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30日は桃香が持って来た振袖を早速着てみる。恵奈が振袖の着付けもできるのでやってもらう。朋子はこの振袖の実物を見るのは初めてだったこともあり、涙していた。
「お母ちゃん、泣くのは少しおおげさ」
「だって、お前、成人式の時は男の子になっていて背広でも着るんじゃないかと思っていた時期もあったから、ちゃんと女の子として成人してくれただけで嬉しくて」
と朋子。
「うーん。それ自分でも悩んだんだけどね〜。私はFTMじゃなくてレズみたいだから」
と桃香は言った。
「だからウェディングドレス同士、あるいは白無垢同士の結婚式するかも」
「まあいいよ、そのくらいは」
「でも精子が確保できるかも。そしたら赤ちゃん産むかも」
「彼氏ができたの?」
「いや、友だちの男の子に精子だけくれないかと交渉中」
「へー!」
と言ってから、朋子はハッとする。
「もしかしてそれ9月に連れてきた子?」
「そうそう」
「あの子と恋愛中なの?」
「いや、恋愛関係は無いよ。あの子とはあくまで友だち。私が男の子を好きになるわけない。精子も人工授精のつもり」
と桃香は言いつつ、それは「千里が男の子である」という条件下だよなあとも思う。
「ただ問題はあの子に精子があるかどうかなんだけどね」
「ああ・・・」
と言って、朋子は難しい顔をした。
「あの子、もう睾丸は取っているのでは?」
「本人はまだ取ってないと言っている。ちんちんの存在は確認したが、睾丸の存在は確認してない」
「あんたたち、やはりそういうことする関係になってるんだ?」
「いや、私があの子の性別に疑惑を持ったので、その疑いを晴らすのに見せてくれたんだよ。別に恋愛はしてないしセックスもしてないよ」
「うーん・・・」
12月30日(木)。
千里は絵津子と一緒に東京に出て、渋谷区の岸記念体育会館内、バスケット協会の一室に入った。ここに集められたのはこの12名である。
PG.入野朋美(愛知J学園大学←愛知J学園)
PG.鶴田早苗(山形D銀行←山形Y実業)
SG.村山千里(ローキューツ←旭川N高校)
SF.佐藤玲央美(ジョイフルゴールド←札幌P高校)
SF.前田彰恵(茨城県TS大学←岐阜F女子高)
SF.渡辺純子(札幌P高校)
SF.湧見絵津子(旭川N高校)
PF.鞠原江美子(大阪M体育大学←愛媛Q女子高)
PF.大野百合絵(神奈川J大学←岐阜F女子高)
PF.高梁王子(岡山E女子高)
C.中丸華香(愛知J学園大学←愛知J学園)
C.熊野サクラ(ジョイフルゴールド←福岡C学園)
10:00に篠原ヘッドコーチ、高田アシスタント・コーチ、片平アシスタントコーチ、高居チーム代表が入ってくる。
「みなさん、ウィンターカップお疲れ様。オールジャパンに出る人は今練習で忙しい所を呼び出して申し訳無い」
と高居さんが言った。
オールジャパンに出るのはこの中では、佐藤玲央美、熊野サクラ、前田彰恵、大野百合絵、渡辺純子、の5人である。
「そういう訳で、正式の発表は年明けになるけど、この12名をU21世界選手権の代表として派遣する方向なので、みなさんよろしく」
「U20の時と少しメンバーが変わっているようですが」
と前田彰恵が発言する。
「この12名に加えて、森田雪子君、中折渚紗君、海島斉江君、竹宮星乃君、橋田桂華君、森下誠美君、花和留実子君、夢原円君、吉住杏子君、の9名も候補としてその21名のこの1年間の公式戦および国際練習試合を全部チェックさせてもらった。評点は機械的に試合の成績から出した数値と、僕たち4人を含む10人の選考委員で主観的に採点したものを半々にして集計した。試合の成績はその試合の重要度、相手チームの強さで重みを付けている。その集計結果で、この12名が上位になったので、選ばせてもらうことにした」
と高居代表は言った。
