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■娘たちの震災後(12)

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6月20日の夕方、桃香がボランティア活動を終えて“千里”と一緒に着換えていた時、桃香は自分の携帯にメールが着信していたことに気付く。研二からである。
 
《助けて欲しい。今夜どんなに遅くでもいいから、電話がもらえないか?僕の人生に関わる大事なんだ》
 
と書かれていた。桃香がチラッと千里を見た。千里は察して席を外してくれた。
 
研二に電話する。
 
「電話ありがとう。実は訊きたいんだけど、桃香、性転換手術のコーディネーター会社のパンフレットをこないだ僕の車に中に落としたりしなかった?」
 
「え!?それ持っていたけど、そういえばどこにやったかな?」
「やはり桃香だったんだ! 何人かに訊いて、あと残っていたのが桃香くらいでさ」
 
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「あんた、何人も車に乗せてるの?」
「性別の微妙な友人はわりと多い。でも桃香は性転換とかしそうにない気がしていたんだけど」
 
「私が友だちに渡そうと思っていたんだよ」
「そうだったのか。でも桃香だったら、わりと都合がいい。それで本当に申し訳無いんだけど、ちょっと大阪の堺市まで来てもらえないだろうか? 交通費は僕が出すから」
 
「何があったの?」
「実は・・・」
 
と言って、研二は事情を語り始めた。
 

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それで6月21日(火)、桃香は新幹線で大阪に向かい、地下鉄と南海電車で堺市まで行った。堺駅で研二と落ち合う。桃香は研二に言われて、男っぽい服装をしていた(もっとも桃香はあまり女っぽい服を持っていない)。研二はこの日は(男性用)ビジネススーツを着ていた。
 
「男装の研二は久しぶりに見た気がする」
「こんなんで女装で行ったら、本気で破談になってしまうし」
 
研二のギャラン・フォルティスの“後部座席”に乗って、その家まで行った。藤原という表札がある。
 
「あ、あんただったのか!」
と緋那は桃香を見て言った。
 
「いつか千葉のファミレスで遭遇しましたね」
と桃香も言った。
 
それは2009年11月21日のことで、千里が勤めるファミレスに深夜偶然、桃香・緋那・研二が似たような時間に来て、混雑していたので相席になった。そこから緋那と研二の関係は復活し、1ヶ月後、緋那が貴司争奪戦から離脱することになるのである。(実際にはその間に、桃香が研二とデートしたり、緋那が貴司に毎朝朝御飯を作ってあげたりしていた時期もある)
 
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桃香は緋那のご両親の前で、研二とは中学の同級生で、1月の成人式の時に高岡で遭遇したこと。その時、自分の恋人だった女性2人が喧嘩を始めてしまったのを研二が納めてくれたが、その件で「ありがとう」と言いそびれていたこと。それもあって、ちょうど千葉で偶然会ったことから、彼の車に乗って少しお話したことを語った。
 
「どうもその時に、私が性転換手術のコーディネーター会社のパンフレットを車内に落としてしまったみたいなんですよ」
と桃香は言った。
 
「あの時、ちょうど荷物が多くて後部座席がふさがっていたから、高園さんに助手席に乗ってもらったんだよね」
と研二が補足する。
 

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「私と研二さんは同性の気安さがあるんですよ」
と桃香は言う。
 
「同性って、ふたりとも女性という意味?」
と緋那のお母さんが訊くが
 
「違いますよ。ふたりとも男だからです。私の友人に訊いてもらってもいいです。私はほとんど男と思われていますから」
と桃香は明快に答えた。
 
「女子トイレや女湯で悲鳴上げられたこともあるって言ってたね」
「ああ、それは数限りない」
 
「そういう訳で、私は性転換などするつもりは全くありませんので、どうかそれだけは信じてください」
と研二は緋那のご両親に言った。
 

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緋那のお父さんが
 
「でも沢居さん、女装はなさるんですよね?」
と尋ねたのだが、
 
「あれは女装じゃなくてコスプレですね」
と桃香が答えた。
 
「コスプレ?」
 
「だって、女装する子って、どこか女の子になりたいみたいな気持ちがあったりするものなんですけど、研二君の場合は、そういう気持ちは全く無いんですよ。女の服を着ていても、役者さんが女の役をするのに女物の服を着るのと似たような感覚なんです。研二君は心理的には120%男ですよ」
 
