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青葉をキッチンカーの所に連れて行くと、亜衣華は
「男の子?さっき女子中学生と言わなかったっけ?」
と尋ねた。
「応援団の練習していて、詰め襟着ていた時に被災したらしいんですよ」
「可哀相!」
千里はとっさに言い訳を考えたのだが、実は本当にそれに近い状況であった。青葉はスキーの授業を体調不良で見学していたのだが、セーラー服で山に登るのが寒いので、学生服を着て見学していたのである。
「だから宿舎に行ったら私の服を少し分けてあげるつもりです」
「あんた大変だったね。トイレにも困ったでしょ?」
「はい、誰も居なさそうな時に、さっと入りました」
「学生服で女子トイレにいたら痴漢と間違えられるよね」
「まあ間違われたら、あそこを見せてあげれば女と分かるね」
と事情を聞いていない桃香は言っていたが、実際にあそこを見せると男と分かってしまうので、青葉は少し困ったような表情を一瞬見せた。
この日は大船渡市の西側にあり、高地なので津波の被害だけは免れた住田町のホテルに泊めてもらった。ここは“高原のホテル”という感じの素敵な外観の所だったが、壁などにけっこうダメージは来ていた。
休業中であり、電気も回復していないので、懐中電灯を照らしながら廊下を歩く必要がある。非常用電源は動いているのだが、発電用燃料の確保に不安があるので最低限の所にしか電気を供給していない。
なお個人の荷物はサポートチームが昨夜の宿舎の気仙沼市から、食材と一緒に回送してくれている。
女子用にシングルの部屋を3つ確保(各々エキストラベッドを入れて2人泊まれるようにしている)してくれていたので、リーダーの亜衣華は千里に
「千里ちゃんを青葉ちゃんと同室にしようか?」
と言って、このような部屋割りを提示した。
亜衣華・桃香/歌恋・英恵/千里・青葉
「これは危険です」
と言って千里はこう修正した。
亜衣華/歌恋・英恵/千里・桃香・青葉
「こうしないと、桃香はレイプ魔だから、同室の女の子を襲う」
「やはり、あの子って男の子?なんか男っぽいなあと思ってた」
「そっちではなくてレスビアンなのよ」
「そうだったのか!でも千里ちゃんたちは大丈夫?」
「私は慣れているから平気。そして私が青葉ちゃんを守るから」
「頑張ってね!でも3人で泊まるなら男性が泊まっているツインの部屋と替えてもらう?そちらもエキストラベッド入れて3人泊まれるようにしているし」
「青葉ちゃんは私と同じベッドに寝せるよ。桃香の毒牙から守るには同じベッドの方が都合いいから」
「大変だね!」
「だからこの後のボランティア活動でも相部屋になる時は桃香は私と同室にして。襲おうとしたら顔面に蹴り入れてやるし」
「壮絶だなあ。でも了解」
今夜このホテルに泊まったのは、千里たち、ファミレスのボランティアチーム20名(青葉を含む)のみである。22-23時の間だけボイラーを動かしますということだったので、その間に入浴する。入浴だけは3人で1時間は厳しいので、千里が亜衣華の部屋で入浴させてもらった。食事は亜衣華が1人分余分に確保してくれたので、それを一緒にお部屋で食べた。服は取り敢えず桃香が自分の着替えを渡した(千里の服では大きすぎるのである)。女物の服を着ればほんとに可愛い女子中学生である。
桃香も最初青葉が男の子と聞いてびっくりしていた。
「私は男装したり女装していても男女を見分ける力がかなりあったつもりなのに君は女の子にしか見えなかった。本当に男の子なの?触らせて」
「それセクハラだからダメ」
と千里が言って止めた。
その後、千里と桃香で青葉の話を聞いたのだが、千里も桃香も涙が止まらなかった。今回の震災で結局、両親・姉・祖父母の5人を一気に失ったということのようだが、それ以前に彼女の家庭環境が凄まじかった。
