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■夏の日の想い出・少女の秘密(18)
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目次 8
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集合時間の結構ギリギリになって、学生服を着た男の子が1人やってきて1組の所に並ぶ。周囲がブレザーにスカートの女子高生ばかりなので、何だか居心地が悪そうな顔をしていた。龍虎は彼に近づいて行った。
「ごきげんよう。田代龍虎です」
「あっと、ごきげんよう。僕、武野昭徳(たけの・あきのり)です。男子は僕だけなのかなあ。3人合格したと聞いていたんだけど」
「取り敢えず私と武野さんだけのようですね。もう1人は辞退でもしたのか、あるいは今日は何かでお休みなのか」
「・・・・」
「どうかしました?」
「えっと、田代さん、女子ですよね?」
「私、男子ですけど」
「うっそー!?」
と武野君が言うので、近くに居た彩佳が吹き出している。
「え、だって今、リュウコちゃんと言いませんでした?女の子名前なのに」
「私の名前は空を飛ぶ龍に、吼える虎なんですよ」
「ああ、そういう名前。でも女子制服着てるのに」
「これ、上だけ女子のブレザー着て、下は同色のズボン穿いてみました」
「なるほどー!そうやってアレンジしたのか。でもブレザーは女の子仕様の左前にボタン付いているのに」
「ああ、私そういうの全然気にしません。まあ気になるならボタンの付き方はちょっと御裁縫すれば改造できますけどね」
「そういう手もあるか。でも田代さん、声が女の子」
「私、声変わりが遅れているんですよね〜。小さい頃大病をしたので、その影響だと思うんですけど。背も低いし」
「だよね。なんか普通の女の子の背丈と思っちゃった」
「156cmなんですよね〜。それも小さい頃の大病のせいだと思うんですけど」
「まあ、龍はふつうに女の子の中に埋没しちゃうよね」
と彩佳が言った。
この日はあらためて学校の教育方針、進路指導、コース分けなどについて説明があった。また芸術科に男子が入ることになったことも説明された。
「代表で、そこの学生服を着た男子生徒さん、挨拶する?」
と校長先生が言うと、武野君は一瞬周囲を見回してから立ち上がり、
「あ、すみません。武野昭徳です。私、男ですけど、人畜無害ですので、よろしくお願いします」
などと挨拶していた。
校長先生が
「今日来てる男子は彼だけみたいですね」
などと言うので、また彩佳が吹き出していた。瑞穂も「うーん」という感じの顔をしている。
先生や理事長さん、生徒会長などのお話・挨拶があった後、教科書その他の販売が行われる。龍虎はトイレに行きたくなったので、母に一声掛けてから体育館のフロアを出る。
トイレはどこかな?とキョロキョロしていたら、シスター服の(たぶん)先生に
「どうかしました?」
と声を掛けられる。
「あ、すみません。お手洗いはどこかなと思って」
「そちらの角を曲がった先よ」
「ありがとうございます」
それで龍虎は言われた側の角を曲がる。明るいオレンジ色の洗面台が並んでいて、その向かい側にドアがあり、列が出来ている。龍虎は何も考えずにその列の後ろに並んだ。最後尾に居た長身の子が声を掛ける。
「あ、龍虎ちゃん」
「あ、成美ちゃんだったね」
それでふたりはしばらくおしゃべりしていた。成美ちゃんはヴァイオリンが得意ということで、中学時代には国内の大きな大会に入賞したこともあるらしい。
「すごいなあ。私なんか中学1年の時にやっとスズキ・メソードのモーツァルトのコンチェルトを卒業したのに」
と龍虎は言う。
「いや、スズキメソードをそこまで上がってきた人は充分優秀だと思う。お仕事始めてなかったら、メンコンまで卒業していたのでは?」
「かもね〜。でも今の生活が気に入っているから」
と龍虎は言う。
「でも成美ちゃん背が高いから指も長いでしょう?」
「比べてみようか?」
と彼女が言うので龍虎と手を合わせてみる。龍虎の中指は彼女の第1関節の所までしかない。
「すっごーい。羨ましい」
「龍虎ちゃんも、その内もっと背が伸びたら指も長くなるよ」
と彼女は言うが
「たぶん、私もうこれ以上背は伸びないと思う」
と龍虎は言った。
「ふーん」
と彼女は考えるように声を出した。
