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【春葉】(4)

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優子と奏音は1月20日(日)夕方の新幹線で、朋子と一緒に高岡に戻った。桃香と千里は早月・由美という2人の子供を育てる生活に入った。桃香はまだお乳が出るので、由美にもお乳をあげる。本当は早月はおっぱいはほぼ卒業に近い状態ではあったのだが、由美がおっぱいを飲んでいると自分も欲しくなるようで、左右のおっぱいに1人ずつ吸い付いているという状況もよく発生した。たくさん吸われるので「血が足りない!」と桃香が言う。
 
それで千里はレバーとかホウレンソウとか、鉄分が取れそうなものを使用した料理を作ってあげた。また水分をたっぷり取れるように、プーアール茶を沸かしてから冷蔵庫で冷やしておいた。
 
でも千里は自分でも由美におっぱいをあげていた。
 
「千里、なぜ乳が出る?」
「分かんなーい。でもたくさん出るよ」
 
「青葉のしわざかな?淳もおっぱい出るようにしてもらったようだし」
 
淳のは青葉の“余計な親切”なのだが、千里の場合は去年の8月に緩菜を産んだばかりだからである。桃香の手前理由は知らないことにしておいたが、実際には千里1は自分が緩菜を産んだことは認識しており、だいたい3〜4時間に1回くらい搾乳して、冷蔵庫に入れておく(仙台にいる間は“ヤマゴ”の指示に従い、所定の保冷バッグの中に入れておいた)と、“誰かが”緩菜の所に運んでくれているようであった。
 
時々、南野鈴子や白鳥清羅が緩菜と会わせてくれるので早月と一緒にバスケの練習に連れていくこともある。早月は千里を父とする子供、緩菜は千里を母とする子供なので、ふたりは父も母も異なるのに姉妹である。後に丸山アイはこの2人、あるいは早月と京平のことを、ツイスト姉妹・ツイスト兄妹と呼んだ。
 
なお緩菜を連れている時に美緒に遭遇したのは千里3である。千葉の玉依姫神社で販売するダルマの仕入れに行っていて遭遇したのである。
 
ちなみに美映は時々緩菜がベビーベットから居なくなっているものの、数時間すると戻っているので、気にしないことにしている!美映は細かいことは何も考えない人である。また美映は自分では搾乳した記憶が全くないのにいつのまにか冷蔵庫に搾乳ボトルが入っているのも全然気にせず、解凍して緩菜に飲ませている。
 

《じゃくちゃん》は来月の慰安旅行で大浴場に入らなければならないという件を長年の友人である《せいちゃん》に電話して相談してみた。
 
「大浴場?入ればいいんじゃない?広々として気持ちいいじゃん」
「だけど、ボク女子社員として勤めているから、女湯に入らなければいけないみたいで」
「入ればいいじゃん」
「裸になったら男とバレるよ!」
 
「しょうがないなあ。あまり気が進まないけど、俺の友だちの勾美に相談するか?住所と電話番号教えるよ」
というのでメモする。
 
「こいつに会ったらどうにかなるの?」
「女湯に入っても問題無いように工作してくれるよ」
「工作って?」
 
「股間にぶらぶらするものが付いてたら男とバレるから、取ってしまえばいい。こいつそういうのうまいんだよ。取った跡も女に見えるように加工してくれるよ」
 
「取るって、それ後で元に戻せるよね?」
 
「それは無理。取っちゃったら、このあとはメスの龍として生きていけばいい。女子社員を装うのにも便利だぞ」
 
「嫌だ!それだけは絶対嫌だ!」
 
「お前美形だから、メスになったらもてるのに」
 

青葉は1月20日は主として§§ミュージックで様々な打合せをした。深川アリーナで少し泳いだ後と夕方仙台に行き、和実の体調監視に入る。10時まではおしゃべりしていて、その後自分の眷属に交替で起きていてもらい、夜通し和実のそばで、付き添い用ベッドで寝る。21日のお昼頃、千里1が由美も連れて来てくれたので交替して帰ることにする。
 
仙台駅までタクシーに乗ろうかなと思いながら玄関を出たら千里3がいる!
 
千里3と判断したのはアテンザのそばに立って誰かとピンクのスマホで話していたからである。千里2は赤いガラケーT008を使っているし、車もたぶんオーリスだろう。
 
「3番さんも来てたの?」
と青葉は声を掛けた。
 
「青葉と交替しようと旭川からここまで走って来たのに、先に1番が入っちゃったというから」
などと千里3は言っている。
 
「旭川から?じゃ苫小牧から八戸へのフェリー?」
「海の上を走って来たけど」
 
千里がアテンザで海上を走っているシーンを連想する。千里姉ならありえるかも知れんという気がした。
 
「まあいいや。でもそれって誰が調整してるのさ?」
「よく分からないけど、調整していた人物も慌てたみたい。多分1番は自分が行かないと青葉がずっと詰めていることになるだろうからと思って、勝手に来たんじゃないかなあ」
 
「じゃ1番さんが帰るまで待機?」
 
「そうするとまたサイクルがずれちゃうから明日の夕方、練習が終わってから来る。1番の後は2番にやってもらうことになると思う」
 

それで「まあ乗りなよ」と言われて、アテンザに同乗する。
 
「どこまで送る?高岡まで送ろうか?」
「仙台駅まででいいよ!」
「車で走れば夕方までには高岡に着くよ」
「それ絶対スピード違反だ」
 
仙台から磐越道・北陸道経由で高岡までは530kmくらいなので、時速100kmでノンストップなら辿り着きそうだが、北陸道は80km/h区間がかなりある。トイレ休憩に食事もしていれば交替で運転しても到着は夜10時以降だろう。
 
そんなことを言いながら、仙台駅に向かっていたのだが、信号待ちで停まったところで突然周囲の景色が変わった。
 
「何?何?」
 
車はどこかの駐車場に駐まっている。近くに特徴的な橋が見えている。
 

 
「内灘大橋?」
と千里が言う。
 
「どうなってんの?」
「分からない」
 
千里が眷属さんと話をするようなそぶりを見せたが、眷属さんたちにも分からないようだ。青葉の後ろで《姫様》も首を傾げている。
 

エンジンを停める。ふたりは車から降りた。
 
「ここは内灘サンセットパークだ」
「うん。誰かの力でいきなり飛ばされたみたいね」
 
時計を見ると1月21日(月)12:29なので時間は飛んでいないようである。
 
「さあ、あんたちたちも行くよ」
と声が掛かった。
 
「慈眼芳子さん!?」
 
それは入院していたはずの慈眼芳子さんである。白い巡礼服を着ている。ライトブルーの地に花柄(牡丹か?)の和服を着た、お孫さんくらいの少女を伴っているが、こちらを見てドキッとしたような顔をし、はにかむように顔を伏せる。その仕草が青葉にある人物を思い起こさせた。
 
「あ、もしかして夏野君?」
 
「その節はお世話になりました」
と言っている。H高校七不思議の取材をした時、逆さ杉に願を掛けるというのの撮影に協力してくれた夏野明宏君だったのである。
 
でも少女にしか見えない!
 
