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■春秋(11)
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春美が精神的にかなり疲れている感じなので、寝てなさいと言って、車は結局千里と青葉が交替で運転して、2時すぎに札幌に到着した。玲羅のアパートに寄って“品物”を渡す。
“品物”というのはフルートであった。
「ありがとう!自分ではとても買えないし、どうしよう。長期ローン組もうかと思ってたから」
と玲羅は言っていた。
「演奏のお仕事があるの?」
と青葉は訊いた。
「そうそう。私は北海道ローカルのCMとか地方制作番組とかのBGMを制作する仕事をしてるのよ。だいたい著作権の切れた古い楽曲とかをアレンジして使って。最近東京だとこういうの打ち込みなんだろうけど、実際問題として打ち込みで作るよりギャラを払う必要の無い社員アーティストに生楽器で演奏させた方が早いし、費用も掛からないのよね。特に生番組なんてその場で雰囲気に合わせた曲を即興で演奏しないといけないし」
「昔でいう劇伴だね」
「そうそう。劇伴」
社員というのがミソだなと青葉は思った。
昔のドラマは生放送であった。そしてドラマの展開の状況に合った音楽を放送局の専属オーケストラがその場で演奏していた。これを劇伴と言ったのだが、近年はドラマは全部録画になり、またBGMもストックされたものの中から編集段階で適当なものを選んでミックスしている。
「私の担当はギターとかピアノやエレクトーンなんだけど、その日来ているメンツの構成によっては結構フルートを吹くこともあって。取り敢えず大学生時代にお姉ちゃんから買ってもらっていたヤマハの白銅のフルートで吹いていたんだけど、そのフルートはあまりにも安物すぎると言われて。一応20万円までは会社から補助出してやると言われたから、その20万は出たらお姉ちゃんに渡すね」
「もらえるならありがたくもらっておく」
と千里。
「見ていい?」
と青葉は訊いた。
「うん」
それでケースを開けてみる。
「これ私が買ったのと同じ物だ!」
ヤマハ・イデアルのドローンモデルYFL-897Dであった。
「うん。お揃いだね。ふたりとも頑張るといいね」
と千里。
「へー、青葉と同じ楽器かあ。お互い、頑張って吹きこなせるようにしようよ」
と玲羅。
「うん。頑張ろう」
と青葉も答えた。
それで青葉と玲羅は笑顔で握手した。
「ところで玲羅、頼みがあるんだけど」
と千里は言った。
「うん?」
「少しここで寝せて」
「寝てって!布団は無いけどストーブ焚いていればごろ寝でいいよね?」
「助かる」
それで車内で寝ていた春美も起こしてきて、玲羅のアパートで休ませてもらった。
朝5時に千里が目を覚まし、青葉と玲羅を起こす。春美は熟睡しているので取り敢えず放置して、玲羅がふたりを新千歳空港まで送ってくれた。
「じゃレンタカーは返して、私は電車で帰るね」
「うん。ありがとう。借りた時に3日分払っているから大丈夫と思うけど、念のため」
と言って千里が玲羅に2万円渡していた。
「余ったら使い込んでもいい?」
「OKOK。送ってくれたのと泊めてくれたお駄賃ということで」
「了解〜」
それで玲羅と別れて空港の建物に入る。チケットを買おうと航空会社のカウンターの方に歩いて行っていたら、
「千里〜、青葉〜」
という声がする。
見ると、マリが手を振っていて、ケイと佐良さんもいる。
「どうしたの?」
と千里が訊く。
「マリが今日10時からのアクアのイベントに行きたいから新千歳を朝一番の飛行機で帰ると言って」
とケイは言っている。
「平日なのに、昼間のイベントに登場するの?」
「なんか文化祭とかの代休らしい」
「その代休に休めないというのはアクアも大変だなあ」
「全く」
「でもチケットは?」
「マリが直接秋風コスモスに電話して、マリさんならいいですよと言ってもらった」
「まあ事実上のプロデューサーみたいなもんだからなあ」
「それで、佐良さんと私とで夜中プリウスを運転して新千歳まで来たんだよ」
「お疲れ様!」
ケイが千里に「ちょっと後で話したいことがある」と言ったので、羽田に着いてから一度ケイのマンションに寄ることにした。それで航空券は富山までではなく羽田までということにして、富山便はキャンセル、羽田行きの航空券のみ購入した。
