広告:ここはグリーン・ウッド (第5巻) (白泉社文庫)
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■娘たちのムスビ(2)

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店員さんが寄ってきた。
 
「指輪をお探しですか」
「はい。エンゲージリングとマリッジリングを」
「おめでとうございます。今日は彼氏さんはおいでではないのですか?」
 
これは訊かれるかもと思っていたので桃香は平然と返事する。
「いえ、私たちが結婚するので」
 
店員さんは驚いたりしない。普通に対応してくれる。
「そうでしたか。失礼しました。婚約指輪はやはりダイヤになさいますか?」
 
桃香はその店員さんの反応が気に入った。ここで買ってもいいかなという気持ちになる。
 
「どうする?」
と桃香は季里子に訊く。
 
「私、誕生石がいいな」
と季里子。
 
「季里子は7月生まれだからルビーかな?」
と桃香。
 
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「うん」
 
それでルビーの指輪を見せてもらう。幾つか見ていた時、その指輪に目が留まった。
 
「この石の色がきれい」
「私も思った」
 
「ピジョンブラッドにかなり近い色ですね」
とお店の人も言っている。
 
ショーケースから出してもらい、実際に指のそばに置いてみる。
 
「私、これ気に入った」
「じゃこれ買う?」
「そうだなあ。これリングはホワイトゴールドですか?」
「いえ、プラチナでございます」
 
その時、桃香は初めてプライスカードを見た。少しギョッとする。
 
「プラチナかぁ!いいなあ。でも桃香大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ(支払日までには何とかなるだろう)」
 
「じゃこれ買います」
と桃香。
「ありがとうございます。結婚指輪もプラチナになさいますか?」
と店員さん。
「あ、それがいいかも。お揃いで」
と季里子。
 
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「結婚指輪のデザインはどうなさいますか? 最近はこのようなウェーブが女性の方には人気ですが」
 
「ああ、それ指輪が曲がっちゃったみたいに見えて嫌い」
などと季里子は言っている。
 
「あ、それ私まともに言っちゃって、怒らせたことある」
と桃香。
 
「ではストレートになさいます?」
「はい」
「石の入ったものになさいますか?」
「石は無しで」
「石の入っているやつは普段つけてられないもんね〜」
「うん。それで炊事洗濯はできない」
 
それでごくシンプルなデザインの結婚指輪を選ぶ。
 
「ペアで作られますか?」
「うん。2人分」
 
「そうだ。指輪の内側に刻印とかできます?」
と季里子が言う。
 
「できますよ。文字ですか?」
「文字じゃないのもできるんですか?」
「小さなイラストを刻印なさる方もいますね。最近はレーザー刻印ですので自由度があるんですよ」
「へー」
「でも文字でいいかな」
 
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「結婚指輪はお互いのイニシャルを入れようよ」
「M TO K, K TO M?」
「KじゃなくてCHにしたいな」
 
「あ、そうか!季里子の名前はデ・キリコ(Giorgio de Chirico)から取ったんだった」
「そうなのよね〜。デ・キリコと同じ誕生日だから」
「じゃ私もMOにしてもらおう」
 
「では MO TO CH, CH TO MOで?」
と店員さんは伝票に文字を書いて確認する。
 
「TOは小文字にできます?」
「できますよ。MO to CH, CH to MOですね?」
と店員さんは再度文字を伝票に書き直した。
 
「ええ。それで」
と季里子。
 
「婚約指輪の方にもMO to CHと入れられます?」
と桃香。
 
「はい、もちろん」
 

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刻印を入れるのと、指輪のサイズを直すのに1〜2時間掛かるということだった。支払いはカードで払うことにし、持っているマスターカードで払ったが、多分ショッピング限度額ギリギリかなという気がした。
 
その間にお昼を食べようということで少し距離はあったが秋葉原のロイヤルホストまで歩き、ステーキを食べてワインで乾杯した。更にユーハイムに寄ってケーキを買ってから宝石店に戻り、指輪を受け取った。
 