それに女の子の声で話してるし!?
 
彼の声はアルトボイスなのだが、話し方が女の子が話しているように聞こえる。テレビの取材で会った時はテノールボイスで、男の子の話し方だった(と思う)のに。たぶん切り替えて使い分けられるのだろう。
 
それにこの子、よく見ると、喉仏が無いみたいに見えるんですけど!?
 

「あんたこの子を知ってるの?」
と芳子さん。
 
「先日『北陸霊界探訪』で学校の七不思議を取材した時、再現ドラマの撮影に協力して頂いたんですよ。慈眼さんのお身内さんですか?」
 
「あんた、そんなことしてたんだ?」
さ明宏に訊いてから、青葉に
 
「私の姉の曾孫だよ」
と言った。
 
「そうだったんですか!」
 
その瞬間、青葉は思い至った。懐中電灯を持って校内を巡回していた時、寄ってきた雑霊がこの子にはじき飛ばされていた。あれは杉の神霊が彼を守っているのかと思ったが、ひょっとするとこの子自身の力で弾いていたのかも。
 
でもこの子、見た感じはあまり霊感無いように見えるのに!?
 
無自覚だけど強い守護に守られているタイプだろうか?
 

「あの番組深夜だから、私は生で見るのは禁止なのよね。それでこの子に録画頼んでいたのに、録画失敗したと言っていたけど」
 
「ごめんなさい。自分が出ているから恥ずかしいので失敗したことにしてた。後で見せるね」
 
「うん。逝く前にあんたの活躍を見ておきたい気がするね」
と芳子さんは言っている。
 
「でも今日は何をするんですか?」
と千里が尋ねる。芳子は黙って杖を2本差し出したので、青葉と千里が1本ずつ取った。
 

途端に周囲の景色が変わった。真っ暗である。町の様子も違う。千里も青葉も古風な和服を着ていた。小袖だろうか?青葉はライトグリーンの地に桜の花、千里はライトイエローの地に蝶である。
 
「ここどこ?」
 
「東京。あまり時間がないからすぐ出発するよ」
「何をするんですか?」
 
芳子が黙って空を指さす。
 
「月食!?」
「今日の12時半から16時くらいまでの間に月食がある。既に部分食が始まったね」
 
「でもそれ地球の裏側で起きるのでは?」
「ここは亜空間ベクトルAXYだからね」
「は?東京じゃなかったんですか?」
「東京のベクトルAXYだね」
 
しかし青葉はふと気付いた。
 
「ここ、夢の中で来たことある」
と青葉は言った。
 
上空に2本の円弧状の白い雲があり、月の光に照らされているのである。もっとも夢で見た景色ではその円弧状のものは、電線のように見えた。
 
「私もここに来たことある」
と千里も言った。
 
「あんたが昔、封印したんだろ?」
と慈眼芳子は千里に言った。
 
「小学生の頃です。2度もやりました」
 
「その時、あんたは壊れかけていた封印のメンテをした。でもそれは元々が部分月食の時にした封印だから不完全だった。今日は皆既月食だから、完全な封印ができる。これをやれば300年くらいは大丈夫だし、あちこちで壊れかけている様々な封印がまとめて処理できる」
 
と慈眼芳子は言った。
 
「ひょっとして先日奥多摩でした封印とかも?」
 
「あれもこの基本的な封印が弛んでいたから個別の封印まで弱くなっていた。この封印をすればあの手のものも抑えられる」
 

「それでどうやって封印するんですか?」
 
「村山さん、あんたは2度もやってるから、巡る道が分かるよね?」
 
「たぶん。道案内できると思います」
 
それで千里が先導して、青葉・慈眼芳子・夏野明宏の4人で月食の終わる15:51まで掛けて多数の神社を巡り歩くことになったのである。
 
最初出発点近くにある神社に参る。ここには徳雲明神と書かれた提灯が掲げられていた。小学生の頃ここに来た時は1度目は「明神」の上の文字が読めず2度目の時は1文字目の「徳」だけ読めて2文字目は読めなかった。たぶん自分のレベルがあがる度に少しずつ読めるようになるのだろうと千里は思った。
 
千里は不思議に思っていた。自分が最初にこの封印の反閇(へんばい)をした時は巡った神社は12個だった。2度目に巡った時は27個だった。しかし2度目に千里を先導した《きーちゃん》は、千里は53個の神社を巡ったはずと言ったのである。
 
そして今回千里は自分でも記憶のないルートを案内して青葉や慈眼芳子を連れまわることができた。
 
2つ目は「海雲明神」だった。それで千里はたぶん3つ目は「善住明神」かなと思ったらその通りだった。
 
千里が神社と神社の間で、勝手に人の家の中を通過したり、空き地の土管をくぐったり、竹林の中を突き抜けたりするので、青葉も夏野君も驚いていたようだった。5つ目の「解脱明神」の先は広い川を渡らなければならない。
 
「みんな水着に着替えて。泳いで渡るよ」
と言って千里は3人に水着を渡す。
 
「私は大丈夫だけど慈眼さん泳げますか?」
「私は若い頃国体に出たこともあるよ」
「凄い!」
 
青葉は夏野君が女子水着を着ているのを見てびっくりした。
 
「あれ?女子水着なの?」
と青葉が訊くと
「これを渡されたから」
と夏野君。
 
「ちんちん無いんだっけ?」
 
彼のお股の所には何も突起物が無いように見える。
 
「深く追及しないでくださーい」
 
「この封印の旅は女子にしかできない。確かに女子であることを示すために水着で川を渡る行程が入っている」
などと千里は言っている。
 
「この子は小さい頃から、女の子みたいな子だったよ」
と慈眼さん。
 
「もしかして女の子になりたいの?」
と青葉が夏野君に尋ねると
 
「実は逆さ杉にお願いしたのはそれなんです」
と言って、はにかむようにしている。
 
それで願掛けの内容を訊いた時も真っ赤になって恥ずかしがっていたのか。
 
「その内きっとなれるよ」
と千里が笑顔で言っている。
 
しかしこの参加者4人の内3人がMTFか!?
 

