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■春約(10)
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千里3は「参ったな」と思った。
千里3は現在マヨルカ島で合宿中である。
むろん信次の死はすぐに察知した。するとバスケ関係者を含めて多くの人に、放心状態になっていて“日本国内に居る”千里1が目撃されるはずである。《きーちゃん》の連絡で、信次の通夜・葬儀は7月6日,7日に行われることを知った。
7月5日の夕方、千里3は練習中に突然右足首を押さえながら座り込んだ。
「どうした村山?」
「すみません。ちょっとひねったみたい」
「すぐ医務室へ」
《きーちゃん》は千里が医務室に運ばれる前に医務室に電話を掛け
「すみません。スペイン代表の**が怪我したので来てもらえませんか?」
とスペイン語で話した。
「分かった。すぐ行く」
と言って担当医が飛び出していく。そこで《きーちゃん》は医務室の医師に変装して椅子に座っておく。そこに千里が運び込まれてくる。《きーちゃん》は千里の患部を見て
「単純な捻挫ですね。3日くらい湿布していれば治りますよ」
と言った。
もっともらしく、湿布薬を足首に貼る。
「じゃ明日、明後日の試合は?」
とコーチが訊く。
「大事を取った方がいいと思いますよ」
「分かりました」
「済みません、コーチ。こんな時に怪我して」
「まあ本番じゃないからいいけどね」
そういう訳で、千里3は7月6日、7日のスペインとの練習試合をパスしたのである。
千里はその日は自室に戻って安静にしておくことにした。練習が終わってから玲央美が来る。
「仮病の具合はどう?」
「いや、ちょっとまずいことが起きてさ、明日・明後日、代表チームの写真に写りたくないんだよ」
「もしかして千里1番か2番に何かあった?」
「レオちゃんは全部お見通しだなあ」
「やはり何かあったのか。性転換したとか?」
「なぜ〜〜? いや実は千里1の旦那が死んで、お葬式にバスケ関係者も集まるようなんだよ」
「川原新一さんだっけ?」
「川島信次」
「あ、ちょっと惜しかった」
と言ってから、玲央美は言った。
「私としては1番も2番も3番も等しく、私の親友だからさ。そのお葬式に出たい」
「うーん・・・。きーちゃん?」
それで《きーちゃん》は姿を現してから言った。
「玲央美ちゃんならいいよ。葬儀の時だけ転送してあげるよ」
「よろしく」
実際には6日の通夜も7日の葬儀も19:00-20:30の間に行われたので、スペインでは12:00-13:30にあたり、夕方19:00から行われた練習試合とはぶつからず、玲央美は出席して香典も置いて来たのであった。
青葉は参ったなと思った。
信次が亡くなったのが7月4日なので、多分5日通夜、6日葬儀になるかと思っていたのが、警察の検屍に時間がかかり、1日ずれてしまった。それで葬儀が7日なのだが、7月7日には日本代表の合宿でスペインに向けて出発しなければならないのである。チーム関係者に言えば出発をずらしてくれるだろうが、それによって結果的に合宿が短縮されるのは避けたい。千里3に言われたように、金メダルの1枚くらい?取っておきたいのである。それで青葉はこの時期、かなりマジに練習をしていた。
「うーん・・・、ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な♪」
と青葉は古典的な“選定歌”を歌って、千里3に電話した。
「ちー姉、今スペインだよね?」
「そうだけど」
「あのこと・・・知ってる?」
「知ってる。香典を届けたいくらいだけど、村山千里名義の香典を出す訳にもいかないし」
「だよね〜。それでちょっと相談なんだけど」
と言って、葬儀に出ないといけないのに、合宿に参加するため7日には成田から飛び立たないといけないことを話す。
「ああ。だったら、青葉は6日の通夜が終わったら、すぐNTCに行きなよ。7日の葬儀は私が代役さんを行かせるから」
