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記念品のボールペンをもらって会場を出た所で、中学の友人たちに呼び止められる。一緒に写真撮ろうよと言われて、たくさん記念写真を撮った。みんな千里の機械音痴を知っているので、千里には絶対カメラを触らせず、逆に千里の携帯を使っても写真を撮ってくれたりした。
「でも千里のための千里による成人式だった」
「ごめーん。目立ち過ぎた?」
「いや、出席者も少ないし、それで退屈な挨拶が続いて眠くなりかけていた所で派手なバスケット・パフォーマンスがあって結構目が覚めた。最後の吹奏楽との合奏もうまかったし。あれ、事前にかなり練習したの?」
「ううん。本番前に1回合わせただけ」
「それであんなに掛け合いがきれいにできるって凄いね」
「音楽やる人はけっこうセッションやるよ」
「へー。私ならタイミング外しまくりそう」
「ところで市のお偉いさんは千里の性別知っているんだろうか?」
「たぶん気付いてない」
「だろうなあ。でも、そもそも千里を知っている人の中でも半分以上が千里は最初から女の子だと思っている気がするよ」
「うん。それで開き直ってる」
彼女たちとは結局そのまま商店街の方まで歩いて行き、カフェでお茶を飲んでから別れた。そのまま市役所まで歩き、保志絵さんのミラココアに乗って満タン給油してからQ神社まで行った。そして保志絵さんに御礼を言って鍵を返すが
「その振袖、こないだのと違うんだ!」
と言われて、保志絵さんと並んで男性のスタッフの人に写真を撮ってもらった。
結局神社内で普段着に着替えさせてもらい、振袖は神社内の適当な部屋に掛けておいて軽く虫干しした上でケースに収納してもらうようお願いする。
「でも明日も千葉で成人式に出るんでしょ?」
「そちらはこないだお目に掛けた振袖を着ます」
「なるほどー!」
千里はタクシーで留萌駅まで行こうと思ったのだが、手の空いたスタッフの男性が深川駅まで送ってくれた。留萌駅まででいいと言ったのだが、この時間帯は深川方面に行く列車が無いのである。千里は送ってくれた人によくよく御礼を言って別れた。
しかしおかげで千里は札幌−青森間の夜行急行《はまなす》に間に合うことが出来た。
深川2047-2150札幌2200-539青森552-648八戸655-951東京
それで《こうちゃん》にインプレッサで迎えに来てもらい、千葉に帰還した。
1月10日(祝)。
桃香は9時すぎにホテルの一室で目が覚めた。この時刻に目が覚めるというのは桃香にしては、なかなか優秀である。一緒に寝ていた藍子(この子がまたかなりのお寝坊さんである)を起こし、ラウンジに降りて行って一緒に朝御飯を食べる。それからチェックアウトし、各々振袖を持っていることを確認して予約していた美容室に行く。髪をセットしてもらってから、振袖を着付けしてもらった。
「じゃ、また後でね〜」
と言って別れる。
桃香は稲毛区だが、藍子が住民票を置いているのは中央区なので成人式の会場が違うのである。桃香は会場まで行くのに、バスで行くと混んでいた時に振袖が乱れそうだし、といってタクシーに乗るのはもったいない。歩いて行くのはけっこうきつい。ということで、どうしようと少し悩んだ。
ところがそこに車のクラクションの音がする。
「桃香、今から成人式行くの?」
「千里、千里は成人式はどこだっけ?」
「私は稲毛区だから、スポーツセンターだよ」
「おお!同じ場所だ。乗せてってくれる?」
「OKOK」
それで千里が運転するインプレッサの助手席に乗り込んだ。
「しかしよく和服で運転できるな」
「平気だよ。但し、靴は運転中はローファーを穿く。草履で運転するのは違反」
「あ、そうなんだっけ?」
「条例で定められているから、どこまでOKかは地域によって違うけど、バックベルトの無いサンダルとか、草履とかは間違い無くNG。急な操作しようとした時に脱げて失敗する危険があるからね」
「確かに危ないよな」
