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(C)Eriko Kawaguchi 2017-07-17
1月7日金曜日の朝、夏恋が起きて御飯を炊かなきゃと思い、宿泊棟のキッチンに行ってみると、既に千里がお米をといで炊飯器をセットしている所だった。
「あれ〜?もう戻って来たの?」
「うん。昨日の最終で帰って来たよ」
と千里は笑顔で言う。
「北海道に日帰りって凄いハードスケジュールだね!」
昨日の旭川往復はこんな感じであった。
羽田1435-1615旭川
旭川市内で1700-1900会議
旭川2020-2205羽田
むろん交通費(プレミアムクラスの料金)は天津子からもらっている。それ以外に会議出席の謝礼で30万円もらっている。
羽田空港との往復はインプレッサを使っているのだが、さすがの千里も疲れたので昨夜は桃香のアパートで寝た。ただし桃香自身は夜間の電話受付のバイトに行っており、その日は千里と朱音が桃香のアパートに泊まった。千里は今朝は炊飯器のタイマーをセットした上で、ぶりは切り身にしてロースターで焼けばいいだけにして出てきたのだが、実際にはロースターを使うのをめんどくさがって、朱音はレンジでチンしてから、醤油を掛けて食べたようである。
千里が桃香のアパートに「霊的な処理」をして以降、ここはみんなの宿泊所という様相が強くなってきている。千里も結局本棚・衣装ケース・冷蔵庫をここに置いているが、朱音や玲奈もけっこうここに私物を置いている。それどころか千里の衣装ケースの段の1つが、いつの間にか朱音の服で埋まっていた!
N高校のメンツはP高校との合同合宿を8日午前中までみっちりやり終えると、そのP高校のメンツと一緒に代々木に出て、この日行われるオールジャパン準決勝の2試合を見学した。
エレクトロウィッカ×−○サンドベージュ
ブリッツレインディア×−○レッドインパルス
花園亜津子のエレクトロウィッカはここで消えた。亜津子はかなりのスリーを放り込んだのだが、女王の壁には届かなかった。しかしサンドベージュは連日精神を削られる試合を続けているなと千里は思った。
レッドインパルスにはN高校出身の川西靖子さんが事務方として入っているが、今年は彼女はベンチにも入ってスコアを付けたり色々監督からデータを尋ねられている感じであった。
「康子さん、スマホみたいなのでスコアつけてますね」
と司紗がその様子を見て言った。
「電話機でスコアが付けられるの?」
「たぶんそういうアプリがあるんだと思う。あるいは、元々あそこはコンピュータの会社だし、自社開発かも」
「なるほどー!」
あとで康子さんから教えてもらったが、そのアプリは敵味方の選手の出場時間や試合途中までの個人別成績、過去の試合との比較などを瞬時に表示できる優れ物らしい。アメリカで開発されたものを自社で日本語対応に改造し、取り敢えずWリーグの選手のデータベースも登録しているらしい。
モニタリングテストの名目でそちらにコピー渡そうか?と言われるので、ぜひぜひと言い、ローキューツで司紗が、N高校で取り敢えず南野コーチが各々のスマホにインストールしてもらっていた。複数コピー欲しかったらまた言ってねということであった。
準決勝を見た後、P高校は自分たちの宿舎に戻り、明日の決勝戦まで見てから北海道に戻る。N高校の部員たちは今日までなので、いったん千葉に戻り、体育館と宿舎の掃除をして、夕方、合宿所を後にした。暢子・留実子も彼女たちと一緒に旭川に帰る。そして千里も彼女たちに同行して北海道に帰ることにした。
しかし千里は6日に旭川まで往復して来て、今日また北海道に行くが、明日はまた千葉に戻る予定である。それを言うと夏恋が「ジャパニーズ・ビジネスマンだね」などと言っていた。
旭川に戻る学校のバスにも留実子・暢子ともども同乗させてもらう。そして途中の砂川SAで降ろしてもらう。
なお留実子は明日旭川の成人式に出るので、留萌では出ないということであった。母親からは日程がずれてるから両方出ればいいのにと言われたらしいが、面倒くさいと言ったらしい。千里は2日で出れば着付け代金も2回分必要なことを気にしているのではと思ったので
