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あらためて結婚指輪もぜひ当店でと言われたので、結婚指輪はお互いに贈りあいたいから、各々別にこのお店で頼もうかという話になる。すると2人に1冊ずつカタログを渡されたので、千里は銀座店で貴司に贈る指輪を作り、貴司は梅田店で千里に贈る指輪を作ろうということにした。梅田店への紹介状も書いてもらった!
この日は元々一緒にホテルに泊まることにしていたので、車でそちらに向かい、ゆっくりと愛の一夜を過ごした。
翌2月26日(日).
貴司と千里は早朝ホテルをチェックアウトし、羽田から朝一番の便で旭川に飛んだ。
羽田6:50(ADO 55)8:30旭川
空港に降りる前の大雪山が物凄く美しかった。
空港のトヨレンで予約していたアクアを借りてまずは市内の美輪子の家に行く。
「ここ初めて来た」
と貴司。
「去年の夏に引っ越したんだよ」
「へー。でもこれけっこう年数が経ってる?」
「築40年。それで土地込みで800万円」
と千里が言うと
「安い!?」
と貴司は驚く。
「まあ実質土地代だけだよね」
「だよね!」
「叔父さんがけっこう自主的に修理したりしてるみたい」
「ああ、それはいいかもね」
それでピンポンを慣らすと美輪子が出てくるが、
「ちょうどよかった。今メールした所だった」
と言う。ClariS "nexus"の着メロが鳴る。開いてみると
《うちに桜木さんって人が来てるよ》
というメールが届いた所である。
「桜木・・・八雲さん?」
「あ、そんな感じの名前」
「男の子でしょ?」
と千里が謎めいた微笑みで訊くと
「うん」
と美輪子は答える。
「誰?バスケ関係者?」
などと貴司が嫉妬するような目で訊く。
「会ってみれば分かるよ」
と千里は微笑んで言った。
果たして居間にいたのはチェリーツインの桜木八雲(少女Y)であった。
(少女XとYの覚え方:男の子(XY)的要素のあるのが少女Yで、純粋な女の子(XX)なのが少女X.Yはひっくり返すと木の一部だから桜木、X(エックス)はΧ(カイ)に似ているからカイ→カワで桜川。八雲は須佐之男命で男神、陽は天照大神で女神)
「久しぶり〜」
と言ってハグすると、貴司がギョッとしているのが感じられる。
嫉妬しろ、嫉妬しろ。
「そういう訳で、チェリーツインの桜木八雲ちゃん、美幌町のマウンテンフット牧場で働きながら、音楽ユニットの活動をしているんだよ」
と千里は紹介した。
「どうもお世話になります。桜木です」
「まあ見ての通り、桜木さんは一見男の子に見えるけど、生物学的には女性だから」
と千里が言うと、美輪子・賢二も貴司も
「嘘!?」
と言った。
「FTMさん?」
「ただのファッションだよね?せいぜい男装趣味」
「まあそのあたりかな?こういう服を着るのが好きなだけで、別に男の子になりたい訳ではないし、恋愛対象も男性だし(ちょっと怪しい気はするけど)。でも結構男と思われるから、女子トイレや女湯脱衣場に入って悲鳴をあげられることはよくありますよ」
「ああ」
八雲は歌を歌う時はソプラノ(陽子がアルト)なのだが、普通にしゃべる時は喉の力を抜いて故意にオクターブ下の声を出しているし、話し方が男性的な話し方なので、聞いている側はふつうに男性が話しているように聞いてしまう。
(人が声の性別を判断する場合、ピッチより話し方で判断している。ピッチは実はあまり気にする必要が無い。男はしゃべるように話す。女は歌うように話す)
千里が婚約指輪をもらったというと桜木八雲は「おめでとうございます!」と言い、指輪を見て「いいなあ。でもこれ凄い豪華!」と言っていた。
「実はこないだ、テレビを見たんですよ」
と八雲は言った。
「ハート・ライダーってドラマなんですけど」
「あぁ・・・」
「その中で冬の北海道をバイクで走破する話が出てきて、無茶だろと思ったら実際に走破するのに使用したバイクって写真が出てきて」
「なるほど」
