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■春秋(16)

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「あ、そうだ。貴司の留守中に、親戚の布施暢彦さんという人から結婚式のお知らせが来てたけど。出欠の返信葉書付きで」
 
と言って阿倍子は葉書を出してくる。実は貴司が国体参加で6日からマンションを留守にしていたので、阿倍子はそれと入れ替わりにマンションに帰宅していたのである。
 
「へー。暢彦君が結婚か」
「従兄弟か何か?」
「そうそう。札幌の従兄」
「でも住所は北九州市になってるよ」
「へ?」
 
それで貴司が母に電話して確認すると、暢彦君は転勤で北九州市勤務になっており、福岡市在住の女性と親しくなって結婚することになったらしい。結婚式は北九州市と福岡市の中間の福津市(福間と津屋崎の合併でできた市)の神社で挙げるらしい。
 
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「何かお嫁さんの家は民謡の家元さんの家系らしいよ」
「え〜? それ面倒な作法とか無いの?」
「そういうのは無いらしい。直系ではないということだし。でも三味線くらいは練習しないといけないかもと言ってた」
「たいへんそう」
 
母との電話を切ってから阿倍子に尋ねる。
 
「そういう訳で、結婚式は福岡らしいけど、阿倍子行ける?」
「そんな遠距離まで旅行する自信無い」
「そうか。じゃ、僕ひとりで行ってくるかなあ」
と言ってから、貴司はふと京平がこちらを見ているのに気付いた。
 
「パパ、来月九州に従兄の結婚式で行ってくるけど京平どうする?」
 
その時、この日京平に付いていた《たいちゃん》が京平に教えてあげた。
 
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『京平ちゃん、パパに付いて行くとおかあちゃんに会えるよ』
 
すると京平は貴司に笑顔で言った。
「ぼく、パパといっしょにいきたい」
「よし。じゃ2人で行って来ようか」
 
それで貴司は出席に○を付けた上で、妻の阿倍子は体力が無いので欠席するが息子の京平(1歳半)を連れていくと書き添えて、返信の葉書を出した。
 

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10月11日に青葉の買ったバイクの納品準備ができたという連絡があったので、青葉は取りに行った。母と一緒に車でバイク屋さんまで行き、帰りは母の車の後ろを青葉がバイクで追尾するパターンで帰って来た。
 
母は地図に青いラインマーカーで印を付けた。
 
「当面の間、この道以外は走行禁止」
「えっと・・・」
 
マーカーで塗られた道を見ると、国道415号の伏木〜氷見〜谷屋間、スーパー農道の東海老坂〜氷見IC〜森寺間、国道160号の阿尾〜庵間、など自宅近くの5つの路線である。国道8号であるとか、国道160号の高岡〜氷見間など、交通量の多い道を外したようだ。
 
「通っていい道がつながってないんだけど」
「その間は慎重に、できるだけ速やかに通過」
「それ矛盾してるよぉ」
「それと伏木万葉大橋とか新湊大橋は横風が怖いから通行禁止」
「それを通れないと凄く迂回しないといけないんだけど」
 
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10月の下旬、青葉が通うK大学では学園祭が行われた。
 
青葉は星衣良や杏梨、それに杏梨がうまく勧誘して水泳部に入部させた奥村君などと一緒に、吉田君が出場するK笑劇団の『アリババと4人の盗賊』のステージを見に行った。
 
笑劇団のステージということで、大量のダジャレを含むコントの連続である。1年生部員3人の女装は、全員わりときれいに出来ていて、仕草なども普通に女性的だし、何気なく見ていると、男性が演じていることに気付かないのではとも思った。さすが3ヶ月ほど日常的に女装していた成果である。
 
バラバラにされたカシムの身体を靴屋がつなぎ合わせる所は、マネキン人形を使うのだが、最初手と足を逆に付けてみたり、頭がお股の所に来たりと無茶苦茶なことをする。そのうち
 
