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■女子中学生のバックショット(1)

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(C) Eriko Kawaguchi 2022-05-28
 
その日、千里たちは体育の時間にサッカーをしていた。千里たちのクラスは男子14人・女子14人なので、男女7人ずつ紅白に別れて試合をしていた。
 
2対2となり、そろそろ時間が終わるという時、ゴール前の乱戦になっていた。紅組セナが撃ったシュートを白組のキーパーが飛び付いて止めたが、確保はできずボールが転がる。白組の飛内君か外に向けて蹴った。それを紅組の蓮菜が止めて蹴った。
 
しかし方角が悪く、ゴール手前かなりの所に転がってくる。紅組の千里はちょうどその位置に居たが、目の前に白組の高松君が居る。高松君がクリアしようと走り寄る。千里はボールを止めてから、身体を入れ替えてボールを高松君から守る。
 
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千里はボールを右足で止めたので、ボールは千里の右側にある。高松君は千里の右側から回り込んでそのボールをスティールしようとした。ここで千里はゴール側から見てゴールの左端付近に居る。
 
高松君が右側に来たのを感じ取って、千里はボールを右足で軽く左側に転がすと左足で思いっきり、後ろやや右側に向けて蹴った!
 

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この時、白組キーパーは右手ゴール中央付近から紅組の田代君が迫ってきていたので、千里は彼にパスして、田代君がシュートするのではと予想し、少し右手に行っていた。
 
それで千里が左足で真後ろに蹴ったのは虚を突かれた形になり即応出来なかった。
 
「あっ」
と声を挙げ、ボールに飛び付いたものの、ボールの速度が速く、間に合わなかった。
 

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ボールがゴール左端ギリギリに突き刺さる。
 
ピーと笛が吹かれて「ゴール!」という先生の声。
 
そしてキンコンカンコンと授業終了のチャイムが鳴る。
 
先生は笛を吹いて「試合終了!」と言った。
 
「千里、すごーい!」
と言って、恵香が千里に飛び付いて頭をゴリゴリした、美那も千里に抱きついた。
 
この得点で千里たち紅組の勝ちとなった。
 

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更衣室で着替えながら最後のシュートが話題になる。
 
「偶然とはいえ、よく入ったね〜」
「うまい具合にギリギリに飛び込んだ」
「まるで後ろが見えてるみたいに正確に蹴った」
などという声がするが
 
「偶然じゃ無いし、千里にはゴールが見えてたはず。でしょ?」
と蓮菜が言う。
 
「うん。見えてたけど、後ろ向きに蹴るのは、筋肉の使い方がやや難しい」
と千里は答える。
 
「見えるの〜〜?」
とみんなが驚いて言う。
 
「試してみようか」
と言って、蓮菜は千里の後ろに立ち、指を2本立てた。
 
「千里、指は何本?」
と蓮菜が訊くと
「2本」
と千里は即答する。そして蓮菜が4本立てると「4本」と答える。
 
「どんだけ広い視野を持ってるのよ?」
「トンボ並みの視野だ」
などとみんな言っている。
 
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「千里は目隠ししても見える」
と恵香が言うので
「嘘!?」
という声。
 
それで恵香は自分の紅白の鉢巻きで千里の目を覆う。そして後ろで指を3本立て「千里、何本?」と訊いた。すると千里は
「3本」
と即答する。
 
「千里、実は超能力者だとか」
という声もあるが
 
「ああ、それは無い。千里はただの変態だよ」
と美那が言うと
 
「そうか!ただの変態か!」
ということで、みんな納得していた!
 
変態という単語を聞いて(最近やっと女子更衣室に慣れてきた)沙苗がドキドキしていた。
 

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先日から村山津気子は、お腹の付近に痛みがあり、何か変なもの食べたかなあなどと思っていた(心当たりが多すぎる:自分にしても千里にしても、ひたすらシールが貼られた食材を買っているので)。
 
ところがその朝トイレに行ったら、(下着の)パンツが真っ赤になっている。何?これどうしたの?不正出血?などと焦る。取り敢えずトイレットペーパーで血を拭いたものの、何をすればいいのか思考停止した。
 
そのまま5分くらいぼーっとしていたかも知れない。
 
千里の声がした。
「お母ちゃん、具合でも悪い?」
 
「あ、ごめん。トイレ長時間使って。お母ちゃん、病気かも知れない。今日は病院行ってくる」
 
とは言ったものの、これ内科だっけ?外科だっけ?と悩んだ。
 
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「どんな感じなの?」
と千里が訊く。
 
「なんかたくさん血が出てて」
「どこか怪我した?」
「いや、それが・・・女の付近なんだけど」
 
「生理じゃないの?」
と千里は言った。
 
へ!?
 

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言われてみると・・・・確かに生理かも!? 数日前から下腹部が痛くて。確かにあの痛みは、消化器系ではなく、生理系のような気もしてきた。でもでも・・・私、生理なんてもう3年くらい停まってたのに!
 
「でもお母ちゃん、癌の治療でお薬ずっと飲んでたでしょ。それをやめたから生理の機能が回復したんじゃないの?」
 
そう言われたらそうかも知れない。
 
(自分の“思考”に対して千里が声で返事したことについては気付いていない)
 
癌の再発を防ぐため、ずっとホルモン剤を飲んでいた。それを今年初めに寛解を告げられて、ホルモン剤を飲むのもやめた。ホルモン剤のせいで自分の身体は中性化していたと思うけど、それをやめたので卵巣の機能が回復した?
 
