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12月27日朝8時。
大阪御堂筋のホテルで、左座浪は困惑していた。
高岡と夕香がまだ到着していないのである。ドームに先行して行っている高橋にも確認したが、向こうにも来てないし連絡も無いという。
高岡の携帯にも夕香の携帯にも電話を掛けてみるが「電源が入ってないか電波の届かない所に」というメッセージが流れる。
それで左座浪は上島に連絡した。どうもそぱに雨宮もいるようだ。一緒に寝たのかな?とチラッと考えた(不正解!飲み明かしただけ。一緒に飲んでいた下川は酔い潰れている)。
「高岡君がどうも遅れているみたいなんだ。悪いけど彼抜きでテレビに出てきて欲しい」
と言った。
「やはり疲れすぎてて起ききれなかったのでは」
「かも知れないよね」
「今どのあたりなんです?」
「分からない。電波の届かない所にというメッセージが流れるから、どこか、町外れを走行中だと思う」
「まだ東京に居るなら電波が届かないわけないから、確実に移動中だろうね」
それでテレビには、高岡抜きで、上島と雨宮が代表で出ていったのである。
そして彼らを送り出してから、左座浪は“万一彼らが本番に間に合わなかった場合”というのを考えた。彼はある人物に電話を掛けた。
「おはよう、手島ちゃん。朝早くからごめん。うん、久しぶり。元気?それでさ、今日君何か予定ある?いや実は夕香ちゃんがどうもトラブってるみたいでさ。もしかしたら、今日の関西ドームでのライブに間に合わないかも知れないんだよ。君、今どこに住んでるんだっけ?ああ、今も蒲田なのね。だったら、今すぐ品川駅まで行って(*5) 新大阪行きに飛び乗ってくれないかなあ。ギャラは、交通費別で10万払うから。夕香ちゃんが間に合って君は出演しなかった場合でも、ちゃんとギャラは払う。来てくれる?助かるよ。頼む」
彼女が
「ライブで夕香ちゃんの代理するなら女装しなきゃ」
と言っていたのは気にしないことにした。あの子そういえばあまりスカート穿いてる所見たことないけど、男ってことはないよね?ね?ね?
左座浪は更にサポートミュージシャンとして参加しているサックス奏者の宮田の携帯に電話した。
「おはよう。昨日眠れた?よかった。実は頼みがあるんだけどさ。今日のライブでは君、全曲でサックス吹いてくれないかなあ」
電話の向こうで「え〜〜!?」と言っている。
「ちょっと都合で今日はモーリーが全曲歌うことになったからさ、さすがのモーリーも歌いながらサックスは吹けないから。うん。ごめん。ギャラは倍払うから。やってくれる?ごめんね。よろしく。うん、雨宮君の代理でも女装する必要は無いよ」
これで2人が間に合わなかった場合も何とかなる。
しかし女装したいのか?セーラー服でも着せるか?彼に合うセーラー服が存在するかどうかは知らんが。
(スコアが最後まで確定せず、どれを雨宮が歌うかも確定しなかったため、宮田には一応(未確定スコアで)全曲練習してもらっていた)
(*5) 新幹線の品川駅はこの年10月1日に開業した。手島冴香は実際には下記の便で移動した。
品川8:58(のぞみ9)11:27新大阪
左座浪は冴香との電話を終えた後、ショートメールが着信していることに気付いた。夕香からである。タイムスタンプを見ると、昨夜の21時過ぎである。
「広中君に運転を依頼して下さってありがとうございます。私も安心して後部座席で休んで大阪に向かえます」
広中??だって広中は10月にマンションの窓から転落して死んだじゃん。あれも事件なのか事故なのか自殺なのか、はっきりしない死に方だったが。しかし、夕香ちゃん、誰かと打ち間違ったのでは?
