広告:兄が妹で妹が兄で。(3)-KCx-ARIA-車谷-晴子
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■春約(6)

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青葉は5月28日から6月3日まで東京北区NTCでの代表合宿が終わると、富山に戻り、まずは旅券センターで新しいパスポートを受け取った。
 
そのパスポートに Sex:F という表示があるのを見て、青葉は思わずパスポートを胸に抱きしめた。青葉はやはりスペインに遠征に行ってくることになりそうである。
 

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6月10日(日).
 
青葉の自宅に彪志が来訪した。
「これ遅ればせながら誕生日プレゼント」
「ありがとう!」
 
「東京に来たんなら、うちに寄って欲しかったなあ」
と彪志は不満を言う。
 
「ごめーん。ジャパンオープンの前は、大会前にデートなんてできないと思ってパスしたし、終わってからはできるだけ早く戻って大学に出たかったから。今年は大学の授業をかなり休むことになりそうだから、出られる時は出たいんだよね。お友だちからも誕生日パーティしようよと言われたけど、辞退したんだよ。とてもそんなのやってる時間が無くて」
 
「大変そうだなあというのは感じてた」
「泊まっていける?」
「ごめん。最終便で帰らなくちゃ」
 
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最終便は 高岡20:37-20:55富山21:20-23:05大宮 である。
 
「だったら晩御飯は食べて行けるよね?」
「うん。もらっていこうかな」
などと2人が会話していたら
 
「じゃ私買物に行ってくるね」
と言って朋子は出かけてしまった。
 
「お母さん、親切だね」
「じゃ愛の確認」
「うん」
 
それでお部屋に行って4月8日以来2ヶ月ぶりの愛の儀式をした。5月頭に青葉が彪志のアパートに寄った時は、青葉が疲れすぎていてひたすら寝ていたので何もしていないのである。
 

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6月9日は金沢で石川県学生選手権に参加したが、その後少しあくので、千里3と一緒に始めた自動作曲プロジェクトの方を進める。
 
この時期千里3は5月13日から31日までの第3次合宿に続いて、6月1日から19日までの第4次合宿を東京のNTCでしていたのだが、合宿の練習は朝から夜までなので、深夜に高岡市の青葉の部屋を訪れて2人で話し合った。
 
東京と高岡の間をどうやって移動しているのかは、いちいち突っ込まないことにする!
 
「じゃ既成曲のデータベース作りは9月までには終わるね?」
 
(この作業は途中でスピードアップし、8月中に完了する)
 
「うん。でもやはり冬子が持っていた音源データが流行歌については凄く網羅性がいいんだよ。だからこれとだけチェックするだけでもかなり充分だと思う。だから私のお友だちの“五島さん”の自動作曲プログラムができたらすぐにも生産を始められると思う」
 
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「最初の内はいろいろ検証して、品質とか既存曲との類似を人間の感覚で見た方がいいよね?」
「だと思う。お互いに海外に出ているかも知れないけど、そのあたりは何とかしようよ」
 
「これ作詞はどうしようか?」
「作詞は人間がやればいいと思う。作曲は年間数十曲しか書けないけど、作詞はだいたい1日に1個は書けるよ」
 
「だよね」
「青葉のお友だちの日香理ちゃん、初期の頃に比べるとだいぶ品質があがってきた。彼女の作品は使えると思う」
「あれ、和泉さんが日香理に接触して、かなりアドバイスしてくれたみたい」
「それは凄い」
 
「戦力になってもらわないと、困るからね」
「それは確かに和泉ちゃん自身が困るよね。今年は作詞家の負担も大きいはず」
 
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「じゃさ、作詞できるような人で秘密を守ってくれる人、10人くらい頼もうよ」
「うん。そうしようか」
 