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あり得るかも知れない気がした。
 
「お母ちゃん、替えの下着持って来た。ドアを少しだけ開けてくれない?」
「うん」
 
それで千里は小型の不透明のレジ袋と、替えのパンツを持つ手を差し入れた。受け取る。袋まで一緒にくれるって、なんて気の利く子なの?
 
「ナプキンは棚に載ってる私のを使うといいよ。ロリエのが私のだから」
「ありがとう!」
 
それで津気子はあらためてお股をトイレットペーパーで拭き、パンツを脱いでビニール袋に入れた。そして棚に2つ並んでいるナプキンの袋の内ロリエのを1パック取り、新しいパンツに装着した。ナプキンを付けるのってホントに久しぶり!自分が女に戻れたという意識が込み上げてくる。そして手を洗い、トイレを出た。パンツを入れた袋は台所の生ゴミ入れの中に捨てた。千里は朝御飯を作っている最中だった。
 
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10月下旬、高岡猛獅は、それまで住んでいた中目黒のワンルームマンションを引き払い、八王子に新たに借りた3LDKのマンションに引っ越した。実際にはとても本人は引越の作業ができず、作業は全て引越屋さんまかせで、猛獅が個人的に雇っているマネージャー義浜に立ち会ってもらっただけである。
 
猛獅は実際問題としてこの中目黒のマンションにはほとんど住んでいなかった。昨年春にワンティスとしてデビューして以来、スタジオで寝てしまったり、せいぜいホテルで休む程度で、たまに時間が取れると市川市の夕香のマンションに行っていた。
 
そんな猛獅が引越することにしたのは、何と言っても長野夕香と正式に結婚することを想定したもので、夕香と一緒に住み、“龍子”を育てるのには3LDKくらいの広さはあったほうがいいだろうという選択である。
 
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これまで夕香との結婚、そして“娘”もいることは、公表しないでくれとレコード会社から言われていたのだが、そのために“龍子”の出生届けも出せない状態になっていることに、大きな不満を感じていた。
 
最近バンド内で自身の重要性が明らかに低下しているのも感じ、自分は来年にはワンティスを首になりそうだから、その前に辞めて結婚そして子供のことも公表しようと猛獅は考えていた。
 
要するに猛獅はぶち切れたのである。
 

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それで取り敢えず3人で暮らすマンションを確保した。この引越のことは、事務所にも言っていない!ワンティスの他のメンバーにも言っていない。だから個人マネージャーだけを使って作業を進めた。
 
この業界の常として、事務所をやめると、しばらくは他の事務所がその事務所に遠慮して契約してくれないだろうが、猛獅は1〜2年は自主製作で音楽の制作をするだけでもいいと思っていた。
 
それでとにかくも11月中旬に中目黒にあった荷物を全て移動し、郵便局にも転居届けを出した。下旬には、市川市のマンションに住んでいた夕香が引っ越してきたが、猛獅は相変わらず自宅には帰れない状況が続いていた。特にこの時期は来年1月発売予定のアルバム『ワン・ザナドゥ』に関する作業が追い込みの時期に来ており、猛獅も、上島や雨宮もずっとスタジオに泊まり込んで作業していた。
 
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11月上旬。
 
猛獅はポルシェの営業マンから電話を受けた。アルバム制作の方はタイムリミットが迫る中、議論が空転して行き詰まっていたので気分転換と思い、猛獅はスタジオを出て、近くのスタバでその営業マンと会った。
 
「へー。40周年モデルというのが出るんですか?」
「はい。ポルシェ911の最初のモデルが披露されたのがいつかご存じですか?」
「1963年9月12日、フランクフルトの国際モーターショーに、Porsche 901のプロトタイプが出展されたのが最初です。ただし真ん中に0の入る数字は全てプジョーが商標登録していたので、911と改名して発売されました」
 
「よくご存じですね!」
「ポルシェのファンなら、みんな知ってますよ」
「それで1963年のフランクフルトのモーターショーに出展されてから40年経つので、2003台限定(*1)で、"40 Jahre 911"(フィエルツィッヒ・ヤーレ・911)を出すことになったんですよ」
 
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(jahreは英語のyears)
 
「2003台しか作らないのなら物凄い競争になるのでは」
「かも知れません。でも日頃からポルシェ好きを公言しておられる日本ポップス界の貴公子である、高岡さんに、もし良かったらその1台を買って頂けないかと思って今日はお邪魔したんですよ」
 
俺は“ポップス界の貴公子”なのか?と、猛獅はクラクラときた。
 
「でもお高いんでしょう?」
「そうでもないですよ。ほんの1500万円です」
 
うっ。。。高いじゃん!
 
「トップアーティストの高岡さんでしたら、晩御飯代程度ですよね」
 
「さすがに1500万の晩御飯は食べないけど、ローンなら払えないことないかな」
 
現金でもギリギリ払える気がしたが、年明けたらワンティスを辞めるつもりだから今は現金を確保しておきたい。
 
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「今お乗りになっている996カレラを下取りで引き取ってもいいですよ」
「あ、そうしてもらうと助かるかな」
 
猛獅はその後数回営業マンと交渉し、今乗っている車の実物も見てもらった結果、車を300万円で下取りしてもらい、現金で300万頭金を入れて、残り900万を12回払いでこの40th anniversary editionを買うことにしたのである。
 
納車は12月上旬になるということだった。
 
(*1) 史実では発表された年1963年にちなんで1963台限定だった。物語の都合で2003年に発売するから2003台限定ということにした。この特別エディションは2004年発売としている資料もあるが、late 2003 と書かれている資料を信用してこの物語では2003年発売とした。
 
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