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■夏の日の想い出・少女の秘密(7)
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ミッションスクールなので、説明に立ったシスター服の先生の「ごきげんよう」という挨拶で始まる。参加者も「ごきげんよう」と返す。
そして始まった説明を龍虎は聞いていて「あ、この学校わりといい感じ」と思う。ミッションスクールということで、来ている先生たちの半数くらいがシスター服や、似た感じの服だが、ふつうの服の人もいる。最初にうちはカトリックの教義に沿ってカリキュラムを組んでいるが、入信の必要は無いし、ミサへの参加も任意なので、欠席しても構わないという説明があった(信者でなくてもミサに参加できるが聖体拝領は信者の生徒のみ)。実際現在の在校生でクリスチャンは2-3%程度だという。
結構な進学校のようで、国立や私立医学部を目指すS(特進)コースと、私立や短大を目指すA(進学)コースに分かれると説明される。それ以外にG(芸術)コースもあるが、これは一般募集は行わず推薦選考のみで、特に優れた音楽的技能を持つ生徒に限って入れていると説明された。
スマホか何かで動画撮影しPremiereでつないだ説明用ムービーがプロジェクターで投影される。
登下校の生徒の様子、授業風景などが映された後、図書館・視聴覚室・音楽室・語学学習室・コンピュータ室・理科室・調理室・3つの体育館・温水プール・研修施設・お御堂などといった校内設備が実際に映像付きで説明される。文化祭・体育祭など学校行事の様子、クラブ活動の紹介などもある。大会に参加した時の様子、取った楯や賞状なども映る。ここは文化部ではコーラス部と吹奏楽部、体育部ではバレー・バスケット・水泳が強いらしい。ミッションスクールなのに《狛犬愛好会》などというのがあるのを紹介されたのにはアクアもびっくりした。
また進学先について、昨年度の進学実績、今年度の志望校の一覧などが映され、東大文三に合格した女子生徒のメッセージも入っていた。東大ってすごーい!と龍虎は思いながら見ていた。現時点で龍虎は大学に行くつもりはない。もし高校卒業時点でも芸能のお仕事をしていたら大学には行かずに、お仕事に専念するつもりでいる。
制服についてはビデオではなく、リアルに女子の在校生が夏服・冬服・コートに体操服を着て紹介してくれたが、可愛い!と思ってしまった。男子制服はどんなのだろうと思ったが、今日は紹介は無いようであった。
ビデオが終わった後、若干補足的な内容がPowerPointを使って説明された。多少の質疑応答が行われる。SコースとAコースの途中での移籍のこと、またバイトについての質問があった。
ひととおり説明会が終わった後で、もっと詳しい話を聞きたい方は、この後、個別に説明して質疑応答も受けますと言われる。それで龍虎はそれに申し込んだ。会場に来ていたのは200人くらいであるが、50人くらいが個別説明を申し込んだようである。残った人たちを見ていると、半分くらいはお母さんが同伴しているものの、残りは1人だけか、友だちと一緒に来ていたようであった。それで龍虎も「今日はボク1人でもいいよね」などと思っていた。なお残っているのは自分以外は全員女子のようであった。
面談は会場内に設置された4つのブースで行われたが、龍虎は元々が実質予約無しで飛び込んで来ているので、面談は最後になった。名前を呼ばれて面談ブースに入る。面談してくれるのは40歳くらいかなあという感じの優しそうな女性でシスター服っぽいトゥニカ(チュニック)を着ているが、ウィンプル(頭巾)は付けていないし、十字架も付けていないので、修道女ではない先生なのであろう。
「よろしくお願いします。田代龍虎と申します」
「こんにちは。タシロ・リュウコちゃんね。私は山科亜津美(やましなあづみ)です。担当は国語です」
最初は学園生活のことや、カリキュラム、コース別のクラス分けなどのことを話す。それで龍虎は実はと言って本題に入る。
「私、実は芸能活動をしていて、そういう活動と学業を両立できる学校としてこちらの学校があるよと知り合いから聞きまして、それで興味を持ったのですが、実際問題としてお仕事が学校の授業や行事に重なった場合の扱いについてもしよろしかったら教えて頂けませんか?」
