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(C)Eriko Kawaguchi 2017-07-23
冬季クラブ選手権が終わった後の2月13日夜。
千里は祝勝会が終わって麻依子たちと別れると、インプレッサに乗り
『こうちゃん、よろしく〜』
と言って自分は後部座席に寝転がってスースー眠ってしまった。《こうちゃん》は、やれやれという顔をしながらも車を運転して一路大阪を目指す。
途中の足柄で《きーちゃん》に交替、夜2時頃、桂川PAに到着する。
ここで千里を起こす。千里はトイレに行って来た後、自分で運転し、吹田市の千里(せんり)のマンションに到着した。
車はマンション近くの月極駐車場に駐め、マンションのエントランスを自分の鍵で開けて入る。そして33階に上がり、3331号室のドアをやはり自分の鍵で開けて中に入る。そして寝室に行く。貴司がすやすやと寝ている。
千里は微笑むと服を全部脱いでわざと服を寝室に放置したまま、お風呂場に行き、シャワーを浴びる。身体を拭いてから、再度寝室に行ってベッドの中に潜り込んだ。いきなりあそこを手で刺激する。貴司は起きない!
やがて大きく堅くなるも、貴司は起きる気配が無い。それどころか何か夢でも見ているのか寝言を言った。
「千里、愛してるよ」
ほほぉ、ちゃんと私の名前を呼んだなと思った。他の女の子の名前を呼んでいたら即去勢だったね。貴司、男の子辞めずに済んだね、などとつぶやきながら、刺激を続けていたら、やっと貴司は目を覚ました。
「千里!?」
「待ってね。これもう少しで行くと思うから」
「それ千里の中で行かせて!」
「しょうがないなあ」
と言うと、千里はそれにコンドームをかぶせると、自分の身体の中に入れた。貴司は中に入れるとすぐに逝った。
「気持ちよかったぁ」
「良かったね」
「いつ来たの?」
「さっき」
「いつ帰るの?」
「朝、貴司を会社に送り出したら」
「じゃそれまでデート」
「OKOK」
起き出してリビングに行く。
「これバレンタインね」
と言って千里は貴司にチョコレートを渡した。
東京の洋菓子専門店のスペシャルパッケージである。
「ありがとう」
と言って貴司も笑顔で受け取る。
「それからフランス土産」
と言ってペリエ・ジュエのシャンパンを出す。
「なんかこれ高そう!」
「そのチョコよりは安い」
「そんなに高いチョコなのか!」
「そうそう。母ちゃんが振袖どうしようか?と言ってたけど」
「すぐ必要なものでもないから、貴司次に里帰りした時に、このマンションに持ち帰ってよ」
「ここに置いておけばいいの?」
「だってここは私のおうちだし」
「そうだよね!」
貴司が少しドライブしようよというので、深夜ではあるが、AUDI A4 Avantでお出かけした(千里が持って来たシャンパンはまだ開けていないので、ふたりともシラフである)。貴司が運転して千里が助手席に座った。
「関東クラブ選手権優勝おめでとう」
「ありがとう。またこのルートでオールジャパンを目指すけど、貴司もオールジャパンに出てきて欲しいなあ」
「社会人選手権経由はなかなか厳しい」
「それなら近畿総合で優勝すればいいのよ」
ふたりがドライブに出かけたのが午前3時頃で、ふたりは淡路島方面にドライブ。明石海峡大橋を渡って4時半頃、あわじの道の駅で休憩した。
「この道の駅で私たちの愛は復活したね」
と千里は懐かしそうに言った。
「千里も人が悪いよ。まるで男になってしまったかのように装うんだもん」
「うふふ。でも貴司って、女の子より男の子が好きなんじゃないの?」
「そんなことない。僕はストレートのつもりだけど」
「まあ私はどちらでもいいよ。私だけを愛してくれるのなら、貴司がゲイであっても、女装趣味であっても、全然問題無い。性転換されると私もレスビアン覚えないといけないから大変だけど」
「性転換はしないよ!それに僕は千里だけを愛しているつもりだけど」
それでふたりはキスをし、目隠しをして車の後部座席で少しイチャイチャしていた。ところがトントンと窓をノックする音がある。慌てて毛布にくるまって目隠しを開けてみると警官である。
「あのぉ何か?」
「ご休憩の所申し訳ないのですが、運転免許証を拝見できますか?」
「はいはい」
それで結局貴司は毛布にくるまったまま、鞄の中から運転免許証を出して警官に提示した。
「大阪からいらっしゃいましたか」
「はい、そうです」
「ご旅行ですか?」
「いえ。深夜のドライブをしただけなので、もうすぐ大阪に帰ります」
警官はチラッと千里の方を見ると
「そちらは奥様ですか?」
と尋ねた。それで千里は笑顔で答えた。
「はい。私はこの人の妻です。まだ籍は入れてませんけど」
「そうでしたか。お邪魔しました。帰りはお気を付けて。お休みの所を申し訳ありませんでした」
「いえいえ。お勤めご苦労様です」
そういう訳で、警官の職務質問ですっかり興ざめになってしまったので帰ることにする。服を着て、トイレに行って来てから出発する。帰りは千里が運転する。
「でも千里よく『妻です』とか言えたね」
「私ずっと貴司の妻のつもりだよ」
それで貴司は運転中の千里の頬にキスした。
「でも貴司、会社もあるし、寝てなよ」
「そうさせてもらうけど、千里、慎重に運転してね。眠くなったら脇に寄せて停めて」
「了解了解」
