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「でも桃香も千里もほんとに自由に生きている気がする。いちばん女というものに囚わらわれているのが私という気もするよ」
と朱音は言う。
「私たちは目に見えないロープでたくさん縛られている。それを1本ずつ解いていくことで、自由になれるんだよ」
と桃香。
「男の娘って、男であれというロープで縛られているから、本人は女の子になりたいのに、無理して男として生きようとして社会的不適合を起こす。希に親が寛容的で性別に囚われない生き方をさせてくれている場合があって、そういう子はわりと早めに女性化しているんだよね」
と朱音は言う。鋭い分析だと千里は思う。
しかしその親が寛容的というと、横田倫代とかスリファーズの牧元春奈とかのケースだよなあと千里は思う。多くの男の娘たちは女物の服を隠し持っていただけで父親から殴られたりして辛い少女時代を送っている。
「でも朱音も成長したじゃん。母親の買った振袖を着てあげたし、その写真も送ってあげるとか。やはり妥協を覚えるのは大事だよ。妥協することで揉め事を減らすことができる」
と桃香は言った。
「まあ人生なんて妥協の積み重ねだよね〜」
「でもさ、振袖も悪くないし、毎年集まれる子で集まって振袖会しようよ」
と朱音は言い出した。
「それって何歳になってもやるってこと?」
「そうそう。30歳になっても、結婚しても年に1度は振袖着て集まるとか、よくない?」
「ああ、それも楽しい気がする」
と桃香も言った。
「でも振袖着て、観劇にでもいくの?」
と千里が尋ねると
「それはやはり振袖着てカレーを食べに行くんだよ」
「いや、それはさすがに反対意見が多いと思う」
結局この夜は、朱音はヱビスビールを18缶飲んでダウンした。千里と桃香で布団に寝せてあげた。ちなみに桃香は20缶、千里も10缶飲んでおり、48缶のザ・ブラックがきれいに無くなる。そのあとストックのバーリアルも桃香が6缶、千里が4缶飲んだのだが、桃香も千里もほとんどシラフ同然である。
「妹よ、君はかなりお酒が強い」
「あら、お姉様には負けますわ」
結局残ったお総菜を2人で夜通しおしゃべりしながら食べ尽くして、明け方頭痛がすると言いながら起きてきた朱音と一緒にファミレスのモーニングを食べに行ってから解散した。千里は朱音の足取りがまだ微妙に心配だったので、彼女をタクシーに乗せ、運転手さんにタクシーチケットを渡して帰した。
成人式の翌日、1月11日(火)。
一応この日は授業がある。
しかし出席率が悪い。1時間目と2時間目の教官はそれでも授業をしていったが、3時間目の教官は教室の中を見渡して、
「今日は休講」
と言って帰ってしまった。
それで教室に出ていた、桃香、千里、朱音、高橋君の4人は
「お茶でも飲もうか」
と言って、学食に行き、お茶など飲みながらおしゃべりしていた。
「そうか。村山は振袖で成人式出たのか。それでいいと思うよ」
と高橋君は頷くように言っていた。
なお朱音は午前中休んでいたのを午後から出てきたのだが、結局休講で無駄足になってしまった。
ところがそこに千里の携帯に雨宮先生から電話が入る。
「分かりました。参ります」
と千里は答えて電話を切る。
「バイト?」
「行って来なきゃ」
「村山、悪いことは言わない。タクシーを使え。村山どう見てもアルコールがまだ抜けてない。今運転すると捕まるぞ」
と高橋君が言った。
「そうしよう。交通費は請求すればいいし」
と言って千里は手をふって学食を出た。
それでその後、高橋君と桃香・朱音の3人でおしゃべりしていたのだが、藍子から電話が入る。
「デート?」
「行かねばならぬようだ。大事な話があると言ってるし。じゃ、また」
と言って桃香が学食を出た。
「えっと・・・」
と言って高橋君が朱音と顔を見合わせる。
「私、お昼食べてなくて。今頃になってお腹空いて来ちゃった。ラーメンでも食べようかなあ」
などと朱音が言う。
すると高橋君が言った。
「バイト先の先輩からもらったニューオータニ幕張のレストランのペアお食事券があるんだけどさ、もし良かったら食べに行かない?1人では使えないしと思って困っていたんだよね」
朱音は少し考えてから答えた。
「そういう所ってめったに入れないし、食べてみたい気もするね」
それでふたりは学食を出て、一緒に校門の方に歩いて行った。
