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千里はその日は高岡に泊まった。桃香と同じ部屋に寝たが、疲れが溜まっていて熟睡していたこともあり、気付かないうちに裸に剥かれ、やられてしまっていた(23日朝〜24日朝までの24時間、千里は男の子の身体になっていた)。千里はしっかり桃香をしばらく立ち上がれないくらい叩きのめしておいた。
ふたりは、翌5月24日朝、セーラー服を着て学校に出かける青葉を見送ってから高岡駅に移動し、10:39発越後湯沢行き《はくたか》に乗った。東京到着は14:20, 千葉到着は15:21という連絡である。千里は実際に桃香と千葉駅までは付き合い(実際にはほとんど寝ていた)、その後、バイトに行くと称して別れると、ここで《すーちゃん》と位置交換してもらう。
それでヨーロッパ遠征の練習に参加した。
朝食を取った時までは《すーちゃん》だったのが、練習場に来たのは千里本人だったので
「千里、遅刻だぞ」
と言って、軽くコツンと頭をげんこつで打っていた。
アビラ(Avila)は海抜1131mという高地である。ここに来た目的はこの高い標高での低酸素トレーニングというのがあった。
実際激しい運動をすると息が苦しそうな選手も多い。紅白戦をしていて、つい立ち止まったりして、高田コーチから注意される。
しかし千里・玲央美・王子の3人は、しばしば月山(1984m)の頂上の練習場でトレーニングしているので、今更1131mの標高など全く平気である。
それでこの3人が異様に元気なので
「やはり若さにはかなわん」
などと広川さんが言っていた。
しかし最高齢の、もとい、最も年上の三木エレン(35)も結構元気である。
「エレンさん凄いですね」
と言われて
「まあ、おばあちゃんはあまり呼吸しなくてもいいんだよ」
などと言っていた。
その日、桃香は東京に出ていて、久しぶりに元ガールフレンドの畑中君(FTMなので男装している)に遭遇し、一緒に飲んだ上に、勢いでそのまま彼のアパートに行ってセックスもしてしまった。
むろん桃香が男役、畑中君が女役である!
「ああ、でもこれが俺のヴァギナの使い納めかなあ」
などと彼は言っていた。
「テルはいつ手術するの?」
「秋のつもりだったんだけど、キャンセルが出た所に入れてもらって、来月1回目の手術をすることになったんだよ」
「おお、すごい」
「それで女は廃業して、1ヶ月後8月に2度目の手術をして、ちんちんを作る」
「じゃ、ちんちん出来たらフェラさせて」
「いいよ」
「ついでに入れてあげるね」
「俺、入れられる方にハマったらどうしよう?」
「テルはきっと、男になっても女役のままだよ」
「うーん・・・・」
「やはりタイで手術するの?」
「そうそう」
「テル、タイ語とかできるんだっけ?」
「できないけどコーディネーターさんと一緒だから大丈夫だよ」
「何それ?」
「タイで性転換手術する人が多いからさ。タイ語のできる付き添いさんを付けてくれる会社が幾つかあるんだよ。タイで手術する人はみんなどこかのコーディネーター会社を利用しているよ」
「へー」
「あれ?モモの彼女のMTFさん、あの子はそういう会社使わないの?」
「あ、聞いてない」
「もしまだコーディネーター会社に接触してないんだったら、紹介してあげようか?ここ、今俺が使っている所だけど、けっこう親切でいいよ」
と言って、畑中君は机の引き出しからパンフレットを出すと桃香に渡した。
「ふーん。こういう会社があるのか。確かにタイ語のできる人なんて、そうそう居ないから、そういう人がいないと不安だよね」
と言って、桃香はそのパンフレットを自分のバッグに入れた。
今回の千里たちの合宿日程はこのようになっていた。
5/24-26 アビラ
5/27-30 マドリード
5/31 ギリシャのコス島へ移動 MAD 7:05-9:30 FCO 11:00-14:00 ATH 16:20-17:10 KGS (MAD:Madrid FCO:Roma Fiumicino ATH:Athina KGS:Kos)
6/1-6 コス島 (6日夕方アテネに移動 KGS 1740-18:30 ATH)