ざわめきがある。結構初めて出てきた名前もある。しかし確かに納得のいく候補ラインナップだ。今年の高校3年生で“四天王”と言われた渡辺純子・湧見絵津子・加藤絵理・鈴木志麻子の内、加藤と鈴木が候補にも入らなかったのは、やはり渡辺・湧見の2人が一歩進んでいると見られたためか。それに渡辺はインターハイとウィンターカップを、湧見は国体を制したのも大きい。
「前回までは実はポジション別に選考していたのだけど、今回はポジションを無視して単純得点で上位12名を選ばせてもらった」
と高居さんは補足する。
取り敢えず今日は新しい代表の顔合わせということで、この後、近くのしゃぶしゃぶのお店に行き、早めの昼食を取りながら、親睦会ということになった。むろん食べ放題の設定である。
絵津子・純子・王子の3人は隣り合う席に座って、食べ比べなどして、かなり盛り上がっていたようである。純子は結構クールだが、王子と絵津子はふたりともお調子者なのでいったん壁が崩れるとフレンドリーになる。千里も玲央美も、あの3人が早い時期に仲良くする機会を与えられたのは大きいと話し合った。
その千里と玲央美は、彰恵・百合絵・江美子と5人でウィンターカップの総評などを話した。
「世間では準優勝の福岡C学園の評価が低かったみたいだけど、元々あそこは集団戦法だから、ひとりひとりの選手がそう目立たない。桂華みたいなスタンドプレイヤーはむしろ珍しい存在だった。その集団の力が充分準優勝に値すると思う」
と彰恵が分析するように言う。千里や玲央美も同意見だった。
「1+1を3にしろとよく言うけど、1×5を7くらいにしちゃうのが、あそこの戦術だよね」
「その代わり1になってくれない選手は居づらい」
「そうそう。だから桂華はうちに来てから伸びつつあるよ」
と彰恵は言っている。
「それにC学園が決勝戦で精彩を欠いたのは、N高校との死闘の翌日で、みんな疲れていて実力が出せなかったのもあるよ」
と千里は同情するように言う。
「しかしその死闘を演じた翌日にE女子高を倒したN高校は凄かったと思う」
と百合絵。
「絵津子がゲーム終了後に倒れたことで、選手の体調管理に問題があったのではないかと、宇田先生が運営に呼び出されて注意されたよ」
と千里。
「いや、うちの十勝さんも注意された」
と玲央美。
「しかし王子を抑える仕事はあのクラスの選手にしかできないからなあ」
と江美子。
「うん。日本代表は日本代表にしか抑えられない」
と彰恵。
考えてみれば、自分も社会人選手権でシャット・トリコロールにあの戦法をやられたんだよなあ、と千里は思った。
「まあこの戦法が通用するのは今年までだね」
「うん。来年のインターハイではもう使えない」
その会話を聞いて千里は思った。そうだ。あの戦法が通用しないほど自分は強くならなければいけない。それがオールジャパンへの道だ。千里は今自分が王子と同じ課題を与えられていることを意識した。
「N高校が勝てたのは、翡翠史帆を抑えられたのも大きいと思う。うちはそれができなかったから1点差での辛勝になった」
と玲央美が言う。
「偶然欠点に気付いたからね」
と千里。
「でもあれもインターハイまでには修正してくるだろうね」
と彰恵。
「史帆ちゃんはきっと死ぬほど練習して克服するだろうと思うよ」
と千里。
バスケ協会を出た後、絵津子は受験準備のため北海道に戻ることにする。千里は彼女を羽田まで送っていった。同じく受験のため北海道に戻る紅鹿が教頭と一緒に来ているのと合流する。なお、校長・理事長・保健室の大島先生は一足先に帰道している。
教頭は「湧見君がベスト5になったお祝い」と称して、高級寿司店に絵津子たちを連れていく。お金は理事長からもらっていたらしい。しかし結果的に紅鹿と千里も相伴(しょうばん)にあずかることとなった。
「ここのお寿司美味しいですね!」
と紅鹿が感激していたが、絵津子は値段が高いことには気付いていないようでもりもり食べ(さっきしゃぶしゃぶを5人前くらい食べているのに!)、傍で見ている千里のほうがハラハラした。千里も色々取り混ぜて10巻ほど頂かせてもらったが、本当に美味しかった。
お寿司をたくさん食べて満腹した所で、3人を手荷物検査場前で見送る。