千里がスタジオに入ると、いきなり楽譜を渡され
「5分後に合わせるから」
と言われる。
「済みません。どのパートを演奏すればいいんですか?」
「バンドゥーラのパートをよろしく」
バンドゥーラというのはウクライナの撥弦楽器でギターと竪琴のハーフのような楽器である。近年、カテリーナの演奏で知名度が上がった。
「そういう楽器を示す記号が見あたりませんが」
「仕方無いわね。じゃフルート吹いてもいいよ」
「分かりました」
「あんた今日はどのフルート持って来てる?」
「サンキョウのハンドメイド、スターリングシルバーのソルダードです」
「割といいのを持って来ているな。OK。それで吹いて」
「はい」
ハイレベルなスタジオミュージシャンが集まっていたので合わせると1発で合う。それで結局1時間でOKが出た。
「あとは歌手の声を乗せるだけなので、朝までにやりますよ」
などとプロデューサーさんが言っている。歌手は千里と同世代っぽい感じの女の子だったが、なかなかハードなお仕事のようである。
(後で先生から聞いたのでは、手配していたフルート奏者があまりに下手だったのでクビにして、雨宮先生が千里を呼び出したらしい)
ギャラを現金でもらった上で、雨宮先生と一緒にスタジオを出る。
「そうだ、千里、あんた成人式だったんだっけ?」
「覚えていてくださってありがとうございます」
「じゃお祝いに飲みに連れてってやるよ」
「そんなにお気を使って頂かなくても、ダイヤのネックレスくらいでいいですけど」
「そんなのあげたらイク(三宅先生)に裸で縛り上げられて銀座の路上に放置される」
「難儀ですね〜」
「まあ、取り敢えず付き合いなさい」
「はい、ありがとうございます」
まあ、要するに飲む口実が欲しいのだろう。
それで雨宮先生はタクシーで千里と一緒に銀座に移動し、30-40人入るかなという感じのお店に入る。
「いらっしゃいませ、モーリーさん」
と入口近くにいたボーイが言う。
「長居したいんだけど、いい?」
「では特等席にご案内します」
と言って、千里たちは店の奥の模造暖炉のそばにあった「予約席」と書かれた札の立っている席に案内された。
「ここ本当に特等席なのでは?」
と千里が言う。
「お世話になっておりますから」
とボーイさん。
「この子、昨日は成人式だったのよ」
と雨宮先生。
「それはおめでとうございます」
とボーイは言った。
「お祝いしたいから、ドンペリの黒を持って来て。それと子羊のエストラゴン風味のコースを2人前」
と雨宮先生が言うと
「かしこまりました。それでは黒龍の大吟醸・龍、石鯛の活き作りの会席料理をお持ち致します」
とボーイは事も無げに言うと、一礼して去った。千里はつい吹き出してしまった。
「全く、常連になっている店は理解力がありすぎる」
などと雨宮先生は文句(?)を言っている。
黒龍というのは福井の永平寺町にある酒蔵のお酒らしかったが、フルーティーでなかなか美味しかった。しかし昨夜かなりヱビスビールを飲んでいるので、完璧に迎え酒である。お料理も、このお店は生け簀を持っていて調理の直前にしめているということで、新鮮でお刺身がとても美味しかった。
その日は雨宮先生の「08年組論」を拝聴することになった。
「08年組って何でしたっけ?」
「2008年にデビューした1991年度生まれの女の子ユニット」
「具体的には?」
「ローズ+リリー、XANFUS、KARION、AYA」
千里は3秒くらい考えてから言った。
「私、その4組全部に関わってますよ」
「実は私もそうだ。あんたとXANFUSの関わりが分からん」
「XANFUSの曲を数曲、仮名で書いています。一般には内緒ですけど」
「それは知らなかった」
「新島さんには言ってますが」
「うん。あいつに言っておけばOK。私はどうせ忘れるから」
「AYAは私たちでインディーズ・デビューもメジャーデビューもさせたようなものだしね。あんたKARIONにはけっこう曲を提供しているし、ローズ+リリーはまあ、あんたのライバルのようなものだ」
「先生が随分ライバル心を煽ってますよね」
「これあげるよ」
と言ってCDを1枚もらう。
ローズ+リリー『神様お願い』とプリントされている。
「ローズ+リリーの新譜ですか?そういうのが出るとは知らなかった。じゃ、いよいよ活動再開ですか?」
「新譜なんだけどプレス予定数はゼロ」
