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■春約(7)

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このプロジェクトでは最初は市販のパソコンを使って作業を進めていたのだが、やはり処理速度に問題があるのではという意見が出た。
 
そこで千里3はこれらのシステムを動かせるようなマシンをいくらお金が掛かっても構わないから制作してもらえないかと《きーちゃん》と《せいちゃん》に頼んだ。
 
それで2人は検討して、Core i7 8086K (Coffe Lake 4.0-5.0GHz 6core 12thread) Memory 128GB (DDR4-2666(=PC4-21333) 16GB x 8) SSD 1TB x 4 というマシンをふたりで組み立ててしまった。
 
これは筐体を使用せず、ボードを組んでラックに積んだだけの、いわゆるブレード・コンピュータである。たくさん増設することになりそうなので筐体に入れるとスペースを食うという問題と、筐体が無い方が組み替えやすいという問題もある。むろんラックがボードを守るので、普通の地震くらいは平気である。
 
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小樽ラボで進めていたmp3からMIDIを作る作業もこのマシンに交換したら3倍の速度で進み始めた。
 
8086Kはアイや千里2たちが制作したスーパーコンピュータMuse-3に使用した素子でもある。但し向こうは8086Kを2500個ほど使用している。こちらは1個しか使っていない。費用も1台80万円程度である。
 

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青葉と千里3はこの「松本葉子」「松本花子」を運営するための会社“結実”(Yumi corp.)を、“取り敢えず”資本金5000万円で設立した。出資比率は青葉の会社グリーン・リーフと千里の会社フェニックス・トラインが48%(2400万円)ずつ、鮎川ゆま・峰川伊梨耶・清原空帆・五島節也の4人が1%(50万円)ずつ出すことにした。大谷日香理にも出資しない?と誘ったが「私、お金無い!」と言っていた。
 
役職については青葉が代表取締役会長、千里が代表取締役社長、で2人は同等の権限を持つ。社印は青葉が保管するが、これは千里が持ったらすぐに無くすに決まっているからである! 千里はフェニックス・トラインの社印も親友の佐藤玲央美に預けている−ちなみに玲央美は千里の分裂を知っている。
 
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もうひとりの取締役は、鮎川ゆまに専務取締役をお願いした。実は、ゆまがいちばん動きやすい上に音楽業界に顔が利くからである。それで彼女には大きな権限を与えた方がいいと千里3と青葉は話し合った。
 

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このプロジェクトの窓口として作曲家を引退して沖縄に住んでいる木ノ下大吉先生にお願いすることにした。木ノ下先生にお願いしたのは初期の段階で、パターン化しやすい音楽ジャンルとして演歌を想定したので、多くの演歌歌手・演歌系プロダクションとのコネがある木ノ下先生に相談したら、自分が表に立っていいと言ってくれたのである。このあたりの交渉は、千里に擬態した《きーちゃん》が鮎川ゆまを連れて行って木ノ下先生と直接会って交渉してまとめた。
 
結果的に木ノ下先生の所に作曲依頼が殺到することになり、千里はその事務処理のため、内瀬瞳美さんという20代の“自称女性”を雇った。彼女は木ノ下先生の友人の娘(?)さんで、高校を出た後、ずっと沖縄に住んで三線(さんしん)を習い、現在はその師範免許も持っているらしい。米軍関係の施設に勤務していたのを退職してこの仕事をしてくれることになった。
 
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彼女は簿記2級を持っており、コンピュータのプログラミングも得意らしい。米軍関係の施設に勤めていたので英語はぺらぺらだし、その仕事の都合で大型自動車免許・大型自動二輪免許も取得しているというので頼もしい。
 
実は戦車やヘリコプターも操縦できるし射撃も得意らしい!?
 

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彼女は面接した時に
「私男ですけどいいですか?」
と訊いたのだが、面接をした《きーちゃん》は
 
「この仕事に性別は関係無いので、どちらでも構いません」
と答えた。
 
彼女が提出した履歴書には性別欄が無かった。一応出してもらった年金手帳の上では性別は女性になっていたが、性別を変更したのか、あるいは元々女性として登録されていたのか、その付近は分からない。健康保険証は、年金手帳に合わせて女性で発行した。
 
また実際には彼女(?)は女性の格好で日々の仕事をしているし、見た雰囲気男性には見えないが、むろん千里たちは詮索もしない。木ノ下先生も彼女の出生時の性別がどちらかは知らないという。実は木ノ下先生はその友人に子供がいたこと自体を最近まで知らなかったらしい。ところが住所を聞いたら、同じ恩納(おんな)村村内だったので、びっくりしたのである。
 