携帯では予測変換が思わぬ誤入力を生み出す。
しかし社長あたりの指示で誰かが運転しに行ったのかな?それで左座浪は社長に電話してみた。しかし社長は誰にもそういう指示はしていないと言う。左座浪は高岡の個人マネージャー・義浜配次(よしはま・はいじ)に電話してみた。
“配次(はいじ)”と入力しようとして6を1回押して“は”を入力するつもりが2回押してしまい“ひ”になって“ひ”から“広中(ひろなか)”が予測変換されてしまった可能性はあるぞ、と左座浪は考えた。
「君は今どこに居る?」
「東京です。実は、高岡さんに呪いが掛けられているみたいだったので、私の知り合いの霊能者に除霊をお願いしていたのですが、その霊能者が昨夜急死しまして」
「何!?」
「高岡さんたちのマンションの前で倒れていたんですよ」
「楯(たて)になったんだろうな」
「たぶん。高岡さんたちが心配です。守ってくれるはずだった霊能者がやられたということは、本人たちにも危害が及ぶ可能性があります」
「君は高岡君たちを運ぶ運転手役とかにはなってないんだよね?」
「いえ。あ、そうか。私が運転しに行けばよかったですね。どうして気付かなかったんだろう。高岡さんたち疲れていたのに」
「いやむしろ僕が昨日の内にそれを義浜君あるいは中村君あたりに頼むべきだった。僕の方こそ、なぜそこに思い至らなかったんだろう」
と左座浪は言いながら、これは“操作”されてるぞと思う。
多分呪いの術者が、周囲の人間に、そのようなことを思い至らせないようにブロックしたんだ。その上で霊能者さんが亡くなったって、これはただならぬ事態だ。至急何とかして高岡たちの所在を確認しなければと左座浪は思った。
なお、義浜は、死亡した霊能者さんの家族が北海道から出て来るのを病院で待っているところらしい。
義浜との電話を終えてから左座浪は考えた。
夕香のメールから判断して。高岡と夕香は誰かの運転で大阪に向かった。しかしそのドライバーというのは、きっと危険人物だ。でもその人物はふたりが信用するような誰かの振りをしていた。
ともかくも左座浪は高岡・夕香とつながっているかも知れない人物に片っ端から連絡を取り、ふたりの所在を知らないか、何か連絡を受けてないかを訊いた。しかし手がかりは全く掴めなかった。念のため、夕香の妹・支香にも訊いてみたが、何も聞いてないという。
「この2人、相性がよくないみたいだからなあ」
などと呟く。優秀な姉・夕香とできの悪い妹・支香という感じで、支香は姉に対して強いコンプレックスを持っているようなのである。大学も姉はそこそこの四年制大学に現役合格、妹は大学受験は全滅して専門学校に2年通った後、電話オペレータの仕事を1年やってからワンティスに参加している。どうも親の愛情も全部姉・夕香の方に行っていて、支香は軽んじられていたようだ。
27日早朝まで掛けて“松戸文書”(仮称)の整理を終えた千里であるが、北海道に戻るのに、真理さんがチケットを手配しようとしたのだが・・・
「ごめん。飛行機もJRも満席でチケットが取れない」
と真理さんは言った。
「え〜!?」
年末年始はただでさえ移動する客が多いのに、増便どころか人手不足などで減便されたりするので、ずっと以前からチケットを確保していたような人以外は搭乗・乗車することが困難である。
「ね、千里ちゃん、年明けたら河洛邑(からくむら)に来てくれることになってたし、いっそこのまま三重に来てくれない?」
「うっそー!?」
12/27 12時頃、左座浪の携帯に社長からの電話が着信した。
左座浪は物凄く嫌な予感がした。
「大変だ。高岡と夕香ちゃんが死んだ」
と村飼社長は言った。
左座浪はショックを受けた。
しかし彼らを守るはずだった霊能者さんさえやられたのだから、やはりダメだったかと左座浪は考えた。
「どういう状況だったんです?」
「中央高速で今朝方車が壁に激突炎上して、乗っていた2人は車外に投げ出された衝撃で死亡したらしい。夕香ちゃんの靴が後部座席に落ちていたことから夕香ちゃんは後部座席に乗っていたことは確実。高岡君は乗車位置が分からないけど死亡者がふたりだから運転者は高岡君ではないかと警察は推測している」
いや、違う。運転していたのは“広中”と夕香ちゃんが入力した人物だ。何も証拠は無いけど。
「ライブはどうしますか?」
「どうしようか?」
などと社長は言っている。こんな時、専務がいてくれたら、と左座浪は思った。社長はあまり決断力のある人ではない。
