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この日川口市のビストロに集まったメンバーで戸籍上男性であったのが、青葉、千里、あきら、和実、淳、冬子、の6人だが、全員女性の格好をしている。生まれながらの女性であったのは桃香、小夜子、胡桃、政子の4人である。お世話をしてくれたビストロのオーナーと娘さんも(天然)女性なので、結局この時ビストロに居た12名が全て外見上は女性であった。
この時“ちんちんは何本あったのか”が後に、このグループではしばしば議論された。
冬子はこの4月にタイで性転換手術を済ませており、10月の誕生日が来たら戸籍の性別変更を申請する予定だったが、残りの5人は性転換手術の予定自体が無かった。
・・・というのが、各自の主張なのだが、政子やすぐ後にこのグループに参加して中心メンバーのひとりになった若葉などは、実際には、おちんちんは2本しか無かったのではと思っている。
和実→どう考えても高校生の頃までに性転換済み
千里→友人たちの話を聞く限り、小学生の内に性転換済み
青葉→どう考えても幼稚園くらいの内に性転換済み
そもそも青葉は幼稚園には女児の制服で通っているのである。これは本人もそう言っていたし、小さい頃からの友人である早紀も証言している。早紀は青葉の下着姿までは小さい頃から見ているが、おちんちんがあるようには見えなかったと言っている。
和実が高校生の時女子制服を着ていたのは和実の親友・梓や照葉たちが証言している。高校3年の時には、一緒に温泉に行って女湯に入っているし、修学旅行でも女湯に入っているので、その時には性転換済みだったのは間違い無いと梓は言っていた。
千里の小学3年生以来の親友である花和留実子は千里と何度もお風呂やプールに行っているものの、千里にはちんちんは無かったこと、千里が小学4年生の時以来、生理用ナプキンを使っていたことを証言している。だいたい千里は小学校で女子だけの合唱サークルに入っていたし、学習発表会の劇では白雪姫を演じているらしい。また留実子が友人から聞いたのでは、幼稚園の時に千里は巫女舞を扇の要(かなめ)の位置で舞っているという。
また冬子もこの年の4月に性転換手術をしたと主張しているものの、若葉も政子も「それ絶対嘘」と考えている。2人の見解によれば冬子も小学校の低学年の頃までには性転換済みである。冬子の従姉・明奈は冬子が幼稚園の時に一緒に温泉に入り、当時既に、ちんちんが無かったのを見たと証言している。またこの4月に冬子は性転換手術を受けると称してタイに行っているが、一緒に付いていった政子は、病院に入院したのは見ているものの、手術の日には病院に居なかったらしい。
この時のビストロでのおしゃべりでは、まず全員の性別を確認、連れで来ている人たちの関係(恋人とか夫婦とか姉妹とか)を多数決認定?した上で、性転換済みを公言している冬子が、随分と他の子に、さっさと性転換してしまおうと煽っていた。それで実際、和実と千里は性転換手術を考え始めたように見えた。青葉はこの時点でGIDの外来を受診しており、性転換に向けての治療を開始していた。
一方青葉は冬子が胸に入れているシリコンがひじょうに良くない状態にあるとして、除去することを勧め、実際冬子はこの集まりの直後に美容外科に行ってシリコンバッグを除去したのである。また性転換手術の跡もかなり酷い状態だったのをヒーリングしてあげて、そちらも随分楽になったと言っていた。このヒーリングはその後数ヶ月にわたって行われ、冬子の体調が回復した時点で、実はローズ+リリーは活動を再開することになるのである。
なお、桃香と千里の関係は、桃香は恋人と主張して千里は友だちと主張し、政子と冬子の関係も、政子は恋人と主張して冬子は友だちと主張していた。しかしこの時点でどちらのペアも、肉体関係を結んだことがあったのである。
淳は性転換したい気持ちはあるものの、少なくとも5-6年以上先だし、結局は性転換しないかも知れないと言っていた。
あきらは自分には女性志向は無いと主張。女性の服を着るのは単なるファッションと言っていたが、奥さんの小夜子は「子供が何人かできたら、もう男性器は用済みだから、取ってしまえばいいと思う」などと言っていたので、実際には彼女の男性器は、それまでの命だね、などとみんな言っていた。
ビストロで2時間ほど過ごした後、冬子のマンション(当時冬子は新宿区戸山の賃貸マンションに住んでいた)に移動して、夜通しおしゃべりする態勢になったが、そこでローズ+リリーの活動再開問題についても、色々意見が出ていた。
この時冬子は、あきらと小夜子の結婚に辿り着くまでの紆余曲折あった恋愛の話を聞いてLong Vacationという曲を書いた。この曲は、その後、出会いから結婚までに時間の掛かったカップルの結婚式で歌う歌として定着していくことになる。
深夜遅くになると“普通の生活”をしている人は、どんどん帰るなり眠っていく。この日帰ったのは、淳・胡桃・あきら・小夜子の4人で、ここに住んでいる冬子と政子の他に、青葉・千里・桃香・和実が残った。しかし桃香、政子に和実まで途中で眠ってしまい、最後まで起きていたのは、青葉・冬子・千里の3人だった。後から考えてみると、これはなかなか凄いメンツである。2020年前後の歌謡界を牽引することになる3人だ。
その3人も2時頃には寝た。
そういう訳で、この日千里は16:00から深夜2:00までの10時間、男性の身体でいたのである。
千里は実際に冬子のマンションで寝せてもらい、朝7時半頃
