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3月3-4日。玲羅は札幌に出て札幌B大学、芸術学部音楽科の試験を受けていた。国語、楽典のペーパーテスト、聴音してそれを自分の好きな楽器で演奏(または歌唱)してみる問題、そして作文と何か適当な楽器を演奏するか歌うかの実技、と受ける。
国語は100点満点の10点か20点かなあという感じだったが、楽典は8割はできたつもり。小さい頃から千里がけっこう譜面の読み方を教えてくれていたので、玲羅は意外に楽典の知識がある。
耳で聞いてピアノで弾いてみるのは大得意である。あまり楽譜を買ってもらえなかったので、ほとんどの曲は耳で覚えている。ちなみに耳で聴いて声で歌うの(ソルフェージュ)は苦手である。玲羅は無伴奏で歌うのに実は難がある。伴奏があれば問題ないし、歌が上手いとよく言われるのだが、アカペラで歌うとどんどん音程がずれていく。しかし今回の入試ではソルフェージュは無かった。
作文は適当に書いた。実技はエレクトーンで事前に指定されていた曲のひとつ『エーゲ海の真珠』を弾いたら、試験官の先生から拍手まで頂いた。
それで面接に臨んだが、玲羅は明るく、ハキハキと試験官の質問に答えた。
後は結果を待つのみである。
千葉。3月6日の投票日。千里と桃香は同じ住所なので、同じ投票所に行く。最初に桃香が入場券を出し、名簿にチェックされて投票用紙をもらう。続いて千里が入場券を出して投票用紙をもらおうとしたら・・・
係の人の手がピクッと止まる。
そして
「これ入場券が違いますよ」
と言われる。
「村山千里本人ですが」
と千里は言うが
「だってこの入場券は男性のものですよ」
と係の人。
その時、記入台に行きかけていた桃香が戻って来て声を掛けた。
「この子、俗にいうニューハーフなんですよ」
「あら、そうでしたか?」
「念のため、身分証明書とかお持ちですか?」
それで千里が運転免許証を見せると、免許証の写真と千里を見比べて
「確かに御本人ですね。失礼しました」
と言って、投票用紙をくれた。
(千里が運転免許証を出した時、桃香はもう記入台に行っていたので、千里がロングヘアでメイクもして運転免許証の写真に写っているのを桃香は見ていない)
投票に行った後、朱音・美緒と合流して、4人でファミレスで食事をした。その時、美緒が言い出した。
「千里と桃香、とうとう同棲しはじめたんだって?」
「ええ?同棲ということになってるの?ただの同居だよ」
と千里は言う。
しかし桃香は何も言わずに笑っている。
「Hとかしないの?」
「しない、しない。そもそも私と桃香の間に恋愛関係が成立する訳無い」
「あちこち触ったりしない?」
「ええ?おっぱいくらいは触ることもあるけど、女の子同士普通だよね?」
「私、最近千里のおっぱいに触りながらでないと寝れなくなっちゃった」
とここで桃香が爆弾発言。
「そんなことしてない。だいたい別の部屋で寝てるのに」
「おはようのキス、おやすみのキスもしてるし」
「ちょっと、桃香〜、そんなのもしてないじゃん!」
「ふむ。君たちがいかにスイートな生活をしているかは分かった。当委員会としては君たちの生活を同棲であると認定する」
と朱音が言うと、美緒がパチパチと拍手をした。
「でも美緒と清紀も同棲し始めたという噂があるんだけど」
と千里は反撃した。
「してない、してない。ただ、清紀が最近うちに入り浸っているだけだよ。住所は別だよ。だいたい私たちの間に恋愛関係が成立する訳無い」
と美緒は言う。
「紙谷君、美緒んちに、一週間にどのくらい泊まっていくの?」
と桃香が訊く。
「え、えっと・・・一週間に4日くらいかな」
と美緒は焦って答えている。
「それ以外の日ってもしかしてバイト先に泊まり込んでいるのでは?」
「えっとぉ・・・」
美緒は何だか真っ赤になっている。
「なるほど、なるほど。よく分かった。当委員会としては、君たちの生活も同棲であると認定する」
と朱音が言い、千里がパチパチと拍手をした。
「そういえば紙屋君は春休み中はバイト?」
と桃香が訊いた。
「うん。2月は期末試験が終わった後、ずっとピザ配達のバイトしてた。でも今日までで終わりなんだよ。夜間のシフトに随分入ったお陰で、けっこういいバイト代もらったから、一緒に東北にでも旅行に行かないかと誘われている」
と美緒が言った。
千里はピクッとした。
「それいつ行くの?」
「私のバイトが空くタイミングでないといけないけど、週末に掛かると面倒だから、10日の木曜日に行って、11日金曜日の夜に帰ってこようかなと思ってる。状況次第では土曜日の帰りになるかも」
「どのあたりに行くつもり?」