「それでコネのある放送局の人に問い合わせたら、実際に走破したのは醍醐春海先生だと聞いて、それで醍醐先生に電話してみたんですが、つながらなかったんで、新島さんに電話したら、そのバイクも醍醐先生の私物で旭川の親戚の家に置いてあるという話だったんで、それってここだろうと思って押し掛けてきたんですよ」
「見ました?」
「今見せてもらおうと思っていた所です」
それで美輪子宅の庭に置かれているバイクをみんなで見に行く。
「スパイクタイヤか!」
と貴司が驚いている。
「これを使わないと、雪道の走行は不可能」
「だろうね!でもスパイクタイヤって使っていいんだっけ?」
「125cc以下のバイクのみ許されるんだよ」
「そうだったのか!」
「だからこのバイクは110cc。でもターボ付いてるから実質倍の220ccくらいのパワーがある。それでないと日勝峠は辛かった」
「まさかこれで日勝峠を走ったの!?」
「走ったよ。楽しかったよ(結構恐かったけどね)」
「ひぇー!?よくやるなあ」
「これ少し触らせてもらえません?」
「乗ってみていいよ」
「わぁい!貸してください」
と言って桜木八雲はバイクを表に出すとエンジンを掛けて少し走らせてみる。家の前の道路を数回往復していた。
「これ凄い頼もしいです!」
「まあこのくらいの雪道は楽勝だよね」
「ね、ね、先生。このバイク使われます?」
「いや、今回は雨宮先生に言われて冬の北海道を走破したけど、あまりそういうことはやりたくない」
「だったら、このバイク、譲ってもらったりできませんよね? これなら冬の牧場の見回りとか細い道の先にある集落への配達に使える〜と思ったんですよ。そこに到達するルートが全て雪道ならスノーモービルで行けるんですけど、へたに除雪された道があると使えなくて最後は歩かないといけなくて」
「なるほどね〜。そのバイク、多少怪しい改造もしてあるけど、詮索しないのならいいよ」
「詮索しません!」
「それと旭川では登録が通ったけど、美幌で通るかどうかは分からないよ」
「うちの牧場の名前で通ると思います」
「なるほど〜。だったら実費でならいいよ」
「おいくらくらいですか?」
「改造費は60万円くらいかかっているんだけどね」
「だったら80万円でどうですか?」
「40万円でいいよ」
「ほんとですか?じゃそれで」
そういう訳でこのバイクは桜木八雲が牧場で活用することになったのである。
「でも向こうに持って行く時は軽トラかワゴン車に積んで運んだ方がいいよ。走って行くのは辛いよ」
「そうかも!」
美輪子の家に2時間ほど滞在してからレンタカーのアクアで留萌に向かう。ふたりの車は留萌市郊外のレジャー施設に到着する。ここのレストランで一緒に食事しましょうということになっていたのである。
「おお、新郎新婦の来場だ」
と言って玲羅が拍手する。理歌と美姫も拍手する。
「あんたたちいい服着てるね!私これイオンで8000円で買った服なのに」
などと千里の母が言っている。
「適当な服でいいと思うよぉ」
と千里は言った。
まずは指輪をみんなに見せる。
「ダイヤが大きい!」
「給料の3ヶ月分ということで」
「すごーい!」
「刻印が読めない」
「a takashi ad chisato, semper amemus. 日本語で言うと貴司から千里へ、一緒に愛し合って行こう、ということ」
と千里が解説する。
「何語?」
「ラテン語」
「へー。貴司さんラテン語得意なんですか?」
「いや全然分からないけど、何か格好良さそうだったから」
と貴司が言うと千里は苦笑している。
「貴司は仕事柄、韓国語や中国語は得意」
「へー!」
「まあ出来ないと仕事にならないから頑張って覚えた」
あらためて貴司が千里の左手薬指にエンゲージリングを填めてあげると、また拍手が起きていた。
ワインで乾杯してから食事を始める。この日、貴司の家族も千里の家族もこの施設の送迎バスで来ている。千里は運転するのでお酒はパスして貴司に飲んでもらって、自分は烏龍茶を飲んでいた。
ワイングラス1杯のアルコールは14gである(125ml×度数14%×比重0.8 = 14).
