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■春約(16)
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それで市役所方面に向かっていたら途中の路上でバッタリと妹の理歌に会う。
「兄貴何してんの?」
「出生届を出しに来た。理歌は?」
「セミナーで来ていたんだよ。この近くの**会館。そうだ。出産の手伝いとか行かなくてごめんね」
「いや問題無い。凄く安産だったし。美映は身体も丈夫だから、全然心配無かったし。やはりスポーツウーマンだからかなあ。本人も自分が妊娠していること忘れちゃうなんて言ってたくらいで」
美映は一応趣味のバスケットクラブに所属しているが、妊娠で休部中である。
「阿倍子さんはヒヤヒヤしたね」
「うん。あいつはほんとに身体が弱かったから」
それでしばらく立ち話していたのだが、貴司のスマホが鳴る。会社からである。
「はい。え?もうこちらに来てるんですか?。分かりました。すぐ行きます」
電話を切った所で理歌が訊く。
「お仕事?」
「うん。お客さんが予定より1時間早く着いて、今千里中央駅で乗る電車が分からないと言っているらしい」
「千里中央駅で迷うんだ!?」
「伊丹からきたから。もしかして北急線の乗り場自体が分からないのかも。この出生届出したらすぐ行かなきゃ」
「出生届なら、私が出しておこうか?」
「そう?」
「お客さん待たせちゃいけないよ。私は出生届を出した後、母子手帳を届けがてら、美映さんのお見舞いに行っておくよ」
「じゃ・・・頼もうかな」
「うん。お仕事行っといでよ」
「すまん。じゃ頼む」
と言って貴司は駆けだして行った。
その後ろ姿を見送ってから“理歌”は、コンビニに寄りホットコーヒーを買った。そこのイートインコーナーで出生届を開き、今買ったホットコーヒーを出生届・出生証明書の2ヶ所に当てる。するとコーヒーのカップが当たった部分が消えてしまうので、普通のボールペンで書き直す。母子手帳の方もやはり消してしまった。
それからコーヒーを飲み干すと市役所に行き出生届を提出した。
その後で“理歌”はスタンプを押してもらった母子手帳を持って病院を訪れ、美映を見舞い、お土産の《白い恋人》を渡した。美映は貴司の家族から接触されたのは初めてだったので(*4)
「わーい、理歌さん?仲良くしましょう。よろしくねー」
と笑顔で言って“理歌”と握手をした。
“理歌”は“ボールペン”を回収して病院を出た。
(*4)美映と貴司は、美映がそういうのが好きでないこともあり結婚式は挙げていないし「結婚しました」ハガキなども出していない。むろん挨拶回りもしていないし、双方の親にも会いに行っていない!
それで美映の母は、彼女が結婚したこと自体を知らなかった。
美映の感覚としては、“結婚や出産程度のこと”をいちいち親に言う必要もないと考えており、美映の母が緩菜の存在を知ったのは、美映が日倉孝史と結婚し、長女来夢を産んだ2021年10月である!
(日倉孝史の両親が美映の両親の所に挨拶に行ったので親に知られ、盛大な?結婚式を挙げる羽目になった)
来夢を出産した直後
「出産って1度目より2度目の方が辛いのかなぁ(*5)」
と美映が言ったのに対して
「2度目って、まるで前にも産んだことがあるようなこと言うね」
と母が言うので
「あれ?言ってなかったっけ?3年前に私、緩菜を産んだこと」
などと美映は言う。
「緩菜って誰?」
「だから私の娘(*6)」
「その子、どこにいるの?あんたまさか」
この時、一瞬、美映の母は赤ちゃんを殺したのではと思ったのである。
「旦那が引き取ったよ」
「旦那って?」
「前、結婚してた細川貴司」
「いつ結婚してたの〜〜?」
それで浦和に飛んできた美映の母は緩菜を見て
「凄いびじーん。とてもあの子の娘とは思えん可愛さだ」
などと言い、その後も年に2〜3度訪ねてくるようになった。
(*5)緩菜を本当に産んだのは千里1なので美映はあまり痛みを感じてない。
(*6)2021年2月の千里と美映の話し合いで緩菜は女の子にすることにした。
“松本花子”の音源データベース作りプロジェクトは
(A)バイト学生により、CDライブラリをmp3に変換する作業
(B)《せいちゃん》のプログラムにより階名方式のMIDI様データを作る作業
の2つに別れて進行した。(A)の方はfreac/LAMEを使用して千里たちが雇った学生バイトさんにより進められたが、ちょうど夏休みに掛かったので、8月中旬までに完了する。結局、冬子、氷川、松原珠妃、それに上島雷太宅にあったCDを雨宮三森が5000万円で買い取りそのまま倉庫に放り込んでいたものを使って、合計10万枚・60万曲の楽曲ライブラリが完成した。
