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藍子の手を握って、お股に触らせる。
「ほんとに男の子だ!」
と言って藍子が驚いたような顔をする。
次の瞬間には元の千里に戻っている。
《せいちゃん》はいきなり位置交換されたかと思うと、女の子にお股を触られ、またすぐ元の場所に戻されたので「何なんだ〜?」と叫んでいた。
「それで・・・男の子だと恋愛の可能性無いんだっけ?」
と藍子が悩むように訊く。
「だって、桃香は女の子専門でしょ?」
「そうだと思っていた」
「そして私はストレートだから、男の子にしか興味無いし。だからどちらの側からも恋愛の可能性は無いんですよ」
「ストレート?」
と言って、藍子は困惑している。
「だって、私、心は女の子だから、男の子が好きだもん」
藍子は少し考えていたが
「なるほどー!」
と本当に納得するように言った。
「桃香は今夜くらいに戻るような話だったんですけどね〜。それまで待ってます?」
「あ、いや、私夕方からバイトがあるから、桃香が居ないのなら帰るよ」
「そうですか。あ、じゃお土産に」
と言って、千里は北海道で買ってこちらに転送しておいた『白い恋人』の小さなパックを藍子に渡した。
「もらっていいの?」
「友だち関係に大量に配ろうと思ってたくさん買ってきたので」
「じゃ、もらっとく。北海道の子?」
「そうなんですよ。今朝戻って来て疲れて自分のアパートまで戻るの面倒だったから、ここで仮眠させてもらってたんですよね〜」
「なるほどね〜」
それで藍子は「お茶とお菓子ありがとね」と言って帰っていった。
桃香は2日の地区の成人式の途中混乱の中から逃亡してきた後、呼び出されたりしないかとドキドキしながら自宅でビールを飲んでいたが、特に警察とかから呼び出しが来ることは無かった。
しかしその日の夕方、ニュースで
「成人式で乱闘。15分間中断。乱闘した新成人を厳重注意」
というのが流れると、あはははと内心冷や汗を掻いた。
乱闘した本人たちの顔こそ映らなかったものの、乱闘で倒れた椅子などがテレビの画面に映っていた。
「あら、これあんたが行った所じゃないの?」
「そうそう。もうこれは中止かなと思って帰って来たんだけど、何とかその後を続けたんだね」
「都会に出た子とかにとっては、ほんとに記念の式典だからね」
「だよねえ」
「最近は子供を甘やかしすぎなんだよ」
などと洋彦は言っている。
「へー。その場にいた新成人の女性が喧嘩している2人の間に入って喧嘩をやめさせたので大きな騒ぎにならなかったと」
「お手柄だね」
「女の子でよく停められたね」
「スポーツ少女なのかもね」
それでその“お手柄の女性”が一瞬映ったが
研二だ!
まあ、“女”ではないからね〜。中身は男そのものだもん、あいつは。中学でも高校でもテニスやってたから腕力はあるし。でもあいつがテニスやってたのは「スコートが穿きたいから」という理由だったんだよね〜。試合ではさすがにショートパンツだったが、練習の時はけっこうスコートを堂々と穿いていた。
そういえば千里はバスケットやってたとか言っていたなあ。やはりスポーツやってるから、こないだ朱音をひとりで背負って階段登ったりできたんだろうな。でも千里の場合は、研二と違って中身まで女の子だ。
研二は「スカート穿いて女子トイレでオナニーするのが最高の快感」なんてふざけたことを言っていたが(一度通報してやろうと思っていたのだが、現場を押さえることができなかった)、千里はこないだはオナニー自体したことないなんて話してた。オナニーしてないから、男性ホルモンも少なくて女性的なのかも知れんよなあとも思う。
そんなことを考えている内に、千里に会いたいなあ、という気持ちが生じた。
3日の朝から帰ることにする。
ブリの冷凍したのを持って行くことにし、結局半分くらいもらった。ブリを買った時に入れてあった発泡スチロールの箱に入れて大量に氷(母が知り合いの漁協の人に頼み、氷をもらってきた)を入れた上で車のトランクに入れる。
朝御飯を食べてから、まずは桃香の運転で出発する。S字状の美しい伏木万葉大橋、高い所に架かる新庄川橋を渡り、R415/R472と南下して小杉ICから北陸道の下りに乗る。上越JCTから上信越道に入るが、ここで車線が減るのでどうしても渋滞する。時間が掛かって体力も消耗するので妙高SAに入ってお昼御飯を食べて少し休憩した上で出発。運転は洋彦に交替する。
