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ところがそのあたりまで会話した所で、千里はスタッフさんに見つかってしまう。
「お客様、ここは男性用脱衣室ですので、女性の方の立ち入りはご遠慮ください」
それに対して父は
「あ、こいつ、女に見えるかも知れないけど、男だから。チンコあるぞ」
などと言う。
「ご冗談はおやめ下さい」
「何なら握ってみるか?」
などと父は言っているが『千里』は言った。
「すみません。忘れ物を届けにきたんです。すぐ出ますね」
と言って、父にバイバイの手を振り、脱衣室から出てしまった。
そしてここで《きーちゃん》と交替する。そして千里に声を掛けたスタッフさんがまだこちらを見ているのを意識しながら、女湯の脱衣室に入った。
「お姉ちゃん、やはりこちらに来たんだ?」
と、もう下着だけになっている玲羅が言う。
「参った参った。何とか抜け出してきたよ」
と『千里』は言うと、玲羅の隣のロッカーを自分が渡された赤い鍵で開け、セーターとジーンズ、カットソーを脱ぐ。下にはブラとパンティを着けている。
「やはり、あんた女の子だよね?」
ともう裸になっている母が言う。
「何を今更」
と『千里』は笑って言って、そのブラとパンティも脱ぎ、美しい女体を曝した。
「お姉ちゃん、おっぱい何カップ?」
「一応Dのブラ着けてるよ」
「もっとありそうなのに」
と玲羅。
「Eカップくらいありそうに見える」
と母。
そんな会話をしながら『千里』は、母と妹と一緒に女湯の浴室に入った。
なお、この時期の千里のバストは、アンダー68・トップ85、くらいでアンダーとトップの差が17cmあり、確かに小さめのDカップなのである。しかし普通にDカップというと、アンダー80・トップ97.5くらいの体型を想像してしまう。アンダー80に対して17.5cmのバストは22%であるのに対して、アンダー68に対する17cmのバストは25%もある。アンダー80に対して25%なら100cmとなりこれはEカップだ。
千里が実寸より巨乳に見えるのは、アンダーが細いからである。
逆に言うとどうしてもアンダーが太い男性が女装する場合は、充分大きなカップのブラを着けておかないと、不自然に乳が無いように見えがちである。女装初心者は《自分にバストがある状態》に不慣れなため、恥ずかしがってAカップをつけたがるが、男性がAを着けるとほぼ絶壁に見える。最低でもBを着けられるよう、ブラに慣れる練習をしたい。
帰りの車の中で『千里』は父から訊かれた。
「お前、脱衣室から出て行って、その後どうしたの?。忘れ物届けたとか言ってたけど」
「え?だから言ったじゃん。私が忘れ物したって。それで車から取ってきて、お風呂に入ったよ」
「男湯だよな?」
「ボクは男なんだから、男湯に入るに決まってるじゃん」
と言って運転しながら『千里』は笑っている。
その会話を聞いて、母と玲羅は呆れたような表情で顔を見合わせた。
自宅に戻った後、《きーちゃん》はまた《こうちゃん》と交替し、午後から千葉L神社の奉仕に行った。
千葉で合宿中のN高校女子バスケ部の部員たちは31日は夕方4時で練習を切り上げ、年越しそばを食べた後、北海道から送って来た鮭を大量に使った石狩鍋を食べて今年の打ち上げとした。
この日はボランティアで来ている人たちは千里・暢子・留実子・司紗・夜梨子以外帰宅した。次は2日から来てもらう。
「瀬高さんは家に戻らなくても良かったんですか?」
と南野コーチが心配して訊く。
「平気平気。どっちみち私、おせちなんて作らないし。私が居ないと旦那もこれ幸いで羽を伸ばしていますよ」
と瀬高さんは言う。
「お子さんはおられなかったんでしたっけ?」
「いないです。新婚初期の頃は作ろうと頑張ったんですけどね〜。5年経ってもできないから、諦めちゃった。でも子供が居ない分、気楽にあちこちドライブして回ってますよ」
「ああ、そういう生活もいいなあ」
と南野コーチはマジで憧れるように言う。
「それに戻ろうとしても、新幹線も飛行機も高速道路も無茶苦茶混んでいるから、疲れるために往復するようなもので」
「ですよね〜」
2011年の年が明ける。この年がとんでもない年になろうとは、この時点で日本国内の誰1人として想像もできなかった。
千葉の房総百貨店体育館の宿舎に居る千里(本人)は朝5時に宿舎で目を覚ますと、台所に行きお雑煮の鍋を掛けた。
