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■娘たちの震災後(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2018-01-20
 
2011年1月、千里はU21日本代表の活動でフランスに遠征していたのだが、帰国して自分のアパートに行ってみたらアパートが崩壊していて呆然とする。渡仏中に大雨があって崩れてしまったのだという。
 
それで取り敢えず不動産屋さんが瓦礫の中から回収してくれた荷物をいったん桃香のアパートに持ち込み、パソコン・楽器類や賞状・メダル類などについては、その不動産屋さんに探してもらい、江戸川区葛西のワンルームマンションを借りてそこに運び込んだ。ここは以前から使っていた駐車場に近い場所だった。
 
そういう訳でこれから2015年3月まで、約4年間、千里と桃香は同居生活(千里的見解)をすることになる。
 
なお、ファミレスへの“通勤”に使っていたスクーターは偶然葛西の駐車場にインプと一緒に駐めていたので無事であった。
 
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2月27日、千里は貴司と一緒に伏見に行き、京平と会ったのだが、その時京平は3月の上旬は絶対に東北に行かないようにと言った。何があるのだろうと千里と貴司は顔を見合わせた。
 

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3月5日(土)。バスケット協会から、女子U24代表、女子U24(Univ)代表の候補者が発表になった。
 
この2つの代表は同世代の代表だが、ユニバーシアードに出る資格のある選手がU24(Univ), それ以外の選手がU24に呼ばれている。
 
先日予告されたように、千里は(一応)大学生なのでU24(Univ), 佐藤玲央美は社会人なのでU24に召集されていた。
 

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3月10日の夕方。雨宮先生が仙台の居酒屋さんでトラブルを起こし、千里にお金を持って来てと電話して来た。千里が《くうちゃん》を見ると
 
『確実に今日中に帰って来い』
と《くうちゃん》は言った。
 
千里は「今日中に戻って来い」ということは、明日、何かとんでもないことが起きるのではと思ったが、ともかくも仙台まで急いで往復してきて、居酒屋で支払いを済ませ、雨宮先生は回収して三宅先生宅に“投下”してきた。
 
それが3月10日(木)夜23時頃であった。
 

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三宅先生のご自宅の後は、葛西のマンションに入って、頼まれていた曲の調整をしていた。そのまま眠ってしまい、起きたらもう11時である。調整していた曲を再度聴いてみて、これでまあいいだろうと思ったので送信する。
 
今日の夕方からはU21の合宿があるので、千里はその準備で服をスポーツバッグに詰めたり、財布の中身を確認したりしていた。昨夜居酒屋さんに雨宮先生の会計を60万円払ったので現金が残り40万円しかないが、週末の合宿でそんなに使うとは思えないので、まあいいだろう。それで非常食でも買ってこようかと思っていたら、桃香から電話が掛かってくる。
 
「お腹空いたんだけど、千里帰ってこないよね?」
 
千里は苦笑して
「じゃ、何か買ってそちらに行くよ」
と言った。
 
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それで近くのケンタッキーでチキン6ピースとビスケット3個のセットを買い、インプを運転して行って、桃香のアパート近くの月極タワー駐車場に駐める。ここは桃香のアパートに当面同居することを決めたことから、たいちゃんが見つけてくれて契約した駐車場である。
 
そして千里は歩いて桃香のアパートに入った。
 
「おお!ケンタッキーとは豪華だ」
と言って桃香は喜んでいる。
 
「仙台で買ってきたずんだ餅もあるよ」
「あ、それも好き!千里、仙台に行って来たの?」
「昨夜ピンポイントリターンで行って来た。これは途中のSAで買った」
「へー」
 

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それでチキンを食べた後でずんだを摘まみ、食欲の満ちた桃香がセクハラしてくるのはキッチリと撃退し、お部屋の掃除などしていた時のことであった。
 
いきなり物凄い揺れがある。
 
「地震!?」
「これかなり大きい」
「逃げる?」
「おさまってからの方がいい。揺れている間は動くの危険」
 
揺れがおさまるまでは結構掛かった気がした。
 
「逃げなくてもいいかな?」
「うん。いいと思う」
 
「これきっと震源地はすぐ近くだよ」
などと言って、桃香はテレビをつけた。
 
地震速報がテロップで流れている。
 
「震源地宮城県!?」
「嘘!?」
「宮城の地震でこんなに揺れる訳!?」
「もしかして宮城と相前後してこの付近を震源にした地震も起きたのでは?」
 
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しかしすぐにアナウンサーが出てきて、宮城県沖を震源とするマグニチュード8クラスの地震が発生したこと、津波に注意して欲しいなどといったニュースが読み上げられる。
 
