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■娘たちの震災後(5)

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(C)Eriko Kawaguchi 2018-01-26
 
そういう訳で青葉は4月25日から高岡で女子中学生として地元の中学校に通い始め、千里と桃香は25日の夕方高岡を発ち、26日に長野市で採精をしてから千葉に戻ることにしたのだが、別れ際に青葉は千里に頼み事をした。
 
「お数珠のいいのを見つけたら買って送ってくれない?玉が108個あるやつ」
 
青葉は震災で亡くなった家族や友人たちのため、毎日般若心経を108回唱えたいので、そのカウントに数珠が欲しいと言ったのである。
 
「OKOK。適当なのを見繕って送るよ」
と千里は青葉に笑顔で答えた。
 
4月26日の朝一番、長野市で採精をした後、千里は桃香に
「悪いけど、青葉に頼まれた数珠を買っていくから、先に帰っておいて」
と言った。
「長野にいいの売ってる所があるの?」
「ちょっと東北方面なんだよね」
「へー」
 
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それで桃香と長野駅で別れた。
 
実際には千里は夜中の内に《りくちゃん》に鶴岡に飛んで行ってもらっていたので、彼とポジション交換で鶴岡の羽黒山麓・随神門の所に移動し、そこから遊歩道を30分ほどで駆け上がり、その日は厳島神社の所に居た美鳳さんの所に行った。
 

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「昨年預かって頂いていた数珠玉ですが、そろそろできあがっていませんか?」
と千里は訊いた。
 
「昨日できあがった所だよ。これを渡すね」
 
と言って、美鳳はローズクォーツ、グリーンアメジスト、藤雲石(薄紫色の水晶)の数珠を渡した。
 
「千里は藤雲石の数珠を使いなさい。青葉にはローズクォーツのを渡して。そしてグリーンアメジストは桃香に」
 
「正直な話、私は神社体質だから数珠ってよく分からないんですけどね」
 
「ローズクォーツを持つ青葉が前線の戦闘員なんだよ。藤雲石の千里はそのバックアップ。だから、ローズクォーツの数珠が消耗していたりした時は、千里の数珠からパワー充電してあげればいい。千里の数珠までやられた場合は桃香の数珠から充電する」
 
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「じゃ私は充電要員、予備バッテリーですね」
「そうそう。千里は巨大バッテリーだからね。まあ桃香の数珠まで起動することになる事態は、めったに起きないとは思う」
 
「でもバックアップがあることを知っていれば心強いです」
「そういうこと」
 

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それで千里は美鳳に御礼を言い、この場には居ないものの、この工作をしてくれた佳穂にも御礼を言っていたと伝えて欲しいと言って、羽黒山を降りた。そして随神門の所で、再度《りくちゃん》と入れ替わる。千里が遊歩道を往復して美鳳に会っている間に《りくちゃん》は東京に移動していたので、千里は東京に来る。それですぐに佐川急便の営業所に飛び込むと、美鳳からもらった3つの数珠の内、ローズクォーツの数珠を箱に入れて発送した。
 
なおグリーンアメジストの数珠を
「これ3人で色違いのお揃い、3人姉妹の証」
と言って桃香に渡したものの、桃香は
「そんな大きな数珠は私には扱えん」
と言って机の引き出しに放り込んでしまった。
 
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「千里はそれ扱えるの?」
「まあ持っておくだけなら問題無いね」
 
それで結局桃香はダイソーの100円の数珠を法事などには使用していたようである。
 

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2011年4月29日(祝)から5月7日(土)までU21の第四次合宿が行われた。本当はこの日程は第五次合宿になる予定だったが、3月12-14日に予定されていた第四次合宿が震災のため中止になったので1つずれてしまった。
 
合宿所に行ったら、千里はいきなり玲央美からお尻を蹴られた。
 
「何するの〜?」
「こないだのA代表の合宿をサボった罰」
 
代役はもちろん玲央美にはバレている。
 
「だって、全然練習にならない合宿だったし」
「それはそうだけど、広報も代表選手の大事な役目だよ」
「私は練習していたい。でも実はサボったおかげて、面白い子と出会ったんだよ」
「へー!」
 
「その子と姉妹の契を結んだ」
と千里が言うと
 
「姉妹の契って、レスビアンのこと?」
などと玲央美は言う。
 
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「そういう意味じゃないよー。ほんとに姉妹。向こうは女子中学生だし」
「ほほぉ」
 