川を渡った先にあったのは「海幢明神」であった。その先は真っ暗な胎内巡りのような所を4人手を繋いで抜けて「体捨明神」である。
 
このようにして4人はひたすら歩き回り、時には水を渡ったり、幅1mほどの崖を飛び越えたり、蟻の門渡りのような所を歩いたりして進んだ。蟻の門渡りを末期癌の治療を受けている慈眼さんが歩けるかな?と青葉は心配したが、しっかり歩いていた。おそらく若い頃かなり厳しい修行をしていて精神力が半端ないのだろう。
 
皆既食になり、それも終わり、やがて部分食がもうすぐ終わるという頃、53番目の神社「普賢明神」にお参りした。その境内を出た後、千里は
 
「これでおしまい」
と言った。
 
青葉たちはいつの間にか内灘サンセットパークに戻っていた。持っていた筈の杖も無くなっている。服装も元の服に戻っている。ただ使用した水着は各々手に持っていた。
 
空を見上げるが、今は日中なので月は見えない。しかし上空に月明かりの下で見たのと同じような形の円弧状の雲があるので驚く。ただ、出発点で月明かりの下で見たのとは逆向きであった。月明かりの下のは右後方から来て、右前方で切れていた。今見えるのは、左後方から来て、左前方で切れているのである。
 
千里は青葉と夏野君に尋ねた。
 
「さて、今回の封印の旅で回った神社の数はいくつ?」
 
「え?12個でしょ?」
「12社だったと思いますけど」
 
慈眼芳子さんが微笑んでいた。
 
「じゃ病院に帰ろうかな。あっちゃん送って」
と芳子さんは言った。
 
「うん」
と言って一緒に病院に戻ろうとする夏野君に、千里はDVDを渡した。
 
「あの放送を録画したもの」
 
「ありがとうございます!」
 
話を聞いた時にすぐ眷属に命じて用意させたな、と青葉は思った。
 
「青葉も送るよ。伏木まで送ればいい?」
「いや水泳の練習があるから東部公園プールまで送ってくれる?」
「OKOK」
 
それで千里は青葉をアテンザでプールまで送ってくれた。
 

青葉は平日の夕方毎日中畑さんと一緒にタッチの練習をしているのだが、彼女は助手の人(白山市在住の従弟さんらしい)に、青葉が泳いでいる所をプールの外側と水中とから撮影させていた。水中の撮影は移動カメラを使用したものである。
 
その話をしたのは練習を始めて3日目、1月9日のことだった。
 
「これを見てごらん」
と言って、映像を見せてくれる。
 
「青葉ちゃん、もしかして元々は和式泳法の泳ぎ手じゃない?」
「はい。そうなんです。小さい頃からそれで鍛えられていて小学1−2年生の頃から湾の横断とかやってました」
 
「足の動きが和式泳法っぽいんだよね。自由形だからこれも違反じゃないんだけどね」
「はい」
「この泳ぎ方は長時間泳ぐのに適している。でも速く泳ぐのには必ずしも最善ではない」
「あ、そうかも知れません」
 
「私が泳いでいるシーンを撮影したものがこちら」
と言って別のビデオを見せてくれる。
 
「足の使い方の違い、分かるでしょ?」
「はい」
 
「もしここを変更したら、800mとか1500mなどという青葉ちゃんにとっての短距離ではスピードアップすると思う。そのやり方で5km, 10kmは泳げないだろうけどね」
 
「やってみようかな?」
「改造が失敗すればスピードが落ちるかも知れないけどね」
 
「私やってみます。私本当はオリンビックとか目指していないんです。なりゆきで水泳部に入ることになって、なりゆきで日本選手権とかに出ちゃって」
 
「ああ、そういう子は時々いる」
と言って、中畑さんは笑っている。
 
「何を失っても構わないのなら挑戦してみる価値あるね」
 
「はい、変えてみますから、フォームをチェックして頂けませんか?」
 
「OKOK」
 

1月23日(水)、夏野明宏は河合塾のバンザイ・システムの公開を待っていたのだが、なかなか公開されない感じであった。それで東進の方を見たらもう動き出したようだったので、そちらで自分の点数を入力した。
 
金沢大学人文学類 E判定
富山大学人文学科 D判定
 
「だめだぁ!」
と明宏はまさにバンザイのポーズを取った。
 
まあ判定システムをわざわざ見なくても自己採点した点数から予測されたことではあった。
 
「どうだった?」
と母が訊く。
 
「お手上げ」
「ああ」
 
「ごめーん。私立受けていい?」
「仕方ないわねぇ」
と母は渋い顔で答えた。
 
それで彼は書くだけ書いて親の判子ももらっていたG大学の願書を大きな封筒に入れた。母と一緒に郵便局に行き受験料を振り込んだ上でその控えを貼り付けてから、封筒を窓口に提出した。G大の一般入試の締切りは今日まで(消印有効)であるが、センター試験利用入試の受付は28日までである。しかし、こういうのは早め早めに出しておいたほうがいい。
 
「合格したら自宅から通学する?」
「朝の金沢市内は混むから厳しいと思う」
「だったら大学の近くにアパート借りる?」
「うん。その方が自宅からの交通費より安くなりそうだし」
「お金掛かるわねぇ」
「ごめーん。バイト頑張るから」
 
でも明宏は“不純な動機で”1人暮らししたいと思っていた。
 

青葉は翌週も1月25日(金)の夜から28日(月)のお昼まで仙台で和実のメンテをした。25日は4時間目をサボって15時から18時まで3時間プールでタッチの練習とフォーム改造に取り組み、最終新幹線で仙台に移動した。
 
金沢19:18 (かがやき516) 21:30大宮22:00 (はやぶさ41) 23:07仙台
 
1月28日(月)は昼間の新幹線で東京に移動し、夕方からグランドプリンスホテル高輪で行われた《平成30年度・感謝の夕べ JAPAN AQUATICS AWARDS 2018》に出席。青葉は世界選手権で銅メダルを取ったので、幡山ジャネとともに、優秀選手として表彰された。最優秀選手として表彰されたのは最近活躍めざましい短距離の池江璃花子(18)である。日本新記録を次々と塗り替え、現時点で日本記録を18個も持っている成績は素晴らしい。恐らく20年か30年に1度の天才である。ただ、本人は現在オーストラリアで合宿中ということで、代理人さんが賞を受け取っていた。
 

1月28日(月).
 