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そういう訳でこのプロジェクトは全国各地に住んでいる作詞家の作品をいったん東京在住の空帆がまとめて(添削・校正の上)、北海道の《せいちゃん》の所に送り、自動作曲に掛けて、それを東京のイリヤの工房に送り、編曲して完成したものを沖縄の木ノ下先生の所から販売するという、全国的に分散したシステムとなった。
 
空帆は相沢さんの旅館の東京事務所に住んでいたのだが、最近忙しすぎてそちらのサポートができないので、下級生にその仕事を譲り、この春から川口市のワンルームマンションに住んでいる。
 
このシステムを稼働させるにあたって、彼女のマンション、小樽ラボ、木ノ下先生宅、イリヤの工房の間にVPN(インターネット経由の専用回線)を構築した。この作業は千里(?)のJソフトでの元同僚で、この春に退職して婚活(?)をしていた矢島彰子さんに相談したら、資材費・交通費別の報酬100万円でやってくれた。
 
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「矢島さん、ついでにうちのシステムのサポートしてくれません?人手が足りないんですよ。立ち上げたばかりでまだ利益が出てないので現時点ではあまりお給料出せないのですが、向こう1年間最低30万は保証しますので」
 
と千里が話を持ちかけると
 
「やるやる!そろそろ退職金を食いつぶして何かバイトしなきゃと思ってた」
 
と言って、小樽ラボのスタッフになってくれた。これで小樽ラボは3人体制になる。
 
「婚活は大丈夫ですか?」
「ああ、それは親の手前言っていただけで、結婚する気は無い」
「ちなみに矢島さん、好きなのは男性?女性?」
「私はバイだよ」
「そんな気はしてました」
 

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信次は、名古屋支店に来て初日に知り合い、そのまま“親密”になってしまった水鳥波留と、週末ごとに逢瀬を重ねていた。
 
千里には「土日は泊まりがけで休日出勤してくるから」と言ってアパートを出て、そのまま波留のアパートに行き、日曜の午後まで1日半くらいのロングデートをしていたのである。ずっと彼女のアパートに居ることもあれば、一緒に外出して、レストランなどで食事をしたり、愛車ムラーノでドライブしたり、またナガシマ・スパーランドや、モンキーパークに行ったり、して楽しんでいた。
 
(信次は千里とはこの手のデートをしたことが無い。優子とは結構遊園地にも行っているし、たくさんドライブしている)
 
波留としては奥さんの居る人とこういう関係を続けることには罪悪感もあったのだが、信次が
 
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「正直、妻はあまりにも女らしくて、こちらもテンションがあがらないんだ。君は男らしくてステキだ。今年中くらいには妻と離婚するから、その後結婚して欲しい」
 
などと言うので、自分と結婚してくれるのならいいかなあと思っていた。
 
しかし「男らしくてステキだ」と言われるのは、FTMの傾向は無い波留としては少し複雑な気分である。
 
(信次は過去に半年程度以上付き合った相手は男性でも女性でも居ないのでタイマー的に?テンションが落ちてきていただけである)
 

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「でも本当に奥さんと離婚してくれるの?そういうこと安易に言う男多いし」
と波留が言うと
 
「だったら、離婚届けを書くよ」
と信次は言って、6月中旬のデートでは、離婚届けの用紙に信次の分だけ記入したものを波留に見せた。
 
「これ今すぐ提出する訳じゃないけど、離婚の方向性は間違い無いから」
 
と信次は言うが、波留は
「提出しない書類なんて全く意味が無い」
と言う。
 
「だったら日付までは書いておくよ」
と信次。
「いつ出すの?」
「今子供を作っているんだよ。その予定日が1月上旬だから、その後で・・・そうだ。婚姻届けを出した1年後の2月3日の日付を書いておこう」
 
と言って信次は離婚届けの日付に平成31年2月3日と書いた。
 
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なんか適当そうだなあと波留は思ったものの、それでも少しだけ「自分が信次にのめりこむ」ブレーキを“緩める”気分になった。
 

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そして6月30日(土)から7月1日(日)に掛けてのデートで、信次と波留は伊勢市まで足を伸ばして伊勢の神宮を参拝した後、松阪市まで戻って松阪牛のステーキを堪能する。そして鈴鹿市内のホテルに泊まった。
 
「あれ、しまった。コンちゃんが切れちゃった」
「コンビニに行って買ってくる?」
「コンビニ結構遠かったし。お酒飲んじゃったから運転できないし」
「でも私、生では入れたくない」
「うん。それやると洗っても臭いが取れないんだよね〜」
 