「サーヤ、明日は私が着付けしてあげようか?」
と言ったのだが、
「千里、それでなくても明日は忙しそうなのにいいよ」
と言っていた。
なお留実子の姉(元兄)は札幌で美容師をしているが、彼女は自分の美容室の着付けの仕事で手一杯で、妹の着付けまでしてあげる余裕がないようである。
そういう訳で千里はひとり砂川SAで降りたのだが、ここに千里の母が年代物のヴィヴィオで迎えに来てくれている。
「ごめんね〜。遅い時間に」
「父ちゃんを札幌まで送っていった帰りだし」
と母は言う。この週末、父は放送大学のスクーリングに行っているのである。千里は女の子モードでは実家に泊まれないし、貴司の実家に1晩泊めてもらおうかとも思っていたのだが、父不在なので安心して実家に泊まれることになった。
それで千里はヴィヴィオの助手席に乗り込んだ。
「お母ちゃん、疲れてない?私が運転しようか?」
「大丈夫大丈夫。実はこのサービスエリアで2時間くらい仮眠してたんだよ」
「だったら大丈夫かもね」
ところが千里が乗ってから少し走っていると、車のエンジンが異様な音を立てる。
「何これ?」
「ああ、こないだから時々こんな音してる」
「大丈夫なの〜?」
「どうかなあ。でも新しいの買えないし」
「これ車検いつまで?」
「今年の7月なんだけどね」
「それに合わせて買い換えない?さすがにこの音はやばいと思うよ」
などと言っていたら、エンジンが物凄く変な音を立てて停まってしまう。津気子は慣性を利用して、何とか車を脇に寄せて停めた。
「どうしよう?停まっちゃった?JAF呼べばいいんだっけ?でも会費払えなくて退会しちゃったから、呼んだら年会費も払わないといけないよね?」
などと母はうろたえている。
「高速でJAF呼ぶと警察ももれなく付いてきて、切符まで切られるからなあ」
と千里は言って車を降りる。
『こうちゃん、これ分かる?』
『エンジンのクーラントが漏れてる。たぶんどこかに小さな穴が空いている』
『どうすればいい?』
『取り敢えず水を入れておけばいい。水あるか?』
「お母ちゃん、水とかある?」
「さっき飲みかけのでよければ」
それで千里はボンネットを開けると、《こうちゃん》の教えてくれた場所のふたを開け、そこから水を注入した。
『千里、次のPAでもSAでもいいから駐めて、水を調達しておけ』
『うん』
千里が運転することにする。取り敢えず車はエンジンが始動して発進するが、エンジンの調子はあまりよくない感じである。すぐに秩父別PAがあるので、そこに入れて駐め、千里は車内に転がっているペットボトル3本にトイレで水を汲んできた。
『こうちゃん、どう?まだ漏れてる?』
『かなり減ってる。取り敢えず補充しろ』
それで千里はまたボンネットを開けて水を入れておいた。その分また水を汲んでおく。
結局、高速を降りてからも2回水を補給して、何とか自宅に辿り着いた。
「遅かったね。飛行機遅れた?」
と受験生のはずが、寝転がってゲームをしている玲羅が訊く。玲羅は結局、5日になって留萌に帰って来たらしい。どうも受験勉強は全くする気が無いようである。
「車のエンジンがオーバーヒートして。何とか騙し騙しここまで戻ってきた。このまま修理工場に持ち込まないとダメって感じ」
「あらら」
ともかくも、その日はお風呂に入って寝た。
翌朝、5時に起きる。《こうちゃん》に車を見てもらう。
『車の買い換え推奨』
と《こうちゃん》は言った。
『まあ限界かも知れないよなあ』
と千里も言う。この車は確か千里が幼稚園の頃に10万円で買ったものである。1992年型なので、既に18年以上走っている。しかし1992年に出た車を1995年頃に10万円で買えたということは、どう考えても事故車だ!それを買ってから15年乗り続けてきたこと自体が驚異である。ただ母はそんなにドライブする方ではないので、走行距離としてはまだ16万kmくらいである。
『千里、親孝行でレクサスくらい、ぽんと買ってやれよ。金はあるだろ?』