「ただし戸籍上は男の子なんだよ」
「へー!身体は?」
「おっぱいは大きくしているけど、下はさすがに中学生だから何もいじってないと言っている。でも睾丸の機能は停止しているらしい」
 
「でも千里は小学生の頃に性転換したんでしょ? サーヤ(花和留実子)が証言していたし」
 
「うーん。。。サーヤとは色々組んで悪いことしているからなあ」
 

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先日のA代表・大村合宿は、玲央美とも話したように、合宿とは名ばかりのただの広報活動であったが今回のU21の合宿は、いつものように中身の濃い本格的な合宿である。
 
篠原HC・高田ACの厳しい声が飛ぶ。特に緩慢なプレイなどすると
「コートの回り3週!」
などと言われる。それで王子は随分走らされていた。
 
今回の合宿で練習相手になってくれたのは、昨年9月にも相手をしてくれたW大学の男子チームである。前回の篠原チームの練習の凄さを見ているだけに今回は向こうもかなり気合いを入れてきてくれた。
 
それで休憩無しの濃厚な練習が続く。今回はそういう練習に慣れている子ばかりなので、弱音を吐く子もいない。
 
結局はやはりW大学男子の方がバテて
「ごめん。少し休ませて」
と言って休憩を取る場面が多かった。
 
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むろん彼らが休んでいる間も、U21女子は1on1をしたりシュート練習をしたりなど、ひたすら練習である。
 
さすがに濃厚な練習が終わった後は、各自の部屋でみな爆睡していたようであった。
 

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2011年5月1日(日)。
 
千里に扮してファミレスのバイトをしている《てんちゃん》(千里D)は芳川店長から呼ばれた。
 
「実は今、火曜・木曜の夜間店長をしている佐々木君が退職するんだよ」
「あら、そうですか。佐々木さんは結構長かったのに。私もだいぶ指導してもらいました」
 
「それでね。その後任の火木の夜間店長を村山君に頼めないかと思って」
「それ、無理ですー。私は未熟ですし」
「そんなことはない。1年半も勤めている子はベテラン」
 
確かに人の入れ替わりが激しいもんなあと《てんちゃん》は思う。
 
「何も難しいことを頼む訳ではないよ。今までと同じように勤務して、後輩から何か尋ねられたら教えてあげればいいだけだし」
 
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「それだけでいいんですか?」
「そうそう」
 
「だったら、今まで通りのことしかできませんよ」
「うん。充分それでいいよ」
と芳川さんは笑顔で言った。
 

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5月8日。ゴールデンウィークを利用して岩手・青森・高知と駆け回っていた青葉が千葉に寄ってから高岡に戻るということだったので、千里は8日朝合宿所を出ると千葉の桃香のアパートに行った(合宿は7日夜遅くに終わっている)。
 
なお千里は8日朝からまた男の子の身体に戻っていた。
 
セーラー服姿の青葉は先日見た時より随分顔に表情が出るようになっていた。東北と高知のお土産を桃香に渡す。
 
「一関のごますり団子、八戸の南部煎餅、高知の土左日記」
「おお、ごますり団子好きだ!」
「八戸・高知はそうそう行かないけど、一関・大船渡は頻繁に行くと思うから、好きならまた買ってくるよ」
 
「よろしく、よろしく。ついでに大船渡なら酔仙の大吟醸を」
と桃香は言うが
「酔仙は津波で壊滅したんだよ」
と青葉は言った。
 
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「津波でやられたかぁ」
「でも社長さん、必ず再建すると言っている」
「おお、それはぜひ期待しておこう」
 
などと言っていたのだが
 
「そもそも中学生が日本酒は買えない」
と千里が指摘する。
 
「そのあたり適当に年齢を誤魔化して」
と桃香。
「さすがに20歳以上には見えない」
と千里。
「そうだなあ、私服なら18-19に見えないこともないが」
と桃香。
「無茶言ってる」
と千里。
 
青葉は千里と桃香のまるで漫才のようなやりとりを楽しそうに見ていた。桃姉って、どうも天然のボケっぽい、と青葉は思った。
 

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明日また精子の保存をするということで、青葉はこの日も千里の睾丸を超活性化してくれた(それで武矢が異常に元気になり、千里は生理痛に似た頭痛を味わうことになる)。
 
