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■娘たちの危ない生活(11)

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2月25日(金)の夕方。貴司は練習を20時であがらせてもらうと、着換えてから新大阪駅に向かい、21:20の東京行き最終のぞみに乗った。練習の疲れから、新幹線の中では熟睡していた。23:45に東京駅に着き、在来線乗換口に行くと千里が待っていて手を振っていた。
 
一緒に山手線で渋谷に移動し、駅から少し歩いて1軒のレストランに入る。予約していたので個室に通される。
 
まずはシャンパンで乾杯した。
 
「少し早いけど20歳のお誕生日おめでとう」
「その少し早いというのは人に聞こえないように言うこと」
「ごめん」
「僕たちの愛のために乾杯」
「貴司がオールジャパンに行けることを祈って乾杯」
 
それでグラスを当てて乾杯し、飲み干す。
 
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「美味しい!」
「これ美味しいね」
 
今日頼んだシャンパンは、ボランジェ(Bollinger)の普及品シャンパン、スペシャル・キュヴェである。
 

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「そういう訳で、こちらは誕生日のプレゼント、こちらはホワイトデー」
「楽しみ〜。まずホワイトデーから開けてみよう」
 
「わあ、美味しそう。あ、このお店は知ってるよ」
「買ったことある?」
「名前だけ聞いてた」
 
そういう訳で大阪の有名洋菓子店の生ケーキである。これはホテルに戻ってから一緒に食べることにした。
 
「さて、誕生日のプレゼントは・・・っと。わぁ!」
 
中に入っていたのはミュウミュウのピンクの財布である。
 
「リズリサの財布をもう4年使っているし、少し大人びたものもいいかなと思って選んでみた」
「ありがとう。でもこれ高いのに」
「まあ魚は釣り上げるまでは美味しい餌をあげようと」
「結婚した後が怖いな」
 
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お料理は洋風居酒屋という感じで、牡蠣と野菜のアヒージョ、ブリとトマトのマリネ、ヤリイカとタマネギのフリット、などという感じでスペイン・フランス・イタリア付近の料理がミックスされた感じで出てきた。そしてメインディッシュは、特上飛騨牛熟成肉の炭火焼きである。肉厚が凄い。
 
「これ値段訊いていい?」
と千里が言ったが
「知らない方がいいと思うよ」
と貴司は答えた。
 

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ふたりがデートすれば当然話題はバスケットのことばかりである。こんなにしょっちゅうバスケの話をしていて、よく話題が尽きないものだと思うのだが、貴司が楽しそうに試合でのエピソードや練習での話題、それに国内のJBLやアメリカのNBAの話題などを話す。とにかく幾ら話してもどんどん話題が出てくる感じである。
 
そしてそういう話題を楽しそうに貴司が語るのを、千里は幸せな気分で聞いていた。
 
お料理は最後にデザートにアイスクリームにリキュールを掛けたものが出てきて終了する。深夜2時の閉店時刻に2人はお店を出た。
 
そのまま歩いて千里が予めチェックインしておいたホテルまで行き、お部屋の中に入るとキスして抱き合う。シャワーを浴びてから、たっぷりと愛の確認をして寝た。
 
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翌26日土曜日は朝ごはん代わりに昨日貴司が買ってきたケーキを食べたあと、東急で郊外まで移動し、予約していた体育館に入って2人で1 on 1 をして楽しんだ。
 
「千里、物凄く強くなっている。僕がなかなか勝てない」
「私に勝てないと、女子日本代表にはなれないよ」
「僕は女子日本代表になるつもりはないけど、男子日本代表にはなりたい」
「だったら、私を遙かに凌駕できなきゃダメ」
「頑張る」
 
それでふたりはひたすら対戦を続けた。
 
2時間半ほど練習をしてから体育館を出て、また少し電車で移動してからスーパー銭湯に入る。受付は男女共通なので、貴司が2人分払って青い鍵と赤い鍵を1つずつもらう。脱衣場入口で手を振って別れ、貴司は男湯に、千里は女湯に入る。千里は40分ほどであがってきたが、貴司は1時間ほどで出てきた。一緒に飲み物などを飲んでまたおしゃべりする。
 
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都心に戻って昼食を取ってから、千里は貴司を連れて、北区のナショナル・トレーニング・センターに行った。
 
「見学できます?」
と千里が受付で尋ねると、
「一般の方の見学はお断りしているのですが、村山さんならいいですよ」
と言われ、貴司もその付き添いということで中に入った。
 
この週末は男子のU18チームの合宿が行われているのである。インターハイやウィンターカップで見かけた選手が居る。指導している鱒山監督は以前高校の女子チームの指揮をしていたこともあり、一度は対戦しているので、そちらも知っている。監督はシューター組の指導をしていたので、千里はその様子をずっと見ていたのだが、監督がふと気付いたようにこちらを見た。
 
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そして声を掛けた。
 
「村山くーん、ちょっと降りてこない?」
 
それで千里は貴司を連れて下に降りていった。
 
「ちょっと模範演技を見せてよ」
などと監督が言う。
 
「バスケやる格好してきてないんですけど」
と言うものの、千里は男子が使用している七号ボールを受け取ると、このボールの感触は久しぶりだな、と思いながら数回ドリブルする。既に4月からの新しい仕様で引かれているスリーポイントライン(6.75m)の所に立つと、ボールの感触を再確認してから構えると、スッと撃った。
 
ボールはダイレクトにゴールに入る。
 
「美しい・・・」
と練習していた選手たちから声があがる。
 
「ね、ね、村山君、今日はこの子たちを特別指導してくれない?」
「え〜〜!?」
とは言ったものの、結局千里は午前中使用したバスケットウェア(汗で濡れているが気にしない)に着換えて、ひとりひとりの選手のシュートを見てあげて、色々アドバイスをしてあげた。
 