「高岡さんたちが亡くなったことは既に発表されてますか?」
「いや、まだ発表されてないと思う。ふたりとも身分証明書のようなものを持ってなくて。おそらく免許証とかも車内にあって燃えてしまったのだと思う。それで車から所有者を割出して、ついさっき身元が分かったみたいで、でも自動車販売店に登録されている連絡先に電話しても誰も出ないし、でも販売店の担当者の話からワンティスの高岡と分かって、事務所に連絡してきたという段階なんだよ」
「だったら今日のライブは実施しましょう。観客は既にどんどん入場中です。ここで中止を発表したら暴動が起きます」
「ああ、そうだよな。でも演奏できる?」
「上島君と雨宮君が歌えばいいです。ギターは志水君が弾きますし、キーボードは本坂君が弾きます。コーラスは夕香ちゃんが遅れているみたいだったから、念のため1人手配しておきました」
「助かる!それで行こう」
それで左座浪は、テレビ局から戻ってきた後仮眠していた上島と雨宮の部屋を訪れた。ふたりは同じベッドに並んで寝ていたので、ああセックスしてたのかと思う(実は疲れ果ててそのまま眠ってしまっただけ)。
「すまんね。お楽しみのところ」
「いえ」
(ふたりは寝起きで頭が働いていないので“お楽しみ”の意味が分からない)
「まだ詳しい状況は分からないけど、どうも高岡君の車が事故を起こして、2人は怪我しているようなんだよ。済まないが、今日は高岡君抜きでライブをやって欲しい」
と要請した。
「あの馬鹿、スピード出し過ぎたんじゃないのか」
「まだ詳しい状況はこちらでも分からないんだよ。携帯が故障してしまったみたいで本人と直接連絡が取れないし」
「携帯が故障するほどの事故ですか」
「2人とも病院に運び込まれたようだ」
「全く・・・」
「高岡のパートはどうするんです?」
と雨宮が訊く。
「ギターは志水君が弾く。歌は上島君と雨宮君で歌って欲しい。キーボードは本坂君が弾く。サックスはサポートで入っている宮田君に全曲吹いてもらう。宮田君にはギャラを弾むから頼むと言った。コーラスについては、夕香ちゃんたちが遅れているようだった時点で冴香ちゃんに大阪に来てくれるよう要請した。ライブに間に合うと思う」
(新大阪駅を降りて今地下鉄でドームへ移動中である)
「それだと何とかなりますね」
「明日の東京ライブについては、高岡君たちの怪我の状態とかも見て再検討する」
「分かりました」
それでこの日のライブは高岡と夕香抜きで実施したのである。観客には高岡と夕香が事故に巻き込まれてライブに間に合わないという連絡があったので欠席するとだけ説明した。
千里Yは、真理たちと一緒に三重県の河洛邑に行くことにしたので、留萌に電話を入れた。
まずは母に電話する。
「ふーん。分かった。気をつけてね」
と言って母は電話を切った。
「誰から?」
と玲羅が訊いた。
「千里からで、東京から北海道に戻る便がどうしても取れないから、正月に行く予定だった三重県の何とか村にそのまま行くって」
と母。
「まあそんなこともあるかもね」
と玲羅は言いながら、台所で洗い物をしている千里姉の後ろ姿を見た。
なお父は千里がリカバーしたカレーを食べて
「おお、いつもの味だ」
と喜んで5杯も食べて、また寝ていた。
千里Yはお昼頃、真理さんの車に乗って混雑する東名高速を走りながらP神社の翻田宮司に電話した。
「分かった。気をつけてね」
と言って電話を切る。
「どうかした?」
と花絵が訊く。
「うん。千里ちゃんからの電話で、いったん留萌に戻ってから正月明けに三重に行く予定だったのが、北海道に戻る飛行機もJRも満席でチケットが取れないからまっすぐ三重に行くって」
と宮司。
「ふーん。大変ネ」
と言いながら花絵は2年生の算数ドリルに必死で取り組んでいる千里を見た。
千里の周囲の人間は、この手の事象は昔から経験しているので、千里がそばにいるのに千里から電話が掛かってくる程度では全く驚かない!
なお、千里Yは元々小春が使っていた黄色の携帯(DoCoMo/Fujitsu F210i Happy Orange), 千里Rは今年の春買った赤い携帯(AU/Sony-Ericsson A1301S Pink)を使用している。千里Bは取り敢えず現時点では携帯は所有していない。
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女子中学生のバックショット(10)