「マグニチュード8!?(*1)」
「なんかとんでもない規模じゃない?」
「いや、だから千葉でもこんなに揺れたんだよ」
「阪神大震災より大きいよね?」
「あれは7だからね」
 
(*1)後にマグニチュード9と訂正された。マグニチュードが2つ増えると地震のエネルギーは1000倍になる。
 

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千里と桃香はその後、次々と入ってくるニュースに釘付けになり、そして息を呑んでいた。
 
16時頃、高田コーチからメールがある。U21の合宿は中止になったこと。また当面日本代表の活動そのものが自粛になるのではないかということであった。実際に追って須崎さん(U24-Univ監督)からも予定されていた合宿は中止になったというメールが翌日届いた。
 
「何か連絡のメール?」
と桃香は、高田コーチからのメールが到着したのを見ていたら訊いた。
 
「うん。参加しているバスケチームの明日の試合が中止になった」
と千里は答える。
 
「中止だろうな!これは」
 
夕方《てんちゃん》から電話が掛かってくる。
 
「うちのファミレスで東北地方に炊き出しに行く方針が決まったんだよ。参加してもいいという人は、連絡してくれというんだけど、どうしよう?」
「私自身が行く。連絡してくれる?」
「了解」
 
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《てんちゃん》からは30分後に連絡がある。
 
「参加してくれる人は今夜20時に一度お店に出てきてって。出発は明日早朝」
「分かった。行く」
 
それで千里が桃香に、バイトしているファミレスで東北に炊き出しに行くことになったと言うと、桃香は自分も参加したいと言った。
 
そこで千里は桃香をインプに乗せて一緒にファミレスに向かった。
 
「あ、この車は前にも乗ったことある」
「うん。ちょうど借りていたんだよ」
 

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“千里”が勤めている店舗だけでなく、全店舗の志願者が集まっているようである。お店は今日は臨時休業になったようだ。
 
「最初に言っておきたい」
と言って、副社長が厳しい表情で説明を始めた。
 
「まだ現地の情報は錯綜している。政府ではまだボランティアの人は動かないで欲しいと言っている。しかし伝わってくる情報では、被災者の人たちは食べる物も飲み物もないということのようだ。政府の指示を待っていられないから動くことにした」
 
「現地ではかなりの死者が出ているようだ。大量に死体が転がっているという話もある。だから、人間の死体を見ても平気な人だけが参加して欲しい」
 
志願者たちが顔を見合わせている。
 
「多分今がいちばん悲惨な状態だと思う。余震もかなりきついのが来ると思う。だから危険もある。半月もすれば少しは落ち着くと思う。死体を見るのには耐えられないと思ったら、月末か月明けからの活動に参加してもらえばいいと思う。だから、自分には無理かもと思う人は、遠慮無くいったん退席して欲しい。正直な話、現地で気分が悪くなったりすると、足手まといになる」
 
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副社長がそう言うと、顔を見合わせて退席する人たちがある。特に女子はかなり退席する。
 
それで結局3分の1くらいになってしまった。
 

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「だったら参加者はここに、氏名、所属店舗、年齢、性別、所有する免許や資格の類いを書いて欲しい」
 
それで千里は「村山千里・千葉**店、20歳、女、普通運転免許」と書いた。
 
「ふーん、女と書くのか」
と隣で桃香が言っている。
「私、女だもん」
「確かに女にしか見えん」
 
桃香は「高園桃香、所属無し、20歳、女、普通運転免許」と書いた。
 
千里が所属するお店の店長・芳川さんが紙を回収して行く。千里の所で紙を受け取る際、訊いた。
 
「村山君は女でいいんだろうな」
「はい、私は女です」
「君、女子更衣室は・・・いつも使っているな」
「ええ」
「君、女湯には入れるんだっけ?」
「問題無いですよ」
「じゃ、そういうことで」
 
