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20時頃、千里が帰って来た。
「すごーい。きれいになってる」
「勝手に掃除しちゃったけど」
「助かる助かる。最近私も忙しくてほとんどアパートに戻ってなかったしね」
「アパートに戻らない時はどこで寝るの?」
「私はファミレスの夜勤のバイトしてるから、夜はファミレスで過ごすことが多い」
「あ、そうか!」
「実際には夜中はあまりお客さんも来ないから、その間に厨房の隅で勉強しながら、自然に眠ってしまう。お客さんから呼ばれたら目が覚めるし」
「けっこうハードな仕事という気がする」
「でも夜勤は大学の勉強と両立できるからいいんだよ」
「そっかー」
「まあ体力はいるけどね」
「やはり体力いるよね!?」
「桃姉は遅いのかな?」
「多分今夜は帰ってこないよ」
「そうなの!?」
「誰かガールフレンドの所に泊まると思う」
「ちー姉、それ平気なの?」
「青葉何か誤解している気がするけど、私と桃香の関係はただの友だちだから」
「ほんとに!??」
「ただ、桃香も私も青葉の“お姉ちゃん”だから、結果的に私と桃香も姉妹だね」
と千里は微笑んで言う。
「だから青葉が私と桃香を結びつけているんだよ」
「あぁ・・・」
結局、晩御飯は千里と青葉で協力して作り、一緒に食べた。
青葉はこの日、彪志と嵐太郎の間で揺れている自分の心のことを話した。千里はじっと聴いていたが、やがて言った。
「青葉はもう自分でその結論を出していると思う」
青葉も考えてから答えた。
「もしかしたら、そうかも」
「きっと近い内に、明確に決めることになると思うよ」
と千里は笑顔で言った。
千里がそう言うと、青葉も本当にそうなりそうな気がした。
23時頃になると千里は、
「ファミレスのバイトがあるから行くけど、勝手に寝ててね」
と言って出かけて行った。それで青葉もこの日(6月29日)は24時頃には寝た。
(日本時間の20-23hはサンフランシスコの朝4-7h。なお千里のファミレスのバイトは火木土なので、本当はこの日はバイトが無い。しかしこの時期の青葉はそのようなことをまだ知らない)
6月30日(木).
青葉が“普段通りに”朝4時に起きると、朝御飯が作ってあって《青葉》、《桃香》と名前札まで書いてあるので、びっくりする!
「ちー姉、一度帰って来たのかな?全然気付かなかったけど」
と思ったものの、電子レンジで暖めて食べた後、軽くジョギングをしてきて汗も流した。
この日の午前中は、東京在住の霊能者・中村晃湖さんと連絡が取れたので、会って、震災で自分は無事であったものの、両親・祖母・姉を亡くしたことを話した。中村さんは
「辛かったでしょう」
と自分も涙を流して言ってくれて、青葉のヒーリングまでしてくれた。
菊枝は事実上の自分の師匠でもあるが、微妙なライバル意識もあるのに対して、中村さんの場合は、全てを包み込んでくれるような、いわば母のような優しさを感じてしまった。中村さんのヒーリングは青葉と同じ気功系のものだが、とても優しい波動だと思った。
中村さんは食品の味とかを変えるのも得意と言って、その場でパンの味を変えて見せた。
「凄く美味しくなった!」
「まあ、これは余技だけどね」
ヒーリングの後も1時間くらいお話をした。
「お母さんの遺体もおそらく1ヶ月以内には見つかると思う」
と中村さんは言った。
「そうですか。。。。母の遺体が見つかっても見つからなくても8月くらいまでには本葬儀をしようかなと思っていたんですよ」
「本葬儀の時は連絡して。私も行くから」
「お忙しいのに!」
「仕事は弟子に押しつけて行くから大丈夫」
と中村さんは微笑んで言っていた。
午後は都内ББ寺の住職をしている瞬法さんの所を訪れた。
アポイントなど無しで訪れたのだが、受付の若い僧が
「お待ちしておりました」
と言って、案内してくれた。青葉が来ることがちゃんと分かっていたようである。
瞬法さんは
「まあ読め」
と言って、青葉の前に華厳経を置いた。
それで読んでいたら、ぼろぼろ涙が出てきた。
善財童子はそのまま迷える自分だという気がした。
