広告:ここはグリーン・ウッド (第1巻) (白泉社文庫)
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■娘たちの震災後(10)

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6月19日(日)は4人で一緒に朝御飯を食べる。
 
「今日も昨日と同じ和服の喪服か?」
と桃香が訊く。
「青葉が喪主で、私たちは青葉の姉だから、そうなる」
と千里。
「和服って面倒だよな」
「去年は桃香が私に教えてくれたのに」
「あれは成人式で振袖着ないといけないということになってから、必死で勉強したのだ。付け刃だから、もう忘れつつある」
 
「付け刃だとは知らなかった」
「千里は物凄く上達したみたい」
 
「彪志君は今日も制服なのね?」
と千里。
「はい、慶子さんに相談したら、学生なんだから制服でいいよと言われたので」
と彪志。
「そういえば出席者の中で、彪志君が唯一男子なんだな」
と桃香。
 
「なんなら私のセーラー服でも着る?」
と青葉が悪戯っぽい表情で言う。
 
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ほほぉ、こんな表情も出るようになったか、と千里は思った。
 
「青葉が身につけている服って、着てみたい気はするけど、どっちみち青葉の服が俺に入るわけないし」
「ふーん。サイズが入ったらセーラー服、着てみたいんだ?」
 
「ちなみに女装趣味がある訳じゃないよ。好きな人の服はフェティシズム的に関心がある」
 
と彪志が言うと『好きな人』と言われたことで青葉は頬を赤らめた。
 
「坊主好きなら、袈裟まで好きってやつだな」
と桃香が言う。
 
「この場合は尼さんだね」
と千里が訂正した。
 

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それで朝食後、また千里が桃香と青葉に和服の喪服を着せてあげて、彪志と一緒に££寺に行く。
 
朝9時から仮葬儀を行った。
 
青葉・千里・桃香、彪志、そしてまた来てくれた佐竹慶子、早紀・椿妃の7人が参列した。££寺住職・川上法嶺の読経がおこなわれる。そして青葉、千里、桃香、彪志、早紀、椿妃、慶子の順に焼香をおこなった。
 
早紀・椿妃には今日もお弁当を渡して帰す。青葉はふたりから「たくさん泣いていいんだからね」「お母さんが見つかったらまた来るからね」と言われてハグされていた。青葉も「ありがとう」と言って涙を流していた。
 
2つの棺をまたお寺の車で2往復して火葬場に運び、再度御住職の読経が行われてふたは閉じられスイッチが入る。青葉は今日は何とか持ち堪えた。自分で舎利礼文をを暗誦するだけの余力が残っていたが、その後を千里がまたハグしてあげた。
 
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御住職も入れた6人で待ち時間に会食をする。
 
「でも青葉のお父さんってお仕事は何してたの?」
と桃香が尋ねたが
「それ分からないんです」
と青葉は言う。
 
「しばしば何ヶ月も帰ってこないし。帰ってくると母にお金を渡して、溜まっている支払いをそれで払っておいてとか言うんですよ。でもだいたい1〜2日のうちに母と喧嘩して飛び出して、またしばらく戻って来ないんです」
 
「うーん」
 
「最初は旅行業をしていたんですけど、アメリカの同時多発テロと、SARS(重症急性呼吸器症候群)騒ぎで旅行客が激減したので倒産したらしいんです。その後は、父が何をしていたのか、母も知らなかったようです」
 
「お母さんは?」
「しばしばパートに出ていましたが、あまり長続きしてなかったみたいで。母もよく何日も家を留守にしていたし」
 
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「うーん。。。。」
 
「だからこの子と未雨ちゃんは、おばあちゃんの保護下で暮らしていたのに近い状態だったと思うよ」
と遠縁でもある御住職が言う。
 
「ええ。おばあちゃんの家に居たりもしていましたけど、その内、母が引き取りに来て、しばらく一緒に暮らしていたら、またふいと居なくなってしまったり。でも母が居るからといって御飯がある訳ではないんです。母は自分だけ食べて、私と姉は放置とか普通だったし。だから私たちは食糧とかを隠しておいて、それを食べていたんですけど、見つかると母が取り上げちゃうんですよね」
 
「なんか“家庭”ではなかった感じだ」
と桃香が言う。
 
「私、高岡に来てから、初めて家庭というものを知った気がします」
と青葉は言っていた。
 
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火葬が終わった後は、青葉と千里、青葉と桃香で骨を拾い、2つの骨壺に収めた。青葉は特に姉の骨壺を抱きしめて泣き出してしまったので、千里がまたハグしてあげて、そのままずっと泣かせておいた。
 