しかし妙高から先はわりとスムーズに流れる。甘楽PAで休憩し、洋彦が「ここに来る度にこれが楽しみ」という焼き饅頭を買って食べる。そして桃香と運転交替して、藤岡JCTから関越に入る。しかし関越は東京に近づくにつれ、流れが悪くなっていく。
「ここから先は初心者には厳しいから代わろう」
と洋彦が言うので、高坂SAで休憩した上で洋彦が運転。大泉JCTから外環道に行き、三郷南ICを降りてから一般道を走る。少し行った所にあったファミレスに入って晩御飯を食べた。
そして千葉市まで来て、桃香を降ろす。
ブリの入った発泡スチロールの箱は桃香ひとりでは持てないので、洋彦が階段を持って登ってくれた。玄関を開けて、その箱を中に入れた所で
「ありがとう。おじさんも気をつけて」
と言って、桃香は洋彦夫妻と別れる。
それでドアを閉めて、さてこのブリ、どうしよう?と思った所で6畳の間で、千里が勉強しながら、眠ってしまっているのに気付く。
「千里?」
と声を掛けると
「あ、桃香、お帰り〜。勝手に入ってたよ」
と言う。
「ああ、いいよ、いいよ。ね、このブリを冷凍室に入れるの手伝ってくれない?」
「ブリ?」
それで千里が入れてくれるが、入りきれない!
高岡の自宅冷蔵庫は500Lの大型だったからよかったが、桃香のアパートの冷蔵庫は85Lだ。全然サイズが違う。中に入っていた冷凍食品を全部冷蔵室の方に移してしまったのだが、それでも半分くらいしか入らない。
「冷蔵庫に入れるか、発泡スチロールの箱に取り敢えず入れたままにして、早めに食べるしかないと思う」
と千里が言う。千里は箱の中に溜まっている水を流し、桃香の家の冷蔵庫の中にあった氷を全部そこに追加した。どっちみち製氷皿は冷凍室に入らない!
「じゃ、取り敢えず少し食べるか。でもこれ、どうやって調理しよう?」
「これまだ凍ったままだね。お刺身にしようか」
「できる?」
「お刺身にするくらい問題無い。私、漁師の娘だから、お魚さばくのとかも得意だよ」
「おお、それでは頼む」
と桃香は言った。しかし《漁師の娘》を自称するんだな、などと思う。
それでどっちみち冷凍室から出してしまった冷凍御飯(桃香は御飯を炊いたらすぐ食べる分以外、全部おにぎりにして冷凍してしまう)をチンし、その間に千里がブリを刺身にしてくれたので、一緒に夜食(?)にする。
「このブリ、美味しいね!」
と千里が言う。
「分かる?」
「うん。凄く脂が乗っているし」
「この時期の能登半島のブリは寒ブリと言って、わざわざ遠くから買いに来る人もあるんだよ。東京にも出荷して“氷見(ひみ)の寒ブリ”と言って売ってる。このブリも、その氷見の漁港まで行って買ってきたんだよ」
「すごーい。本場なんだ」
「そうだ。午後3時頃だったかなあ。藍子ちゃんが来たよ」
と食べながら千里が言う。
「うっ」
「桃香が居ないと言ったら、バイト行くからと言って、お茶だけ飲んで帰った」
「藍子、千里に何か言わなかった?」
「別に。え?男の子なの?と言われるから、触らせてあげたよ」
「あははは」
「それで納得していたようだった」
「いや、千里とできてるんじゃないかと、随分疑われたんだよ」
「まあ、私たちの間に恋愛が成立する可能性は無いしね」
などと千里がいうのを見た桃香はちょっとドキっとしてしまった。
「千里」
「うん?」
次の瞬間、桃香は千里を抱きしめてキスした。
「ちょっとぉ!何するのよ?」
と千里が抗議する。
「ごめん。ごめん。千里があまりにも可愛く思えたから」
「私、男の子だし。それに私、彼氏もいるから桃香との恋愛には応じられないよ」
「分かってる、分かってる」
と言いながらも、桃香は千里にときめきの気持ちを感じていた。
「じゃ恋人ではなくて、姉妹みたいなものというのはどうよ?」
と桃香は唐突に提案した。
千里はドキっとした。こないだ出羽に行った時、誰かと姉妹の契を結ぶと美鳳さんから言われた。その姉になる人とは既に知り合っているとも言われた。いやそもそも姉とか妹という話はインドで****からも言われたことだ。もしかしてそれって桃香のことだったの?