会場の駐車場は混んでいたものの、幸い2つ空きがあって、その1つに千里は車を駐めた。ふたりが車から降りて入口の方に行こうとしていたら、最後の1つの空きに駐めたフィットから美緒と紙屋君が降りてくる。
美緒は振袖、紙屋君は結局羽織袴である。
「あ、一緒に来たんだ?」
と美緒が声を掛けてくる。
「ちょうど一緒になったからね」
と桃香。
「昨夜はホテルに泊まったの?」
と美緒は桃香に訊く。すると桃香は
「え、えーっと・・・」
と焦ったような言葉を発した。
「へー」
と紙屋君が感心したような声を挙げるが、千里は
「桃香、ホテルってどこかに行ってたの?」
などと訊く。
「ん?」
と美緒と紙屋君が顔を見合わせる。
「桃香、昨夜はホテルに誰と泊まったの?」
と美緒は訊き直した。
「えっと、その・・・藍子だけど」
「なぁんだ!」
「千里と泊まったんじゃなかったんだ?」
「私は昨日は北海道の方で成人式に出て、夜行で戻って来たんだよ」
と千里が言う。
「頑張るなあ!」
「この髪は昨日の朝からずっとこのまま」
「大変でしょう!」
「うん。この髪している間は、かぶるタイプの服は着脱できないんだよ」
「だよねぇ!」
「ちなみに清紀と美緒は昨夜一緒にホテルに泊まったんだっけ?」
と千里は訊いた。
「一緒だったよぉ」
と美緒は笑顔で言った。
受付開始まで時間があるので、会場近くのミスドに入って待つ。ここで紙屋君が紙のエプロンを全員に配った。
「ありがとう!」
「10人分持って来たからあと6人はOK」
「でも紙屋は振袖じゃなかったんだ?」
と桃香が言う。この4人の中で、紙屋君を苗字で呼ぶのは桃香だけだ。
「振袖着た記念写真は撮ったよ」
「おお。凄い!」
「私が貸してあげたんだよ。それで知り合いの美容師さんに着付けしてもらった。先週だけどね」
と美緒が言う。
「今週は美容師さんも忙しいもんね」
「でも本番は振袖はさすがに恥ずかしいから、羽織袴にした」
「何を今更」
と全員から言われている。
「でも千里はちゃんと振袖で安心したよ」
と紙屋君。
「普段着でもいいかと思ったんだけどねー。何か周囲からうまく乗せられた感じはある」
と千里は言う。
「まあ女子も積極的に振袖着たい子と、流れで振袖にする子と居るよ」
と美緒は言った。
やがて、ミスドに玲奈、友紀、朱音、香奈、なども集まってくる。みんな紙屋君から紙エプロンをもらう。
「でも、千里も振袖着てきたんだ!」
と玲奈は嬉しそうに言った。
「可愛い、というか綺麗な振袖だね。友禅?」
と友紀が訊くと
「友禅風」
と千里と桃香が一緒に言った。
「何故桃香も答える?」
「私が見立てたからね」
と桃香は得意そうに言った。
「まあ私と玲奈で千里は何着て来るか賭けてたんだよ」
と美緒は言った。
「どっちが何に賭けたの?」
「玲奈が振袖、私はドレス」。
「最初振袖か背広かという賭けだったんだけど、どちらも背広に賭けないから仕方ないから振袖とドレスにした」
「じゃんけんで勝った方が振袖を選んだんだけど、じゃんけんで既に勝敗が決していたな」
と玲奈は笑っていった。
やがて時間になるのでミスドを出て会場に入る。
受付で千里が招待状を渡すと受付の人が
「あら?」
と言った。
「女の方ですよね。すみません。こちらの名簿が間違って男性になってました。あやうく男の人向けの記念品をお渡しするところでした。こちらをどうぞ。名簿修正しておきますね」
といって赤い袋に入っている記念品を渡してくれた。
「あ、はい。よろしくお願いします」
中に入ってから記念品を見せ合う。女子がもらった赤い袋の中身はポータブルの裁縫セットと、折りたたみ傘、男子がもらった青い袋の中身はネクタイと折りたたみ傘のようであった。女子の折りたたみ傘は、赤・黄・青・ピンク・水色・グリーンなど色々だが、男子の方は黒一色のよう。
結局「私、この色が好き〜」などと言って交換会になってしまう。紙屋君などは「紙屋君、可愛いピンクにしなよ」と押しつけられていた!桃香が黒が好きといって、紙屋君がもらった傘を取っていた。千里は赤をもらったのだが、交換会が終わると水色になっていた。