と桃香が説明すると
 
「あ、確かに女装していても女らしさがまるで無い気はしていた」
と緋那も言う。
 
結局30分近い話し合いの末、緋那のご両親、そして緋那自身も、研二には、女になりたいような気持ちは無く、むろん性転換手術などする意思も無く、本当に男性として緋那と結婚し、緋那の夫になりたいのだということを理解してくれたようである。
 
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「じゃこれもう一度受け取ってくれる?」
と言って、研二は指輪のケースを差し出す。
 
「うん。ごめんね、勘違いして」
と言って緋那はケースを受け取り、指輪を出して自分で左手薬指に填めた。
 
両親が笑顔で頷いている。
 
「じゃ、あらためて結納を交わしませんか?」
「そうですね。善は急げで、できるだけ早い時期に」
 
「では来月にでも」
「7月24日が大安ですね。その日にやりましょうか?」
「いいですね。そうしましょうか」
 
ということで、ふたりの結納の日取りがその場で決まってしまったのである。結婚式の日取りについては、あらためて会場の空きを調べてから決めることにした。
 
「でも高園さんも早く男の人になることができたらいいですね」
と緋那のお父さんは最後に言った。
 
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もう話が面倒になるので、桃香自身が男になりたくてそういうパンフレットを持っていたことにしたのである。そうすることで、結果的に研二と桃香の恋愛関係をご両親には疑われなくても済む(実際桃香は研二と何度か過去にセックスをしているし、緋那はふたりの関係を少し疑っている)。
 
しかし桃香としては誰とも結婚する意思はないので、男になりたい人と思われても全く実害が無いことであった。
 
でもなんか疲れたなあ、と桃香は思った。
 
桃香はその日6月21日は夕方で藤原家を辞した。堺駅まで緋那の母が送ってくれたものの、研二はそのまま藤原家に泊まったようである。
 

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6月22日(水)。夕方、合宿の練習が終わった千里は貴司の母・保志絵からメールが入っていることに気付く。
 
それで自分の部屋に入って電話してみた。
 
「あなたに緋那さんから謝りたいという連絡が入っているのよ」
「緋那さんから?」
と言って千里は少し不機嫌になる。
 
「直接連絡したかったけど、貴司も緋那さんも、千里ちゃんの携帯には着信拒否されているみたいと言って」
 
「そうですね」
 
「緋那さんが言っていた。貴司と寝たように見せたのは完全にフェイクで絶対に貴司とは何も無かったって。それでちゃんと謝りたいから、一度会ってくれないかと言っているんだけど」
 
「直接ですか・・・」
「それに緋那さん、他の男性と婚約したし、来月結納を取り交わして今年中くらいに結婚する予定なんだって」
 
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「ほんとですか!?」
 

それで千里は緋那の電話番号・アドレスの着信拒否を解除した。設定は、びゃくちゃんにやってもらった。もっとも着信拒否した時は、頭に血が上っていたので自分でできてしまった。
 
緋那からの電話は5分後に掛かってきた。
 
「あれ、ほんとにごめんね。私もあの時はむしゃくしゃしていて。本当に貴司を誘惑するつもりだったんだけど、その前に千里さんが帰ってきたから、結局何もしていないのよ」
と緋那は謝った。
 
「鍵は?緋那さん、マンションの鍵持ってたんだっけ?」
「実は一昨年12月に千里さんに返したもの以外にもうひとつ隠し持っていたのよ。それ千里さんにあらためて返したいから、会ってもらえない?今東京に来てるの」
 
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「分かった」
 

それで夜遅くなるが、千里は「大阪から女性の友人が来ているので」と言って外出の許可を取り、赤羽駅近くの個室のある居酒屋で緋那と会った。
 
「まずこれ返すね」
と言って緋那は鍵を千里に返した。
 
マンションの鍵は電子式なので、町の鍵屋さんなどではコピーできない。しかし元々5個くらい渡されているので、その中の1個を緋那はくすねていたらしい。確かに貴司は鍵の管理なんて、いい加減そうだよなあと千里は思った。
 
(実際にこの時点で貴司の鍵を持っていたのは、千里・緋那・保志絵が1つずつと貴司本人で、1個は貴司の机の引き出しに無造作に放り込まれていた。そして緋那が鍵を千里に渡したので千里は2個所有することになった!)
 