6/7-12 アテネ
6/13-14 帰国
この間、次のような練習試合をしている。
5/25 スペイン代表(5) 74-54×
5/30 カナダ代表(12) 55-72○
6/02 ギリシャ代表(14) 81-75×
6/03 イスラエル代表(39) 68-76○
6/05 ギリシャ代表(14) 73-66×
6/11 U-20ギリシャ 57-89○
6/12 U-20ギリシャ 45-83○
ユースチームにも負けるようであれば話にならないので、一応広報的には「遠征中4勝3敗」ということになったが、実質2勝3敗である。
括弧内はFIBAランキングである。日本はこの時点で15位である。ランキングの近いギリシャに2敗したのは、やはり向こうも同程度のチームというので本気で掛かってきたからであろう。カナダはトップチームではないようであった。
そういう訳で今回の一連の練習試合では、負けた3つの試合こそが刺激になった。どうも協会側の意図とは違い、篠原さんや、ここに来ていない城島さんの意図はそちらにあったようである。
コス島はエーゲ海の東端付近、トルコのそばにある島で、ロードス島より100km北西、レスボス島より270km南南西の位置にある。小さな島だが標高の高い部分が多く、最高点は843mである。これはニシロス火山の外輪山の一部といわれ、かつては北側のカリムノス島(700m)やセリモス島とも地続きだったのが地震で分断されてしまったらしい。
篠原チームなのでこの標高の高い島でまた厳しい練習が続いたが、練習試合の無い6月4日(土)は、午前中だけ練習して、午後からは自由時間となり、当地で有名な考古学博物館(Αρχαιολογικο Μουσειο Κω、Archaeological Museum of Kos)に行った。
このコス島は「医学の父」と言われるヒポクラテス(BC460頃)の生地である。市内にはヒポクラテスが座ったというプラタナスの木も残っている。
博物館にはたくさんの彫像が展示されていたが、その中のひとつの像を見て、王子が異様に興奮している。
「どうかした?」
「いや、この像って、父・母・子の像かと思ったんですけど、母かと思った側にも、ちんちん付いてますね」
「ああ」
その像は2人の大人の像の間に小さな子供の像があるのである。
「これ母は男の娘で、男だけど子供産んだんですかね?」
「まさか」
「普通に同性愛で、子供は別の女性が産んだんだと思うけど」
「さすがに男の娘は子供は産めないと思う」
「だいたいどこから産むのよ?」
「同性愛というより、日本の昔の若衆なんかと同じで少年愛だと思う」
「基本的に少年は女性と同じ扱い」
「少年を愛するのは女性を愛するのと同じだから変態ではない」
「昔は、少年愛の相手を務めた少年は、成人するとその男性の娘と結婚する権利があったらしいね」
「するとAさんが少年Bと愛し合って、その後、Aさんが別の女性Fさんと結婚して娘Gができる。Bは成人すると別の少年Cと愛し合い、やがてGと結婚するが、BとGの間に生まれた娘HはCと結婚する」
「複雑な関係だな」
「簡単に言うと、自分が見込んだ男と娘を結婚させるというだけなのでは?」
「それは簡単にしすぎている気がする」
桃香がその日千葉市内のバイト先から、夜間の受付作業を終えて出てきたら、ププッっという車のクラクションがする。
見ると向こう側の車線に真っ赤な三菱ギャラン・フォルティスが停まっていて、運転席から濃いメイクをした女性が顔を出して手を振っている。
桃香は誰だっけ?と一瞬考えたのだが
「桃香、どこか行くの?乗せて行こうか?」
などと言う声を聞いて、正体が分かった。
「研二か!一瞬分からなかった」
「今日はわりと念入りにメイクしたからなあ」
それで取り敢えず桃香は、研二の車に乗ったのである。
本当は後部座席に乗りたかったのだが、後部座席には研二が東京で買ったという何やら大きな荷物が載っていたので、仕方なく助手席に乗った。
「良かったら、西千葉駅の前で降ろしてくんない?その後は自分で帰る。夜勤明けで眠いから、帰って寝たい」
「アパートの傍まで送ってあげるよ」
「それは絶対嫌だ」
「じゃ、朝御飯でも一緒に」