おしゃべりしている内に、列はドアの中まで進む。トイレの中は個室が両側に3つずつ並んでいるが、右手最奥はどうも用具室のようである。つまり個室は5つあるが、こういう時はどうしても混んでしまう。
やがてドアが2つ同時に開いて、成美と龍虎は手を振って個室の中に入った。トイレはウォシュレット・音姫付きで、みんな鳴らしているので龍虎も音姫を鳴らしてから用を達した。
体育館に戻ると、既に母が教科書は買ってくれていた。
「お母ちゃん、それ重いでしょ?ぼくのリュックに入れるよ」
と言って持参のリュックに入れたものの、ずっしりとした重さが肩に掛かる。これきっつーい。早く帰りたいと思った。
家庭科の教材、電子辞書、学校指定の体操服やコート、通学用靴、通学用鞄などが販売されている。家庭科の道具などは中学の時に使っていたのが使える人は新たに買わなくても良いということであった。
龍虎は実際、裁縫セットは中学の時のを使うことにし、電子辞書は持っていなかったので買い、体操服の冬用・夏用セット、通学用のローファー、学校指定のハーフコート、通学用のカバンとサブバッグ(どちらも校名のイニシャル入り)、柄の所に校章の入った傘を買った。体操服はその場でメジャーで身体の寸法を測ってから、袋に詰めてくれた。
「その教科書重いでしょ?車に持っていくよ」
と言って母が教科書の入ったリュックと、傘に電子辞書を持って行ってくれた。
確かに教科書は重かったので助かったと思う。体操服、靴、コート、鞄とサブバッグを持って立っていたら、武野君から声を掛けられる。
「もう全部買った?」
と武野君。
「うん」
と龍虎。
「僕はトイレ行ってたんだけど、トイレが遠くて遠くて。その間にお母ちゃんにあらかた買ってもらった」
と武野君。
「大変だったね」
と言いながら、トイレが遠いって、体育館のトイレに気付かなかったのかな、などと龍虎は思う。
「あ、田代君、靴も買ったんだ?」
「うん。中学ではスニーカーだったけど、高校生はローファーかなあと思って」
「僕も見てみたけど、合うサイズが無かった」
「あ、そうだよね。武野君サイズはいくつ?」
「28cm」
「大きいね!」
と龍虎が言うが、寄ってきた瑞穂が
「だって武野君、背が高いもん。身長いくら?」
と訊く。
「176cmですよ」
「すごーい。背が高い」
「田代君は足のサイズは?」
と武野君が訊く。
「22.5cmだよ」
「ああ。それだったらサイズ合うよね」
「うん。今日置いてあるのは21cmから24cmまでと言っていた」
そして武野君は龍虎の持っている紙袋にも注目する。
「あれ?体操服セットも買ったの?」
と武野君が訊く。
「うん。制服採寸会の時に買った人もあったみたいだけど」
「ふーん。。。どっちみち僕はサイズが合わないし」
「ああ、そうだよね!」
そこに彩佳と桐絵も来る。
「ああ、龍、コートも買ったのね」
「うん。だってこのコート可愛いんだもん」
「可愛いよね〜。龍は可愛いもの好きだし」
「好き〜」
「可愛すぎてとても僕には着られない」
と武野君が言っている。
「普通の男の子はイオンとかユニクロとかで男子用コートを買った方がいいと思う」
と桐絵。
「え?ぼくもふつうの男の子だけど」
と龍虎は言うが
「いや、絶対ふつうではない」
と彩佳が断言する。桐絵も呆れたような顔で頷いている。
「だいたい体操服セットを買っているし」
「え?何か問題あった?」
「うーん・・・龍は無自覚なのか、無自覚の振りしているかさっぱり分からん」
と彩佳は言った。
3月20日は『時のどこかで』の最終回であった。
場面は夏休みが終わって2学期が始まった学校であるが、そこにセーラー服を着た、木田いなほが入って来て、担任の先生が「転校生を紹介する」と言うので、和夫が「え〜〜〜!?」と声をあげる。
「何だ芳山、知っているのか?」
「いや、たぶん。別人かなあ。よく知っている人に似ていたので」
「まあ世の中には似た人間が3人は居るというからな」
と先生は言っている。
「そういう訳で、曽郷仁奈(そごう・にな)君だ、仲良くしてやってくれ」
と先生は言う。
結局、仁奈は和夫の横の席に着席する。
「和ちゃん、よろしく」
と彼女が小声で言うので
「やっぱりニナなの?」
と和夫も小声で言う。
「お兄ちゃんがハマっちゃった平成の時代で女子中生してみようかなあと思ってね」
「結婚は?」
「結婚したよ。でも日中は暇だし」
「それにあと半年もしたら卒業して高校進学だけど」
「うん。受験勉強して女子高生になる」
「それもいいかもね」
「和ちゃんも女子高生になるんでしょ?」
