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■夏の日の想い出・少女の秘密(3)

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私はローズ+リリーの『やまと』の制作が落ち着いた所で、ずっと和泉たちを待たせていたKARIONの次期アルバムとシングルの制作に本格的に取りかかった。KARIONのシングルは6月に『ぼくの自転車』を出して以来止まっていたので、まずはそちらの作業を先行させる。
 
こちらは数年前に書いたまま、発表の機会を逸していた『エーゲ海の夕日』という美しい曲をタイトル曲にしようと和泉とは話し合っていた。カップリング曲としては、葵照子と醍醐春海に書いてもらった『青い滝の想い出』、そして広田純子・花畑恵三ペアに書いてもらった『ガラスの階段』を使って3曲構成である。6月の『ぼくの自転車』はシングルと称して事実上ミニアルバムだったので、普通のシングルは2015年7月の『魔法の鏡』以来になる。
 
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これらの3曲は1月中旬にKARIONとトラベリングベルズ、それに穂津美まで入り、集中して渋谷のKスタジオで楽曲を演奏しながら調整。菊水さんの手で音源がまとめられた。政子は演奏には参加しないものの、放っておくと怖いので、できるだけ毎回私が同行して調整室に座らせておいた。運転の練習にと佐良さんと一緒に出かけた日、そして「ちょっと会いたい人がいるから」と言って出かけた日だけが別行動になった。会いたい人というのはおそらく、大林亮平君なんだろうなと私は想像した。
 

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この時期、若葉はもうかなりお腹が大きくなっていた。予定日は3月11日で、その日に“ムーラン”をオープンさせる予定である。
 
若葉のお腹の中に居る子は人工授精で作った子だが、その精子提供者は紺野君といって、実は和実の高校の同窓生で、彼女の元思い人である。但しずっと和実の片思いで、交際したことはないと和実は言っていた。紺野君は実は恋人(というより事実上の婚約者)を2011年3月11日に震災の津波で失っている。若葉は紺野君との間に子供を作ろうということを決めた時、その子を3月11日に産めるように自分の生理周期をわざわざ調整してその38週前に人工授精を行ったのである。
 
「もしかして若葉、彼氏の恋人を若葉が産み直すつもり?」
と私は若葉に尋ねた。
 
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「まさか。そんなことしたら、さすがの私でもその娘に嫉妬すると思う」
と若葉は言った。
 
「だから精液を遠心分離器に掛けて、軽い精子だけを選んで投入した」
と若葉は言う。
 
私は一瞬考えた。
 
「つまり男の子を産みたいんだ?」
 
X精子とY精子ではX精子の方が重いので遠心分離器に掛けると両者を分離して生まれる子供の性別を調整することができる。ただし確率は100%ではない。
 
「要するに性転換かな」
「えーっと・・・」
「前回は女の子だったから、今度は男の子にしたい。次はまた女の子がいいかな」
「若葉まだ子供産むつもり?」
「子供3人の家庭というのが、私の理想なのよね〜」
「でも結婚しないんでしょ?」
「私が結婚生活なんてできるわけない」
 
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「まあ、そんな気はするね」
 
「紺野君との仲は順調?」
「ううん。別れたよ」
「なんで〜〜!?」
「だって私が男の子と長期間つきあえるわけない」
「うーん・・・・。認知は?」
「冬葉(かずは)同様、認知はしない。吉博は認知したいと言ったけど、心の中で自分の息子だと思っていてくれればいい。認知はしないでと言った」
 
「認知してもらえばいいのに」
「ただ出産の時はできたら立ち会いたいって。あと出生届けも自分が出してきたいと言ってるから、それくらいはいいよと言っている」
「へー」
 
出生届を出した人の名前は戸籍に記載される。実は若葉の第1子冬葉の出生届も遺伝子上の父である野村君が出している。若葉は認知は拒絶しておいて子供たちに自分の父親の名前自体は残してあげるつもりなのだろう。
 
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若葉は運転手の西島さんを呼び出すと、私と一緒にムーランの“営業予定地のひとつ”に連れて行ってくれた。
 