「早速つけてみようよ」
 
それでお互いに結婚指輪を相手の左手薬指に填めてあげた。更に季里子の指にはエンゲージリングもつける。店員さんが写真も撮ってくれた。
 
その後、ふたりは朝から予約していた写真館に寄り、ウェディングドレスを2着借りて身につけ、写真を取ってもらった。事前に伝えて了承を取っていたこともあり、写真館ではふたりともウェディングドレスであることについては何も言われなかった。人の良さそうな40代の女性写真家が撮影してくれた。
 
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『来月はバイト頑張らないとやばいな』
などと桃香は思いながらも笑顔で写真に収まった。
 
「苗字統一する?」
と季里子は訊いたが
 
「個人的には夫婦別姓主義者だ」
と桃香は言ったので、苗字はお互いそのままを名乗ることにした。
 
このようにして、桃香と季里子の新婚生活は始まった。
 

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2月20日(月).
 
茉莉花は旅行用バッグの中身を再確認すると
 
「さて行くか」
とつぶやいた。
 
出かけようとしたら家電のベルが鳴る。茉莉花はどうしよう?と思ったものの10回くらいベルが鳴ったところで受話器を取った。
 
「おはようございます。ローズ+リリーのケイと申しますが」
「あら、ケイちゃん、こんにちは」
「アルトさん!どうもお世話になっております。先日は凄い時間に押しかけて申し訳ありませんでした」
 
「ううん。慣れてるから大丈夫。今、上島は外出してるのよ。雨宮さんが来て一緒に出かけたから、どこかで飲んでるんじゃないかと思うのだけど」
 
「あ、そしたら申し訳無いのですが、先生に御伝言をお願いできますか?」
「はいはい」
 
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(ちなみに上島雷太も雨宮三森も蔵田孝治も携帯はサイレントマナーになっていて、携帯に直接電話してもまず連絡は取れない。メールもまず読まれない!)
 
「来月頭からローズクォーツの新しいシングルのレコーディングをするので、もし良かったら何か曲を頂けないかと思いまして」
 
「来月頭からローズクォーツの方ね」
「はい」
 
「了解。あ、念のためケイちゃんの携帯の番号、教えてくれる?」
「はい。080-****-****です」
「ありがと。じゃ、伝えておくね」
 
この業界では迷惑電話対策で、携帯の番号を頻繁に変更する人が多い。年に数回変える人もいる。もっともケイと上島の関係なら、もし変更していたとしても連絡してはいるだろうとは思ったが、念のため確認したのである。
 
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茉莉花は雷太へのメッセージを丁寧な字で書き、そこに今メモしたケイの携帯番号も書き添えた。
 
そして電話を受けながら書いた走書きのメモ用紙はバッグの中に放り込んだ。ふだんならこの手のメモ用紙はゴミ箱に捨てるのだが、今日の場合、上島が後で“ゴミ箱をあさった場合”、こんな乱雑に書いた字を見られたら嫌だなと思ったのである。
 

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茉莉花は家を出て玄関の鍵を掛けると、その鍵を少し首を傾げて考えてから、郵便受けに放り込んだ。表に出るとちょうど走って来たタクシーがあったので、手を挙げる。
 
タクシーが停まる。乗り込む。
 
「どちらまでですか?」
「どこにしようかな・・・」
「え?」
 
「そうだ。甲府までとか頼んでいい?」
「はい!?構いませんが、JRとかに乗られた方がお得ですよ」
「私、有名人だから、他人にあまり見られたくないのよ。甲府に住んでいる友人の所に行こうと思って」
 
「分かりました。お連れします」
 
「あ、遠距離になるから、往復分の料金払うよ。前金でとりあえず10万くらい渡しておくね」
 
と言って茉莉花は福沢さんを10枚渡そうとする。
 
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「いえ、料金は着いてからで結構です。帰りの分は高速料金だけ負担して頂ければいいですので、多分それも入れて4〜5万だと思います」
 
と50代くらいの運転手は言った。
 

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上島雷太が帰宅したのは翌日の明け方だった。
 
最初玄関が閉まっているので戸惑う。この玄関が施錠されることはめったにない。茉莉花の携帯を鳴らす。
 
反応が無い。
 
熟睡しているのだろうか?こんな時刻に外出しているとも思えない。
 
雷太は悩んだ。
 
実は鍵を持っていないのである!
 