「高園、ネクタイも要る?」
「いや、男物のスーツは着ないからいい」
「桃香って男装しないんだっけ?」
「私はレズの男役であって、FTMではないから男装はしない」
「紙屋君はゲイだけど、女装も好きだよね?」
「嫌いではないけど、日常的にはしない」
「そのあたりの傾向って人により様々だよね〜」
「うん。性別って人間の数だけあって、分類しようとするのがナンセンスという意見もある」
「なかなか奥が深い」
式典が終わった後は、会場前で写真を撮り合う。紙屋君が結構高級そうなカメラで全員分の写真を撮る。紙屋君も入った写真は、玲奈の彼氏が撮影してあげていた。写真はネットにパスワード付きでアップして、ここにいるみんなでシェアすることにした。
彼氏と一緒に来ていた子たちが各々このあとのデートのために去る。美緒と紙谷君も仲よさそうにしてどこかに行っていった。
「あのふたりもう完全に恋人の領域だよね?」
「本人たちは恋愛要素は無いと言っているけど、第三者的にはそういうレベルだ」
「桃香と千里も第三者的には恋人の領域ではないかという意見もあるのだが」
「まさか」
「それはあり得ない」
と桃香も千里も言うものの、他の子たちは納得しないようである。
ともかくもカップル組が去った後に残った、千里と桃香、朱音と香奈の4人でマクドナルドに入る。中央区なので、ここではなく千葉ポートアリーナの方に行っていた真帆もこちらに合流するという連絡があった。
「朱音、結局今日はどちらの振袖着たの?」
「これ母ちゃんが買ってくれたやつ。そうだ、桃香写真撮ってよ」
と言って、朱音は片手にシェイクを持ち、テリヤキバーガーをほおばっているところを写真に撮ってもらった。
「これ母ちゃんに送信しよっと」
むろん4人ともさっき紙谷君からもらった紙ナプキンをつけた上で食事をした。落とさないつもりでいても、うっかりこぼれてしまうことはよくある。実際、桃香は既にミスドでもコーヒーを2滴落としている。
真帆が来た後は、カラオケ屋さんに移動し、ここで
「きついし」
ということで振袖を脱ぐ。たたみ方が分からないようなので千里が全員分畳んであげた。
2時間ほど歌いまくったが、その後、真帆は家族と食事をするというので離脱、香奈はバイトに行くといって離脱、結局千里・桃香・朱音の3人になり、
「ビール買って桃香のアパートで飲み明かそう」
などという話になる。
それで「20歳のお祝いだから贅沢に行こう」と言って、ヱビスビールのザ・ブラック24缶パック2つに、色々おつまみなども買ってくる。
「なんか、この日のためにあれこれやってきた割には、あっさり終わっちゃったね。成人式」
と朱音が言う。彼女は母親との確執の問題で随分悩み抜いたようだ。
「結局、ここに至る過程というのが『成人式』の本体なのかもね」
と桃香。
「確かに夏からここまで、お互いにいろいろあったよね」
と千里も言う。
「実際、千里はこの1年で随分変わったと思うよ」
と朱音は言う。
「1年生の頃は男装の日と女装の日があったけど、ここ1年はもう女装しかしてないでしょ?」
「私、去年女装してたっけ?」
「何度か見た」
と朱音。
「そうだったのか。私は見てないかも」
と桃香。
「でも秋以降はもう女装しかしてないかもね」
と千里も認める。
「桃香も随分女らしくなった気がする」
と朱音は指摘する。
「さっきは自分はFTMではなくてレスビアンと言ったけど、実は自分でそれを言えるようになったのがここ1〜2年の自分の変化だと思う」
と桃香はしんみりと言った。
「心理学の先生が言ってたじゃん。私たちの年代って、自分の自己同一性を確立する時期なんだって」
と朱音。
「それ、自己同一性と、性的同一性があるとも言ってたね」
と千里。
「千里も性的同一性は固まったでしょ?」
「うん。固まった」
「だったら、きちんと身体も改造した方がいいね」
「そのつもり」