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「あ、ちんちんが無い」
「もしかしたら拾い忘れたかも」
「しかたない。女の形にしておこう」
「そうだね。兄さんは実は女だったということで」
「だったら、私は女と結婚していたことになる訳〜?」
 
などとやっていた。
 

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更に最後のモルディアナがカシムの息子と結婚するという場面で、吉田君のモルディアナは
 
「実は今まで黙っていたんですが、私男なんです。だから奥さんにはなれません」
と言い出す。
 
「だったら、女になればよい。お医者さんよろしく〜」
 
という呼び声で白衣を着た医者が出てくる(カシム役の柏原君の二役)。
 
「では今から女にする手術をしますから、明日は花嫁になれますよ」
と医者。
 
「では先生よろしく」
とアリババ。
 
「ちょっと待って」
 
と言って逃げようとするモルディアナを医者とアリババが連行していった所でアラビアの踊り子の衣装を着けた語り手(手下3・客人3を演じていた梅野・元部長)が下手から出てきて
 
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「このようにして賢い働きでアリババを救ったモルディアナはめでたく女の子にもなることができて、カシムの息子と結婚し、幸せに暮らしたそうです。めでたし、めでたし」
と言って、幕が降りた。
 

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11月5-6日。
 
岡山県総合グラウンド体育館(ジップアリーナ岡山)で全日本社会人バスケットボール選手権大会が開かれた。
 
この大会の準決勝で玲央美たちのジョイフルゴールドは山形D銀行を破り2位以内を決めてオールジャパンの出場権を獲得した。そしてもうひとつの準決勝は40 minutesとローキューツという、千里の古巣同士の対決となった。ローキューツは揚羽・万梨花・ミナミなどが必死に頑張ったものの、地力の差で40 minutesが12点差で勝利。あと1つのオールジャパンの切符をつかんだ。40 minutesはこれで2年連続の出場である。
 
敗れたローキューツは出場予定の関東総合で優勝しなければオールジャパンには行けない。
 

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同じ11月5-6日、富山県ではウィンターカップ予選が行われた。この大会に左倉ハルは4番の部長、5番の副部長に次ぐ6番の背番号をもらって出場した。
 

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その日、青葉の家に“人間形態”のアキが来訪していた。アキは先日のように学校の女子制服を来ていた。
 
「怪異の解決御礼は理事長さんから出てるけどさ、ハルが奈津姉ちゃんに会わせてくれた御礼をしたいって言うから持って来た。これお年玉とインターハイに出てBEST8になった金一封とかを貯めておいたもの」
 
と言ってアキは封筒を出した。青葉は中身が3万円であることを確認して
 
「取り敢えずもらっておくね」
と言い、領収証を書いて渡した。
 
「でもアキちゃん、制服姿好きみたい」
「この女子制服は元々3つ作ってあるんだよ。ボクとハルが1つずつ着て、もうひとつは洗い替え。ふたりが同時に洗濯しない限り問題無い」
 
「うまくやってるね〜」
「ボクたちは下着も含めてお互いの服を着るの平気だから。万一一緒に洗っちゃったら、ボクは猫のままでいるということで」
「なるほどなるほど」
 
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「最近また人間形態をよくやってるの?」
「猫の方が多いよ。ボクとしては猫形態の方が楽なんだけど、猫形態では人語を話せないからさ。誰かと話さないといけない時は人間形態になる。あとハルの身代わりをする時とかね」
 
「なるほどね。ここまではバスか何かで来たの?」
「高岡方面に走るトラックの荷台に飛び乗って来たよ」
「さすが猫だね」
 

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「でもウィンターカップ出場おめでとう」
「ありがとう」
「県大会はスリーポイント女王とアシスト女王まで取ったし」
 
「千里さんに結構指導してもらってたからね。背が低い選手はどうしてもゴール下では勝てないからさ」
「女子でも全国トップクラスは凄いよね」
 
「うん。性別なんてどうでもいいという感じ。インターハイでも180cm台がごろごろいたし。だけど、今度の東京体育館では、どういう組合せになるか分からないけど、愛知J学園に当たったら今度は夏みたいに気合い負けはしない、とハルは言ってたよ」
 