そして千里はそこに寄ってきた《きーちゃん》に言った。
「神社のお仕事終わったばかりでごめんね」
「平気平気。機内で寝ていくから」
《きーちゃん》は今日30日の朝番で神社に出ていた。そして明日31日の遅番に入る。それで実は約1日空いた時間に北海道に千里の代理で“帰省”してもらうことにしたのである。
《きーちゃん》は細川千里名義の新千歳行きの航空券を持ち、セキュリティの列に並んだ。彼女を見送ってから、千里はインプを運転し、千葉の房総百貨店体育館に戻った。
《きーちゃん》は1時間半のフライトで、帰省の客で混雑する新千歳空港に降り立った。トヨレンで予約していたプリウスを借り、留萌へと走る。
夕方5時頃、留萌の貴司の実家に到着する。
「ただいま帰りました」
と千里の声で声を掛けて中に入れてもらう。
「これお土産です」
と言って、貴司のお母さんに銀座の洋菓子店で買ってきたロールケーキを出す。
ここに千里の母も来ていて、取り敢えず貴司の母・祖母、2人の妹と6人で紅茶(千里がインドで買ってきてお土産にと送っていたニルギリが出てきた)を入れて、頂いた。
「これ美味しい!」
「東京の友人のお勧めの店だったんですが、当たりでしたね」
ケーキを食べた後、《千里B》はその場で、渋谷の呉服店で作った友禅風の振袖を着た。帯だけは貴司のお母さんが締めてくれた。
「可愛い!」
と理歌・美姫からあがる。
「千里ちゃん、ほんとに可愛い」
と貴司の祖母・淑子も言う。
それでたくさん記念写真を撮ったりした。母と並んだ写真も撮ってもらった。
2時間ほど滞在し、仕事から帰ってきた貴司の父にも振袖姿を見せ、一緒に記念写真を撮ってから、貴司の家を辞す。
貴司の家で振袖は脱ぎ、ケースごと車の荷室に入れておいた。そしてセーターとジーンズという格好で自分の実家に戻るが、この時点で実は《千里F》こと《こうちゃん》と入れ替わった。
それで実家に「ただいま」と言って入って行き、
「お父ちゃん、これお土産ね」
と言って、東京のお酒・澤乃井を出す。
「おお、素晴らしい。千里も飲むよな?」
「ボクは未成年だからまだ飲めないよ」
「18すぎたら飲んでいいんだぞ」
「日本の法律では20歳以上です」
と言って逃げておく。
『千里』はこちらにも銀座の洋菓子店で買ったロールケーキを出す。母は結局2度食べることになったものの、
「ほんとこれ美味しいね」
と言いながら食べていた。玲羅も
「これ凄い美味しい」
と言って、お店の名前を手帳にメモしていた。
その後、母の作った鍋料理を玲羅も入れて4人で囲んで食べるが、父は澤乃井を熱燗で飲みながら楽しそうにしていた。
12月31日。朝、唐突に父が「温泉に行くぞ」と言い出した。
それは絶対やばいと思った母が
「確か今日はお休みですよ」
と言ったのだが、父は
「いや、やっていたはず」
と言い、電話を掛けて午後2時まで営業していることを確認してしまう。
母は困った顔をしていたが、『千里』は
「まあたまには温泉もいかもね」
などと言い、母には目くばせをした。
それで母も千里はうまく誤魔化すのだろうと判断したようで4人で千里が借りてきたプリウスに乗って近隣の温泉まで行った。
『千里』が4人分の料金を払ったが、係の人はこちらを見て赤い鍵3つと青い鍵1つを渡す。千里はそれをそのまま受け取り、青い鍵を父に、赤い鍵2つを母と玲羅に渡す。そして心配そうな顔をしている2人に手を振って『千里』は父と一緒に男湯の暖簾をくぐって行った。
年末なので人が多い。それでその人混みに紛れて『千里』はスタッフにとがめられないまま、男湯の脱衣室の中に入ることができた。
「しかし千里、お前髪が長いな」
「こういう髪が好きだから」
「そんなに長いと女みたいだと言われるぞ。俺が切ってやろうか」
「要らない要らない」
と言って笑っておく。
すると父はいきなり『千里』のお股に手をやってあれを握った。
「ちょっと何すんのさ」
「お前があまり女みたいな格好してるから、チンコあるのか確認したくなった」
「おちんちんあった?」
「あった。安心した」