「東北道を北上して盛岡あたりまで行って、遠野とか見てから三陸・常磐道を南下して帰ってくるつもり」
千里はこれは言うべきかどうか悩んだ。しかしきっと言わなかったら後悔する。親友を2人も失いたくない、と千里は判断した。
「美緒、その旅行は来週にしなよ」
「え〜〜〜!?」
「私、天気予報当たるんだよ」
「そういえば、千里が傘を持って行けと言った日は朝どんなに晴れていても雨が降るな」
と桃香が言った。
「今週末は東北は大嵐になるから避けた方がいい。大雪で立ち往生するかも」
「マジ?」
「旅館の予約とかは取ってるの?」
「ううん。彼のフィットで車中泊」
「だったら日程は変えられるよね?」
「うん。そんなに天気予報当たる千里が言うのなら、今週はやめとこうかな」
美緒は実際紙屋君とも相談した所、紙屋君も千里の天気予報は確かに当たると言ったので、結局旅行は翌週にすることを決めたのである。
翌3月7日(月)。
桃香と千里は一緒に長野市のM産婦人科を訪れた。桃香の友人のツテで、ここが「変則的な生殖医療」に理解があるというので、ここで千里の精子を採取し、冷凍保存してもらうことにしたのである。今日が1回目で、この後、半月おきに計6回採取の予定である。普通そんなにたくさん採取しないのだが、千里はこの精子採取が終わったら去勢手術を受けたいと言っているので、安全を見て6個取る。ただ、6個の精子の保存料金は年間12万円掛かる。
名前を呼ばれて一緒に診察室に入る。女性2人で入って来たので、医師がえ?という感じの顔をした。
「もう採精して来られたのですか?」
「いえ。こちらで新鮮な状態のを採らせてください」
「でも女性だけで来られても」
「いえ、この子、一応男の子の器官が付いてるので」
女医さんは驚いた様子でこちらを見つめていたが
「ああ、分かりました。ごめんなさい」
と平然とした顔に戻って言った。
職業柄、こういうことで驚いたりしないよう訓練はしているのだろうが、その医師にも、千里が男性というのは意外だったのだろうと桃香は思った。
「去勢する予定があるので、その前に採取したいんです」
「なるほど。だから凍結なのね」
「はい。私はまだ学生で今すぐは妊娠できないので」
「了解です。では採精室で、これに出して来て」
といって医師は容器を桃香に渡した。
「えっと出すのは千里ね」
といって桃香は千里に容器を渡し直す。
「あ、勘違いした。ごめん」
と医師が照れ笑いしながら謝った。
「桃香の方が精子取れそうな気がするけど」
「残念ながら私には睾丸が無いので」
それで最初千里はひとりで採精室に入った。
『これどうすればいいと思う?』
『千里、やってみたら射精くらいするかも知れんぞ』
と《こうちゃん》は面白がって言っている。
千里は眷属たちに気付かれないように慎重に《小春》を『見た』。《小春》は笑顔でOKサインなどしている。《小春》は実際問題として、眷属たちの中で《くうちゃん》以外の11人より高位のレベルにある。《小春》の操作はたぶん他の子たちには気付かれないだろう、と千里は踏んだ。
念のため《くうちゃん》を見ると、目を瞑って印まで結んでいる。彼は一言だけ千里に言った。
『大丈夫だから進めなさい』
それで何とかなりそうだなというのを確信して、千里はいったん採精室の外に出た。
「終わった?」
と桃香が尋ねるが、千里は
「ごめん。うまく出来ない」
と答える。
「私、オナニーってしたことなくて」
「よし。手伝ってあげよう」
「えー!?」
それで桃香と一緒に採精室の中に入った。桃香は千里をベッドに寝せると、下着を下げさせ、それを手で握る・・・・かと思ったのだが、桃香はいきなり口に咥えてしまった。
うっそー!?
これは想定外だったので、千里は焦る。しかし桃香がいくら舌で刺激しても千里のおちんちんは全く反応しない。とうとう桃香もその方法は諦めたようで手でそれを押さえると、女の子がするようにぐりぐりと回転運動を掛けた。
桃香はかなり長時間それをやっていたが、千里のおちんちんは硬くもならなければ熱くもならない。桃香がさすがに疲れたなあと思い、ちょっと天井を向いた時、唐突に千里のおちんちんが一瞬堅くなったかと思うと、その先から粘性のある液が出てきた。
「行けた行けた」
と言って桃香はその液を全部容器で受け止めた。
「できたね」
「ありがとう」
桃香は千里に熱いキスをした。この時は千里は無抵抗で桃香のキスを受け入れた。桃香はやりすぎで腕が痛いと思ったものの、今度は千里のバストをなでてあげた。千里は目を瞑って放心状態になっているように見えた。男の子って確かに射精した後は意識が飛ぶくらいに気持ちよくなってるみたいだもんなあ、と研二とセックスした時のことを思い出していた。
しかし疲れた!大変だった!