誰も居ないのをいいことに《てんちゃん》《すーちゃん》と手分けして、タマネギと人参、ゴボウ、こんにゃく、ワカメ、竹輪、焼き豆腐を大量に切って鍋に投入する。《りくちゃん》と《せいちゃん》にテーブルを並べ、食器を並べてもらう。
大晦日までに買っておいた、あるいは作っておいた、黒豆の煮物、昆布巻き、伊達巻き、ハム、かまぼこ、栗きんとん、寒天、煮染め、などを配膳していく。一通り配膳が終わった所で、ゴミなどがつかないようにポリエチレンのラップを掛けていく。
6時頃、誰かが起きてくる気配があるので眷属たちを吸収し、残りは千里が1人で作業する。出てきたのは南野コーチだった。
「すごーい。これ千里ちゃん、ひとりでやっちゃったの?」
「今日は人手が少ないですから」
「それで手伝おうと思って起きてきたのに!」
「明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとうございます」
それでコーチと2人で後の作業を進める。時間を見て餅を雑煮の鍋に投入する。今回の雑煮は「切り餅を焼かずに」入れることにした。正直この人数ではとても焼いていられないのである。
南野コーチが全員を起こしに行く。千里が作業している体育館ロビーのすぐ傍、体育館管理室に居た宇田先生と白石コーチは「全然気付かなかった」と言って起きてきた。みんな熟睡していたようである。
1年生部員の手で雑煮が茶碗に盛られて配られる。宇田先生の音頭でおとそ代りの三ツ矢サイダーで乾杯し、今年の健闘を誓った。
食事が終わった後は、また1年生部員の手で茶碗が片付けられ、洗って所定の位置に戻される。手の空いた子たちによりテーブルが片付けられ、体育館には得点板やTO用のテーブル・椅子が用意される。
“オールジャパン”ならぬ“オールN高”と称して、35人の部員と、千里・暢子・留実子・司紗・夜梨子まで入れた40人をシャフルと称して抽選で5人ずつ8つのチームに分ける。これでトーナメントを戦い、優勝チームには豪華景品(?)が当たるということであった。
千里は司紗(SF)、2年生の弓江(F)、1年生の伸代(F)・鮎美(PG)と一緒の組になった。
「凄い。千里先輩がおられるだけで、優勝できるかもという気になります」
などと伸代(165cm)が言っている。
「じゃ、伸代ちゃん、このチームではセンター役ね」
「はい!」
ゲーム開始前に暢子が留実子と千里を呼び寄せて言った。
「私たちも手加減無しということにしようよ」
「了解〜」
それでゲームを始める。ゲーム時間は交代要員も居ないしということで10分ハーフである。
最初の試合だけは、南野コーチと白石コーチが審判、対戦チーム以外からテーブルオフィシャルと得点板係を選び、その後は「負けオフィシャル」方式とする。実際問題としてオフィシャルの経験をするのも訓練の一環である。
千里たちは1回戦で紫や不二子の入っているチームと激突する。
向こうもあまり背の高い選手が入っておらず、センターはこちらの伸代(165cm)と向こうの静鹿(166cm)の対決になった。ふたりとも頑張ってリバウンドのボールに飛びつき、この試合だけでもかなり感覚を鍛えられたと思う。
しかしなんといっても見応えがあったのは紫と鮎美の正副PG対決であった。正直、今年のN高校の成績は鮎美がどこまで紫のバックアップ・ポイントガードとして成長するかに掛かっている部分も大きい。紫は最初からフルパワーで来た。鮎美も今の段階では、どうしても紫にかなわないのだが、何度か紫を停めて「やった!」という顔をしていた。
試合は「手加減しない」という約束通り、千里がどんどんスリーを放り込む。一方不二子もリバウンドは基本的に静鹿に任せるものの、どんどん自ら点を取りにくる。試合は激戦となったが、最終的には42-45で決着。千里たちが勝った。
「やはり3点ずつ取られるのが辛い」
と不二子。
「まあゴール数ではそちらが多かったね」
と千里。
9:00からと9:40からの2つの時間帯を使って1回戦4試合が行われ、10:30から準決勝2試合が行われる。千里たちの相手は留実子、ソフィア、カスミらが入ったチームである。
この相手では、リバウンドは100%留実子が取ってしまうので、千里は伸代にリバウンドは取らなくていいと指示した。そして全員にシュートの精度を上げるように言う。できるだけ近くまで寄ってから撃つことが大事だが、寄りすぎると留実子にブロックされるので、その見極めが大事である。