日本の法令で酒気帯び運転とされるのは呼気中0.15mg/Lのアルコールがあった場合である。血液中のアルコール濃度は呼気中アルコールの2000倍とされるので、これは血中濃度0.3mg/mlに相当し、体重50kgで含水率0.55の女性なら体内の水分が27.5kgあるので体内に存在するアルコールの量は 0.3 * 27.5 = 8.25gということになる。14gから8.25gに到達するには普通の女性のアルコールの分解速度は6.5g/hなので(14-8.25)/6.5=0.88h=53m ということで1時間経てば酒気帯び運転にならないアルコール濃度になることになる。
含水率というのは体重のどのくらいが水分かということで、日本人の場合、赤ちゃんで80%、青年で60%、老人で50%と言われる。欧米人は日本人より高い。また、筋肉は水を多く含み、脂肪は水をあまり含まないので、どうしても男性の方が含水率は高い。しかし、千里の場合はバスケットで筋肉を無茶苦茶鍛えているので並みの男性よりずっと高い含水率がある。千里の体重を64kg、含水率を0.66とすると千里の体内水分は42.24kgとなる。酒気帯び運転のボーダーラインは0.3mg/ml * 42.24kg = 12.622 g なので分解すべきアルコールは 1.378g に過ぎずお酒に強く筋肉も多い千里は11g/hくらいの分解速度を持ち 1.378/11 = 0.125h = 7.5m ということで7分半あれば分解できる。
そもそもワイン1杯飲むのにそのくらいの時間が掛かる。
つまり千里はワインを1杯飲んだとしても、飲み終えた瞬間、もう運転可能である!
但し千里は自主規制として、飲んだ場合は、どんなにシラフだと思っても1時間以内は運転しないことにしている。この日は食事と会話で2時間掛かっているのでどっちみち安全圏である。しかしそれでも運転することが分かっているのに飲むのはいけないと考えて飲まなかった。
「すみません。これの父親が今日は札幌に行っていて来れなくて」
と津気子が言っているが
「お父ちゃんに私の性別問題を話す方が大変だろうと思っている」
と千里は困ったような顔で言う。
「今回タイミングが合わなかったから、またあらためて3月か4月に来て、何とか話をするよ」
と千里は言った。
その問題以外は和気藹々としたムードで会話は進む。
「そもそも千里ちゃん、貴司のお嫁さんとしてうちの親戚の集まりに何度も出ているしね」
などと保志絵は言う。
「けっこう出てますね〜」
この日は日程的な話も出た。千里と貴司の代表活動の日程なども考えた所、大会が終わるのを待つと、千里は7.28-8.11のロンドン五輪、貴司は9.14-22のアジアカップということになり、その後で結納ということになると、12月くらいの結婚式を考えると押し迫りすぎるということになる。
それで6月くらいにやっちゃおうということになった。
千里は6月3日までトルコ遠征をしていて10日からは国内合宿に入る。その後、再度トルコに行き、7月1日まで大会は続く。貴司は6月3日まで国内で合宿をしていて、6月7日からまた次の合宿がある。なお、女子の篠原チームではないので、7日からの合宿という時は7日朝に集合すれば良い。
それで6月4-6日の間に吉日が無いか見てみると6月6日が友引であることが分かる。
「合宿の前日だけど」
「結納の勢いに乗ってロースターを獲得しよう」
ということで6月6日に結納をすることにした。結納は午前中に行い、その後、食事をして、午後から東京に移動して貴司は合宿所に入ることになる。
「結婚式も決めちゃいましょう」
「場所はどこでしますかね?」
「結納は双方の家のある留萌でいいと思うけど、結婚式は貴司さんの職場のある大阪がいいのでは?」
「じゃ12月の吉日で会場の取れる所という線で」
「だったら、その線で僕がホテルを探すよ」
「ではそういうことで」