「どういうことです?」
「私もよく分からん。でもラジオのリクエストとかがあれば掛ける。それでこれは放送局とかだけに配布することになっている。一般発売は無し」
「それ海賊版が出ますよ」
「出るだろうね」
と言って雨宮先生は笑っていた。どうも何か「裏」があるようだ。
「でも今はローズ+リリーは雌伏しているけど、今年の夏頃にはケイは性転換手術受けるらしいから、その後、活動が本格化すると思う」
「待って下さい。ケイはとっくに性転換してますよね?」
「それがまだしてない。今年の夏、タイに行って手術してくると言ってる」
「それ、国内で闇の手術しちゃったから、辻褄合わせでタイに行ってくるだけなんじゃないですか?誤魔化しやすいようにわざわざタイまで行くんでしょ?日本国内にだって手術してくれる所あるのに」
「そのあたりはどうもよく分からん。でもケイが女になってしまえば、あの子たちが活動再開する障害はほぼ無くなる。まあ障害になっているおちんちんを切り取ってしまうというか」
「まさに邪魔者というやつですね」
「そうそう」
「先生もおちんちん取っちゃいます?」
「それやると、女を抱けなくなるのが困る」
結局、2軒ハシゴして、終電近くまで雨宮先生と付き合うことになる。それで千里は完璧に二日酔い状態で、電車で千葉駅まで戻った。
とても自分のアパートまでは戻れないので桃香のアパートまで歩いて行く。途中のコンビニでお茶のペットボトル2本、オレンジジュース、アイスクリームを買って帰った。
桃香は居ないようだったが、勝手に鍵を開けて入る。アイスを食べ、オレンジジュースを飲み、トイレに行ってから、布団をかぶって寝た。
深夜、誰かが玄関を開けて入ってくる。どうも桃香のようである。千里は布団の中から声を掛けた。
「桃香、お帰り。勝手に入って寝てるよ」
「あ、千里か。うん。寝てて」
と言って桃香はキッチンのテーブルに座り、どうもお酒を飲んでいるようだ。
「桃香、迎え酒?」
と千里が言うと桃香はひとことポツリと言った。
「振られた」
千里は起き上がって訊く。
「藍子ちゃんに?」
「うん」
「なんで?」
「恋人ができたから別れてと言われた」
「あらぁ」
「さすがにショック。今夜は飲み明かす」
「身体大事にしてね〜。私は飲み過ぎてきついから寝てる」
「うん」
それで千里は目を瞑ったが、やはり疲れていたのだろう。深い眠りに落ちていった。
ふと気付いたのは、身体に触られている感覚でである。
「桃香?」
「千里。成人式の日にやらせてと言ってたじゃん」
「成人式は過ぎたよ」
「昨夜は朱音がいたからできなかった。だから今夜は代わり」
「待って。私、恋人がいるから、そういうのには応じられない」
「千里、彼氏との貞操は守らないといけないだろうけど、それって女の子としての千里の貞操だろ? だったら男の子としての千里の部分が他の子と気持ちいいことしても、裏切りじゃないよな?」
「何その理屈〜?」
その時、千里は自分に《男の子の器官》が付いていることに気付いた。
うっそー!? なんでこんなのが付いているのよ!??
そして桃香は千里のその《男の子の器官》をいじっているのである。それは少し反応して、やや太くなっているようだ。こんな感覚って生まれて初めて!
そして・・・・気持ちいいじゃん!
男の子ってこういう感覚を毎日オナニーで味わっているのだろうか、と新たな発見をした気分だった。
「これ今夜1日限りで、このことはお互い忘れるということでさ」
などと桃香は千里を口説いたが、その時、千里は、桃香が泣いていることに気付いた。
藍子ちゃんのこと好きだったんだろうなあ。
そう思うと、千里は桃香に同情する気持ちが出てきた。それで桃香の背中を撫でてあげる。しかし桃香はその千里の仕草を、性行為への同意と思ってしまった感じもあった。
「千里、好きだよ」
と桃香は言って、いきなり千里の《男の子の器官》が自分の身体に入ってしまうように、千里の身体の上に馬乗りになった。
いやー! こんな結合の仕方はしたくないのに!!
抵抗しようとしたが、桃香はうまく千里の身体を押さえつけていて身動きが取れない。さすが女の子キラーである。そしてそもそも今夜の千里は、飲み過ぎであまり力が入らない。
貴司ごめーん。私、浮気しちゃったよ。
千里は頭の中が混乱しながら、腰を動かして千里と行為を続ける桃香の背中を何となく撫で続けていた。