「僕は男子高校生になるよぉ」
この会話についてはネットでも反応が凄かった。
「やはりアクアは女子高生になるのでは?」
「確かにアクアは女子高生でもいい気がするなあ」
「アクア様の女子高生服姿見たーい」
と、この手の書き込みが大量にあふれる。
「アクアって結局どこの高校に行くんだっけ?」
「D高校の学校説明会で見たという書き込みはあった」
「ああ、やはりD高校に行くのか」
「あそこ芸能人多いもんなあ」
「A駅近くで学生服着て両親と一緒に歩いているのを見たという書き込みもあった」
「A駅って何があったっけ?」
「都立A高校、都立K高校、私立S学園、私立C学園」
「都立は無いだろ」
「C学園は女子高だからあり得ん」
「だったらS学園に行くのか?」
「あそこ芸能人とかいたっけ?」
「聞いたこと無い。サッカーは強いけど」
「でも校則は緩めじゃない?」
「だったら芸能活動と両立できるかもね」
「何かコネとかあったのなら、あり得るかもね」
最終回はどこにも時間の跳躍はせず、ひたすら学校生活が描かれた。一彦(ケン)が遅刻してきて、仁奈がいるのを見てびっくりして
「お前、なんでここにいるの〜?」
などと言っていた。
また相変わらず、和夫はトイレで個室しか使っていないので、やはりあいつ、***無いのでは?という噂が立つ。
和夫の下駄箱に可愛い字で「お話ししたいことがあります」というメッセージが書かれた紙が入っているので、和夫が指定された校舎の裏のヒトツバタゴ(俗称なんじゃもんじゃ)の木の所に行ってみると、いたのは神谷真理子である。
「なんだ。マリちゃんか。話があるなら、こんな面倒なことしなくても、ふつうに声掛ければいいのに」
と和夫が言う。
「和ちゃん、深町君(ケン)のこと好きじゃないんだっけ?」
と真理子は訊く。
「ぼくは男だよ〜。男を好きになるわけないじゃん」
と和夫。
「深町君はあきらかに和ちゃんを狙っている」
「何度か結婚しないかと言われたけど、ぼくは男の子には興味無いからと言った。女の子に性転換して結婚しないかとも言われたけど、ぼくは女の子にはなりたくないと言った」
「和ちゃんが深町君に興味無いなら、私が狙ってもいい?」
「いいけど、分かってるよね? ぼくたちと深町や曽郷とは生きてる時代が違う」
「それは構わない。必要なら彼と一緒に未来で暮らしてもいい」
「マリちゃんがそれでいいなら、ぼくはそれを応援するよ」
「ありがとう。でも、深町君が和ちゃんのこと諦めたら、浅倉君が和ちゃんを狙うかもね」
「なんで〜? 勘弁してよぉ」
「これ引いてみて」
と言って、神谷はポーチからタロットカードを取り出した。
和夫が1枚引く。
「女帝。やはり和ちゃん、いづれ女の子になると思う」
「嘘!?」
画面にはマルセイユ版タロットの女帝が映っている。
「だって、和ちゃん、既に***は取っちゃってるんでしょ?」
「取ってないよぉ」
「だって男子たちが言っていたよ。和ちゃん、トイレでいつも個室に入っているって。それはつまり***が無いから」
「えっと・・・」
場面が変わり、吾朗が背広を着ている。
「じゃちょっと、今日は醤油組合の会合に行ってくるから、留守を頼む」
と奥に向かって言うと、スカートを穿き、前掛けを掛けたロングヘアの和夫が出てくる。
この瞬間、ネットには「きゃー!」という悲鳴のような書き込みがあふれる。
「うん。あなた行ってらっしゃい。気をつけてね」
と和夫が笑顔で言って手を振る。
それで吾朗も手を振って出かけて行った。
そこにOL風の服を着た真理子と仁奈が入ってくる。
「和子ちゃーん、居る〜?」
「マリちゃん、ニナちゃん、おはよう」
と和夫(和子?)が笑顔で言う。
「『続・時のどこかで』の映画が今日封切りでしょ?一緒に見に行かない?」
「ごめーん。今日はお昼過ぎまで、吾朗が会議で出ているのよ。あの人が帰ってきてからなら動けるけど」
「あ、だったら午前中、お店番手伝ってあげるよ」
「サンキュー」
それで3人は店先でおしゃべりを始めた。
「でも和子ちゃんが女の子になったんで、私たちすっかり仲良しになっちゃったね」
などと仁奈が言っている。
「女の子になる前から仲良かった気もするけどね」
「元々けっこう女の子っぽかったね」
「でも、仁奈、あんたずっとこちらに居るけど、旦那はほっといていいの?」
「平気平気。女房元気で留守が良いと言うんだよ」
「そんな言葉は初めて聞いた」
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