そして朝一番7:30の飛行機に乗り羽田に9:05に到着すると、マリは佐良さんと一緒にイベント会場の方に向かって行く。
「ケイ、私、帰って来たら焼肉食べたい」
などとマリは言っていた。
「はいはい」
青葉と千里にケイは、羽田空港の駐車場に千里のアテンザが置いてあったので、それで恵比寿のケイのマンションまで移動した。
ケイは春美の演奏が1日目と2日目でまるで別人のように変わったし、積極性なども物凄く上がったことが気になってしょうがないと言った。青葉は基本的に守秘義務があるので話せないとは言いつつ、ある程度ケイの質問に答えてあげた。
結果的に春美のこれまでの辛い人生が浮き彫りになる。
「やっと結婚したんだし、幸せになれるといいね」
「あの子はきっと幸せになるよ。結果的には現在の一家離散生活が、快適なのかも知れないしね」
「それはあるかもね。月に1度のデートというのが、お互い強い刺激になると思うし」
「子供たちは、しずかが旭川の天津子ちゃんの所に毎週笛を習いに行っているし、そのタイミングで理香子に旭川に出てくるみたいだから、三姉妹はほぼ毎週、顔を合わせているみたいね。連休とかには函館に集まったり、美幌に集まることもあるみたいだし。春美さんの収入が充分あるからその交通費の負担が苦にならないんだよ」
「理香子ちゃんは合気道を習っているみたいだよ。あそこの神社の神職の人から」
「ああ、あの子は武闘派だもんね」
「学校では柔道部に入っているらしいけど、気の使い方がうまいから合気道の方が強いらしい」
「ほほお」
「ところで織羽ちゃん、凄く女らしいよね。結局あの子は女の子として生きて行くことにしたのかな?」
とケイは訊いた。
青葉と千里は顔を見合わせたものの、ケイになら話していいと判断した。
「精巣とも卵巣ともつかない曖昧な性腺は結局小学3年生の時に手術で除去したんだよ。外性器の形も結構曖昧だったから、同時に女性型にきちんと整形して、小学4年生以降、女性ホルモンを飲んでいるはず。戸籍上の性別も女で登録したはずだよ。だから戸籍上は次女になっていると思う」
戸籍上は、理香子が長女、しずかが長男、織羽が次女ということになる。しずかは「和志」から「しずか」への改名は認められたものの、半陰陽のケースではないので20歳になるまで戸籍上の性別が変更できない。ただ既に去勢はしているのでは?と青葉は想像していたが、それは想像なので人に話せない。ケイからも尋ねられたが分からないと答えておいた。
「じゃ織羽ちゃんの方は、もう完全に女の子なんだ?」
「うん。造膣術は18歳くらいになってからすると言っていたけどね」
「その方がいいだろうね。早くやり過ぎると後で調整が必要になる」
「冬は小学生の内に造膣術までやっちゃって、縮まないようにするのに苦労しなかった?」
「なぜ小学生の内に手術したなんて話になっているんだろう」
とケイは困惑したように言っていた。
「私はマリちゃんからも若葉ちゃんからも、そう聞いたけど」
「なぜ若葉がそういう認識なんだ〜!?」
ケイ(冬子)の男性時代の性器を目撃しているのが、実はマリ(政子)、若葉、奈緒、有咲の4人である。しかしマリはしばしば「高校の時、ケイのお股見ちゃったけど、おちんちんなんて無かったよ」などと言いふらしている。
なおケイの子供の頃の「何も付いてないお股」を目撃しているのが、松井静花(松原珠妃)や麻央、従姉の明奈などである。彼女らはケイがたぶん幼稚園くらいの内に病気か何かで男性器を除去したものと思い込んでいる雰囲気がある。
ケイのマンションで1時間近く過ごし、そろそろ出ようかなと言っていた時に千里がおもむろに楽譜を出してケイに渡した。
「まあそういう訳で、私こういう曲を書いたから、良かったら使ってくれない?」
Cubaseで打ち込んだ楽譜のようである。千里は一緒にUSBメモリーも渡した。
「『寒椿』か・・・・」
「寒椿は冬の厳しい環境の中で赤い花を咲かせる。ほんとに不幸の連続を生きてきた春美さんを見てて思いついたんだよ」
と千里は言った。
待て・・・。その曲、いつ譜面にまとめたんだ〜?と青葉はツッコみたくなった。
「そうだ。年末年始にローズ+リリーのツアーをやる予定なんだけど、千里と青葉は出られないかな?」
とケイは訊いた。
「日程は?」
「これまだ変わるかも知れないけど」
と言ってスケジュールを見せてくれる。
12月10日(土)東京深川アリーナ
12月11日(日)横浜エリーナ