この件に関しては、青葉が日香理、空帆、椿妃、柚女、明日香の5人から詩を募集し、千里3も詩作をすることを知っていた5人の友人、若生暢子、早川珠良、松井梨紗、矢野穂花、水嶋ソフィアから詩をもらえるように頼んだ。彼女らと、青葉・千里3も含めて12人で詩を書くことにする。これを比較的心の余裕がある空帆に推敲してもらった上でシステムに投入することにする。
 
「このシステムに名前つけようよ」
と青葉が言うと、千里(千里3)は
「山田花子」
と言った。
 
「何それ?」
「英語で言えばジェーン・スミス、ドイツ語ならエリカ・マスターマン」
「ああ、そういう意味か。でも山田花子ってタレントさんいるけど」
「うっ・・・」
と声をあげてから、千里は
 
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「じゃ松本花子」
と言った。
 
「どこから松本という苗字が?」
 
このシステムは7月中旬頃から楽曲の生産を始めたが、このシステムから生み出される楽曲に「作曲・松本花子」のクレジットをつけることにした。作詞については元の作者名をクレジットするかどうか悩んだのだが結局匿名にすることにし「作詞・松本葉子」の名前にして、印税や著作権使用料は振り込まれた当日に本人に全額渡すという方針で作詞者全員に了承をもらった。
 

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《せいちゃん》のプログラムは歌詞を画面に表示して、それを人間がふつうに読むと、そのイントネーションをベースにしてメロディーを作成するようになっている。つまり人間をシステムの一部として組み込んでいる! しかしかえってそのあたりを自動でやらせようとするより、良い品質になるのである。
 
なお、アイたちのMuseの方は自動作詞システム、自動読み上げシステムなどを組み込んでいるので、結果的にシステムが巨大になっている。
 
こちらは、朗読係として、間枝星恵さんという元女優さんをスカウトした。この人は高校卒業後、大手劇団に加入し、かなり鍛えられているので朗読も美しい。千里は、以前のCD制作で歌詞の朗読をしてもらった時に、この人、上手いなあと思って記憶していたのである。
 
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彼女は劇団に4年ほど在籍したものの、チケット売りのノルマに疲れて退団。雨宮先生が見い出してテレビドラマのちょい役や、あちこちのPVなどに出演させていた。和服の似合う美人でローズ+リリーの『振袖』のPVにも出ている。
 
(雨宮先生は最初てっきり男の娘だと思って声を掛けたのだが、天然女子と聞いてがっかりしたらしい。しかしお仕事を紹介してくれた)
 
彼女は1年ほど前に北陸の実家に戻っていたのだが、千里が連絡してみると
「やります!やります!」
と言って、夜行バスに乗って東京に出てきた。
 
そういう訳で彼女は北陸出身ではあるものの、東京の劇団で鍛えられていて、発音も明瞭で、標準語のアクセントが正確だし、鼻濁音も発音できる。
 
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「作詞者が全員女性なので、女性に読んで欲しかったんですよ」
「そうですか。だったら性転換しなくて良かった」
「男の子になりたいの?」
「男の娘だったらしてみたい気もしますけど」
 
どうもただのジョークのようである。
 
「勤務地は北海道の小樽市なんですけど」
「世界中どこにでも行きます。火星に行ってくれと言われたら少し考えますが」
「少しずつ増員するつもりではあるんですが、今そこは中年の男性が1人で勤務しているんですよ。紳士的な人だから襲われる心配はないと思うんだけど、男1人・女1人の環境を気が進まないならやめておいた方が良いです」
 
「平気です。もしやられたら結婚してもらいます」
「まあそれもいいかもね。あ、そうそう、彼、女装していることもあるけど、気にしないでね」
「女装男性はわりと好きですよ〜」
 
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さっきジョーク(?)でも言っていたし、多分男の娘に関心があるのだろうか。そのあたりもあって多分雨宮先生の琴線に触れたのだろう。
 