「きれいにできたね〜」
と言いながら私たちは中に入った。
 
「まだ営業してないから、誰もいないけど、スタッフの練習用に若干の食材は置いているのよ。私が作ってあげるね」
と言って若葉は冷凍庫から材料を取り出すと、鍋に水を汲み、ボイルし始めた。
 
「だけど面白いこと考えたもんだよね」
「まあ冬とおしゃべりしていて思いついたんだけどね」
 
このレストランのコンセプトについて若葉と私が雑談していた時、若葉は場所を決めるのが面倒くさいから、どこか空き地に建てといて、開店当日にトレーラーで運んでいって、ポンと置こうかな、などと言った。
 
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そういう訳でムーランというのは、実はトレーラー・レストランなのである。
 

若葉はムーラン用に都内に3つの“空き地”を確保した。そしてトレーラーハウスを3つ購入して、内部に3種類のインテリアを設定した。若葉曰く、“フランス風”、“中国風”、“日本風”である。
 
フランス風は実際にフランスから取り寄せた家具を配置し、窓なども洋風の物を使用している。中国風は中華系のコックとして採用した中国人の料理人さん(国籍は台湾だが日本生まれ)に監修してもらって、いかにも中華料理屋さんという雰囲気を出している。日本風は若葉自身の好みで調度を選択し、昭和40年代くらいの日本の山の手のお金持ちの家っぽい雰囲気を出している。このお店は畳敷きで靴を脱いであがって食事をする方式にしている。料理はちゃぶ台のような円卓に配膳する。
 
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この3つのトレーラーショップの内装に掛けた費用はそれだけで1億円近い。テーブルや椅子もかなり良いものを使っている。また食器もフランス風の店はフランス製の食器、中国風の店は台湾産の食器、日本風については有田焼を使用している。スタッフの制服も、フランス風、中国風、日本風を設定した。
 
そして・・・この3つのトレーラーが日替わりで3つの空き地を移動するのである!
 
《ムーラン移動予定表》 
 日月火水木金土 
A和*中洋和中洋 
B中洋和中洋和* 
C*中洋和中洋和 
 
例えば中華のトレーラーショップは日曜はB、月曜はC、火曜はA、水曜はB、木曜はC、金曜はAと移動して、土曜日はお休みである。
 
なお各々の空き地には、10-20分程度で接続可能なデッキ、電気・水道・ガスの設備が用意されており、食材をストックできる“倉庫”や水洗式のトイレなどが建っている。このトイレが実はかなりゴージャスである。
 
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3つのトレーラーショップが日替わりで別の場所で営業し、週に1回はお休みとなるが、そのお休みになったトレーラーショップでは「第4班」のスタッフが軽食メニューを提供する。つまり、ムーランが巡回する場所の近くに居る人から見ると、日替わりで別のお店が営業しているが年中無休で何かのお店はやっているように見える。第4班は土日月の3日間だけの勤務である。
 
料理スタッフについては、和洋中の各々専任で確実に週に1回は休める。しかしフロア係については“専任採用”の人、“場所採用”の人、“共通採用”の人があり、専任採用の人は和洋中および軽食のどれかだけに専任。場所採用の人はどのお店が来ていようと毎回同じ場所に行けば良い。そして共通採用の人は、どのショップに行くかを原則として3日前までにメールで知らせる仕組みにしている。(このシステムは和実が勤めていたエヴォンが運用しているメイドさん出勤場所指示システムを流用させてもらって淳が調整した)
 
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なお第4班には“料理スタッフ”はおらず、予め素材が用意されているものをファミレス方式でスタッフが簡単な調理をするだけで提供するようになっている。メニューもハンバーガー、フライドチキン、スパゲティ、ラーメンなど簡易なものであるが、お昼時にはけっこうそれが需要があるのではと私たちは話し合っていた。
 
なお、このお店はやたらと費用を掛けて作っているし、都内にビルではなくわざわざ空き地の形で場所を確保しているものの、メニューの価格自体は(和実や千里などの感覚で)かなりリーズナブルになる予定である。当然採算は全く取れないと思われるが若葉は全く気にしない。
 