父にも母にも放置された中、きっと姉と2人で助け合って生きて来たのだろう。
 
お昼前に青葉はまたこの近辺で霊的な相談事に応じるというので慶子と一緒に出かける。千里と桃香はボランティア活動の方に戻る。彪志は気仙沼まで送ってもらった後、JRで一ノ関に戻る。この時期、彪志は一関市に住んでいた。
 
(面倒なのだが、市の名前は一関市、駅の名前は一ノ関駅である。どちらも「いちのせき」と読む。ついでに言うと原ノ町も住所は原町区(旧・原町市)だが駅の名前が原ノ町駅である。こちらは駅名は「はらのまち」だが、区名および旧市名は「はらまち」である)
 
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この日の午後は、千里と桃香はキッチンカーで大船渡市内の避難所を回った。そして夕方18時くらいのことであった。
 
キッチンカーがその避難所に着くと、避難所前に大型トラックを駐めて多数の生活用品や食糧を降ろしている女性2人がいた。1人は27-28歳くらい、1人は18-19歳に見えた。
 
「こんにちは。救援物資ですか?お疲れ様です」
と亜衣華が言うと
「こんにちは。そちらは炊き出しですか?お疲れ様です」
と年上の方の女性が挨拶した。
 
最近はボランティア活動をする人も増えてきたので、しばしばあちこちで様々なボランティアグループの人たちと遭遇する。
 
「ボランティアの方たちにもお食事提供していますから、よかったら食べていってくださいね」
 
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「いや、自分たちの食事は持参していますから」
と年上の女性は言ったが
「せっかくだから頂いていこうよ」
と年下の女性が言うので、結局荷下ろしが終わった後でカレーをもらうということになったようである。
 
ふたりの雰囲気から、桃香はこの2人は母娘かなと思ったらしいが、千里はその2人が恋人同士のようだということ、しかも2人とも女性に見えるが肉体的には男性であることを一瞬で見取っていた。但し年上の方は男性の骨格を持っているが、年下の方は女性骨格で骨盤なども安産型をしているので、おそらく小学生の頃から女性ホルモンを飲んでいたのだろう。睾丸も既に存在しないように見えた。多分去勢済みなのだろう。
 
しかし男の娘同士のレスビアンというのは結構レアかなという気もした。
 
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避難所の人が来て、今、散髪・洗髪をする美容師さんたちのボランティア・グループも来ているので、その人たちにも食事あるいはデザートを提供してもらってもいいかと尋ねる。もちろんです、と言い、注文票を1冊渡した。
 
元気な人たちは避難所の外まで出てきて列に並んで御飯をもらっているが、足腰の不自由な人たちもいるので、その人たちに千里は食事をワゴンに積んで会場を回り、渡していた。
 
その時、突然
 
「みなさーん、元気ですか!」
 
という大きな声があり、見ると20歳くらいの女子と、男性3人のバンドがステージに上り、演奏を始めた。
 
どこかのアマチュアバンドでも、慰問に回ってきたのかと思ったのだが、よく見たらボーカルの女の子はローズ+リリーのケイである。そういえば雨宮先生が、ケイはマリが精神的に回復するまでの期間限定で男性数人と組んだバンドをやっていると言っていたので、それかと思い至る。確かローズクォーターとか言ったっけ??CDももらったな、などと思いながら千里は聞いていた。
 
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バンドの構成はアコスティックギター、コントラバス、アコーディオンという不思議な構成だが、電気の使えない環境で演奏するのにこういう構成にしたのだろう。どうもギターの人がバンドリーダーっぽいなと思って千里は見ていた。曲の演奏開始タイミングはアコーディオンの人が決めているようだが、その前にギターの人がアコーディオンの人に指示している感じなのである。
 
それでバンド演奏が行われている中、千里は食事を配ったり、食器を回収したりしていたのだが、バッタリと青葉・慶子と遭遇する。
 
「青葉!こんなところで何してるの?」
と千里が言うと
「何って仕事。奇遇だね、ちー姉」
と青葉は言う。結構な笑顔である。たくさん泣いたので感情をブロックしていた壁が壊れてしまったのかもと千里は思った。
 
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「またお会いしましたね。そちらは炊き出し活動ですか」
と慶子も言っている。
 
近くでおばあさんの髪を女性(?)美容師さんが洗ってあげていたが、その作業が終わって、次の人に移ろうとしたので、
 
「美容師さん、良かったらお食事もなさってください」
と言って、千里は牛丼セットのプレートを差し出した。
 
「すみません。頂きます」
という声は、明らかにメラニー法で発声している女声である。
 
ただ千里はこの人の性別を判断しかねた。むろん肉体的には男性、外見的には女性なのだが、どうもMTFでは無いようなのである。ひょっとしたらMTXかなという気もした。あるいはただの女装趣味またはクロスドレッサーなのかも。
 