少し考えてから、郵便受けのダイヤルを回してみた。この番号は422。茉莉花の誕生日になっている。このダイヤル鍵は茉莉花が所属していた事務所・§§プロの紅川社長からのプレゼントである。この番号になるように特別に作らせたものらしい。むろんそのことを知っているのは、紅川社長の他は自分と茉莉花だけだ。雨宮や下川も知らないし、上島自身の妹や親にも言ってない。
 
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果たして郵便受けの中に玄関の鍵は入っていた。しかしこの郵便受けの鍵を回したのはもう3年ぶりくらいという気がした。
 
玄関を開け中に入ってから寝室に行ってみると。茉莉花は居ない。
 
「まぁちゃん?」
などと声を掛けながら雷太は家中を歩いて回ったのだが、茉莉花は見当たらなかった。
 
「コンビニにでも行ったんだろうか?」
などと独り言のように言葉を発すると、応接室に戻る。その時、茉莉花の字で書かれたメモに気付く。
 
「ローズクォーツ用の曲か・・・・」
 
しかしこんなメモを残すというのは、どこか遠くにでも出かけたのだろうか?コンビニとかに行ったのであれば、わざわざメモを書くまでもない。戻ってから口頭で伝えればいい。しかし遠出するのなら、その件をメールでもする筈だ。
 
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雷太はあらためて自分のiPhoneを確認するが、一週間くらい前までスクロールさせてみても、茉莉花からのメッセージの類いは無い。
 
雷太は何か大きな不安を感じ始めた。
 

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2月23日(木)。和実が富山県にやってきた。
 
青葉が国内の病院で手術を受けることにしたことを和実に話したら、
「あ、それいいな」
と言い、その先生の診察を受けることにしたのである。
 
この時点で和実は今年性転換手術を受けようと考え、タイの病院に“予約”も入れていた。やはり大学3年の時に手術しておかないと、4年生になるとゼミが大変だと考えたのである。理学部は卒論は無いものの、ゼミの準備には毎週3〜4日の徹夜作業を覚悟しておく必要がある。とても性転換手術を受けた直後の体力では乗り切れない。
 
和実は千里が4年生になる今年性転換手術を受けると言っていたことに疑問を感じていた。彼女も理学部で同じ数学専攻だ。どう考えても自分が通っている大学より千里の大学の方が厳しい。性転換手術など受けてゼミに対応できるとは思えない。そこから、和実はひょっとして千里はもうとっくに性転換手術が終わっているのでは想像するようになっていた。そして性転換手術を受けますという名目で実際にはタイに観光旅行にでも行ってくるつもりでは?
 
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「他人のこと言えないけどなあ・・・」
と和実はつぶやいた。
 

検査を受けると、松井医師は和実のことが物凄く気に入ったようである。
 
「ね、ね、今から手術してあげようか。今日は手術室空いているんだよ」
 
「私もできるだけ早く手術したい気持ちはありますが、今手術すると学業と仕事に差し障りがあるので7月にお願いします」
「仕方ないね。今日、タマだけでも抜いていかない?手術、すぐ終わるよ」
「いえ、7月におちんちん切る時に一緒でお願いします」
 
去勢くらいしてもらってもいいのだが、この先生はものすごーく《危ない》感じなのである。去勢手術に同意したら、絶対そのまま全身麻酔掛けられて気がついたら性転換手術が終わってそうな気がする。それで和実は去勢も断った。
 
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それに・・・手術受けるには“準備”が必要だし・・・
 

和実が今すぐ手術するのは困ると言うと、松井医師は面白く無さそうな顔をする。ほんっとにこの先生、表裏の無い人だと苦笑したくなる。ところが和実の検査結果を見て「へ?」と声を出す。
 
「あんた性染色体がXXじゃん」
「え?そうですか?」
「それにMRIに明らかに卵巣・子宮と思われるものが写っているんだけど」
 
えっと・・・何と言い訳しよう?
 
「それ何かの間違いだと思います。再検査してもらえませんか?以前も他の病院で言われたことがあったんですが、再検査してもらったら、何も写っていませんでした」
 
「ふーん・・・」
 
それであらためて再度MRIを取ると、確かに卵巣や子宮らしきものが無いし、それどころか前立腺と思われるものが写っている。
 
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普通の医師ならここで「やはり間違いだったみたいね」と言うところである。しかし松井医師は手強かった。
 
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