「あら、あなた芸能活動をしているの?」
「ええ。大して売れてませんけど」
「一応芸能活動も含めて、学校側が許可しているお仕事で休む場合は、できるだけ一週間程度前までに届けを出して欲しいのですが、緊急の場合は担任に電話してください。最近メールで済ませようとする人もありますが、メールでは許可を取ったことになりません。必ず電話で連絡して口頭でいいので許可をもらってください」
「はい。それはちゃんとやります」
「実際、どのくらいお仕事で時間が取られるの?」
「昨年は、映画の撮影とか、ライブの準備とかで結構休んだんですよ。年間20日くらい休んだと思います」
「あら、20日も休んだのなら、あなた結構売れているんじゃないの?」
「まあ拘束時間は長いんですけどね〜」
「でも20日くらいは大丈夫よ。うちは年間の授業日数が195日くらいだから、その3分の1の65日以上休んだら留年になるけど、20日くらいは大丈夫」
「良かった」
と言って龍虎は笑顔になる。
「微妙な日数になった場合は、10日程度なら補講をしてもいいしね」
「それは助かります」
「ただ試験で赤点取ったらどっちみち留年だから、休んだ分、自分でしっかり勉強しておかないといけないけどね」
「はい。それは頑張ります」
と龍虎は言った。
「でもあなた本名で活動しているの?タシロ・リュウコちゃんだっけ。アイドルグループか何かに入っているの?」
「あ、いえグループではなくてソロなんですよ。芸名はアクアというんですが」
その時、山科先生の顔が何とも形容しがたいものに変わった。
「あなた、アクアちゃん!?」
「はい」
「お正月に関東ドームで公演するアクアちゃん?」
「はい。1月4日と5日に関東ドームでライブする予定です」
「『時のどこかで』に出ているアクアちゃん?」
「はい。出させて頂いてます」
「ちょっと待って」
と言って、先生は席を立つと、60歳くらいの(本物の)シスター服を着た女性を連れてきた。説明会の冒頭で挨拶した先生である。教頭先生ということであった。ウィンプルをかぶり、十字架もつけている。
「あなた、あの超人気アイドルのアクアちゃん?」
と教頭先生から訊かれる。
「超人気というほどでは」
「いや、凄い人気だよ。あれだけ人気だったら、ほとんど学校に出られないのでは?」
「それが、私の父親代わりの人が、実は芸能界で結構な地位のある人で、その人が睨みを利かせて、原則として私の活動は土日のみ、どうしても必要な場合は週に2日までは放課後を使ってもよい、ということになっているんですよ。ホントにどうしても忙しい時は1日お休み頂いて仕事に出ることもありますが。そのお陰で、もしかしたら他のアイドルよりも学校を休む率は低いかもという気はします」
「父親代わり?」
「あ、いえ。話せば長くなるのですが、私、本当は里子なんですよ。ですから学籍簿上は田代龍虎になっていますが、戸籍上は長野龍虎と言って、ここだけの話ですが、実の父はワンティスの高岡猛獅。父親代わりというのは同じくワンティスの上島雷太と申しまして」
「うっそー!?」
それで龍虎は自分が高岡猛獅と長野夕香の間の子供であること。ふたりが交通事故で死んでしまったので、親権者(未成年後見人)は母の妹・長野支香になっていること。親権者の支香が歌手活動で多忙であったことから、知人の田代夫妻の里子になり、小学1年生の時から、ずっと田代夫妻の子供として育てられてきたことを語った。
「でも私、親の七光りとかでちやほやされたくなかったので、両親のことや上島さんとの関係は私が20歳になるまでは公開しないということにしてもらったんです」
と龍虎は言う。
「それはしっかりした考えだと思うよ」
と教頭先生は言った。
龍虎は生徒手帳のダイアリーの所を見せて、実際にどんな感じで仕事が入っているかを先生たちに見てもらった。
「ほんとに平日はできるだけ予定を入れないようにしているのね」
「はい。その代わり、土日は早朝から深夜までとかになったりするので宿題は移動中の車の中でしたりしています」
「偉い、偉い。それなら学校の勉強との両立もできるかもね」