Jソフトの山口龍晴社長は、川島千里から少しお話があるのですがと言われて
「どうかしたの?」
と尋ねた。それで“千里”が
 
「大変申し訳無いのですが、今月いっぱいで辞めさせて頂けないかと思いまして」
と言うと社長は
 
「えーーー!? 辞めたいって!?」
と言って絶句した。
 
“千里”は赤ちゃんの世話が思ったよりたいへんで、どうしても多忙なSEの仕事とは両立困難なのでと言い訳した。また10月以降にもらった給料は全部返上すると言って、分厚い札束の封筒も差し出したのだが、社長は
 
「いや、これは返す必要無い。充分仕事はしてもらっているから」
と言って返し、数分間の話し合いで何とか辞職を認めてくれた。しかし忙しい時は嘱託で設計書や企画書の作成をしてもらえないかと頼み、“千里”も了承した。
 
そういう訳で《じゃくちゃん》は、来月の慰安旅行で逮捕!されるのを何とか回避したのであった!
 
逮捕もされず、ちんちんも取られなくて良かった!と《じゃくちゃん》は思った。
 

“夏野明恵”は静かに病室を出た。すぐまた呼ばれるだろうけど、コーヒーでも飲みたい気分だった。エレベータで下まで降りてから歩いていたのだが、ふと気付くとよく分からない場所にいた。
 
あれ〜〜!?私、迷った?
 
だってこの病院まるで迷路みたいなんだもん!
 
それでとりあえず玄関の方に行くにはどうすればいい?と思って歩いていたら
 
「ナツノさん」
と声を掛けられた気がした。振り向くと女性看護師がカルテを留めたクリップボードを持っている。明恵が振り向いたので
 
「ナツノアキエさん?」
と訊かれた(と思った)。
 
「はい、そうですが」
 
「こちらに来て下さい」
と言われて処置室のような所に入る。
 
「ズボンとパンティを脱いで横になって下さい」
「はい」
 
それで明恵はなぜそんなことしなきゃいけないのだろうと思いながらも言われた通りズボンとパンティを脱いでベッドに横になった。
 
「毛を剃りますね」
と言われて看護師さんがシェーバーであの付近の毛を剃り始めた。
 

明恵が病室に戻ってくると母から言われた。
 
「あんたどこに行ってたのよ?」
「ごめーん。ドトールでコーヒー飲んでた」
「荷物運び出さないといけないから手伝って」
「うん」
「それとそれとそれと持てる?」
「OK」
 
それで明恵は荷物を持つと、空っぽのベッドを見て涙を1粒浮かべた。
 

医師は診察室に戻り、カルテに記入すると入院患者の巡回に行こうかと思い部屋を出た。受付の所に20歳くらいのスカートを穿いた背の高い人物がいて、スタッフに声を掛けていた。
 
「すみません、私の手術はまだですか?」
などと言っているので医師は足を止める。
 
人物の外見は性別曖昧だが、声は男性の声である。
 
「お名前よろしいですか?」
と受付の女性が尋ねる。
 
「今日手術を受けることになっている松野滝江ですけど」
 
「何ですとぉ!?」
と医師は驚いて声を挙げた。
 

2019年1月29日(火).
 
経堂のアパートに裁判所から手紙が届いた。千里が開封してみると、由美との養子縁組を認可するという審判結果の通知であった。
 
「やったね。由美、これであんたは正式に私の娘だよ」
と言って、千里1は由美にキスをした。
 

1月30日(水).
 
青葉がプールでの練習を終え建物を出たら、夏野明宏が立っていた。
 
「御自宅に電話したらこちらに来ているはずということでしたので」
 
と彼は女声で言った。女声で話せることは先日の封印の旅でバレているからこちらを使いたいのだろう。
 
彼(彼女?)は女装している訳では無いのだが、クロミのトレーナーに黒いスリムジーンズを穿いた姿が少女にしか見えない。胸が膨らんで見えるのはブラジャーをつけているのだろう。なで肩でウェストがくびれているし、身体に密着したジーンズのお股の部分に突起物が見られないのはアンダーショーツあるいはガードルで抑えているか、それともタックか。
 
しかしそれ以上に青葉が驚いたのは彼(彼女?)のオーラが物凄く強くなっていたことである。霊能者か腕の良い占い師並みである。一体何があったんだ?
 
「曾祖叔母から、これ川上さんに渡して欲しいと言われました」
と言って、古い和綴じの本を渡される。
 
「これは・・・」
 
「あの逆さ杉を含む、加賀七不思議なんですよ」
 
青葉が本を開き最初の数ページを見ると、文化三年に出版されたものを、明治拾五年に再印刷したと書かれている。明治15年の印刷物というだけでも貴重なものだろう。
 
「それとこれも」
と言って渡してくれるのは、先々代の校長先生が書いたというH高校七不思議である。
 
「あんたそんなの学校で借りなくても私が持ってたのに、と言われました」
 
「やはり色々この手の書籍を収集しておられたんでしょうね」
「川上さんが興味ある本があったら自由に持って行ってくれと言われました」
 
青葉は夏野君を見た。
 
「まさか・・・」
「昨日、旅立ちました」
 
「そう。。。」
と答えてから青葉は言った。
 
「通夜とお葬式に出席したいんだけど」
「ありがとうございます。曾祖叔母も喜ぶと思います」
 

「ところで、夏野さん、自分の女の子名前は決めてないの?」
と青葉は尋ねた。
 
「あ、えーっと、明恵(あきえ)かな。明るい恵みで」
などと言いながら少し恥ずかしがっている。
 
「じゃ、あきちゃん、あるいは、あっちゃんでいいんだ?」
「あっちゃんが好きかも」
「じゃ、あっちゃんと呼ぶね」
「はい!」
 
「大学は行くところ決まった?」
「センター試験の成績が悲惨すぎて、国立は受けても無駄なので金沢市内のG大学を受けることにしました。入れてもらえたらそこに通います」
 
「へー。頑張ってね」
「はい」
 

青葉が明恵(明宏)と一緒に通夜の席に行くと、神谷内さんが来ていた。
 
「ドイルさん!連絡しようと思った所だった。僕もついさっき話を聞いて取り敢えず飛んできたところなんだけど」
と言っていた。
 
通夜の出席者の数が物凄い。通夜の会場として用意していたホールがあふれているので、青葉も神谷内さんもホールの外で読経を聞いていて、焼香もしたらすぐ外に出た。
 
千里も来ていたので驚く。
 
「ちー姉も来られたんだ?」
と訊きながら、これはどちらの千里だろう?と考えていたら
 
「さっき向こうに3番もいたよ。焼香はしたから、遭遇しないように私は帰るね」
と言ったので、どうも2番のようである。
 
「村山千里名義の香典が2つあって悩まないかな?」
「そんな気がしたから、私は細川千里名義にしておいた」
「だったら大丈夫かな」
 
来ないとは思うが、もし千里1が来た場合は「川島千里」名義にするだろう。
 

翌週、神谷内さんは慈眼芳子さんのご遺族と話し合い、3月の『北陸霊界探訪』はお休みにして、代わりに慈眼芳子さんの追討特集を組むことにした。過去の慈眼さんの番組のダイジェストを編集し、また慈眼さんと関わりのあった霊能者数名による対談なども組むということだった。
 
