った。
朝食を一緒に取ってチェックアウトしてから千里はインプレッサで貴司を味の素ナショナル・トレーニング・センターのゲートの所まで送って行った。
「じゃ頑張ってね」
「ありがとう。頑張ってくる」
それで貴司はIDカードを見せて中に入れてもらう。アスリート・ヴィレッジ(宿泊施設)の受付でまたIDカードを見せて部屋の鍵をもらった。
「へー。きれいな部屋だなあ」
と貴司は思った。まだ出来てから4年くらいである。貴司はコンドミニアム型の海外のホテルみたいだと思った。
9時に体育館に集合する。今回の合宿ではまだ監督が来日していないので、代わってK大学男子バスケット部コーチの稲崎さんが指導をした。
ウォーミングアップの後、親睦を兼ねて紅白戦をする。むろん貴司はBチームである。当然ベンチスタートである。
稲崎さんは取り敢えず全員のプレイを見たいようで、貴司は第2ピリオドに出してもらった。最初のプレイ機会は守備であった。相手の大学生選手が攻めてきたので、その前に立ってディフェンスする。複雑なフェイントを入れて突っ込んでくるが鮮やかにスティールして、そのまま速攻する。
相手チームの足の速い選手が戻って前に回り込む。貴司は1つフェイントを入れて反対側を抜く・・・かに見せて後ろから走ってきていた味方に、そちらを全く見ずにパスした。
結果的に貴司自身がスクリーンになり、その選手がきれいに貴司の後ろを回りこんでシュートに行く。
きれいに決まる。貴司はシュートを決めた選手と握手した。
このピリオドでは5分間の出番だったのだが、第4ピリオドでは10分間出してもらい、貴司はその間に多彩なパスを繰り出したり、そうかと思えば自ら中に進入してゴールを奪うなど、4アシスト・2ゴールの大活躍であった。
貴司は昨日丸一日千里たちと練習したのが、良かったなと思っていた。あれで刺激されたのもあったし、基本的なことを思い出せたのもあった。
「君やるね!すごいじゃん」
とキャプテンの須川さんが笑顔で声を掛けてくれたのに対して、背後からかなり敵対的な視線も感じた。こいつは自分とロースター争いすることになると思われたんだろうなと貴司は思った。
練習は昼食を挟んで夕方まで続けられた。夕食の後は自主練習になったが、貴司は当然出て行って、出てきている選手と一緒に汗を流した。最終的に練習が終わったのは21時すぎである。
しかし昨日は0時まで練習したよな、と貴司は思った。
部屋に戻る。
部屋のシャワーを使っても良かったのだが、この時間はまだ大浴場が使えるようだったので行くとゆったりとした開放感がある。身体を洗ってから浴槽に入ると、レギュラー確定と思われる195cmの龍良さん、貴司同様今回が初参加の184cm前山さんが入っていた。
「細川君だったね」
「はい、よろしくお願いします、龍良さん、前山さん」
と貴司が言うと、龍良がいきなり貴司のあそこを握った。
「わっ」
「付いてるな」
「付いてなかったら男子代表候補になれないですよ〜」
と貴司が言うと
「僕も握られた」
と前山が言っている。
「いや、チンコ握ってみないと安心できない」
などと龍良は言っている。
「もし付いてなかったらどうするんですか?」
「口説き落として愛人にする」
「でも女の子が男湯には入ってこないでしょ?」
「残念ながら今までに付いてない奴はいなかった」
そういえば千里は高校時代にお父さんと一緒にスーパー銭湯に入ったことがあるなんて言ってたけど、どうやって誤魔化して入ったんだろうと貴司は思った。少なくとも高校時代の千里は女の子の身体だったはずである。ちんちんを何とか誤魔化したにしても、おっぱいなんて隠しようが無かったはずだ。
最初から女の子だったのか、あるいは手術して女の子になったのかは分からないが。
早紀はその夜、金曜なので泊まりがけで博多に出てきていた。
実はこの日博多で好きなフォークデュオ《海岸通り》のライブがあり、学校が終わった後、高速バスで博多に出てきてライブに参戦。さっき宿に戻ってきたところであった。