と千里3は言った。
「分かった。お願い」
千里3は《すーちゃん》の携帯に掛けた。
「す〜ちゃん、元気〜?」
「私に何をさせるの〜〜?」
「簡単なお仕事なんだよ」
「千里がそう言う時はだいたい怖いんだけど」
それで千里3が詳細を言うと
「分かった。私自身があの場で信次さん助けられなかったことで後ろめたい気持ちあったし、青葉の振りして参加してくるよ」
「その件は気にしないで。状況を聞いたけど、信次はたぶん自身の寿命を知っていたんだと思う。だからこそ、自分の寿命を数時間縮めることで、他の人を助けたんだよ」
「そうかもね」
「じゃ7日の青葉の代役、よろしく」
「頑張る」
「そうそう。葬儀には玲央美も出席するから、帰りは玲央美と一緒にスペインに戻るといいよ」
《すーちゃん》は玲央美に付いてマヨルカ島に来ていたものの、《くうちゃん》の緊急召喚で日本に戻されてしまい、スペインに戻る手段が無かったのである。
「了解〜」
川島家の荷物回収にも協力した赤星さんは、お葬式にも顔を出した方がいいかなという気がしたので、千里の携帯に電話を掛けるのだが、出ない。まだ本人、電話を取る気力も無い状態かなと思ったので、多分向こうのバスケット関係者も葬儀には出るだろうからと思い、高校時代に過去に交流があった子で、現在40 minutes(ここのオーナーは千里である)所属の小杉来夢に電話してみた。すると来夢は
「え!?千里の旦那が死んだの?」
と驚いている様子。彼女はそもそも千里が結婚していたこと自体を知らなかったと言っていたが、誰かに聞いてみると言った。
それで来夢は40minutesのメンバーの中で千里に最も親しそうな若生暢子に電話した。
「待て。千里はいつ結婚したんだ?」
「3月らしい」
「千里とは東京で頻繁に会っているぞ。そもそも今年は合宿所に缶詰になっているんだから、その千里が名古屋に住んでいる訳が無い。結婚の話も全く聞いていない」
「え〜〜!?」
(暢子と頻繁に会っていたのは千里3で“松本葉子”の件で打ち合わせていた)
暢子は首をひねりながらも、千里の一番の親友である田代蓮菜に電話する。
「それ何番の千里?」
と蓮菜は言った。
「何番って?」
「千里はどう考えても10人くらい居る。千里からのメールは15種類のアドレスから送られてくる」
と蓮菜は言っている。
実態は、千里がパソコンごと、メールソフトごとに別のメールアドレスを設定しており、その中のどこからメールするかが徹底していないからである。それで千里は自分が受け取ったメールがどのパソコンのどのソフトに入っているか分からなくなる。
暢子も心当たりがあるので答えた。
「そうかも知れない気がする。じゃ、何人かいる内の千里の中で、旦那を亡くしたかも知れない千里の旦那の葬儀について知ってそうな人を捕まえてくれない?」
「分かった」
それで蓮菜(葵照子)は青葉に電話をして、それで通夜・葬儀が7月6日、7日に行われることが分かる。
「今遺体は名古屋にあるのですが、千葉市に転送して、そちらで葬儀をするつもりです。場所は分かったら葵さんにご連絡します」
「よろしく」
それで暢子からの連絡で「千里がいつの間にか結婚していて、その旦那が急死した」という情報が、40minutesの関係者および旭川N高校OGの間にも知れ渡ることとなったのである。
また桃香は千里のお母さんにも電話をしたので、北海道からはお母さんと妹さん、それに叔母さん(美輪子)が来てくれることになった。旭川N高校関係でも、宇田先生はインターハイを1ヶ月後に控えている時期で動けないので、南野コーチが代理で来るという話だった。
そしてみんながみんな
「千里が結婚していたなんて知らなかった!」
と言った。
友人たちの間で「なぜ千里は結婚することを誰にも言わなかったんだ?」と感じた人たちが大勢居た。
かなり憤慨していた人たちもいたが、千里本人は茫然自失状態のままで、話ができない。結構騒ぎになっていたので、《きーちゃん》はどうしたものかと悩み一時は千里から言われていた(青葉の前に眷属は姿を曝してはいけないという)禁をおかしても青葉と対策を相談しようかとも思ったのだが、思わぬことから沈静化してしまう。