「私の道楽だから赤字は全部私が個人的に補填する」
などと言っている。
 
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いったいどういう貸借対照表・損益計算書になるのか、話を聞いた会計士さんが悩んでいたようである。
 

やがて若葉の「調理」が終わり、若葉と私と、車内で休んでいた西島さんも呼んで一緒にスパゲティ・カルボナーラとハンバーグのセットを頂く。
 
「これ凄く美味しい」
と私は言った。
 
「この食材自体は、餅は餅屋と思って、ファミレスチェーンのブルーフィンに委託して作ってもらっているけど、最高級の素材を使うことを要求しているから」
 
「うん。ブルーフィンのよりずっと美味しい」
 
「ブルーフィンのお店でもこれをスペシャルメニューとして出せないかという打診があったんだけど、こちらで出すお値段聞いて絶句してやめたみたい。このハンバーグも最初はライスとサラダのセットで580円にするつもりだったんだけど、その値段で出されるうちが困ると言われたから妥協して680円にした」
などと若葉は言っている。
 
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「この味のハンバーグは1500円で出してもいいと思う」
と私が言うと、西島さんも頷いている。
 
西島さんはもう山吹家に30年近く務めている。家庭内に他人を入れることを嫌って家政婦や執事などを置いていない山吹家に、雇われている数少ない使用人のひとりであり、若葉にとってはお父さん感覚に近い人なので、控えめながら感想を表明しているようである。
 
「でもランチで1500円は出せないでしょ?」
と若葉は言う。
 
「まあ庶民はそうだね」
と私。
 
「680円でも高いと思うんだけどね」
「若葉にしては意外に庶民感覚の発言だ」
 
「それにこれ材料費は300円くらいしか、かかってないんだよ」
「通常は材料費は販売価格の1割くらいに抑えないと採算取れないんだけどね」
「うん。採算取ることは最初から考えてないから」
 
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1月23日(月)放送の『時のどこかで』は、最初に今日取り上げる事件の背景がセーラー服姿!のアクアによって説明された。この「アクア様がセーラー服を着てる!」というツイートで、視聴率が跳ね上がった。
 
「時は鎌倉時代の後半、元寇が起きる少し前くらいの時期です。後嵯峨天皇には久仁親王、恒仁親王という2人の皇子がおりました。天皇は最初当時4歳だった久仁親王こと後深草天皇に譲位しますが、この天皇が20歳になると、当時12歳の弟・恒仁親王こと亀山天皇に譲位させます。そしてこの後、後深草天皇の子孫である持明院統と、亀山天皇の子孫である大覚寺統の皇子が交互に皇位につくということが行われるようになり、これが後に南北朝の起源となったのです」
 
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とアクアはまず大きな流れをこの付近の天皇の系図付きで解説する。
 
    後嵯峨天皇 
      ┃ 
 ┏━━━━╋━━━━━┓ 
宗尊親王 後深草天皇 亀山天皇 
(鎌倉6代 ┃     ┃ 
 ┃将軍)伏見天皇 後宇多天皇 
惟康親王(持明院統)(大覚寺統) 
     後の北朝  後の南朝 
 
「時はその兄の後深草天皇の皇子である伏見天皇の時代。正応3年3月9日。西暦では1290年になります。元寇は文永の役が“ひとり船酔い”1274年、弘安の役が“敗走”1281年で、ちょうど元寇が終わった直後の頃のことです。この夜、天皇のお住まいに、数名の武士が突然乱入してきました。乱入した男は、近くに居た女嬬(めのわらわ)を捕まえると、天皇はどこにいるかと訊きました。それで、この女嬬が機転を利かせて嘘を教えたので、武士たちがそちらに行った隙に彼女は急を報せ、天皇は三種神器(さんしゅのじんぎ)と、皇室の宝である琵琶の玄象・和琴(わごん)の鈴鹿を持ち、女装で御所を脱出。難を逃れたのです。乱入した武士たちは天皇を発見できずに自害したため、事件の真相はうやむやになりましたが、亀山上皇の手の者が起こした事件ではと、随分噂されました」
 
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