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この会話を聞いて桃香が腕を組んでいる。
 
次に桃香の紙を回収しようとして
「あれ?君、所属店舗は?」
「すみません。どこにも所属していません。私は村山の友人ですが、話を聞いて、居ても立ってもいられなくて。ぜひ参加させてください」
 
「君、なんか丈夫そうだね」
「はい。それだけが取り柄です」
「じゃお願いすることにするけど、念のため、うちの店舗で数日経験を積んでから第二陣で行くというのはどう?」
「はい、ではそれでお願いします」
「だったら、所属は千葉**店と書いて」
「はい」
 
それで桃香が記入してから、芳川さんは紙を回収して行った。
 

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そういう訳で、千里は明日12日早朝から現地に入り、桃香は数日間、教育を受けて2回目のボランティアに参加することにしたのである。
 
千里は来週に予定されていた全日本クラブバスケットボール選手権大会は中止になるのではと思ったのだが、これは翌日内々にその方針であることが出場チーム(ローキューツを含む)に伝達され、正式には15日に発表された。
 
千里は3月12日朝6時に千葉**店に集合、キッチンカー3台に分乗して出発した。
 
この時点で、どの道が通行可能か、通行不能かという情報も不明確である(数日中に自動車メーカーが中心になって情報の集積が行われ、かなり分かるようになった)
 
一応現地の協力会社(このファミレスに食材を納入してくれていた会社)の駐車場に駐められることになっている。ガソリンは現地での調達は困難なのでサポート車に載せてそれも運ぶことにしている。
 
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この第一陣で入ったのはキッチンカーに乗った男子チーム2つ8人と、女子チーム1つ4人、それに食材や飲料水・ガソリンなどを載せたマイクロバスに乗った副社長を含むサポートの男子5人である。
 
この時点で東北自動車道も常磐自動車道も全線通行止めである。取り敢えず沿岸を走る国道6号より内陸を走る国道4号の方がマシだろうと考え4号線を走って行くが、福島県内に入ったあたりから、あちこちで通行止めになっており、迂回につぐ迂回を強いられる。
 
結局千里たちの女子チームがこの日の目的地であったS町に入ったのは夜20時頃である。町の職員さんと連絡を取り、何とか避難所になっていた小学校に辿り着く。炊き出しに来たというと、歓声があがっていた。
 
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この日供給したのはカレーのみである。ラーメンなどもやりたかったのだが、水を使うものは取り敢えずこの日は避けた。お代わり自由という方針だったので、何杯も食べている子供がいた。
 
「今日はどちらどちらを回っておられますか?」
と町職員さんから訊かれる。
 
「今、東京から辿り着いた所なんですよ。私たちのチームはこの後、S町内のの全避難所を回る予定です。別のチームがM町とO町、別のチームがZ町に行っています」
 
「W町にはどこかのチームが行かれます?」
「それがW町は交通事情が分からずもう暗くなるので今日は断念しました」
 
「保存食などはお持ちじゃないですよね?」
 
「乾パンも持って来ました。それと赤ちゃん用おむつ、女性用ナプキンも持って来ています。おむつやナプキンは1袋ずつ避難所に置いていく予定です」
 
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「それもし余裕があったら、うちで運びますから一部隣のW町にも持って行っていいですかね?」
「お願いします。慣れてないと暗い中では路肩が崩れていたりしても気付かない可能性がありますし」
 
それでそこに乾パンおむつとナプキンを5袋ずつ置いていった。
 

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12日の作業が終わったのはもう0時すぎであるが、震災発生以来何も食べられずに過ごしていたという人達が多く、多数の感謝の声があがっていた。
 
「疲れたねー」
「私たちもお腹空いた」
「でも協力会社までは辿り着かねばならぬ」
 
千里は言った。
「私バスケット選手で体力あるから、私が運転するよ。だからみんな寝てて」
「そう?じゃ遠慮無く」
 
それで千里が運転席に就くとみんな寝てしまう。千里自身も《こうちゃん》に
『よろしくー』
と言って精神を眠らせてしまった。《こうちゃん》はぶつぶつ言いながらも千里の中に入って車を動かし、仙台市内の協力会社F社まで運転して行った。
 

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