この後は新譜を随時登録していくだけとなり、これは常勤スタッフで処理できる(実際問題として9月以降、間枝星恵の日常のお仕事となる)。
なおアナログレコードに関しては鮎川ゆまが「類似が問題になるほど知名度がある曲なら、絶対音源がCD化されているはず」と言い、青葉や千里3も確かにそうかもと言ったので当面放置することにした。
一方(B)の作業は“小樽ラボ”で進められ、8月31日深夜に完了した。《きーちゃん》は念のため、このデータのコピーを取って川崎市内の千里3の自宅マンションにも置いておくことにした。
60万曲のmp3は5TBほどあるのだが、MIDIではわずか10GBである。むろんmp3は全て保存しており、MIDIデータに誤りがあった場合の修正をする際の参考にする。変換するプログラムを書いた《せいちゃん》によると、多分5000分の1くらいの確率で誤りが発生するということである。50曲に1曲くらい誤りが含まれる計算になる。
データは2TBのハードディスク3台に収納されていたが、物理的なエラーが起きた場合にそなえて別のディスクにコピーを取り、定期的に同期を取っている。《きーちゃん》は丸1日かけて全てのデータ・プログラムを新たなディスクにコピーし、9月1日の新千歳最終便で羽田に移動。川崎の千里3のマンション押し入れに置いた。バックアップ作業は以降1月に1度おこない、千里3の家と青葉の家に交互に置いていくことにする。つまり、自然災害や戦争?が起きても、小樽・川崎・高岡の3ヶ所が同時にやられない限り、最悪2ヶ月前のデータには戻れることになる。
2018年8月28日に南鳥島付近で誕生した台風21号は非常に強い勢力を保ったまま9月4日12時頃に徳島県に上陸、同14時には神戸付近に再上陸し、関西地方を縦断して石川県付近から日本海に抜けた。
この第2室戸台風(1961)を越える超強力台風で、関西地方に深刻な被害が出た。特に大きかったのは関西空港の連絡橋に当時51m/sというとんでもない強風のため碇を引き摺ったままのタンカーが衝突。連絡橋が破損する事態となった。関空には5000人以上の人が閉じ込められ、台風通過後、少しずつ船で脱出するということになった。
「市川ラボどうだった?」
と千里2は現地(兵庫県市川町)に行って来た《こうちゃん》に電話で尋ねた。
「大きな木の枝がぶつかったみたいで窓ガラスが8枚割れてた。今日明日にも交換しておくよ」
「ありがとう。よろしく〜」
電話を切り、さてどこにガラスを買いに行ってこようかなと《こうちゃん》が思っていたら、《げんちゃん》もやってくる。
「お前何しにきたの?」
「千里が被害状況を見てくれと言っていると聞いたから、確認しに来た。俺ちょうど関西に来てたんだよ。阿倍子が倒れているから病院に運んでほしいと京平から頼まれて」
「うーん」と《こうちゃん》は悩んだ。それを指示したのはきっと千里3だなと思う。
「どこかで伝達が混乱したのかな。実は俺も千里に頼まれて見に来た所なんだよ」
「なんだ。でも千里ってわりと昔から、同じ事2度言ったり別の奴に同じ用事をうっかり頼んだりすると思わない?」
「あるある。それで同じ奴を2回性転換したりする」
「2回性転換したら元に戻るじゃん!」
それで《こうちゃん》は《げんちゃん》にガラスの割れた所を見せた。
「これ交換するだけかな」
「だと思う。関西付近では需要が逼迫すると思うし、九州あたりででも買ってくるかな」
「ああ、だったら、俺が割れたガラス片付けておくから、勾陳買ってきてくれない?お前の方が速いし。これ財布預かってきた」
と言って《げんちゃん》は財布を渡す。
《こうちゃん》は費用は概略で千里2からもらってるんだけどな〜とは思ったが、ダブったのはもらっておけばいいよな?と考える。それで
「じゃ買ってくる」
と言って、《こうちゃん》は飛んで行った。それで《げんちゃん》は片付け始め、《せいちゃん》に電話連絡して現状報告した。
《せいちゃん》は忙しくて小樽から離れられないので、たまたま大阪に行っていた《げんちゃん》に頼んだのである。最近《げんちゃん》は《せいちゃん》のヘルプをよくしており、スマホも一台連絡用に渡されている。
なお阿倍子はごく普通の!?心筋梗塞だったのでそのまま入院させておいた。京平は「ひとりでごはんくらい食べられる」と言っていたので、食料品をたくさん買ってきて家の中に置き、あと阿倍子の当面の医療費といって京平に5万円渡してきた。それが実は台風上陸の直前だった。《げんちゃん》は結局京平と一緒に台風をやりすごし、市川ラボの修理をして、9月5日夜、東京に帰還した。
(老朽化した阿倍子の家もかなりの被害が出たが、多分晴安が修理するだろうと考え、掃除とかだけして放置した。窓には京平に指示して段ボールを貼らせた)