『私にお金があると分かって、両親が堕落するのが怖いと思っている。しばしばアイドル歌手の親が身を持ち崩している。子供の稼ぎに依存して金使いが荒くなって、最後は莫大な借金を背負って子供の生活と芸能活動まで破壊してしまう。私は芸能界に関わってからのこの4年間だけでもそういう例をいくつも見た』
『確かになあ』
『だから、私に経済的なゆとりがあると思われるのは困るんだよ』
『じゃ、新しい中古車でも買ってやったら?』
『そうしようかな』
と千里はため息をついて言った。
千里は保志絵さんに電話してみた。こちらの車がトラブルで使えないことを言うと、何とかして神社まで来てくれたら今日1日、自分の車ミラココアを貸してもいいと言ってもらった。保志絵さんは今日は朝6時から神社に入っているし、夜まで仕事が続くらしい。それで千里は(バスが無いので)タクシーを呼んでQ神社まで行く。
中に入っていくと、宮司さんとバッタリ会う。
「千里ちゃん、成人式の祈祷で今日凄く忙しいんだけど、手伝ってくれたりしないよね?」
などと言われる。
「すみません。私が新成人です」
「おお、そうか!それはおめでとう。だったら祈祷を受けて行きなさい」
「え〜〜!?」
それで昇殿することになる。朝早くから来ているお客さんと一緒にお祓いを受けて昇殿した。保志絵さんが太鼓を叩き、千里の後輩の巫女で千里も少し龍笛を指導した真理香ちゃんが龍笛を吹いてくれた。
「ありがとうございました」
とみんなに御礼を言う。
「真理香ちゃん、龍笛だいぶうまくなったね」
「ありがとうございます!」
それで保志絵さんからミラココアのキーを預かり、それで今日1日走り回ることになる。
まずは、貴司の家に行く。ミラココアで乗り付けたので、理歌から
「お母ちゃんが戻ってきたのかと思った!」
と言われた。
それで貴司が帰省する時に持って来ていた振袖のケースを受け取る。
「千里お姉さん、それこないだの振袖と違う柄なんでしょ?」
「そうそう」
「だったら後でその振袖でも並んで記念写真撮らせてください」
「OKOK」
その後、今度は街中に出て、予約していた美容室に行く。着付け自体は千里は《きーちゃん》にやってもらうつもりでいるが、髪をセットする時、実際に着る振袖を見ておいてもらった方がイメージが掴みやすい。
「おはようございます。済みません、朝早く」
と言って千里は美容室に入る。
「わあ、千里ちゃん、女っぽい!」
と言って、子供の頃から千里の髪の毛を切ってくれていた美容師のおばちゃんは言った。
今日の千里はドレッシーなジップアップセーターにロングのプリーツスカートである。ジップアップにしたのは、成人式用の髪のセットをすると、前が全面開く服以外は着脱できなくなるからである。そのため今日は下着もブラの上に前を合わせて紐で留めるタイプのアンダーシャツを着ている。
着る予定の振袖を見せると
「変わった柄ね!」
と言われる。
「私、バスケットの大きな大会に出て賞を頂いたので、それで表彰とかもあるらしくて」
「すごーい!」
「それならバスケットの柄の方がいいかなと思って」
「なるほど〜。でもスポーティーにするならアップの方がよくない?」
「それが私、コート上でもいつもロングヘアを垂らした姿でプレイしてるんですよ。だから外人選手からロングテールとかあだ名付けられているみたい」
「確かに尾長鶏かもね!」
千里は貴司が和服ケースと一緒に置いておいてくれたプレイ中の千里の写真も見せる。
「でももしかして千里ちゃん、女子選手なの?」
「そうですよ〜。私、男子に見えます?」
「女子にしか見えない!」
それでおばちゃんは、千里のプレイ中の写真とか、振袖の柄とかを見ながら、そのイメージに合うように髪をセットしてくれた。
「凄く可愛くなったです。ありがとうございます!」
と千里は笑顔で御礼を言う。
「着付けはどうすんの?」
「自分で着ますよ〜」
「今すぐ着てもいいなら着付けしてあげようか?」
「だったら、トイレ貸して下さい!」
それでトイレを借りた後で、着付けまでしてもらった。成人式の着付けは着崩れしても直せない人が多いので、そもそも着崩れしにくいようにきつめに着付けることが多いのだが、千里は崩れたら自分で直せるからといって、緩めにしてもらった。こうしておかないと、長時間着ていて本人が辛くなってくる。