「各自払うのであったら、一緒に食べてもいい」
「うん。それでいいよ」
それで結局、桃香は研二と一緒に早朝から営業しているファミレスに寄って朝御飯を食べた。傍目には女性が2人で朝食を食べているようにしか見えないであろう。
「成人式の時はありがとうね。研二が止めてくれたお陰で大事にはならなかったみたいだし」
「全くあれは参ったよ。だいたい桃香が原因なのに」
「ごめーん。でも私は80万の振袖をダメにされたくなかったし」
「ああ。あの2人は全額弁償になったみたいだよ」
「あははは」
「ところであんた、緋那ちゃんだっけ?あの子との関係はどうなってんのよ?」
と桃香は訊いた。
「12月にやっと指輪を受け取ってくれた」
「おめでとう!じゃ婚約したのね?」
「それがまだ渋ってる」
「指輪を受け取るって婚約するという意味じゃないの?」
「普通そうだと思うんだけどなあ」
「研二が女装ばかりしてるから向こうも不安がってんじゃないの?」
「僕の女装は可愛いと言ってくれるよ」
「よく分からん関係だ」
食事が終わった後は、ちゃんと朝食代は各々払ってから、車で送ってもらう。桃香の主張通り、西千葉駅前(C大学の南門前でもある)で降ろしてもらった。
この時、桃香は足元に置いていた自分のバッグから先日畑中君からもらった、性転換手術のコーディネーター会社のパンフレットが落ちたことに全く気付かなかった。
千里がスペインからギリシャに移動した5月31日(火)に、行方不明になっていた青葉の祖父母の遺体が見つかったという報せが入った。千里はアテネ空港から青葉に電話して話したのだが(時差6時間なのでギリシャの14時が日本の20時)、週末の6月3-4日に仮葬儀をし、本葬儀は全員の遺体が見つかってからにすると言っていた。
最初は青葉が高岡から来やすいように、4日(土)に仮通夜、5日(日)に仮葬儀と考えたのだが、あいにく5日が友引なので、3日(金)赤口に仮通夜、4日(土)先勝に仮葬儀ということにした。それで青葉は金曜は学校を休むことにして木曜の夜の高速バス(高岡→仙台)で移動することにした。
「私、4日は夕方から用事があるけど、14時半くらいまでは付き合えるから、そちらに行くよ」
と千里は言った。
「わ、ごめんなさい」
それで千里は6月2日の練習が夜9時に終わると、食事にも行かずにホテルの部屋に入って熟睡した。
明日はイスラエルとの練習試合があるが、それは14時からである。ギリシャの14時というのは日本の20時である。試合の前にはあまり激しい練習はしない。実際、明日は朝軽い練習をした後、試合前は休憩と言われていた。千里はこのタイミングを利用することにした。
6月3日0時(日本時間3日朝6時)、千里は目を覚ますと、まず《すーちゃん》を分離した上で、日本に置いてきた《こうちゃん》と位置交換で仙台に行った。《こうちゃん》はインプレッサを千葉から運転してきてくれていたので、そのインプを駅近くの駐車場に駐めて、青葉が乗った高岡からのバスが到着するのを迎える。6:30頃に青葉は到着した。
「ありがとう。わざわざここまで迎えに来てくれて」
「私は行く途中だし」
「そうだよね!」
長時間バスに乗って、疲れただろうから一休みしようよと言い、コンビニでお弁当を買って暖めてもらい、一緒に車の中で食べた。それで30分ほど休み、7時に車を出した。
朝御飯を食べながら、そして道中で、青葉は4月末以降の“女子中学生生活”のことを楽しく語った。
「良かったね。女子として受け入れてもらったなんて。羨ましいくらいだよ」
「ちー姉は、ずっと男の子してたの?」
「そうそう。大学1年生の時までは男の子だったよ。それどころか高校生の頃はバスケやってたから、丸坊主だったし」
「わあ、私坊主になれって言われたら死にたい」
「私も死にたい思いで髪を切ったよ。でも、去年の夏頃から桃香に唆されて女装生活になっちゃったんだよね。最初は人前にスカート穿いて出るのにも凄く勇気がいったけど」
「ああ、性別を切り替えるのって、ものすごく勇気がいるんだよね」
青葉の言葉はかなりイントネーションが出るようになっていた。きっと新しい中学の友人たちが、ほんとに青葉に優しくしてくれているんだろうなと千里は思った。