父親はほぼ常時不在。母親も家事拒否している中、青葉は姉と2人で何とか御飯を確保して生き延びてきたらしい。千里は青葉が無表情で声の抑揚も無いのは、そういう家庭環境のせいだろうかと考えた。
佐賀県におじいさんがいるということだったので、本人は嫌がっていたものの、取り敢えずそこに行くように勧めた。朱音に電話して、生きているバスや鉄道の路線を確認してもらった。その結果、住田町から一関までタクシーで移動した後、そこから山形へのバスに乗り、酒田へのバスに乗り継ぐと、日本海側の鉄道が生きているので、佐賀まで辿り着けることが分かった。酒田で1泊である。
気仙沼(タクシー)一関(バス)山形(バス)酒田(ホテル泊)
酒田542-749新潟755-1131金沢1156-1432新大阪1445-1713博多1732-1815佐賀
(この時刻は2011年当時調べたものですが、2018年現在は一関から山形への直行便は存在しないようです。実際には仙台乗り継ぎだったか、あるいは臨時に設定されていたものかも)
タクシーは一関のタクシー会社を頼んだのだが、交通事情が悪く所要時間なども読みにくいので交渉して6万円で貸切ということにしてもらい、それと別に実際には運転手さんにチップを2万円渡した。青葉には佐賀までの交通費と酒田での宿泊費、当面の小遣いにと合計10万円渡した。また桃香の着換え、千里の着換えの中で青葉が着られそうなのを全部渡したので、千里や桃香自身の着替えが無くなってしまう。でも明日にはいったん千葉に戻るのでいいことにした。
なお実際は青葉は酒田ではホテルに泊まらず公園のトイレで一晩過ごしてホテル代を浮かせたようである。18日夕方無事、佐賀の祖父宅に到着し、千里の携帯に本人から報告の電話があった。
千里と桃香は翌日17日も夕方近くまで炊き出しの活動をして、マイクロバスで千葉に帰還した。今回は英恵が残留して現地スタッフと一緒にキッチンカーを夜遅くまで運用した。
この後、千里と桃香は、3月21-23日、27-29日の活動にも参加する。この炊き出し活動は、現地に物資が行き渡り始めたことから、3月いっぱいでいったん終了した(6月に再開され8月まで続けられた。夏場の体力を使う時期の支援である)。
3月26日(土)、国内のバスケット大会が軒並み中止になる中、8月に大村市で開催される、バスケットボール女子アジア選手権大会に向けての日本代表候補18名が発表された。
PG 富美山史織(1981) 羽良口英子(1982) 武藤博美(1983)
SG 三木エレン(1975) 花園亜津子(1989) 村山千里(1991)
SF 早船和子(1982) 広川妙子(1984) 佐伯伶美(1986) 佐藤玲央美(1990)
PF 簑島松美(1978) 宮本睦美(1981) 横山温美(1983) 石川美樹(1986) 高梁王子(1992)
C 黒江咲子(1981) 馬田恵子(1985) 中丸華香(1990)
実際の代表に選ばれるのはこの中の12名であり、3分の2の確率の生存競争に勝たなければならない。
基本的には昨年の世界選手権の時の代表がベースなのかな、と千里は思った。その後のアジア大会では全く異なるラインナップの代表チームが組まれたが、あまりにも弱すぎて、指揮を執った風城HCもすぐに辞任している。
今回の発表で異例だったのは、選手だけが発表され、コーチングスタッフが発表されなかったことである。それはあらためて後日発表するというアナウンスであった。
その監督問題については、アジア選手権は福井W高校監督の城島さんが指揮を執るというのを千里は聞いていた。選手たちはだいたい知っている子が多かったようである。本来、日本代表監督は専任になるべき所を兼任でしかも今大会限りという条件で城島さんが引き受けてくれたのである。発表するのに、あちこちとまだ調整中なのかも知れないと千里は思った。