青葉はこの日(5月8日)夕方電車で新宿まで行き、夜行バスで高岡に帰還した(その帰る途中で嵐太郎の襲名披露のパンフレットを見ることになる)。
 
千里と桃香も新宿まで一緒に行ってお見送りしたのだが、青葉は「お見送り」をしてもらうのが初体験だとか言って、泣いていた。
 
この時期の青葉は千里や桃香から見ると、いつも嬉し泣きをしているイメージだった。
 
青葉を送った後、千里は
「ごめん。ちょっと用事があるから」
と言って桃香と別れる。
 
「明日の朝までには戻って来る?」
「直接水浦産婦人科9時とかでもいい?」
「いいよ」
「でも桃香寝過ごさないでね」
「それだけが不安だ」
 
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千里は実際には、青葉がバスに乗り込んだ直後、青森に予め行っておいてもらった《せいちゃん》と入れ替わりで、発車直前の《はまなす》に乗り込んだ。
 
青森22:42→6:07札幌
 
《はまなす》で隣に座っていたのは50代くらいの女性だったが、千里を見てビクッとした。
 
「あれ?あなたずっとここに座っていた?」
「ええ、そうですけど」
と千里は答える。
 
「いや、さっきまでここには男の人が居たような気がして」
「ああ。私、今、性転換してきたんですよ」
「え!?そうなの?」
 
女性は実際にはお父さんかお兄さんが荷物を持ってきてくれていたのだろうと思ったようであった。
 
「でも夜行列車の隣が男の人だと緊張しちゃうから、女の子で助かった」
「ああ、私も同性の方が気楽です」
 
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千里は、そのまま《はまなす》の車内でぐっすりと眠り、翌朝札幌に到着。すぐにタクシーで玲羅のアパートに行った。
 
「おはよう」
「おはよう。今起きた」
 
「今日入学式だね。4年間頑張ってね」
「うん。私、英語とか数学とかはダメだけど、音楽は少しは頑張れる気がする」
 
玲羅の大学では震災の影響を考慮して、入学式が1ヶ月延期され、今日5月9日が入学式なのである。
 
「これ良かったら朝御飯に」
と言って、札幌駅で買ってきたお弁当を渡す。
 
「さんきゅ、さんきゅ」
 
「それから、これ遅くなってごめんね。練習用のフルート」
「わあ、ありがとう」
 
「ヤマハの白銅製フルート。まあ安物だけど、それで物足りなくなった頃に、もっといいのを買ってあげるよ」
「じゃ、飽きない程度に頑張らなくちゃ」
 
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「他にも必要な楽器があったら言ってね」
「うん。頑張るね。ついでにご祝儀とかないよね?」
 
「あっと、忘れる所だった。はい」
と言って、ポチ袋を渡す。
 
「さんきゅー。助かる」
「授業料はそれ専用の口座を作ってくれる?そこに振り込むから」
「ああ、それがいいと思った。普段用の口座に振り込んでもらって使い込むとやばいから」
 

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結局、そのまま大学まで玲羅と一緒に行き、校門の所で別れた。
 
昨日池袋で位置交換した後、長野市に行ってもらっていた《きーちゃん》と位置交換する。桃香はもう来ているかと思っていたのだが、まだ来ていないようである。結局9:10頃になって来たので、それから病院に入り、採精の作業をした。
 
これが終わったのが9:30頃である。千里はちょっとやばいかな?と思った。
 
採精が終わって採精室の中で服を着た次の瞬間、身代わりにNTCに行ってもらっていた《すーちゃん》と位置交換してもらう。
 
いきなりボールが飛んでくるので千里はギョッとしたものの、しっかりそのボールを掴むと、自分がスリーポイントラインの所にいるのを認識して、シュートする。きれいに入る。
 
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「お、今日は調子悪いみたいだったけど、今のはきれいに決めたな」
と高田コーチが言った。
 
実は今日9日から15日まではA代表の第一次合宿が行われている。本来はA代表を指揮するヘッドコーチ・アシスタントコーチが出てきて指導すべき所なのだが、それがまだ未定という困った状況なので、今回の合宿は暫定的にU21のスタッフで練習の指導をしているのである。
 
練習は9時から始まっていた。後から聞くと最初はウォーミングアップをしていてドリブル練習の後、9:25くらいから紅白戦を始めたらしかった。
 
千里がシュートを決めた後で、どうも千里にパスしたらしい玲央美が腕を組んでこちらを見ていた。
 

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娘たちの震災後(5)

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