「うん。頑張って」
 

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「結局、ハルがお姉ちゃんと会えたのはあの時だけみたい」
「でもかなり刺激されたんじゃない?」
「頑張ってるねってお姉ちゃんから褒められたよ。それでハルはホントに今、一所懸命練習してる」
 
「あ、そうか。ハルちゃんが体験したことは、アキちゃんも共有できるんだ」
「そうそう。ボクは感覚を遮蔽しているから、こちらから向こうには伝わらないけどね」
「遮蔽しているということは流すこともできるのね?」
「うん。でもふたつの感覚を同時に感じ取ると混乱するから、流してないんだよ」
「なるほど〜」
「それに色々裏工作もしてるしね」
「そういうのアキちゃんは得意みたい」
 
「ふふふ」
と言ってからアキは言った。
 
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「千里さんは凄いね。あれいくつもの感覚を同時処理してる。ボクは自分の分とハルの分と2つでいっぱいいっぱいなのに」
とアキは言ったが、青葉はその問題をここで突っ込むのはやめたほうがいいと思った。内輪の事情はあまり明かしたくない。
 
しかしアキの言葉をそのまま受け取ると、千里姉は「感覚の受け口」を3個以上持っているんだろうな。ひょっとしたら千里姉って元々ひとりではないのかも。ハルとアキのようにひとつの“存在”をいくつかの“エイリアス”が共有しているのかも、というのを、青葉は瞬間的に連想した。
 
実際、千里姉はどう考えても物理的に移動不能な時間で遠隔地に出現していることがある。ソフトハウスに勤めているのは本当は誰なのかというのも不明のままだ。正直、千里姉が3人くらい居てもおかしくない。
 
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でもそれ人間なのか〜!?
 

「ところでアキちゃんって、前からボク少女だったっけ?」
「“ボク少女”というより、ボクは男の子だから」
「あ、そうだったっけ?」
 
「川上さんが以前推察したように、元々性別の曖昧なハルアキが、女の子のハルと男の子のアキに分裂したんだよ。だからハルは女の子だけど、ボクは普通の男の子だから。まあ女装は嫌いじゃないし、この女子制服姿はわりと病み付きになってる。堂々と女子トイレに入れるしさ」
 
などとアキは少し危ないことを言っている。
 
青葉は物凄く気になることがあったので、つい質問してしまった。
 
「アキちゃん、ちんちんあるんだっけ?」
 
するとアキは可笑しそうにして言った。
 
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「内緒」
 
「それと前から疑問があったんだけど、ハルちゃんってさ、しばしば『生理が重かったから』とか言い訳してるよね。あれ何なの?」
「生理があるんじゃないの? ナプキンは買ってるみたいだよ」
 
「あの子、半陰陽だったんだっけ?」
「女の子だと思うけど」
「マジで卵巣とか子宮があるの?」
 
「それも内緒」
 
「まあいいや」
 
もし・・・・アキに男性器があったとしたら、そしてハルには女性生殖器があったとしたら・・・・ハルもアキも子供を作ることが可能??
 
ハルは以前「何人も兄や姉が死んでたったひとり生き残った自分が去勢して生殖能力を失ったのは両親に申し訳無く思っている」みたいなことを言っていたのに・・・・。
 
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アキは「ちょっと疲れたから少し猫になって休む」などと言って猫になってしまったので、紙の皿にアキ本人持参!のロイヤルカナンを出してあげたら美味しそうに食べていた。少し休んだら、ハルに頼まれた買物して富山に帰ると言っていたので、その買物先と富山までは送っていくよと青葉は言った。
 
青葉は餌を食べているアキを見ながら思った。
 
ハルの生殖能力は疑問だけど、アキにはやはり生殖能力が残っている気がする。でもアキが子供を作った場合、
 
それって・・・猫の子じゃないよね!??
 
などと青葉が考えたら、アキが笑ったような気がした。
 
 
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