彼女(彼?)の波動がけっこう男性的なのである。
 
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しかしまあ随分MTF/MTX(CD?)がこの避難所に集まっているなとも思う。自分に青葉に、さっきの救援物資を運んで来た2人に、この美容師さん。そして考えてみるとステージで歌っているケイも元男子である。
 
ケイは高校時代に性転換手術を済ませていたはずだが(美空からも雨宮先生からもそう聞いている)、この4月に芸能関係のイベントが全て自粛状態になっている間に、性転換手術を受けて来ますと言ってタイに渡ったらしいことも聞いていた。とっくに手術など終わっていたケイがタイで何をしていたのかはよく分からない。だいたい2ヶ月前に性転換手術を受けた人が、こんなパフォーマンスができる訳ないので、4月に性転換したという話が真っ赤な嘘なのは間違い無い、と千里は思う。
 
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でもそんなことを千里が考えていたら、青葉がそのことに言及する。
 
「でも奇遇といえばさ、これ凄い偶然ですよね、美容師さん」
 
と青葉は美容師さんに振った。
 
「え?何か?」
と虚を突かれた感じの美容師さんが、うっかり男声のまま返事してしまった。
 
「これだけ1ヶ所に、MTFが集まるのも凄いなと思って。しかもみんな
パス度が凄く高い人ばかり」
と青葉は言う。
 
「私でしょ、ちー姉でしょ、美容師さんでしょ、そしてあのステージの女の子」
 
青葉にしては軽率だなという気がした。美容師さんは充分女性としてパスしている。その性別をわざわざ言う必要は無かったはずだ。
 
しかし千里は“演技”を続ける。
 
「え?あなたもMTFでした?」
 
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と千里と美容師さんは驚いたような顔で同時に言った。
 
「全然気付きませんでした」
「私も全然分からなかった」
 
「でステージの子もMTFだと思うの?」
 
と美容師さん。ああ、この人はローズ+リリーを知らないのかと千里は思った。
 
「私には一目で分かったよ」
と青葉も言っている。世俗的な常識を持っていない青葉がケイを認識できないのは仕方ないなと千里は思う。
 

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その時、演奏していたバンドがリクエストを募ると『ふたりの愛ランド』という声が掛かった。
 
「ああ、あれをやるのか」
と千里が言うと、
 
「ちー姉、このバンドを知ってるの?」
と青葉は聞いた。
 
「ミリオン出した歌手くらいは分かるよ」
と千里が苦笑しながら言うので
「そんな凄い人だったんだ!」
と、青葉も美容師さんも驚いていた。
 
「まあ聞いててごらん。面白いことするから」
と千里は言った。
 
『ふたりの愛ランド』は、チャゲと石川優子のデュエット曲であるが、最初、石川優子(女声)が単独で歌う。ここをケイは普通にソプラノボイスで歌った。そしてその後、チャゲ(男声)のパートが続くのだが、ここをケイは男声に切り替えて歌った。
 
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避難所内にどよめきが起きる。
 
「凄い、両声類なのか!」
と美容師さんが言う。
 
この『ふたりの愛ランド』の1人デュエットは、後にはケイは男声を人に聞かれたくないというので封印してしまったのだが、この避難所慰問の時は受け狙いで結構演奏したようである。『別れても好きな人』(ロスインディオスとシルビア)とか『渋谷で5時』(鈴木雅之と菊池桃子)などもかなり歌ったようである。
 
音源としても『萌える想い』ダウンロード版に公開後24時間だけボーナストラックとして入っていた(アルバムを丸ごとダウンロードした時だけ付いてきた)『ふたりの愛ランド・裏バージョン』だけで聴くことができる。このボーナストラックは公開翌日にはローズ+リリーが歌う『Sweet Memories』に差し替えられてしまった。
 
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これは後で雨宮先生から聞いたのでは、この音源の公開をケイが嫌がっていたので、ローズクォーツのマキがレコード会社に申し入れて差し替えさせたらしい。あまり役に立っていないマキだが、たまには良いこともしているのである。
 
なお、千里はこのダウンロード版の初版をCDにプリントし、ケイの直筆サインまで入った超レアなCD(プロモーション用にごく少数作られたもの)を所持している。そのCDは(雨宮先生などは紛失しているので)恐らくこの世に5枚程度しか存在していないはずだ。
 
(おそらく、実質デビューの場になった東京のFM局、上島雷太・新島鈴世・松原珠妃と千里)
 

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娘たちの震災後(10)

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