2018年9月6日3時8分頃、北海道の苫小牧市の東方、胆振地方中東部・深さ37kmの地点を震源とするM6.7の大地震が発生、厚真町で震度7を観測した。
この地震で北海道全土の発電所が緊急停止したが、中でも震源から10km程度の所にあった苫東厚真(とまとうあつま)火力発電所は深刻な被害を受けた。そしてここが北海道の電力需要の半分(160万kw)を供給していたため、電圧不足による電気機器の故障防止のため、全ての発電所が長時間停止する事態となる。
小樽ラボには当時《せいちゃん》だけが居たのだが、突然の地震発生に驚き、とりあえず松本花子のパソコン(ブレードコンピュータ)などを格納しているラック2つ(約200kg)を空中に持ち上げて被害が出ないようにした。
それでパソコン関係にはほとんど被害が出なかった。老朽化していた窓ガラスが割れたり、照明が壊れたりしたのは、とりあえず気にしないことにする。
北海道電力からの電源供給が停止するが、ここは太陽光発電された電気が蓄電器に溜められているので、全く問題無い。すぐにそちらに電力が切り替わった。
電力切り替えの時に一瞬電気は切れるのだが、パソコンは全てUPS(無停電電源装置)を通しているので、無停止で動き続けた。
そういう訳で松本花子システムには全く影響が無かった。
そして朝になると太陽光パネルが働き始め、電気はまた溜まっていくので結果的に念のため用意している非常電源設備(プロパンガスで発電)を使うまでもなかった。逆にこちらの余剰電力を電力会社側に供給することで、北海道の電力状況に微力ながら貢献することもできた。
窓ガラスや照明などが割れたのは、関西で台風の被害の処理などをしていて、6日0時頃に東京に戻ってきていた《げんちゃん》をすぐに北海道に呼び、彼に片付けと交換を頼んだ。
「台風が来たかと思ったら、次は地震かい。全くどうなってんだ?」
と《げんちゃん》は言っていた。
窓ガラスは他のも老朽化していて、余震が来たら割れるかもということで全交換することにし、《げんちゃん》は飛行機で!九州まで飛んで、軽トラを借りて福岡のホームセンターや電機屋さんなどを廻り、サッシの窓(窓枠ごと)とか、新しい照明器具とかを大量に買いつけ、荷物が多い(150kgほど)ので帰りは自分で持ったまま飛んできた。それで交換してくれたが、ほとんどリフォームに近い修理であった。
なお、彼の飛ぶ速度はそう速くないので、自力飛行で九州から北海道までは丸一日かかる。彼が飛んでいる様子は、ガメラが空を飛んでいる様子に似ている。但し回転しながら飛んだりはしない。(回転したらたぶん目が回る)
それで、この日は日本海で操業する漁船で「ガメラを見た!」という目撃情報が多数あったらしい。
小樽ラボに勤務している、間枝星恵と矢島彰子は怪我などは無かったものの、自宅アパートでは物が落ちたりして大変だったようである。それなのに電気が無いので、掃除機も掛けられない!
更に困るのは、スマホが充電できない!という問題であった。
「電気が回復するまでこちらで暮らしていいですか?」
「ああ、2階の部屋、ふたりで好きに使って」
「スマホ充電していいですよね?」
「好きにして」
「洗濯機使っていいですか?」
「それも自由に」
しかし2人が服を2階の部屋に干すので《せいちゃん》は“2階立入禁止”を矢島さんから通告された!
「私のパンティとかブラジャーとかどこに干そう?」
と《せいちゃん》が言うと
「キッチンの隅にでも」
と矢島さんは言っていた。
《せいちゃん》は実際問題として、結局ほぼ常時女装しているのだが、2人からは都合のいい時に男扱いされたり、女扱いされたりしている。
「そうだ。アパートの冷蔵庫の中身、どうしようかな?」
と矢島さんがいうので
「ここに持って来たら?」
と《せいちゃん》は言う。
「そうしようかな」
それで小樽ラボの買い出し用のジムニーで取りに行ったようである。間枝さんの方は《せいちゃん》に協力を求めて、自分の家の冷蔵庫をそのまま丸ごと持ち込んだ。こちらは軽トラ(3万円で買った中古のスズキ・キャリイ)を使用した。
「冷蔵庫、何が入っているの?」
「箱アイスたくさん買ってたんですよ」
「停電で既に融けているというのに1票」
しかしこの「いったん融けた」アイスは再凍結後も皿に載せると何とか食べられた。
北海道電力からの電気供給は一応9月7日夜には回復したのだが、いつまた中断するかと不安だったので、結局2人は半月近く、この小樽ラボに泊り込んだ。
「何かここでずっと暮らしていてもいい気がする」
「家賃要らないしね」
「まあ好きにしてもいいけど」
一応2人はこの月2度目の連休明け9月25日には退去したが、間枝さんは“引越”が大変なようであった。
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