それは7月7日に葬儀の準備をしていた時であった。太一が信次の私物を整理していたら、彼が通勤に使っていたアタッシェケースがある。中を見たら何か書類があるので、仕事関係のものなら、葬儀を手伝いに来てくれている会社の人に渡さなくてはと思って開ける。すると驚愕の内容だったのである。
太一はそれを控室に持って来た。見回すと幸いにも母が居ない。
(この時“青葉”はいたが、実は本人ではなく《すーちゃん》の代役である)
「とんでもないものを見付けてしまった。どうしよう?」
と言って、太一が見せたのは、離婚届である。
「全部記入されている」
「これ信次さんの字?」
「うん。間違い無く信次の字だ」
と太一。
「右側も間違い無く千里の字だ」
と桃香。
「だったらふたりはもう離婚するつもりだったの?」
「でも結婚してまだ3ヶ月ちょっとしか経ってないのに!?」
「いや待て。日付が平成31年2月3日になってるぞ」
「じゃ書くだけ書いて、来年になってから出すつもりだったのか?」
「この日付は信次が書いたみたいだな」
ここで桃香が爆弾発言をする。
「千里は結婚する前から、結婚して1年後には離婚すると私に言っていた」
「え〜〜〜〜!?」
「確かに2人は2月3日に婚姻届を出したから、平成31年2月3日というのは結婚してちょうど1年後」
更に手伝いに来てくれていた○○建設の社員が更に重大発言をする。
「詳細は勘弁して欲しいのですが、川島室長はある社員と交際してました。秘密にしていたようですけど、ふたりの雰囲気から付き合っているのは間違い無いと、みんな言ってました」
(彼女は部屋を見回してここに羽留が居ないのを確認してからこの発言をした)
「それは事件現場に居た千葉支店の女性?」
「いえ違います。名古屋支店の人です」
「じゃ名古屋に転勤してから交際を始めた?」
「だと思います。相手も名古屋支店に採用されて間もないんですよ」
「なんてマメな!」
「じゃ信次さんは、千里と別れてその人と結婚するつもりだったのかね?」
と朋子がしかめっ面で言う。朋子は信次が優子と結婚しないまま子供・奏音を作ったことを知っている。
その時、玲羅が言った。
「姉貴になんでもっとたくさんお友だちを招待しないのさって、結婚式の時に訊いたら、当時は意味分からなかったけど“無駄だから”と言っていたんだよ。ひょっとして結婚するけど、すぐ離婚するつもりだったから、わざわざ友だちに来てもらうまでもないと思っていたのかも」
「むむむ」
「それって、つまりふたりの結婚は偽装結婚か、契約結婚だったのでは?」
という声が出る。
すると太一が言った。
「偽装結婚というのはあり得る気がする。信次はホモなんだよ。だから女性と結婚するという話に俺は疑問を持っていた。きっと母ちゃんがうるさいから、いったん女性と結婚する振りをしたかったんじゃないかね。それに千里さんが協力してくれた」
「姉貴なら協力してあげた可能性ある。千里姉がずっと好きな人が1月に別の女性を妊娠させて取り敢えず籍を入れたんだよ。それで当てつけにこちらも結婚したのかも。ふたりは各々結婚しているからデートはしないもののメールとか電話はしているみたいなんだよね」
と玲羅が言う。
「それ本当に偽装結婚っぽいな」
「偽装結婚だから、すぐ別れる予定だった?」
「すぐ別れるつもりだったから、結婚式に友人たちに来てもらうのは気の毒と思って呼ばなかったのでは?」
「それあり得る気がしてきた」
「でもこれうちの母ちゃんには言わないで」
と太一が言う。
「うん。お母さんにはとても言えない」
「要するに結婚と離婚の約分かな」
と美輪子は言った。
「分数の約分みたいなものですか?」
「そうそう」
そういう訳で、この場に居た人の口から結構友人関係に伝搬したため、千里が友人を結婚式に招かなかったのは、そのためだろうと、納得されてしまったのである。
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