時間が掛かりそうというので会場の撤収もしなければということで別室に移動し、龍虎は山科先生と教頭先生の2人で1時間以上、龍虎本人の生まれと里子になった経緯に関する詳しい話、幼い頃の大病のこと、また芸能活動の様子などについて話した。それで結構良い雰囲気になってきた所で、教頭先生がおもむろに訊いた。
「ところでうちは女子校なのですが、うちを志望なさるということは、やはり田代さん、一部で噂されているように実は女の子なのですか?あるいは性転換して女の子になったんですか?」
「え?私は男の子ですが。性転換もしてません。でもD高校さんって、女子高だったんでしたっけ?」
と龍虎は答えた。
この反応に、ふたりの先生は当惑したような顔をして言った。
「えっと。うちはD高校ではなくて、C学園ですが」
「え〜〜〜〜!?」
それでやっと龍虎はそもそも違う学校の説明会に来てしまっていたことに気付いたのであった。
山科先生が調べてくれたら、D高校の説明会は今日、品川のマリンプラザで行われていたことが分かった。ついでに龍虎が来てしまった渋谷のメロンホールでは明日、J高校の学校説明会があることも分かる。
「ごめんなさい。両方がごっちゃになってしまったみたいで」
と龍虎は先生たちに謝った。
それで龍虎は自分は確かに男なので、女子校には入れないですよね、と言って退席しようとしたのだが、教頭先生が呼び止めた。
「でも田代さん、声がまるで女の子の声みたい」
「ええ。だから私も言われるまで女の子ではないなんて、思いもしなかったんですよ」
と山科先生も言う。
「私、声変わりが遅れているんですよ。でもハイドンとかは18歳くらいで声変わりが来たとかいうし、遅い人もいるよ、と言われています」
と龍虎は答える。
「ああ。そもそも昔は全体的に今より声変わりの時期は遅かったみたいね」
「栄養事情もあるんでしょうけどね」
「その辺りは、さっきも話しましたように小さい頃に大きな病気をした後遺症もあると思うんですが、全体的に身体の発達が遅れているんですよ。身長も156cmだし」
「そうそう。身長もふつうの女子の身長なのよね。それで男の子だなんて、気付かなかった。体重は?」
「36kgです」
「痩せすぎの気もする」
と山科先生。
「けっこう食べているんですけど、身長も体重も増えないんですよ」
と龍虎。
「それ仕事が忙しすぎるのもあるのでは?」
「かも知れません」
「名前もリュウコちゃんと聞いたからてっきり女の子名前かと」
「私のリュウコは空を飛ぶ龍に、吼える虎なんですよ」
「ああ、その龍虎だったのか!」
「ところで、あなたの歌とか、テレビやCDで聞くと、凄く上手いんだけど、あれは生歌唱?」
と教頭先生が訊く。
「ええ。うちの社長(秋風コスモス)は、どんなに体調が悪い時でも口パクはしてはいけないと言っています。歌手としての誇りが少しでもあるなら、どんな時でも必死で歌えと言います」
「それは素晴らしい。ちょっと生で何か歌ってみてもらえないかな?」
「いいですよ」
と言って、龍虎は宇多田ヒカルの『Automatic』をアカペラで歌った。音域がF3-E5の2オクターブあるなかなかの難曲だが、龍虎はこれを楽々と歌った。
先生たちが凄い拍手をしてくれる。
「あんた、マジで上手い!」
「歌手になれるよ、と言おうとして、既に歌手だったことを思い出した」
などと言っている。
「あなた、それだけ歌えるなら、うちの芸術コースに入らない?」
「え? それ去勢してね、とかいう話じゃないですよね?」
「カストラートなんて150年も前に無くなっているよ」
と山科先生。
「うちは女子校だけど、芸術コースだけは来年度から男子も取ることになったのよ」
と教頭先生。
「そうなんですか!?」
「芸術コースは中学からの生徒10人と高校からの生徒5人という定員だったんだけど、来年度から高校からの生徒枠を10人に増やすことになって。それに合わせて、その増やした分の半分までは男子を受け入れてもいいということにしたんです」
「知らなかった!」
「ええ。ホームページとかにも掲示していません。来期は創立70周年の節目の年なので、それに合わせてということでの計画なのですが、ずっと女子校としてやってきていたのに、男子生徒を入れるというのにはOGからも凄い反発が来ることが予想されまして」
「なんか大変ですね〜」
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