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ふたりはビールと料理を注文したものの、何も飲みも食べもしないまま話し合った。
 
「実は、私直前に研二と喧嘩しちゃってさ。それでもう別れる!と思って、それでボーっとしていたんだけど、突然貴司のこと思い出してしまって。それでもし貴司が私を抱いてくれたら、乗り換えちゃおうかと思ったのよ」
 
と緋那が言う。
 
その言葉は真実っぽいなと千里は思った。
 
「それでびっくりさせてやろうと思って、持っていた鍵でマンションに入って、声を掛けたけど、返事無くて。探したら寝室で裸のまま寝ていたからさ。それで私も裸になって彼の横に潜り込んだのよ」
 
「触った?」
「触った。大きくなった。でも気持ち良くなったのか、貴司ったら『ああ、千里、もっと』とか言うのよ」
 
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千里は思わず顔がほころんでしまった。
 
「ああ、こいつの頭の中には千里さんしか居ないのかって思っちゃった」
「それにしては浮気が多すぎるけどね」
「そういえば共同作戦で他の女を排除したりしたね」
「したした。ほんとにあいつ懲りないんだもん」
 
少しふたりの間に連帯感のようなものが生まれ、千里はますます緋那の言葉を信じる気になった。少なくとも貴司よりは信用できる!
 

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「それで取り敢えず逝かせちゃえと思ってたら、そこに千里さんが帰ってきたからさ。それで私も寝ているふりして。だから未遂なんだよ」
と緋那は言うが
 
「かなり既遂って気はするけど、本人が寝ていたのなら許してやるか」
と千里は言った。
 
「私も研二とは仲直りしたからさ。千里さんも貴司と仲直りしてあげて」
 
「うん」
と千里は頷いて言うと、
 
「ちょっと電話するね」
と言って、貴司の着信拒否を解除してから、電話を掛けた。
 

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「貴司、誤解してしまってごめんね」
「ああ、やっと分かってもらえた?」
「今緋那さんと話していた所。私てっきり貴司が浮気したかと思って」
 
「そんなことはしないよぉ」
「でも先月は**さんとデートしたし、4月にはファンの女の子とあんみつ屋さんに行ったし」
 
「なんでそんなの知ってるの〜?」
「貴司の行動は全部知ってるから」
 
「全部知ってるのなら、僕が緋那と何もなかったことを理解してよぉ」
 
「うん。あれは頭に血が上って、私も冷静さを失ってしまった。本当にごめんね。それとビール缶ぶつけたのもごめんね」
 
その場で千里は貴司と20分くらい話したが、それで千里も貴司もわだかまりは消えた。
 

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《いんちゃん》が千里に苦言を呈する。
 
『千里、去年も似たようなこと緋那にやられたのに、少し学習しなさいよ』
『ごめん』
『その《ごめん》は私たちより貴司君にね』
『うん』
 

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千里が電話を切った所で緋那は言った。
 
「お料理食べようか?」
「そうだね。ごめんね。冷めちゃったね」
「取り敢えず乾杯」
「うん。乾杯」
 
それでふたりでレーベンブロイのビール(開栓していたので気が抜けている)をグラスに注ぐと乾杯し、お料理を食べた。
 
ふたりは閉店間際まで、色々お話をして、楽しい気分になった。
 
「じゃ、緋那さん、お幸せにね」
「そちらも仲良くやってね」
 
と言って握手して別れた。
 

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6月23日(木)。
 
その日の練習で千里が物凄く気合いが入っていたので、飯田コーチが千里に声を掛けた。
 
「村山、今日は昨日とは別人みたいだ」
「はい。1回り成長して別人になりました」
「よしよし」
 
その日は1on1で誰も千里に勝てない感じだった。
 
「サン、凄すぎる」
と三木エレンまで言った。
 
昨日まではエレンとの1on1では、7割くらい千里の勝ちだったのだが、今日エレンは1度も千里を抜けなかったし、千里の攻撃を1度も止めきれなかったのである。その日千里との1on1に勝てたのは、元々千里と相性がよい玲央美だけであった。それでも千里が6〜7割勝っていた。玲央美も普段より勝率が悪いので厳しい顔になった。
 
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(千里・玲央美・亜津子の3人は、千里は玲央美に勝てず、玲央美は亜津子に勝てず、亜津子は千里に勝てない、という“3すくみ”になっている。これは高校時代以来、どうしても変わらない)
 
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