どんな人が出席するのだろう?と思ったら、竹田宗聖!、火喜多高胤!、岩戸空海、それに“金沢ドイル”ということであった。竹田さんも火喜多さんも交友が広いからなあ、と青葉は思った。
 

夏野明恵から渡された江戸時代の『加賀七不思議』の本を読むと、下記のような七不思議が書かれていた。
 
なおここで「加賀」というのは「加賀国」(現在の石川県南部)ではなく「加賀前田家の領地」の意味だと序文にあった。現代風に言えば「加賀藩」の範囲、つまり加賀・能登・越中の三国、現代の石川県・富山県の範囲のことである。
 
(1)白山ひめ神社は加賀一宮(いちのみや)なのになぜ三宮の場所にあるのか?
 
これは実は青葉も疑問に思ったことがある。白山ひめ神社は白山市三宮町にあるのである。これはこの本の解説によると、白山ひめ神社は最初御間城天皇の御代に舟岡山に創建されたという。
 
御間城天皇というのを辞書で確認すると、崇神天皇のことと分かる。日本書紀に「初めて国を治めた天皇」と書かれている人である。恐らく大和朝廷の本当の創始者なのであろう。つまり日本の歴史とともに始まったような古い信仰なのだろう。
 
この舟岡山というのは現在の白山ひめ神社の北方にある、舟を逆さにかぶせたような形をした岩塊の山である。縄文時代の遺跡も発見されているから、古くから栄えた場所だったのだろう。
 
それが応神天皇の御代に麓にあたる、手取川河畔・十八講河原に移転したが、川の氾濫で度々社殿が破壊されたので、元正天皇の時代に少し川から離れた安久濤の森に遷座したという。ここが「一宮」の場所で、以前は北鉄の加賀一宮駅があった(2009年廃止)。
 
ところがこの社殿が室町時代の文明12年(1480)の火事で焼け落ちてしまったため、三宮があった現在地に移ったのだという。
 
それで加賀一宮が、なぜか三宮にあるのだということであった。
 
この三宮への移転は本当は一時的なもので、元の一宮の場所に社殿を再建する予定だったのが、資金などの関係で果たせず「一時的移転」がそのまま500年間放置されてしまったのかも知れないよなあ、と青葉は思った。
 

(2)有磯海に海上の都が見える。
 
これは有磯海(現代の呼び方では「富山湾」)に現れる蜃気楼のことを書いたものである。夜中の海に多数の灯りが見え、龍宮ではないかと言う人もあると書かれていた。
 
有磯海には光る烏賊(いか)が居て、春になると大量に海岸に押し寄せてくるとも書かれている。これはホタルイカのことであろう。春にはこのホタルイカが海岸に大量に打ち上げられ、現代では「ホタルイカの身投げ」と呼んでいる。
 
また能登側から有磯海越しに立山連峰が見えることもあり、まるで海の上に山がそびえているように見える。この現象が起きた後は天気が悪化するともあった。
 

(3)幽霊が飴を買いに来た
 
これはいわゆる「飴買い幽霊」の話で、青葉も以前関わったが、この伝承がある場所が金沢市内に5つある。この本では飴屋坂にあった飴屋さんがその舞台であると書かれていた。
 

(4)島が生まれる
 
この本の著者もこの問題のメカニズムには全く見当も付かなかったようで、伝承だけを伝える。能登では、海の下にあった岩が数十年経つと干潮時に海面に顔を出すようになり、やがて常時海面より上にある岩礁となり、そうやって無数の小さな島が生まれていくという。そのため漁師は海面よりずっと下にある岩でも、やがて舟の通行に影響を及ぼす暗礁になる場合もあるので気をつけよと言われているとこの本では書かれている。
 
現代の地質学の研究によればこれは能登半島が基本的に隆起地形だからである。内浦の一部(穴水付近や九十九湾など)では沈降地形であるリアス式の海岸が見られるが、外浦をはじめとして多くの地区で隆起地形である海成段丘が発達している。これは能登半島が何百年もの間、隆起し続けていることをあらわす。それで海の下にあった岩が次第に海面に姿を現すようになり、やがて島となるのである。
 

(5)奇岩が多い
 
ここは名前だけがたくさん記されていた。
 
巌門、兜岩、義経一太刀岩、弁慶二太刀岩、機具岩(二見岩)、鷹の巣岩、権現岩、水門岩、西保海岸、曽々木海岸・窓岩・、烏岩、帆立岩、見附島、恋路海岸、千体地蔵、羅漢山、日出坂、千畳敷、舟隠し。
 
↓西保海岸の一部(2013.4.24撮影)。こんな感じの海岸が続く。一応県道沿い。その県道の一部は断崖の途中を走っており、通行する際、生命の危険を感じる。ほとんどの区間が携帯の圏外だった。つまり事故ってもJAFが呼べない!

 
↓ヒデッ坂(日出坂)。林道を1.5kmほど登った場所にある。写真では分かりにくいが実物を見ると羅漢様が数体立っているように見える。この手の風景がいくつも並んでいて「日本のカッパドキア」と呼ばれているらしい。

 
↓上記急斜面の上部にある奇岩。心が汚れている人は変なモノに見えるらしい。

↓上記の岩を反対側から見たもの。心のきれいな人にはリボンに見えるらしい。

 
なお見附島については弘法大師が中国から日本に帰る途中で船の上から投じた3つの金剛杵の内、五鈷杵がこの島で見付かったので「見附島」と呼ぶという名前の由来が書かれている。ちなみに三鈷杵は高野山、独鈷杵は佐渡島で発見されたという。
 
↓見附島(2019.6.11撮影)

 
見附島は現代ではその形から軍艦島とも呼ばれるが、そういう名前は明治以降のものであろう。
 

(6)山の上に巨大な滝がある
 
これは記述を読んでみたら、現代では白山白川郷ホワイトロード(旧名:白山スーパー林道)の途中にある、ふくべの大滝のようである。標高900mという、山のかなり上の方にあるのに豊かな水量が落ちており、この林道観光の目玉となっている。しかし江戸時代には秘境中の秘境で、山伏などしか見ることはできなかったであろう。
 
↓落差86mの“ふくべの大滝”(2009.6.27撮影) 比較対象が無くて大きさが分かりにくいが現地に行くとかなりの巨大感がある。流量が多い時は道路も完全に水浸しになる。ちなみに心が汚れている人は別のモノに見えるらしい。