「バイトがあるので」
と、唯一起きていた冬子に声を掛け、まだ寝ている桃香や青葉を放置して、マンションを出た。そしてすぐに《すーちゃん》と位置交換してもらう。
日本の6/29 7:30はサンフランシスコの6/28 15:30である。ウォーミングアップの途中だったので、千里もそれで身体を温め、その後の練習に参加した。
この日の練習から、アメリカ在住で補欠として召集されていた海島斉江が合流。元チームメイトの鞠原江美子とハイタッチしていた。
彼女は世界と戦う場合、貴重な戦力となる182cmの大型ポイントガードであるが、現在U21チームの2人のポイントガードが安定しているので、出番が来る可能性は必ずしも大きくない。むしろこのチームでは「仮想敵ポイントガード」として貴重な練習相手になる。
さて、ケイのマンションで青葉が目を覚ましたのは、千里がもう出かけた後の8時すぎである。普段は朝4時頃に起きるようにしていたのだが、さすがに疲れが出たようである。
青葉はマンションのキッチンを借りて、この後起きてくるであろう人たちのために御飯を作った。それを作っている間に和実も起きてきたので、結局青葉・和実・冬子の3人で朝御飯を食べた。
「青葉料理のセンスいいね」
「でも私、絶対的な知識が不足しているんですよ。きちんと料理習ったことなかったから」
「ああ。そのあたりは少しずつ覚えていけばいいね」
和実がメイド喫茶に出勤して行くので青葉はそれにくっついてエヴォン神田店まで行った。和実がカフェラテとオムライスを作ってくれたのでそれを頂いた。お店に募金箱があるので、そこに1万円入れておく。
10時頃、お客さんが一段落したので、和実もコーヒーを持って青葉のテーブルに来てしばしおしゃべりをした。和実と青葉は6歳差なのだが、和実は敬語で話されるのは気持ち悪いと言って、ふたりの間ではタメで話すことにした。
(もっとも当時和実は青葉を高校3年生くらいと誤認していたらしい)
2人は震災当時のことをお互いに話した。和実が津波が来たので逃げていて、ふと後ろを見たら誰もいなかったということを話す。つまり和実より後ろで逃げていた人は全部津波に呑み込まれてしまい、和実はギリギリで生還したのである。
和実は本当に自分は助かったのか、疑問があると言った。
実はあの時自分は死んでいて、ここにいる自分は幽霊かなにかではないかと思ったりすると言う。すると青葉も自分も死んでいてもおかしくなかったと語り、ふたりとも死んでいたのなら、今自分たちは幽霊同士で話していることになるね、などという話をした。
この「生きているのか幽霊なのか」という問題については、後に冬子が2人が幽霊ではなく生きていることを保証できると言った。もし2人が幽霊なら、その2人と普通に会話していて、仙台の放送局で被災した自分も幽霊だ。だとすると日本中の何十万人もの人が幽霊の歌を聞いていることになり不合理。だから冬子が生きているなら、和実や青葉も生きている、と冬子は言った。
和実は昨日青葉がビストロで言った“予言”を話題にした。
「あの場にいた人全員に子供ができると言ったよね?」
「そんなこと言った気もする」
「全員ということは、ビストロのオーナーや娘さんも?」
「そうだと思う」
「冬子さんは生殖器を取ってしまっているけど、それでもできる?」
「・・・できる」
青葉は一瞬意識を彼方に飛ばして確認して言った。
「私にも子供できるのかな?私の睾丸は既に死んでいるけど」
「和実にも子供はできると思う」
「だったら青葉にもできる?」
「私に!?」
「だって青葉もあの場に居たんだから」
それは青葉の想定外のことだった。その問題について、青葉の守護霊は何も語らない。
「あはは・・・・産んでみたいなあ」
と青葉は言った。
12時をすぎるとお客さんが増え始めたので、会計を済ませてエヴォンを出た。山手線で東京駅に移動し、新幹線で新横浜まで行く。新横浜駅近くにある横浜エリーナで開かれる「震災遺児を励ます会」に出席する。
会は14時半に始まり、お偉いさんの挨拶があった後、地震の起きた時刻 14:46 に黙祷を献げる。その後、阪神大震災で親を失った人のスピーチがあった。彼は友人の親に支援してもらって大学を出て現在は外務省に勤めているということであった。自分の経験を交えて励みになるようなことを色々言っていた。
その後は中高生に人気(らしい)FireFly20が登場して30分ほど演奏する。が、口パクである。そして流れているのはCD音源であるにも関わらず青葉は参ったと思った。それで眠った! 青葉のように音感の良い子にとって、音の外れた歌は騒音でしかないので聴いているのは苦痛なのである。
その後は横浜市内の複数の高校の吹奏楽部の合同編成による演奏が披露された。これは素晴らしい演奏だったので、青葉も熱心に聴いていた。
イベントが終わったのは16:00頃だった。青葉は千葉の桃香のアパートに移動するが、途中で食材を買っていく。ちー姉は忙しそうだし、桃姉はあまり料理とかしないみたいだし、などと思う。
実際アパートに行くと、ふたりとも戻っていない。青葉は預かっていた合い鍵で中に入ると、まず物凄く散らかった室内を見る。
「うーん」
と声をあげて腕を組み、食材は冷蔵庫に入れて、料理より先に掃除をしようと思った。
御飯を研いで少し浸水させ、10分ほど経った所でスイッチを入れる。その間にお部屋の片付けをする。“おとなのもの”を見てギクッとするが(青葉はこういうものには無垢である)、見なかったことにして、適当な場所に移動させておいた。