「あ、そうだ!」
その時、なぜ波留はそんなことを言い出したか分からない。
 
「信次のを私に入れるんなら、生でしてもいいよ」
「え?でも妊娠しちゃったら?」
「私と結婚してくれるんでしょ?だったら妊娠してもいいじゃん」
「そういう考え方もあるか」
 
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この時、波留はいっそ妊娠してしまった方が、信次と結婚できるかも、という気がしたのである。
 
それで結局ふたりは信次が男役、波留が女役で生セックスをしてしまった。
 

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信次は女役で逝く時は“ドライ”で逝く。それは千里との夜の生活でもそうなので実はめったに射精をしていない。しかもこの所、平日は千里と休日は波留とセックスしているので、性欲は満たされており、オナニーもしていない。それで男役をすると、かなり濃厚な精液が出るのだが、そのことを信次本人は意識していない。
 

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翌7月1日、ふたりは近くの椿大神社(つばきおおかみやしろ)に行った。
 
猿田彦(さるたひこ)神と天宇受売(あめのうずめ)神の夫婦神を祭る神社で、伊勢国一宮である。
 
「ここに来ると夫婦仲良くできるんだって」
「私たち本当に結婚できるの?」
「1年くらい待ってくれれば」
 
まあ、結婚してもらえる確率は2〜3割かなあ、と波留は思った。でも別れたとしても、自分はこの人のことを一生忘れない気がする。
 
「ね、昨夜のでもし赤ちゃんできたらさ、何て名前にしようか?」
 
「そうだなあ、男の子なら幸祐、女の子なら由美だな」
と信次は言った。
 
「どんな字?」
と言うので信次は紙に書いてみせた。波留はその紙を大事そうに自分の財布の中にしまった。
 
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6月24日(日).
 
彪志は実家の母から「用事があるから来てくれ」と言われ、忙しい中何とか都合をつけて盛岡に行った。
 
「あら、あんたそんな格好で来たの?」
と母から言われる。
 
「え?何かまずかった?」
 
彪志はトレーナーとジーンズという格好である。
 
「ちょっとあらたまった席なのよね」
「だったら振袖でも着る?」
 
文月がしかめっ面をする。
 
「あんた女の服を着るの?」
「まさか」
 
「だったらお父ちゃんの背広着て」
と言って出してくる。
 
「お父ちゃんは?」
「今週は大阪出張なのよね〜」
「ふーん」
 
それで父のワイシャツ・背広を着て髪もぼさぼさだったのを櫛を入れる」
それで母の車に乗って来たのは、盛岡市内の高級ホテルである。
 
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「何があるのさ?」
「まあともかく行けば分かるから」
などと母は言っている。
 

それでホテルに入り、レストラン街の日本料理店に入る。
「予約していた鈴江ですが」
「はい、ご案内します」
 
それでスタッフの人に続いて奥の方に入る。
「こちらでお連れの方がお待ちです」
とドアを開けて言われる。
 
中には振袖?を着た22-23歳くらいの女性、そして50歳くらいの留袖?を着た女性がテーブルの片側に座っている。
 
それを見た瞬間、これが何なのかを彪志は悟った。
 
「まさか見合いなの?」
と彪志は言う。
「そう堅苦しく考えなくていいから。いいお嬢さんなのよ。少し話してみない?」
 
「俺には青葉がいるんだから、見合いなんてしないよ」
と彪志は怒ったように言う。
 
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「でもあの子、赤ちゃんとか産めないんでしょ?おばあちゃんに曾孫の顔を見せてあげてよ」
「それは愛奈に頼んで(*2)。とにかく俺は帰る」
と言って彪志は踵を返す。
 
「ちょっとせっかくだからごはん食べていきなよ」
「母ちゃんが2人分食べれば?」
と言って、彪志は実家に戻ると、着換えてすぐ大宮に戻ってしまった。
 

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(*2)彪志も青葉も知らないが、彪志の睾丸は実は青葉のものである。事故に遭って睾丸の機能がほぼ死んでしまった時、美鳳の手で男性化したくなかった青葉のものと交換された。その睾丸は青葉が中学生の時に自然消滅したが、実は元々生殖機能を喪失していたし男性ホルモンの生産力も小さかった。
 
だから彪志が他の女性との間に子供を作っても、それは文月の孫、勝子の曾孫にはならない。一方、青葉に移植された卵巣は幼くして亡くなった彪志の姉のものである。つまり彪志と青葉の間で子供が作られた時のみ、文月は自分の孫に会えるのである。
 

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