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ほかに、志水英世が着替えだけ取って来たいと言ったので、彼にはチケットをそのまま渡し、指定席は自分で書き換えてと左座浪は言った。
英世は東京駅まではみんなと一緒に移動した。マイクロバスの中で、松戸市のマンションにいる照絵に電話し、着替えを東京駅まで持って来てくれるように頼む。自分が往復するより早い。
駅でみんなと別れると、みどりの窓口に行き、念のため最終新幹線に指定席を変更した。やがて、東京駅の新幹線乗り場の所で照絵と落ち合う。英世は新しい着替えのバッグを受け取ると、汚れた下着などの入っているバッグを照絵に託した。
「それとこれ左座浪さんから頼まれたんだ。マンションに置いといて」
と言ってSDカードの入ったケースを照絵に渡す。
「何かのデータ?」
「僕も聞いてない。ただ置いておくだけでいいらしい」
「分かった」
しかしその後の大騒動のせいで、このSDカードのことは、照絵も英世もきれいに忘れてしまった!
「あれ?龍虎、泣いてるの?」
「今朝あたりからずっと泣いてるのよ。熱とかは無いから病気ではないと思うんだけど」
「どうしたのかなあ」
「高岡さん忙しいだろうけど、せめて夕香さんに、お正月明けて少しでも時間の取れる時があったら顔出してと言っといて」
「分かった」
それで照絵は夫と別れて龍虎と一緒に松戸のマンションに帰ったが、龍虎は起きている間はひたすら泣いていた。特に翌朝の4:50頃はあまりの激しい泣き方に、照絵は夜中だけど病院に連れて行ったほうがよくないかと悩んだ。
しかし朝5時半頃、突然泣き止み、それ以降は泣かなかった。
スタジオからワンティスのメンバーが退出し、技術者たちが後片付けをしていた所に、★★レコードの村上制作次長がスタジオにやってきた。
「あれ?みんな居ないの?もうアルバムは完成した?」
と訊く。
残っていた村飼社長が答える。
「さきほど完成して、加藤さんが工場に持っていかれました」
「それは良かった。そうだ。ワンティスのアルバムの一部の楽曲を放送で流したいから発売前に1部欲しいという問合せがあちこちの放送局から来てるんだよ。アルバムが完成したのなら、早めに100枚くらい
もらえない?」
村飼は、この人、アルバムが完成したというのは、既にCDが存在すると思っているのでは?と思った。村上さんは、極度の機械音痴でCDとMDの違いも分かっていない。むしろアナログレコードとCDの違いさえ分かっていない!
「でしたら1枚焼きますから、それをそちらの技術者さんにコピーしてもらって下さい」
と村飼は答え、スタッフに指示して、その場で完成したマスターをCD-Rに焼いてもらった。レーベルに関しては
「この中に入っているデータをそちらのプリンタで印刷して下さい」
と言って、SDカードで渡した。
「分かった。ありがとう」
と言って、村上はそれを持ち帰った。
でも翌日の騒動で、結局コピーや発送はさせなかった!
村上が帰った後、村飼は
「このCD僕も持っておきたいな。悪いけどもう1枚プリントしてくれる?」
とスタッフに頼む。
「いいですよ」
と言って、スタッフはもう1枚CD-Rを焼き、レーベルもプリントしてくれた。
「ありがとう」
と言って、村飼はそのCDを自分のカバンに入れた。
このCDが、千代の見舞いに来ていた伊藤辰吉の手に渡り、18年後に辰吉の孫・秋風コスモスを通して、上島雷太の手に渡ることになる。
村飼はまた最終的なProToolsのプロジェクトデータをハードディスクにコピーしてもらい、それも自宅に持ち帰った。年明けたら、また多摩市の伊藤太郎の家に持って行こうと思っていたのだが、彼もその後の騒動で、この作業をするのを忘れてしまった。この最終版のハードディスクの行方は分からない。
さて、高岡たちは八王子のマンションに戻ると、まずはディープキスを10分くらい交わし、それからセックスした!
実際には猛獅は逝く前に眠ってしまった!