 

(7)女を男に変える杉がある
 
これが逆さ杉の記述であった!本の中に書かれている場所が確かに現代のH高校のある場所のようである。当時は宇良寺というお寺の境内だったらしい。
 
伝説によると、前田利家公が七尾の小丸山城から尾山城(後の金沢城)に本拠地を移した頃、利家公の親戚に寅という娘がいた。
 
娘は利家公の侍女として仕えていたが、ある時、公を暗殺しようとする忍者に気付き、自分の命を省みずにその忍者に抱きついて悲鳴をあげ、側近がその忍者を倒して利家公は無事であったという。
 
寅は数カ所斬られはしたものの命は取り留めた。公からは大いに褒められ「そなたが男なら侍に取り立てたい所だ」と言われた。寅も侍になりたいと思ったが、女の身でそれは叶わなかった。
 
それで寅は男になりたいと思い、逆さ杉の枝に糒(ほしい)の袋を2つぶら下げ、闇夜に宇良寺の鐘を抱えて四里ほど走り回ってからその糒を食べるということを9回繰り返した。すると9回目の闇夜の後、女陰の中から男根が生えて来て、男の姿に変じたという。
 
寅は利家公から、前田虎政の名前をもらって望み通り武士に取り立てられると、賤ヶ岳の戦い後の柴田勝家攻め、小牧長久手の戦いと連動した末森城の戦い、などで活躍。利家公亡き後も関ヶ原の際に、北陸方面で家康方として行動する2代目利長公の重臣として多数の首級を挙げる活躍。更には3代目利常公にも仕えて、晩年は家老まで出世したという。また性別が変る前からの友人だった人を妻とし、子供も4人できて、子供たちも代々前田家に仕えたという。
 
この話を聞き、徳川家の治世になった後も、しばしばこの杉に願を掛けて女から男になった娘がいたと言われている。
 

この伝説を読んでいて、青葉は思った。
 
要するに逆さ杉って、性を転換させる杉だったのか!
 
干飯の袋を2つ枝にぶら下げるというのは、男性器を連想させる。つまり男になるためのシンボリズムな訳だ。
 
しかし鐘を抱えて四里走り回るって、尋常の筋力ではないぞ!?男だって相当きついのをやりとげるほどの力がある女なら、男になりたかったかも知れないなあと青葉は思った。
 
鐘を抱えて4里走り回れというのは、あまりにもムチャ過ぎるから、校長先生は燈明を持って4町歩き回ればよいと改変したのかもしれない。ただその時干飯を枝に掛けるというのは、そのまま残したのだろうが2個ではなく1個にしたのは性器を連想しないようにするためかも知れない。もっとも校長先生がこれを書いた時点で、昔の伝説が既に変形してどこかに伝わっていた可能性もあると青葉は思った。
 
しかし果たして夏野明恵は女の子になることができるだろうか? 大学に合格したら女装で通学しなよ、と唆してみようかな?今日会った時の格好からして既に女性化しつつある気もするけど。
 

2019年2月1日(金).
 
大学の授業が終わった後、青葉は中畑さんとの最後の特訓をした上で、最終の新幹線で東京方面に出て、その日は江東区内のホテルに泊まった。
 
金沢21:00 (かがやき518) 23:32東京
 
そして翌2月2日は深川アリーナのサブプール(冬季でも24時間使用できる)で早朝3時間泳いだ上で大田区に移動した。
 
松本花子の春以降の運用の件で運営会社の会議をしたのである。
 
参加したのは、会長である青葉、社長である千里3、専務である鮎川ゆま、それに北海道から出てきてくれた小樽ラボの五島節也・矢島彰子、太田ラボの主・2A17(女子高生の制服を着ている)、編曲者の峰川イリヤ(2A17に視線を向けない!)、作詞者のとりまとめをしている清原空帆、営業窓口で沖縄から来てくれた内瀬瞳美、といった面々である。
 
「じゃ上島さんは3月31日で謹慎解除、4月1日から活動再開ですか?」
「これ他の人には漏らさないでね。東郷誠一さんからの内々の情報」
「上島さんが活動再開したら今の作曲料金ではやっていけないかもね」
 
「最初はみんなイメージ悪化の問題を考えて、あまり依頼しないだろうけど、次第に扱い量は増えていくと思う」
 
「そうなると供給過多になる可能性はあるね」
「料金下げる?」
 
「いや、無理に下げる必要はないと思う。やっていけなくなったら解散すればいいし」
「まあ夢紗蒼依みたいに巨額の投資している訳ではないから、やめてもそう惜しくは無い」
 
「結構楽しかったけどね」
 

「千里さん、夢紗蒼依にも関わっているんだっけ?」
という質問がある。
 
「ああ、あれは別の千里」
と千里3が言う。
 
「うん。千里姉って何人もいるけど、こちらに関わっている千里姉と夢紗蒼依に関わっている千里姉は別人」
と青葉が説明する。
 
「まじ!?」
「いや、あり得る気がした」
 
「だから今の段階では、夢紗蒼依の情報も松本花子の情報もお互いに漏れていないと思う。まあローズ+リリーのカウントダウンライブのお陰で夢紗蒼依の本拠地が小浜にあってどうもスーパーコンピュータを使っているようだということが分かったけどね。向こうはまだこちらの本拠地がどこでどういう制作体制取っているか知らないと思う」
 
「でもそれでかな。私、東京駅で東北新幹線に乗るという千里さんと会ってから自分は東海道新幹線で大阪に行ったら、そこでも千里さんと会ったことある」
とイリヤが言っている。
 
「千里は昨日話したことを覚えていなくて再度説明するはめになることがよくある」
と言っている人もいる。
 
「私、作曲家10人ほどで設立したドライバー会社の人に車の運転をしてもらっているんだけど、私を運んでいる最中に、別の千里から運転の依頼のあることが結構あるのよね。だから私が数人いるのは確実」
 
などと千里本人まで言っている。
 
「千里さんの活動量を考えたら5〜6人居ても不思議はない気がするよ」
と空帆。
 
「ちなみに千里の中には、ガラケーのT008持っている人、同じくガラケーのKYY10持っている人、シャープ・アクオスミニ持っている人、アースッスZenfone持っている人、富士通のアローズを持っている人、ソニーのXperia持っている人、サムスンのGalaxy持っている人、アップルiPhone持っている人、京セラUrbano持っている人を少なくとも確認している」
 
「たくさん居るね!」
「それだけでも9人!?」
 
「今ここにいる千里は?」
「私はこれ」
と言って、千里3はピンクのアクオス・ミニを見せた。
 
「夢紗蒼依に関わっている千里は赤いガラケーのT008を持っている」
「ほほお」
「同じガラケーでもピンクのKYY10持っている子は別人」
「へー」
 
メモしている人も居る!
 