「お前は、色々なものを内に溜めてしまいがちだ。お前を支えてくれる者はたくさん居ることを忘れてはならない」
と瞬法さんは言った。
今回の震災のこと、家族を失ったこと、など何も言っていないのに、全てお見通しであったようだ。
この人も別の意味で自分より遙かに大きな人だなあ、と青葉は思った。
その日千葉のアパートに戻ったのは18時頃であるが、千里はもう帰っていた。
「今御飯作ってるから、テレビでも見ててね」
「うん」
この日は19時頃になって桃香が戻ってくる。
「桃姉、これ遅ればせながら誕生祝い」
と言って、紙袋を渡す。
「おっ。これはコムデギャルソンではないか?」
「あまり高くないものでごめんね」
「いや、嬉しい嬉しい。誕生日プレゼントなんて初めてもらった」
と桃香は言っている。
「それあまり女の子っぽくなくてユニセックスだから、桃姉も使えるかなあと思って」
「そうそう。私はあまり女っぽいものは使わないのだよ」
「いつもメンズのバッグ持ち歩いているね」
「落とした時に『お兄さんのですか』とか訊かれる」
「桃香自身がお兄さんに見えたりして」
「それもある!」
それで3人で晩御飯を食べた。青葉は桃香と千里の様子を観察していたのだが、確かに桃香は千里を恋人、というより奥さん!?のように扱っており、千里は桃香のことをあくまで仲の良い友だちと扱っている感じなのが分かった。
どうも桃姉の誕生日にプレゼントしたりとかもしてなかったようだし。
つまり桃姉の片思いなのかなあ。。。
と考えてから、桃香が昨夜は別のガールフレンドの所に泊まったらしいことを昨日千里から聞いたことも思い出す。
うーん。。。桃姉にとっても本命という訳ではないのだろうか???
その日の夜は、千里が《日本一周特急ゲーム》なるボードゲームを出してきて3人でずっと遊んだが、これがなかなかハマって楽しかった。
千里は冷凍していたクッキー生地を焼いておやつに出したが、これがまた美味しい。
「こういうの作れるっていいね」
と青葉が言うと
「この手のものって、レシピは簡単だから覚えるといいよ」
と言い、
「これ、あげる」
と言って、中高生向きのお菓子作りの本を渡してくれた。
なんか装丁にしても、中のイラストなんかにしても可愛い!
「可愛すぎてクラクラくる」
と青葉が言うと、桃香も
「ダメだ。私はこういう可愛い本には拒絶反応を感じる」
などと言っている。
「心から女の子になりたければ、このくらいの本は普通に読めなきゃね」
などと千里は笑って言っていた。
「しかし千里は、中高生頃に、こういう本を読んでいたのか?」
と桃香が訊く。
「小学4−5年生の頃から、友だちと一緒にこの手の本を読んで色々
作っていたよ。バレンタインのチョコをみんなで一緒に作ったりしてたし」
と千里は平気で答える。
「それって女の子の友だちだよね?」
「男の子がこういうのするわけない」
「千里、ひょっとして私と会う以前から、かなり女の子していたとかいうことはないか?」
「まさか」
「どうもそのあたりは今まで誤魔化されていたような気がしてきた」
「ふふふ」
と千里は軽く笑ってから
「一昨日の夜は、みんな自分の過去の生活について嘘ばかり言っていたね」
と言った。
「え!?」
「特に嘘が酷かったのが、冬子、和実、青葉だな」
「え〜〜!?」
「冬子もローズ+リリーを始めた時にいきなり女装させられたのが、こんなになってしまったきっかけなんて言ってたけど、あの子、実は小学生の頃から、女の子モデルとして活動していたから。知ってる人は少ないけどね」
「嘘!?」
「だから性転換手術もずっと前に受けているはずだよ」
「でも、青葉が手術跡をヒーリングとかしてなかった?」
「もしかしたら、あまりにも若い頃に性転換したから、今あらためて造膣だけやったのかもね」
「ああ、それならあり得るかも」
と青葉も言った。
千里はこの日も「バイトがあるから」と言って、23時頃、出て行った。出て行く時に桃香に
「青葉を襲ったりするなよ」
と言っていた。
え〜〜!?私襲われたらどうしよう?と青葉は一瞬思ったが
「大丈夫。さすがに女子中学生には手を出さない」
と桃香は言っていた。
私が中学生じゃなかったら手を出すってこと!??