「それってどちらが姉でどちらが妹?」
「どちらでもいいけど、千里誕生日いつだっけ?」
「1991年3月3日魚座」
「私は1990年4月17日牡羊座」
「じゃ、桃香がお姉さんで、私が妹かな」
「うん、それでいい気がする」
「しかし妹よ、部屋の中が随分綺麗になってるのお」
「半日掛けて掃除したから。結構大変でしたよ、お姉様」
「うむ、大儀であった、妹よ」
「でも年末はけっこうここに泊めてもらったからね」
「妹よ、いっそうちに引っ越してこないか?あそこ遠いし、雨漏りも酷いということなら。ルームシェアだよ」
桃香としては、千里に少しときめきを感じているのはあったが、それでもお互い恋愛対象ではないし、お互いの恋人もいるのであればマジでルームシェアしてもいいような気がしたのである。
「ルームシェアかぁ。それも悪くないかな」
「ここで狭ければ、新たに3DKくらいの部屋を借りてもいいし」
「3DKを借りると、完璧に理学部女子の宿泊所になりそうだ」
「確かにそうだ」
「それにここの家賃が凄いし」
「そうなんだよなあ。こんな安い家賃の所は滅多に無い」
「でも、お姉様、ご機嫌がいいね。彼氏でもできたの?」
“彼氏”ということばにドキっとする。彼氏って・・・それ千里のことだったりして!?と桃香は考えてしまった。“彼女”とは別に“彼氏”も居てもいいよなあ、などと考える。
「昔の恋人と地元の成人式で会ってさ」
「縒り戻したの?」
「まさか。私には藍子もいるし。向こうは縒り戻したいと言ったけど、私はその気無いんで断って、でもしつこくされて。そしたら別の昔の恋人も出てきて、修羅場になっちゃって」
「あらあら」
「もう私は他人の振りして取り敢えず逃げてきたよ。あとでニュース見たら成人式で乱闘なんて報道されてるし」
「わー、危なかったね。下手したら逮捕されてるところだ」
「うんうん。幸い警察沙汰になる前に停めてくれた人があって15分くらいで納まったらしいけど。でも私は無事セーフ。私の振袖も無事セーフ」
「そちらのほうが痛いね。留置場で一晩すごすより」
「全く」
「ところで、今出て来た登場人物って・・・・みんな女の子だよね?」
「うん。私、男との恋愛経験はないよ。研二以外は。喧嘩したふたりはどちらも振袖だったけど、たぶんダメになったと思う」
「それレンタル?」
「レンタルだと言っていた。全額弁償だろうなあ」
「ああ、頭が痛い話だ」
その時、唐突に桃香は思いついた。
「そうだ。妹よ。ここのブリを保存する方法だが」
「なあに?お姉様」
「千里のアパートにある冷蔵庫をここに持ち込んで、そこに入れるというのはどうよ?」
「うちの冷蔵庫をこちらに持って来てしまったら、私はどうすればいいのよ?」
「うん。だから、千里はここで暮らすということで」
「まあいいや。冷蔵庫くらいは。じゃ持って来ようか」
というので、夜中ではあったが、千里は桃香と一緒にインプに乗って、千里のアパートまで行くと、冷蔵庫を中身ごと!インプの荷室に積み、桃香のアパートまで運んだ。それで何とか残りのブリも冷凍室に収めることができた。
「この発泡スチロールの箱、ちょうだい」
と千里が言う。
「いいけど何するの?」
と桃香。
「彼氏が来た時に、これでビール冷やしておく」
「すまーん」
「冷やす用の氷はこちらのアパートから持っていこう」
「それはブリを少し消化しないと製氷できんな」
「じゃ明日の朝御飯はブリの照り焼きで」
「千里が作ってくれるのなら歓迎だ」