「つまり持っている携帯で区別すればいいのか」
などとみんな言っている。
 
「ちなみに青葉も最低3〜4人いる」
などと言うので青葉は咳き込む。でもみんな
 
「そんな気がしていた!」
などと言っている。
 
「そしてケイは多分20人くらい居る」
「やはり、そうだよね?」
 

どこまで冗談なのかよく分からない話をしてから、矢島さんが発言する。
 
「以前シミュレーション計算してみたことあるんだけど、赤字が出ないギリギリの数値は、ミニマムチャージ18万円くらいの線だと思う」
 
松本花子は「ミニマムチャージ」制を取っていて、楽曲を引き渡す時に50万円の作曲依頼料を払ってもらうが、松本花子が最初に受け取った作曲印税から最大50万円ペイバックする。つまり印税が50万円以上の場合は発注者は0負担になる。松本花子側からすると印税は全部受け取るし、印税が50万未満の場合は差額を発注者から補填してもらえることになる。
 
「でもそこまでは下げたくないね」
 
実際18万円まで下げると、参加している人たちに充分な報酬を払えないだろう。
 
「まあ相場を見ながら30万円までは落としてもいいと思う」
「参加している人に最低限の報酬を払うには多分そのくらいの線という気がする」
 
「それジャンルによっても変えようよ。新人アイドルとか演歌はそこまで落としてもいいけど、ケイ風の作品とかロックとかは50万円維持で」
 
「ああ、それでもいいと思う」
 
「演歌は元々あまりセールスが無いから高額の作曲料を取るのは気の毒だしね」
「今年は楽曲が絶対的に不足しているから、赤字覚悟で払ってくれていたけど」
 

会議は9時から始めて昼食をはさんで14時までの長丁場で、打合せ半分、懇親会半分という感じだったのだが、11時半ころ、千里は試合があるからと言って離脱した。今日の試合は秦野市であるらしい。「12時集合なのよね」と言っていたが、会議をやっている大田ラボから秦野市まではどう考えても2時間掛かるのだが!?
 
「そうだ。青葉、この会議が終わった後、仙台に行ってくる予定だったでしょ?」
「あ、うん。海外に行く前に1度行ってこようと思って」
 
「代わりに1番を行かせるから、青葉は都内か大宮で待機しててくれない?」
「何かあるの?」
「分からないけど、私の勘」
「分かった」
 
千里姉にも分からない用事が発生するのだろう。こういう千里姉の予言はめったなことでは外れない。
 
それで青葉は最後まで会議に出た後、大宮の彪志のアパートに移動し、夕飯を作りながら待機していた。
 

20時頃、彪志が帰宅する。
 
キスで迎える。
 
「お帰りなさい、あなた。御飯にする?お風呂にする?それとも、あ・た・し?」
 
「えっと、お腹空いたから御飯食べて、お風呂に入って、それから青葉かな」
「OKOK。座って」
 
それで肉ジャガを暖めて山崎パン祭でゲットした白いボールに盛り、ご飯とお味噌汁も盛って、イチャイチャしながら食べる。あそこを刺激するので、彪志の目がハートになっている。お風呂省略してこのままお布団に行っちゃう?みたいな雰囲気になった時、青葉のスマホに着信がある。
 
もう!
 
千里3である。
 
「青葉、お楽しみの所悪い。政子の陣痛が始まっちゃって」
「ほんとに来たんだ!」
 
そうか。この用事が発生するんだったのか。予定日はまだ1ヶ月先なのだが、千里2が「2月3日に生まれる」と予言していたのである。しかし青葉はすっかり忘れていた。
 
「こちらに来られる?」
「行く」
 

それで不満そうな顔をしている彪志にフリードスパイクで送ってもらうことにした。途中我慢出来ない様子だったので、公園で停めて口でしてあげたら感激していた。逝ったまま眠ってしまったので、その後は青葉が運転して!政子が入院している病院まで行った。
 
トイレでうがいをしてから病室まで行くと政子のお母さん、冬子、千里3がいる。千里3は汗の臭いがするので、きっと試合が終わってすぐこちらに入ったのだろう。冬子が消耗しているようなので近くのホテルで休んでもらうことにして、青葉と千里が交代でその晩は政子のお腹をさすってあげた。初産なので、この継続する痛みがかなり辛そうだ。千里にも少し休憩してくるといいよと言ったらどこかでシャワーを浴びてきたようであった。
 
朝冬子が戻ってきたので、千里3はどこかに仮眠に行った。10時頃戻ってくるが、よく見たら戻って来たのは千里3ではなく千里2である!
 
「3番は午後に試合があるから私が来た」
などと言っている。
 
2番さんと3番さんって、お互いに相手の行動は関知していないとか言っているけど、結構息が合ってない??
 

そして政子は(2月3日)12時38分に女の子を産み落とした。
 
出産の時は千里が分娩室の中に居て、青葉は冬子と一緒に廊下に居た。
 
赤ちゃんが女の子だったので予定通り「あやめ」と命名することにする。
 
政子は
「万一男の子だったら、すぐちんちん取る手術してもらうつもりだったけど、女の子だったから、手術しなくて済んだ」
などと言っていた。
 
全くこの人はどこまで冗談なのか、さっぱり分からない!と青葉は思った。(冗談だよね?ね?)
 

青葉は夕方まで病院に居てその後日本代表の合宿のためNTCに向かったが、病院を出る時、まだしばらく残るという千里2が
「駅で千里がお弁当買っておいて渡すと思うから」
などと言っていた!
 
どうも自分の分身を結構いいように使っているようである。駅ってどこの駅だろうと思ったら、病院を出て三軒茶屋の駅近くまで来た所で、青葉の傍に赤いアテンザがすっと近づいて来て停まり
 
「NTCに行くんでしょ?送っていくよ」
と千里が言った。病院にいたのが2番で1番は仙台に行っている筈だし、アテンザを使っているから3番だろう。
 
「試合は終わったの?」
「うん。16時に終わったからその後、秦野市からここまで走って来た」
 
それで助手席に乗り込むと、千里はNTCまで送ってくれた。千里はまた汗の臭いがした。本当に試合後すぐ来たのだろう。
 
この後青葉は半月ほどの合宿に入るが、その間は“千里たち”が交替で和実のそばに付いていてくれるということである。笹竹たちの報告では、千里1は、まだ生まれて1ヶ月の由美ちゃんを連れて和実の病院に来ているということだった。
 
ちー姉(たち)も全くよくやるよ!
 