早紀の財力があればヒルトンとかニューオータニとかに普通に泊まれるのだが、基本的に倹約家なので、そういうホテルに泊まるのがあまり好きではない。
この日泊まっているのは昔の平和台球場に近い所にある1泊5000円の安ホテルである。
部屋にお風呂が付いてないので大浴場に来ている。来た時は誰もいなかったので浴槽に浸かってぼーっとしていた。
「光太郎がボクのものになったら、ふたりで一緒に羽衣をやっつけちゃおうかなぁ。50年前に勝負した時はあいつに勝てなかったけど、かなり力が落ちているみたいだし。そしたらボクが日本のトップになれる」
などとよからぬことを考えている。長谷川光太郎(瞬嶽)の魂をコピーした赤ちゃんは4月に生まれるはずである。
「でも千里ちゃんが保護している伏見の子はボクより強いかも知れない。早い時期に千里ちゃんも、てなづけておかないと、やばいかなあ」
とどうも、別の心配もあるようである。
「あの子は生まれたら光太郎とは多分兄弟になるんだから仲良くしてくれるといいけど。でもふたりの関係は同母兄弟でも同父兄弟でもないし何になるんだろ?」
と早紀は悩んでいる。
光太郎は千里を遺伝子上の父、桃香を遺伝子上の母とする子供であり、京平は、千里を遺伝子上の母、貴司を遺伝子上の父とする子供である。
ふたりの父は違うし、ふたりの母も違う。でもふたりとも千里の子供である。(早月と光太郎は同母同父の兄妹である)
同様のことは将来、自分にも起きるかも知れないなと早紀は思った。
「赤ちゃん産む間は無防備になっちゃうけど、光太郎がいてくれたら、その間、ボクを守ってくれるだろうしなあ」
などと先のことも考える。
「しかし勾美の奴、千里ちゃんに関する情報は出せないって言うから、どうも千里ちゃんの実情は見えない。契約者に忠実なのはいいことだけどさ」
と《こうちゃん》にまで文句を言っている。
《こうちゃん》は早紀が生まれ変わる前の眷属だったので、今は契約関係に無いのだが、千里の眷属としての活動に支障が無い範囲で早紀に協力している。逆に《こうちゃん》が自分に手に負えないことを早紀にお願いして処理してもらうこともある。
40代くらいの客が入ってくる。身体を洗ってから浴槽に入ってきて、初めて早紀に気付いたようである。早紀はふだんは存在を透明にしている。オーラを最小にしているので、他の人は視覚的に見ない限りは彼女がそこに居ることに気付かないことが多い。
早紀が軽く会釈すると
「あんた、どこから来たの?」
と訊かれる。
「長崎です。高速バスで出てきて、海岸通りのライブを見たんですよ」
「おお!海岸通りのシンは、うちの近所に住んでた人の大学時代の同級生の甥っ子なんだよ」
「へー。それは奇遇ですね」
と言いながら、あまり関係無い人のような気がする。
「でも長崎からはやはり高速バスが便利だよね。うちの妹が佐世保に住んでいるけど、JRにはもう長いこと乗ってないと言ってるよ」
「ええ。佐世保もそうですけど、長崎からはJRなら4000円の所をバスなら2500円。回数券使えば2000円ですから。時間的にも大差無いし。うちの母とかも昔はJR使ってたけど、長崎自動車道が出来てからは、車で行くかバスに乗るかになったと言ってました」
「政府とか長崎の知事さんとかは新幹線作ろうとしているけど、どうなのかね」
「誰も乗らないというのに1票。あれは地元でも賛成している人少ないですよ。むしろ不便になる所の方が多いし」
その人とは、長崎新幹線の話、野球のホークスやサッカーのVファーレン長崎やアビスパなどの話をした。ライブについても最近はあまり参戦していないものの、昔はおニャン子クラブとか、小泉今日子、森高千里などのライブによく行っていたなどと言っていた。
20分ほど話をしていた時、新たな客が入ってくる。
その客が浴室に入ってきて、いきなり早紀と目が合った。
「早紀ちゃん!?」
「あ・・・清孝くん」
従兄の原田清孝である。
「早紀ちゃん、なんで男湯に入っている訳〜〜!?」