青葉は一抹の不安を感じたので、寝る時に眷属の《海坊主》に言った。
『万一の時は私を守ってね』
7月1日(金)。
青葉がいつものように朝4時すぎに起きると、千里姉がいるのでびっくりする。
「あれ?青葉起きたんだ?」
「ちー姉、戻ってきたの?」
「このくらいの時間帯はお客さんが少ないから、スタッフの人数も少なくて大丈夫なんだよ。それで少し抜け出してきた」
「へー!それで昨日も朝御飯作ってくれたんだ?」
それで千里が作ってくれた朝御飯を一緒に食べた。こんな時刻に起きる訳がない桃香の分はラップを掛けて置いておく。
「昨夜は無事だった?」
「無事みたい!」
千里はお店に戻るからと言って、5時頃スクーター(中古というより大古のホンダ・ディオチェスタ)で戻って行った。このアパートからお店まではスクーターなら4〜5分で行けるらしい。
(日本時間の朝4-5時はサンフランシスコでは12-13時でお昼休みの時間である)
千里姉が出ていった後は、4月にこちらに来た時以来ずっと気になっていたことを確認しようと思い、少しアパートの近くを歩き回ってみた。
「なんかここ凄いな」
と独り言を言う。
アパートの周辺は風水的にあまりよくない環境である。実際、気のよどみのようなものを感じる。眷属たちが緊張しているのも感じる。アパートは8棟ほど並んでいるが、桃香と千里が住んでいるアパートの棟だけが、とてもクリーンなのである。
なぜそのようになっているのか確かめてみたかったのである。
周囲を歩き回って、この棟を含む帯のような領域がクリーンに保たれていることが分かった。
「こちらかな」
と見当を付けて歩いて行くと大きな道に出る。
「あれか!」
道路沿いにお地蔵さんが祀られている。そのお地蔵さんが、悪い空気を堰き止めてくれているようなのである。それでそこを出発点とした釣り鐘状の領域が守られていて、クリーンに保たれているようだ。
これは昔からあるものだろうか、それとも誰かが作ったものなのだろうか。青葉は判断をしかねた。
アパートに戻ってくると、青葉が2階に上る階段に足を掛けた時、1階の端の部屋から、80歳くらいになるだろうかと思う、お婆さんが出てきた。お婆さんは、白い装束を着て数珠を手に持っている。頭には女山伏がかぶるような頭襟(男山伏がかぶるようなもの:カラス天狗がつけてるもの:とは違い、ナースキャップに似ている)をつけている。
お婆さんは、青葉の方を見ると、ビクッとした顔をした。
「あんた、何者?」
「え!?」
「あんた、物凄い霊能者だね。眷属さんまで連れている」
それを一瞬で見抜いたというのは、このお婆さんもかなり凄い人だ。確かにオーラはかなり強い。
「お姉さんもかなりの使い手とお見受けしました」
「私は、孫娘を訪ねて田舎から出てきた所なんだよ」
「そうでしたか。私は、川上青葉と申します。富山県から姉の所に出てきました」
「私は、山形から出てきた藤島月華(つきか)」
「取り敢えず握手しない?」
と藤島さんは言った。
「はい、よろしくお願いします」
と青葉は言った。