『これをあと5回繰り返すのか。あはは』
と桃香は思った。
“射精”を見ていた《こうちゃん》たちは実際問題として驚いていた。まさか千里が射精できるとは思ってもいなかったのである。
『これなんで射精できたの〜?』
『いや、今千里はまだ女の子の身体に変えられる前の男の子の身体に戻っているから、射精できてもおかしくない。原理的には可能だよ』
『だって大量の女性ホルモン飲んでいたのに』
『睾丸も死んでいるかと思ってたけど、僅かに生きていたのかもね』
『あと桃香がきっと巧すぎるんだよ』
『レスビアンの達人だからクリトリスの刺激の仕方も巧いだろうし』
『あれはクリトリスなのか?』
『千里はでっかいクリトリスと思ってるし、桃香もそのつもりでやったんだと思う』
《くうちゃん》だけが満足そうな微笑みをたたえていた。
その頃、留萌の自宅で1人で放送大学のテキストを見ている内にうとうととしていた武矢は、突然自分のペニスを誰か女性の手でいじられる感覚を覚えた。
え?え?え?
と思っている内に物凄く気持ちが良くなって、射精した
・・・・ような気がした。
慌てて目を覚まし、起き上がってズボンを脱いでパンツを下げてみる。
確かに射精した跡はある。しかし出ている液が異様に少ない。
あれ〜?体調が悪いのかな?それとも今のは寝ている男から精液を取っていくという伝説の夢魔???などと武矢は思った。西洋文学の講義でそういう話を聞いた気がする。確かインカバスとかサタンバスとか言った??
武矢は首をひねりながらも、とりあえず拭いた後、冷蔵庫からビールを出してきてふたを開けた。そしてそれを飲みながら、十八史略の原文に再度取っ組み始めた。
千里は“射精”の後、まるで生理の時のような頭痛がして気分が悪かった。それが桃香には男性が逝った後の放心状態に見えたようである。
『これ、なんで〜?』
と《小春》に訊くと、
『一時的に千里の睾丸を実際に持ってる千里のお父ちゃんと接続したから、男性ホルモンが千里の体内にも放出されたんだよ。結果的には女性ホルモンが減ったのと似た状態になったから、ホルモンバランスが崩れて、生理痛が発生したんだね』
『これをあと5回繰り返すの〜?』
『私のお姉ちゃんを作るためだから頑張って』
『普通の男の子って射精すると気持ちいいんでしょ?私は気持ち悪くなるのか』
『だって千里は女の子なんだもん。仕方ないよ』
と《小春》は優しく言った。
採精室を出たあと、桃香は千里の精子の活動性に懸念があったので女医に言うと、活動性の高い精子だけ選別して使いますし、場合によっては顕微鏡受精させますから大丈夫ですと言った。一応顕微鏡でチェックしていたが
「確かに平均的な20代男性の精液に比べると活動的な精子の率は低いですけど、このくらい存在していれば問題ありません。顕微授精も必要無いですね」
と笑顔で言った。
まあ元々未発達だった弱い睾丸が40代男性の身体にくっついている状態から採った精子だから、20代の普通の男性よりは弱いだろうなあ、とやっと頭痛が収まりつつある千里は思った。
「生まれてくる赤ん坊の性別は選択しますか?」
「いえ、自然に任せます」
「分かりました」
それでふたりは次の採精の予約を入れて、病院を出た。
3月9日(水)。札幌B大学の入試結果が発表された。玲羅は合格していた。学校側からのメールで「第1希望のピアノ鍵盤楽器コースに入れます。16日までに入学手続きをお済ませください」と書かれていた。
玲羅は千里に電話した。
「合格おめでとう!」
と千里の明るい声が聞こえてくる。
「それでさあ、お姉ちゃん、入学金とか授業料とかなんだけど」
「金額を教えて。すぐ玲羅の口座に振り込むから」
「入学金が30万、前期授業料が55万、施設費が15万、他に諸経費が4万円で合計104万円なんだけど。ついでに交通費とかも少し融通してくれない?」
「うん。いいよ。あとアパート借りる時はまた言ってよ。保証人にもなってあげるし。じゃ取り敢えず念のため納入金+20万くらい入れとくけど、ごめん、もう一度金額言って」
「じゃメールするね」
「よろしく〜。14時までにもらえば今日中に着金するように振り込めると思う」
「ありがとう。すぐ送る」
3月10日(木)の昼過ぎ。
千里は雨宮先生から電話を受けた。
「千里〜。悪いけど、今すぐ仙台まで来て。新島には内緒で」
千里は思わず《くうちゃん》を見た。《くうちゃん》が言った。
『確実に今日中に帰って来い』
千里は頷くと
「先生、今度は何やらかしたんですか?」
「ちょっと支払いを巡って揉めていて。できたら80万くらいお金持ってきてくれない?後ですぐ返すからさ」
「はいはい」
それで千里はインプに乗ると、東北道を急いで北上した。そして雨宮先生が揉めていた居酒屋さんにしっかり代金を払い、先生をインプの後部座席に乗せて東京に帰還する。先生は後部座席で寝ていたので、わざわざ三宅先生のご自宅前で降ろした。
「こら、なぜここに連れてくる〜!」
と雨宮先生は文句を言ったが、自室で作業をしていた三宅先生がすぐ出てきて雨宮先生を回収していった。
それが3月10日夜23時頃であった。