それで採用したので、彼女が“小樽ラボ”に通勤して朗読をしてくれることになった。また彼女は運転免許も持っているので、買い出し係もお願いすることにした。
 
「北陸なら雪道の運転は経験あるとは思うけど、北海道の雪道は超絶だから慎重に運転してね」
「頑張ります」
 

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「編曲はどうする?」
と青葉は千里3に尋ねた。
 
実は楽曲制作において最も重要なのが編曲である。
 
「それ誰かしっかりしてそうな人を引き込もうよ。私も青葉も今年は無茶苦茶忙しい。もっと時間の取れる人がいないと、やばいと思う」
 
それで2人で話し合って引き込むことにしたのが鮎川ゆまである。彼女は話をすると
 
「面白そう!」
と言った。
 
「私も今年は作曲ノルマがきつすぎると思っていた。そのシステムに代行させられるよね?」
 
「私たちはもうそのつもり」
 
「じゃさ、もうひとり、イリヤちゃんを引き込もうよ」
「おぉ!」
 

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それで鮎川ゆまは、下川工房から独立して自分の音楽制作事務所を設立したばかりのイリヤ("Il y a" : 峰川伊梨耶)に接触し、彼女の協力で《自動編曲》のシステム制作を進めることにした。
 
「それ自動編曲でもいいですけど、人間の手による編曲もしていいですか?」
「それでそちらの工房のお仕事になりますよね」
「いや、それが仕事がなくて困っていたんですよ」
 
イリヤはこの春に独立して自分の工房を設立するにあたり、家賃や設備費、下川先生に払った“イリヤ”ブランドの買い取り代金などで3000万円近い投資をしていた。更にスタッフのアレンジャーを10人雇っていたのに、上島事件の影響で楽曲の制作が激減して仕事が得られず、それなのに給料を払わなければならないので困っていた。
 
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ゆまは千里3と話し合い、この借金を全部肩代わりしてあげることにした。その代り、千里をイリヤ工房の株主にしてもらった(つまりイリヤはこのお金を返却しなくてよい)。但し千里の名前が表面に出ないようにするため、途中に匿名出資組合を挟んでいる。
 
このお金の問題を解決した上で、自動編曲システムの開発を始めたのである。
 

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その仕様は、代表合宿で忙しい中夜間に参加した千里3、《せいちゃん》、鮎川ゆま、イリヤ、そしてイリヤのお父さんで、アマチュアの作曲家であり、エレクトーン歴40年で、DTMの達人“ひまわり女子高2年A組17番”さん(以下2A17と略す)の5人で詰め、プログラムコードも2A17さんと《せいちゃん》が共同で書くことになった。
 
(イリヤさんはお父さんに「その恥ずかしすぎるハンドル何とかしてくれ」と言っているらしい)。
 
Cubaseなどにも自動伴奏システムは搭載されているが、2A17さんは、その仕様にあれこれ不満があり、自分で色々プログラムを組んでいたらしい。それを今回千里やゆまとの話し合いでこのシステムに投入することになったのである。
 
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「ちなみに女装の趣味とかは?」
と千里は彼に尋ねてみたが
 
「大好きなんだけど、それで知っている人に会うことは娘と妻から禁止されています」
 
などと言っていた。実際に女子高の制服も多数所有しているらしい。身長は170cmあるものの、ウェストが61cmなので、充分それを実際に着られるらしい。
 
ちなみに彼のtwitterのアイコンは飼っている猫(ノワールちゃんという黒猫)の画像である。ちなみに彼の本職は高校の先生(担当数学)で、実はこの時期は学校の夏休みに掛かり、時間が取れたのである。
 
(学校の先生なのに自分で女子制服を着るのも趣味というのは若干やばい気もする)
 
「性転換するおつもりは?」
「さすがに離婚されそうだから自粛で」
「ホルモンとか去勢とかはしてないんですか?」
「娘が結婚したらホルモンやってもいいと言われています」
と本人は言っていたが
 
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「私たぶん結婚しないから、お父ちゃん永久に女性ホルモン飲めないと思う」
とイリヤは言っていた。
 

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