実際貴司はすぐ眠ってしまった。千里はそっと脇に停めてから貴司にキスするとまた車を発進させ、吹田に向かった。
マンションに入る前にコンビニに寄って朝御飯を買い、マンション内で食べた。そして朝7時半、
「あなた、行ってらっしゃい」
と言ってキスで貴司を送り出した。
千里は少しマンション内で仮眠すると、溜まっている洗濯物を洗濯機に入れて回し、またシンクに溜まっている食器を洗った。冷蔵庫の中身を見てからスーパーに買物に行き、大量の食材を買ってきて料理を作る。今夜の分をパイロセラムの器に入れて冷蔵室に入れた他は、小分けして料理名と日付を記入し、冷凍する。
洗濯物を乾燥機から取り出して畳んでタンスにしまった上で、
「じゃ、貴司、また来るね」
とマンション内に向かって声を掛けると、車に戻り、東京へ向かった。
夕方、東京に戻ると、千里は江戸川区内の不動産屋さんに行った。
「この度は大変でしたね」
と副支店長さんが出てきて言ってくれた。
「いえいえ。今友だちの家に仮住まいしているので、早く何とか引越先を確保しなければとは思ったのですが、ちょうど色々忙しくて自分で探す時間が無かったので探して頂いて助かりました」
それでスタッフの人の車でそのマンションを見に行った。
後ろの子たちがワクワクしている。うん。ここって“最悪”な場所じゃん。霊道が2つクロスしている。なんて“素敵”な、と千里は思った。それに実は雨宮先生が勝手に契約してその後2年間使用している駐車場から歩いて2分という便利な場所でもあるのである。
案内されて4階に上がる。玄関は北東、つまり鬼門を向いている。このマンションはコの字型で、401-403は北西向き、404と405が北東向き、407-409は南東向きである。つまり千里が案内された404だけでなく隣の405も結構きついはずだ。千里はその遙か向こうに霞ヶ浦があるのを認識する。“このあたりに漂っているもの”は根本的には利根川から流れてきたものかも知れないと思った。
部屋はワンルームで専有面積は20平米ということ。坪に換算すると6坪だが、玄関やユニットバスを除くと5坪。実際には8畳+クローゼット2畳という感じである。
「素敵な場所ですね。ここに決めます」
と千里はマンションの中まで見せてもらった上で笑顔で答えた。
「では事務所で手続きを」
不動産屋さんの事務所に戻り、契約手続きをする。保証人不要物件であるが、端末で千里の名前・住所・生年月日を入力すると、即保証OKの表示になったようである。
今回借りることにした物件は家賃5万円+管理費3000円、敷金2ヶ月分、礼金1ヶ月分、なのだが、前住んでいた所が崩壊してその移動先という特殊な状況で、家賃を2割引の4万円、礼金無しにすると言われた。つまり本来なら入居時に日割り分も含めて22.8万円払わなければいけない所が14.3万円で済むことになる。なによりも毎月の出費が1万円安く済むのが嬉しいところだ。
千里は書類に全部署名・捺印した後で言った。
「前住んでおられた方は、自殺でしたっけ?40代の女性みたいですが」
副支店長さんがギクッという顔をする。
「ああ、私そういうの全然気にしませんから」
と千里は笑顔で言う。
副支店長が後ろを振り向いて支店長と目で会話した。
「物は相談ですが、家賃3万円にしましょうか?」
「あら、素敵ですね。どうせなら、もう1声」
「それでは頑張って2万5千円」
「あとひと声」
「でしたら2万4千円。これが限度です」
「ではそれで」
と言って、千里は副支店長さんと笑顔で握手した。結局半額以下である。
「でもなんで分かりました?」
「現場を見たら一目瞭然でしたよ」
「あのぉ、見える方ですか?」
「私、見えないけど、感じとるタイプなんです」
「ああ、何となく分かります」
それでこの日払う金額は8.7万円になった。これをその場でクレジットで決済するとともに、毎月の家賃もこのカード払いにする。
。。。のだが、千里が提示したカードを見た副支店長が目を大きく見開いている。副支店長の様子を見て支店長が出てくる。
「お客様もお人が悪い。こんなカードをお持ちなら、そもそも保証人も不要でしたね」
などと言っている。
「何でしたら、マンション1軒ご購入なさいません?適当な物件を探しておきますよ」
と支店長は言うが
「2年後には大学を卒業して、関西方面に引っ越す予定があるので」
と言って、丁寧にお断りしておいた。
ともかくもそれで鍵をもらった。
後ろの子たちにたっぷり“食事”をさせてあげた上で、千里は言った。
『思うんだけどさ』
と千里は真剣な顔で眷属たちに話しかけた。
『私、やはり大学やめるべきかなあ』
『千里がそういう問題を私たちに問いかけるのは珍しい』
と《きーちゃん》が言った。
『なぜそう思う?』
と《すーちゃん》が訊く。
『1年生の時は前期の試験を全部レポートに代えてもらったけど、あの時は授業にはほとんど出られた。2年生の時は前期は事実上ほとんど大学に出ていない。後期もけっこう休んでいる。2年の前期まではまだ教養的な科目が多かったから良かったけど、2年後期からは専門的な科目が多くなっている。3年生の前期も今の見込みではほとんど大学に行けないけど、これはレポートに代えればいいというものではないと思う。本来は毎回授業に出て、しかも授業前に相当教科書を読み込んでおかないと授業そのものに付いていけない。正直、私のバスケ活動・音楽活動と両立できてないと思う』