3日も寝ていなかったから無理も無いよなあと夕香も思った。腰を引いて手で彼のものをそっと抜くと、猛獅の身体の下から自分の身体を外した。でも、フィニッシュまで行かずに中途半端になったのは自分も不満なので、俯せに寝ている彼の身体を何とか仰向けに変え、口でしてあげた。
猛獅は寝ているのに気持ち良さそうな顔をしている。『たけちゃん、好き〜』と心の中でつぶやきながら手でも刺激してあげると射精したので口で受け止めて、飲んじゃった!
飲むのってあまり美味しくないから好きじゃないけど、この日は猛獅の全てを自分のものにしたい気分だった。でも男の人って意識無くても射精するのね〜。
その後、アラームをセットして自分も少し寝ることにした。大阪まで5時間くらい(←スピード違反する気満々)ノンストップ運転だから充分寝ておかなくちゃ、居眠り運転はできない。
これが17時半頃てあった。
1時間半後。
ピンポンという音がした。何度か鳴ったかもしれない。夕香は少し頭痛がするなと思いながらベッドから起き出す。壁時計が19時少し前を指していた。
再度ピンポンが鳴った。
「はい」
「あ、夕香さんですか?私広中です。今マンションの前にいるんですが、中に入れてもらえません?」
「ああ、広中君。お疲れ!今開けるね」
それでエントランスをアンロックすると広中は夕香たちの部屋のフロアまであがってきた。玄関ドアを開けて中に入れる。
猛獅もちょうど睡眠のサイクルで眠りが浅くなっていたようで目を覚ました。
「あれ?広中君、どうしたの?」
「おふたりともお疲れだろうから、何かあってはいけないので、お前が車を運転して2人を大阪まで運べと左座浪さんから言われまして、参りました」
「おお、それは助かる!」
「ですからおふたりとも寝てていいですから」
「分かった」
「でも広中君、なんでスカートなの?」
と夕香はさっきから気になっていたことを訊いた。
「スカートだと中に風が入ってきて涼しいから、身体が引き締まって居眠りしにくいんですよ」
「なるほどー。そういう効用があるわけか」
「それにスカートって運転中に膝に物を置きやすいんですよね。ズボンだと股の間に落ちてしまう」
「あ、それは私も思う。たまにズボンで運転すると不便〜と思う」
と夕香。
「スカートなんて穿いたことないから分からんな」
と高岡。
「たけちゃんも一度スカート穿いて運転してみるといいよ」
と夕香は言った。
「でもだったら飲もう!」
と猛獅は言った。
「え〜〜〜!?」
と夕香が非難するように声をあげる。
「だって上島さんたちに絶対お酒は飲まないって約束したじゃん」
「それは僕が運転する前提だよ。広中君が運転してくれるのなら僕は安心して飲める。夕香、お前も飲め。アルバムの完成記念だ」
「かなり妥協の産物だったけどね」
「俺、どうしても『ロングロングアゴー』のサビ部分の伴奏が気に入らなかったけど、もうこれ以上議論しても結論は出ないから妥協した」
「たけちゃんも少しはおとなになったと思うよ」
それで猛獅は冷蔵庫からウィスキーを出してくると、グラス2つに注ぎ、広中のグラスにはサイダーを注いで3人で乾杯した。
少し飲んでから夕香はトイレに行きたくなったので、席を立つ。
便器に座って少しぼーっとしていたらマンションの外に救急車の来た音がした。
何だろう?と思う。今くらいの時期は、お年寄りとかで倒れる人も多い。気温の変化で体調を崩すし、お風呂に入る時のヒートショックなどもある。だからうちは脱衣場にハロゲンヒーターヒーターを置いている。
夕香は唐突に思った。
そうだ!左座浪さんにお礼のメッセージだけでもしとこ。
それで夕香はトイレで座ったまま左座浪にショートメールをしたのである。
「広中君に運転を依頼して下さってありがとうございます。私も安心して後部座席で休んで大阪に向かえます」
夕香がメールをしている間に、救急車はサイレンを鳴らして走り去った。
この日の猛獅はとても饒舌だった。
ワンティスデビュー以来の色々楽しい話が出てくる。相手が広中なので、猛獅は“龍子”のことも話す。彼はふたりの間に子供がいたとは知らなかったようで驚いていた。どうも子供のことは事務所内でも知っている人は少なかったようだ。妹の支香にも言ってないし、広中君が知らなくても普通かもね、と夕香は思った。猛獅が龍虎のことを女の子と思い込んでいるのは今更なので訂正しなかった。