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この日の千里の指導で、特に今回の合宿では3番手だったシューターの子のゴール確率が画期的に上昇した。ちょっとした歯車の狂いが修正されて精密度が物凄く上がったようであった。おかげで、他のふたりの選手も目の色が変わって、必死に練習していた。
 

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貴司は結局ボール拾いをしてあげることになった。
 
「そちらは村山君のお友達?」
と監督が貴司に声を掛けた。
 
「はい」
「君、パスとかうまいね。君もバスケやるの?」
「ええ、少し」
「どこかのチームに入ってる?」
「済みません。無名チームで、大阪のMM化学という所で。一応大阪実業団の一部リーグには入っているのですが、まだ全国大会とかには出て行ったことがありません」
「へー。まあ頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
 
この時の会話が、後に貴司を日本代表に導くことになるとは、この時、千里も貴司も思いもよらなかったのである。
 

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千里たちは夕食休憩になるまで、5時間ほどU18男子チームに付き合った。
 
「そういえば君たちもしかしてデート中だった?」
「私たちはバスケやるのがデートで。午前中も2人だけで体育館で汗を流してきたんですよ」
 
選手達が「へー!」という顔をしているが、鱒山監督は
 
「バスケ選手同士のカップルだとそうなるんだね!そういうのも楽しいかもね」
と言って笑っていた。
 

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夕食を結局NTCの食堂で取る。貴司はこの食堂も初めてだと言った。
 
「日本代表の常連になれば、年に30-40日はここでご飯食べることになるよ」
「それも経験してみたいなあ」
 
夕食後はU18のスタッフさんや受付の人に挨拶してNTCを出た。そのまま昨夜も泊まった渋谷のホテルに移動し、シャワーを浴びた。
 
「この服、コインランドリーに持って行って洗ってくるよ。貴司は休んでて」
「いや、千里こそ大変だったのに」
「平気平気。1時間くらいで戻るけど、オナニーしててもいいからね」
「そんなことせずに待ってるよ!」
 
それで千里は洗濯物を持つと、自分の大学近くにあるのコインランドリーに行き、そこで洗濯をしてから戻った。機械が回っている間は大学の院生室に行き、女子の先輩とおしゃべりしていた。
 
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やがて洗濯乾燥が終わった所でホテルに戻る。
 
「洗濯終わったよ」
と千里が言うと
 
「お疲れさん。おやつとお茶買っておいたよ」
と貴司は言った。
 
「素晴らしい、素晴らしい」
「ついでにビールも買ってきたけど」
「頂きます」
 
それでビールで乾杯してからおやつを食べ、その後、愛の確認をしてそのまま眠ってしまった。
 

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27日はまた午前中体育館で1 on 1をやって汗を流した後、お昼を食べてから、午後はスポーツ用品店に行って一緒に新しいバッシュを選んだり(お揃いのを買った)、大きな書店に行ってバスケット関係の本や雑誌を物色した。特に洋書コーナーにアメリカのバスケ雑誌があるのに気付き、買ってきた。
 
夕方の新幹線で一緒に京都に移動した。到着したのはもう19時過ぎである。市内で夕食を取ってから、コンビニでカルピスウォーターを買い、一緒に伏見稲荷に移動する。もう到着したのは21時過ぎである。この時間帯からお山に登ろうとする人はさすがに少ない。
 
「夜中この千本鳥居を通るのは結構怖い」
と貴司が正直に言う。
「私が付いている限り大丈夫だよ」
と千里は笑顔で言った。
 
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ここは結構な傾斜があるのだが、ふたりともバスケ選手なので軽々と登っていく。四つ辻から、三の峰、ニの峰、一の峰と進む。
 
「おかあさん、パパ」
という声がする。
 
「久しぶり、京平」
 
それで京平に案内されて、どこかの茶屋のような所に行き、座った。
 
「お土産」
と言ってカルピスウォーターを渡すと
 
「これだいすきき」
と言って、嬉しそうに飲んでいた。
 

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バスケット少し練習したから見て、というのでシュートの様子を見てあげる。
 
「京平、それはトラベリングだ」
「え?」
「ボールを持ったら2歩までしか歩いてはいけない」
「え〜〜〜!?」
 
京平は3ステップしていたのである。それであらためて貴司が模範演技をしてみせる。
 
「ぼくどこかでかんちがいしてたみたい」
「また練習するといいね」
 
千里がスリーの模範演技も見せるがさすがに京平の腕力では6mの距離からのシュートは届かない。
 
「まあ短い距離から始めて少しずつ遠くしていくといいね」
「そうする!」
 

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京平と3人で貴司の感覚で2時間くらい話していた時のことである。京平が唐突に言った。
 
「おかあさんもパパも、らいげつぜんはんに、とうほくに、いくよていないよね?」
「東北?」
「今の所予定無いけど」
 
「もしいくことになっても、ぜったいいっちゃダメだよ」
 
「京平、何かあるの?」
「はなしてはいけないことになってるから。でもぜったい、いかないでね」
と京平は言った。
 
千里と貴司は顔を見合わせた。
 

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2月28日(月)。千里たちが住んでいる千葉市で市会議員の選挙が告示された。一週間の選挙期間を経て、3月6日(日)に投票である。千里は住所を桃香のアパートの住所に変更しているので、そこに投票所入場券が送られて来た。
 
「千里は選挙期間中の3月3日に20歳になるから、ちゃんと今回の選挙は投票権があるんだな」
「桃香は去年の参議院選挙はちゃんと行った?」
「もちろん。選挙に行くのは市民としての義務だよ」
と桃香は言っていた。
 

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