しかし千里姉が3人に分裂していなかったら、和実の身体のメンテをきちんとしてあげられなかったよなあとも青葉は思う。自分も千里姉も忙しい中、2人だけでは絶対無理だった。
 
千里姉はNTCのゲートを顔パス!で通ると、選手村の玄関まで送ってくれた。
 
「これお弁当ね」
と言って渡されたのは、とっても豪華なステーキ弁当であった。渡される直前までステーキの匂いなんてしなかったことや、三軒茶屋からNTCまで30分近く掛かったのに、渡されたのは暖かくて、できたてっぽいことは気にしない!
 
自分の部屋に入ってのんびり食べていたが、食べ終わった所で昨夜からの疲れが出たようで、何とかベッドに潜り込むと、深い眠りに落ちていった。
 

今回の合宿は既に世界大会で活躍している選手中心のA班と、それに準じる選手中心のB班に分かれて行われる。A班はハワイ遠征、B班は国内でNTCでの練習である。その他にトップスイマーの池江璃花子さんたちは1月18日からオーストラリアに行っている。
 
4日は日中B班と一緒にNTCのプールで練習したが南野さんが
 
「川上さんのタッチが進化している!」
と声を挙げていた。
 
4日は15時で練習終了で、そのあと荷物をまとめて羽田に移動する。暖かいハワイでたくさん泳ぐのが今回の目的だ。オーストラリアに行っている人たちも、季節が逆転していて現在夏である当地での練習が目的である。
 
しかし国内でも温水プールも暖房もあるんだし、移動しているよりひたすら国内で鍛えられているB班の方が良かったりして?と青葉は思ったが、ハワイに向かう飛行機の中で南野里美も似たようなことを言ったので
 
「ああ、やはりそう思った?」
と青葉も言った。
 
HND 2/4 22:15 (NH186 B787-9) 2/4 10:05 HNL (6'50")
 

2月4日の夜に出発したのだが、到着したのは同じ4日の午前中なので、その日の午後から即練習開始である。日本との時差が19時間あるのでハワイの13時は日本の朝8時となり、結果的にこの日は時差ボケで苦しんだ選手は居なかった。
 
でも翌日ダウンした選手が数名居た!
 
しかし練習では青葉のタッチが正確になっていること、そして泳法を改造してスピードアップしているのも見て、ジャネの目の色が変わった。青葉・ジャネともに頑張っているので南野さんも負けじと頑張り、長距離陣の様子を見て短距離陣、そして男子の方にも必死さが伝わってきて、今回のハワイ遠征全体が良い方向に行ったようであった。
 

ハワイで11日の練習が終わって、夕食を取っていた19時(日本時間12日14時)すぎ衝撃的なニュースが飛び込んで来た。
 
日本水泳界のエースで、オーストラリアで合宿をしていた池江璃花子が体調不良で緊急帰国していたらしいのだが、国内の病院で検査を受けた結果、白血病と診断されたと発表したのである。
 
1人の選手が食事をしながらツイッターを見ていて気付いてみんなに報せ、場が騒然とした雰囲気になる。
 
少なくとも数ヶ月で治るような病気ではない。
 
「東京オリンピックどうなるのよ!?」
「彼女無しではリレー辛いよぉ」
 
といった声もあがっていた。
 
21時(日本時間12日16時)から水連の記者会見があったが、要するに今の時点では白血病だということ以外、全く何も分からないという状況であった。
 

ハワイ合宿は翌12日に終了し、青葉たちは帰国の途に就くことになる。
 
12日の午前中は帰国準備のため本来練習はもう無い予定だったのだが、泳ぎたいという選手が多数おり、結局9時半まで練習をし、ぎりぎりまで練習した選手はシャワーもそこそこに空港に移動した。青葉やジャネも9時半までやっていた。
 
HNL 2/12 12:55 (NH185 B787-9) 2/13 17:25 HND (9'30")
 
行く時は2月4日が重複したが、帰りは2月13日が飛んでしまった。なお往路より時間が掛かっているのはジェット気流のせいである。特に冬場はジェット気流が強い。
 

青葉は帰国するとすぐに仙台に行って和実の様子を見た。
 
大学の期末試験に代わるレポートはハワイの合宿中に宿舎で全部書き上げていたので、それを帰国後大学に郵送している。この後は春まで授業がないので和実の出産までずっと付いているつもりでいた。
 
ところが2月18日の朝いちばんに、金沢〒〒テレビの石崎制作部長(取締役)から「ちょっと話がしたい」という連絡があったのである。
 
青葉は“千里たち”のスケジュール表を確認して、国内にいる千里3に連絡した。すると
「OKすぐ行く」
と言って、5分後に来てくれた!ので、青葉は千里3に後を頼んで金沢に移動した。
 
仙台10:41-12:22大宮12:50-15:20金沢
 

石崎部長は言った。
 
「金沢ドイルさん、みずくさいよ」
「はい?」
「君、アナウンサー志望なんだって」
「ええ」
「なんか、東京とか大阪とかの局のアナウンサー試験受けたと聞いたけど」
 
「東京も大阪も名古屋もお祈りの手紙が来ました」
 
「アナウンサーになるんなら、うちに入ってよ」
と石崎部長が言う。
 
「アナウンサーに採用して頂けるんですか?」
 
「うちの募集開始は3月からなんだ。だから正式な内々定は3月下旬にならないと出せないと思うんだけど、僕としてはよその局に行ってもらっては困るし、うちの社長もぜひと言っているから、〒〒テレビ1本に絞ってくれない?」
 
「分かりました。そうさせて頂きます。よろしくお願いします」
と言って青葉は頭を下げた。
 
「じゃ細かい条件とかについては、またあらためて来月下旬に」
「はい」
 
それで青葉は石崎部長と握手した。
 
そういうことで、青葉は1年後、2020年の春から〒〒テレビのアナウンサーになることが事実上決まったのであった。
 
作曲家、霊能者、水泳選手、大学生、松本花子の運営会社会長、と5足の草鞋を履きながら半年間にわたって続けて来た就活もこれで終了となった。
 
但しこの“内々々定”の話は3月末までは他人にはしないでね、ということであった。
 
正直ホッとした!さすがにこの半年は青葉もなかなか大変だったのである。
 
菊枝と一緒にやっている霊能関係資料の管理会社の方は1年以上放置状態になっている。とてもそこまで手が回らない(一応佐竹慶子の裁量で自由に追加購入はしてもらっている)。
 
なお、青葉がまたもや海外遠征後、すぐには戻って来ず。戻って来たかと思ったらまた翌朝から仙台に行くというので、朋子はまた呆れていた。
 
 
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【春葉】(4)



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