むろん千里は遠距離からどんどんスリーを撃つ。
しかし向こうもソフィアがスリーを撃つし、留実子とカスミという2人の長身選手が左右から攻めて来ると、実際問題としてこちらはディフェンスのしようが無い。
それでこの試合はとんでもないハイスコアのゲームとなった。
結局20分間の試合なのに、86-92という40分の試合としても点数が充分多いスコアで決着。千里たちが勝った。ゴール数としては39-37、シュート数としては80-68で、8秒に1回シュート、16秒に1回ゴールしていたことになる。得点板係の子も大変だったが、選手達もくたくたになったようである。
早めのお昼を取った後で決勝戦ということになる。お昼の準備は1年生部員全員で協力しておこなった。おせち料理を配り、お昼は焼き餅にするので、コンロの上に網を置き、網の上で餅を焼く。コンロは3つしか無いので、一度に焼けるのは24個で、食べる速度に焼く速度が全く間に合わない。結局途中で選手交代し、2年生部員が焼いて、1年生部員が食べるというシステムに変えたが、何とかお正月気分を味わえたようである。
全員で協力して食器を片付けた後、決勝戦が行われる。決勝戦はセンターコート仕様にすることにし、得点板も電子式のを使う。このタイプのには触ったことがないというので、最初司紗が使い方を指導していた(千里には教えるの無理)。
そして決勝戦の相手は、暢子、3年生の夢野胡蝶、2年生の松崎由実・宮口花夜、1年生の倉岡鱒美というメンツである。籤引きというのは公平なシステムではないというのを如実に示すような強力過ぎるラインナップだ。1回戦も準決勝も圧勝で勝ち上がってきている。2回戦では横田倫代と松崎由実というセンター対決があり、由実が倫代を圧倒した。
「みっちゃんは負けたから性転換だな」
と試合後、由実は倫代に言ったらしい。
「もしかして負けた方が性転換という約束だったんですか?」
「そうそう」
「それじゃダメですよ。みっちゃん、性転換したいに決まってる」
「確かに!」
「でも負けたから、冬休みが終わるまでに性転換しておくこと」
「冬休み中にですか!?」
「私が切り落としてあげてもいいが」
「病院の先生にしてもらいたいです!」
決勝戦が始まる。両チームが並ぶ。
A 胡蝶/花夜/鱒美/暢子/由実
F 鮎美/千里/司紗/弓江/伸代
審判は南野コーチと白石コーチが務める。
ティップオフは貫禄で由実が取り、Aチームが先に攻めて来る。暢子が弓江を振り切りまずはシュートを決めて2-0.
しかしその後、今度は鮎美→司紗→千里とつないで、千里がスリーを放り込み2-3.
ゲームはこのあとシーソーゲームとなった。
Aチームにも花夜という優秀なシューターがいるものの、千里とマッチアップすることになるので、1本も撃たせてもらえない。ちょっとした隙にボールをスティールされてしまう。結果的に向こうは暢子・由実に頼る攻撃になる。しかしFチーム側も千里がスリーを撃ち込むし、この1年間ローキューツで鍛えられて成長している司紗がけっこううまく相手選手の少ない所からゴールを奪っていくので、お互いに譲らない。
めまぐるしくリードする側が変わるゲーム展開となったが、最後は2点負けている所から千里がブザービーターとなるスリーを放り込み、逆転でFチームが勝った。
点数としては46-47というわりとハイスコアのゲームであった。
それで表彰式をやる。宇田先生のことばがあった上で、優勝チームには全員に金メダル!と賞状(5人分ある)、副賞としてディズニーリゾートのギフト・パスポートが贈られた。
準優勝チームには銀メダルと賞状、副賞として旭川市内の洋菓子店のギフト券が贈られた。
「賞品の資金提供は理事長さんね。合宿費用とは別に出してくれた」
と宇田先生が説明する。
「おお、すごい」
「メダルは私がダイソーで買ってきた」
と司紗が言うと、笑いが起きていた。
「自分で買ってきたものを自分でもらったんだ?」
「まあでもメダルというのは物をもらうのではなく、名誉をもらうものだから」
などと司紗はけっこう意味深な言葉を発する。
「ちなみに《All N Highschool 2011》と書き入れたのは私」
と夜梨子。
司紗と夜梨子は宇田先生やコーチたちからすると、千里や暢子たちより声を掛けやすいので、けっこう便利に使われている感もある。