しかし夕香も、まあ広中君が運転するのならいいかと思い、ウィスキーを口に付けた。あれ〜〜?ウィスキーってこんなに美味しかったっけ?と思う美味しさだった。これはファンからもらった極上のウィスキーだったし、夕香もここ数日の作業でかなり疲れていたのもあり、美味しく感じられたのだろう。
ふと気付くと、自分は911 Carrera の助手席に座っていて、車は高速で走っていた。あれ〜。私いつの間に車に乗ったんだっけ?と思ったが記憶が定かではない。
「なんか気持ちいいね」
と夕香が言うと、運転席の猛獅も
「やはり車は200km/h出さなきゃね」
などと言っている。
「確かに120-130km/hで走るのとは別世界だよね」
「この速度で走らせていると、感覚が変わる。人間の反射速度が極限まで上がる。僕は、歌手にならなかったら、カーレーサーになっていたかも」
「B級ライセンスは取ったね」
「A級取りに行きたいんだけど、事務所に反対されて行けなくて」
「事務所辞めたら取りにくいといいよ」
「そうしようかな」
夕香は200k/hで疾走するポルシェの助手席で、何か今までに無い感覚が込み上げてきた。バッグの中からレターペーパーと愛用の青いボールペンを取り出す。
猛獅の運転する車は、前方を走る多数の車を華麗に追い越して行く。よくこんなに瞬時に反応できるなと、あらためて感心した。
そしてこの高速疾走の特異な感覚を夕香は一心に詩に書き留めた。
「あれ?詩を書いたの?」
と猛獅が訊いた。
「うん。見てくれる?」
「どれどれ?」
と言って彪志はウィスキー片手に夕香の書いた詩を読んでいた。
「なんかこれ凄い。夕香の書いた詩の中でこれが最高傑作だと思う」
「そうかな?」
「これすぐにも上島に曲を付けてもらおう」
と言って、猛獅は夕香が詩を書いたレターペーパーの上方の空きに
《上島、いい詩を夕香が書いたから、曲を付けて欲しい。これを俺たちの置き土産にするよ》
と書き、上島のアパートにFAXした。
「でも俺も一眠りしてだいぶ疲れが取れた。もう一発やってから出発しようよ」
と猛獅は言った。
「そうだね。たけちゃんお酒飲んじゃったから私が運転するよ」
と夕香。
「頼む」
それで2人はキスしてベッドの中に抱き合ったまま倒れ込むようにした。
充分夕香を昂揚させてから、猛獅は入れてくる。男性がいちばん大事なものを無防備に女の身体に入れてくる瞬間。それは彼の全てを女に委ねる瞬間だ。ここで女は彼の大事なものの運命を握っている。ちょん切っちゃったら、彼は永遠に私のもの。実際男の子を食べちゃってる瞬間である。夕香は猛獅の全てを支配し、彼が夕香に快感を与えてくれることに満足していた。
やがて猛獅は逝ってしまう。無数の生命の素が自分の身体の中に注入されたのを感じた。彼は脱力して全体重をこちらの身体に乗せてしまう。
男の子ってこのために全てのエネルギーを使い果たすんだもんね〜。
だから今私は猛獅の全てを自分のものにしたんだ。
今夜は私妊娠したかも、と思った。
さて私も少し身体を休めてからシャワーを浴びて出発しよう。
と思った時、夕香は奇妙なことに気付いた。
あれ〜〜!?さっき私、猛獅と一緒に車に乗ってなかった???
だから私、車の助手席で詩を書いたじゃん。
更に奇妙なことに気付く。
確か広中君が来て、運転は僕がやりますと言うから、猛獅は安心してお酒を飲んだ。彼がいるならと思い、私までついお酒を飲んでしまった。
広中君はどこに行ったの???
そして夕香は更に重大な事実に気付いた。
広中君は10月に亡くなったじゃん。だったらうちを訪ねて来たのは誰???
しかし夕香はそれ以上思考することができなかった。
激しい衝撃音があり、浮遊感があった後、何か硬いものに身体が叩き付けられた。激しい痛みが全身に走る。
そして、すぐに全てが無に帰した。
2003.12.27 4:51であった。
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女子中学生のバックショット(8)