「えへへ。見逃して」
と早紀は言うと
「ごめーん。先に上がりますね。お話楽しかったです。また」
と今までおしゃべりしていた男性に告げると、タオルで胸からお股の付近までを覆った状態で、急いで脱衣場の方に逃亡した。
「彼どうかしたの?」
と男性が戸惑ったような顔で訊いている。
「だってあいつ女の子なのに。ってか俺、見られちゃった」
「うっそー!?」
貴司はお風呂からあがった後、千里に電話してみた。
「さっき練習が終わってお風呂に入ってきた。でもここって部屋がきれいだね」
「うん。どうかしたホテルよりは良いよね。交通の便がよくないのが難点だけどね」
「それは遊び場が無いということでいいんじゃない?」
「うん。そんな気もするよ。遊びもセックスも封印して練習に集中しようということだね」
「こんな所でセックスなんかしてたら、永久追放されちゃうよ!」
「まあ早く寝た方がいいよね」
「うん。そうする。明日も頑張るよ」
それで貴司はベッドに入って下半身の服を脱ぐと、昨日ちょろまかしておいた千里のパンティを握ったまま眠った。
(貴司は性的な機能が封印されているので、千里のそばにいない限り立つこともないし射精もできない。でも触れば気持ちいいことは気持ちいいので、実は最近女性型のオナニーにハマっている。千里に知られると面白がられて「じゃ性転換して女の子になっちゃおう」と言われそうなので内緒である)
夢の中では千里が男の子になっていて女の子になった貴司と無理矢理セックスしていた。
同じ2月24日(金).
彪志は朝青葉から「試験頑張ってきてね」という電話を受けてから、午前中も要点の復習をする。お昼を食べた後、一ノ関駅から新幹線に乗る。
一ノ関14:48(やまびこ60)17:24東京[20番線]
この列車に乗ったという情報は文月から座席番号付きで青葉に連絡されている。その青葉は彪志に渡すパンを高岡駅のリトルマーメイドで買ってから↓の連絡で東京に出た。
高岡12:31(はくたか13)14:51越後湯沢14:59(とき328)16:20東京[23番線]
理論上はひとつ後の便に乗っても17:20に[21番線]に到着し、20番線と21番線は同じホームなので、彪志の乗っている新幹線をキャッチできる。しかし4分差というのは、万一青葉の乗る側の列車が遅れたらアウトだ。それで安全を見て1時間前に到着する便を使ったのである。
青葉には東京に戻る和実も一緒に付いてきた。
23番線からはいったんエスカレーターで下に降りてから20番線へまた昇る。おしゃべりしながら待つ。彪志の座っている車両と座席が分かるのでその車両が停まる位置で待機している。
やがて彪志の乗る《やまびこ》が入ってくる。
「どちら側から降りると思う?」
と青葉。
「左でしょ」
と和実。
「うん、私も左と思った」
彪志の座席位置からなら本当は右からの方が降りやすい。しかしこの時ふたりとも左だと思ったのである。和実はまだこの時期異様に霊感が発達した状態なので、こういうのが分かってしまう。
彪志が降りてくる。エスカレーターの方に行きかける。青葉はそちらに歩みよりながら声を掛けた。
「彪志」
彪志がこちらを見る。彪志は驚くというより当惑している感じ。
目をこすっている。何かの見間違いではと思っているようだ。
青葉は彪志のそばに寄ると抱きついた。
「青葉・・・・本物?」
「本物って、私の偽物があるの?」
「ほんとうの青葉?」
「ほんとの私だよ」
彪志は場所も忘れて、青葉にキスした。
「どうしてここに?」
「彪志を激励に来た」
「それだけ?」
「そうだよ。じゃ、頑張ってね。私このまま帰るから」
と言って青葉は彪志から離れて和実の方に振り向く。
「あ、待って。千葉まで一緒に行かない?」
と彪志は青葉を呼び止めた。
青葉はそんなことを言われて迷った。和実が笑顔で頷いている。
「じゃ千葉駅までは行こうかな」
「総武線に行こう。今から千葉まで往復してきても、帰りの最終新幹線に間に合うよ」
と和実が言った。