しかしそれよりも千里はSG(Shooting Guard)に3名選ばれているのを見て「うーん」と悩んだ。
1月にNTCでU24監督の東海さん、U24(Univ)監督の須崎さんに偶然遭遇した時、千里、玲央美、王子の3人はフル代表に呼ぶと言われた。しかし18名の候補の中でSGは3人選ばれている。実際には2人しか選ばれないだろうから、代表の顔ともいうべき三木エレンは確実として、結局亜津子と自分の競争になる。その場合、実績で勝り、しかもWリーグに所属している亜津子が絶対有利なのである。
「まあ、いいや。私は自分の実力を明示するだけ」
と千里は自分に言い聞かせるように言うと、ランニングシューズを履いてジョギングに出た。
3月27-29日の炊き出し活動に参加した後、30日はさすがに1日休んだが、31日には桃香と一緒に長野の水浦産婦人科に行き、第2回目の精子採取を行った。千里は今回も前回と同様、小春の協力で無事、精子を採取した。例によって、昼寝をしていた武矢は、唐突な射精感覚に戸惑うのであった。
(千里の睾丸は小学4年生の時に父・武矢(49-当時39)に移植されており、武矢の睾丸は実家近くの稲荷神社の宮司・翻田常弥(82-当時72)に移植されている。小春は桃香が千里の陰茎を刺激するのに合わせて昼寝中の武矢の陰茎を刺激して射精させ、その精液をこちらの精液採取容器に出したのである。この操作は小春が他の眷属には気付かれないようにやっている)
なお千里は3月30日に男の子の身体に戻っていた。男の子状態はこの後、4月28日まで約1ヶ月継続して、千里はかなり憂鬱になった。
4月4日(月)。先日日本代表候補に選ばれていた選手の中で、32歳の簑島松美(レッドインパルス主将)が、日本代表およびWリーグからの引退を表明した。
彼女はもう3月いっぱいで引退しようと思っていたので、日本代表候補に選ばれてびっくりしたと言っていた。
なおレッドインパルス主将は、副主将の黒江咲子が昇格するということらしい。
4月7-10日。日本代表の《大村合宿》というのが予定されていた。
なぜ大村市かというと、今年のアジア選手権が大村市の《シーハットおおむら》で行われるからである。その下見も兼ねたもののようである。今回の合宿にはアメリカに行っている羽良口と、スペインに行っている横山は参加しないので参加者は15名である。
しかし千里はその日程表を見て「うーん」と悩んだ。
●7日 日本代表記者会見
●8日 羽田空港→長崎空港
長崎空港でお迎えセレモニー。その後長崎県庁と大村市役所を表敬訪問。夜にはレセプション。
●9日 午前中三木・広川・馬田の3人が長崎市でテレビ出演後、市内で街頭募金。他の選手は大村市で街頭募金。14:00-15:00公開練習。その後、テレビや雑誌の取材。
●10日 9:30 バスケットボール・クリニック (シーハットおおむら)
11:00 ふれあいイベント。その後、長崎空港から羽田へ。
「これ合宿という名前のただの広報活動じゃん!」
と千里は思わず声に出した。
「ね、すーちゃん、すーちゃん」
と千里は気配を察して逃げようとしていた《すーちゃん》を呼び止める。
「すーちゃん、去年のU20アジア選手権で、私の代理を務めてくれたよね」
「えーっと・・・」
「今回の合宿は、すーちゃんが行って来てよ」
「そんな無茶だよぉ。アジア選手権の時は、千里が下手なふりできないと言うから、私が代わったけど」
「でも、すーちゃんって、あの時見てたけど、けっこう運動神経いいじゃん。中学生とかのバスケ指導くらいできるでしょ?」
「無理〜!」
「じゃ、どうにも私でしかできない時だけ交代するということで」
ということで、今回の“合宿”は《すーちゃん》に押しつけてしまったのである。