12月17日(土)広島レッドアリーナ
12月18日(日)神戸ポートラントホール
12月23日(祝)愛知スポーツセンター
12月24日(土)大阪ユーホール
12月25日(日)福岡マリンアリーナ
12月28日(水)沖縄なんくるエリア
12月31日(土)カウントダウンライブ(場所は未定だが東北になる予定)
1月3日(火)札幌スポーツパーク
1月7日(土)宮城ハイパーアリーナ
1月8日(日)金沢スポーツセンター
1月9日(祝)大宮アリーナ
「土日中心かぁ・・・」
「私は無理。Wリーグの試合が土日中心」
と千里が言う。
「ああ、それでは無理だよね」
「週末の度に全国どこかに行く日程か・・・」
「青葉してあげたら?」
「そうだなあ。じゃちょっと頑張ってみるか」
「助かる」
「私は誰か代わりに出られる人がいないか知り合いを当たってみるよ」
と千里が言うと、青葉は「その知り合いって人間なのかね〜?」と思いながら千里を見た。もし例の「謎の男の娘」さんが来た場合は、じっくり観察してみたい。
結局11時半頃、マンションを出る。千里のアテンザをケイが運転して千里と青葉を東京駅まで送ってくれた。ケイは時々MT車の練習をしているらしく、この日はスムーズにアテンザを操作していた。そのアテンザはとりあえずケイのマンションの駐車場に再度入れておき、後で千里の専任ドライバー・矢鳴さんに回収してもらうことにした。
青葉と千里は12:24の《はくたか563号》に乗り、14:57に富山駅に到着した。お昼は東京駅で買った駅弁を車内で食べている。ハルには17時か18時頃行くと言っておいたので、まだ2〜3時間ある。まずは学校の周辺を歩いてみることにした。
「川のカーブの内側なんだよね・・・」
と青葉は呟いた。
「まあ雑多な霊が溜まりやすいよね」
と千里も言う。
それは事前に学校周辺の地図を見た段階で気付いていたことではあるが、現地に来てみると、確かに溜まりやすい環境であることが確認できた。
「でも今は特に変なものは溜まってない気がする」
「若くて元気いっぱいの子たちが大勢居るから、浄化もされやすいよ」
「そうなんだよね〜」
エネルギーが高い幼稚園とか小学校とかがあると、霊があっても概して早く浄化されてしまう。中学や高校ではその効果は弱いものの、普通の場所よりは浄化されやすいだろう。ただ、ここの地理が元々様々なものが溜まりやすい状態にあるので、浄化されても次から次へと新たな霊や浮遊物がやってくる可能性はある。
「しかしこの土地はエネルギーが高すぎる」
「近くに大きな道路もあれば鉄道も何本も通っている。人工的な龍穴にも近い状態になっているよ」
「こういう所に学校があること自体が凄い」
「うん。珍しいよね。古い伝統校みたいだけど」
「でもその手の集まってきた雑多な妖怪のせいだと思う?」
「どうなんだろうね。それもひとつの可能性だけど、6月から突然起き始めたというのが分からない」
ふたりはカフェにでも入って検討しようと考え、表通りに出た。するとそこで高いビルの建設が行われているのに気付く。
「青葉、羅盤(風水用の巨大な方位磁石)持ってる?」
「持ってる」
それで青葉が羅盤で方位を確認すると、このビルは学校からほぼ南西の位置にあることが分かった。つまり裏鬼門である。
「これは怪しいね」
美幌でプリントしてきたこの付近の地図上に建設現場の位置をプロットする。
その工事現場の回りを歩いてみて、工事表示板を見つける。
「工事開始日が6月1日だよ」
「ピンポーンかな」
「直接的な原因はこれかもね〜」
地図上ではここには雑居ビルが建っていることになっている。つまりそのビルをいったん崩して新しいビルを建設中ということのようである。だとすれば、そのビルを崩したことにより、このビルで遮られていたものが学校側に流れてきたというストーリーが考えられる。
「だったら、このビルの建築がある程度進んだら怪異は収まると思わない?」
「充分可能性はある」
つまりこのビルの建築が進むと、再びビルが霊的なものの流れを遮断するので学校の怪異は消える可能性がある。
「一昨年(おととし)、新幹線の試運転中に処置した神社とかも、ここから南西の方向だよね」
「だいたいそちらの方角だと思う。たぶん南西か西南西だと思う」
「たぶん、向こうの方からこのあたりを通って富山湾に流れていく流れがあるんじゃないかな」
「結局ここにビルがあればそれを堰き止められはず」
「このビルはどうしてもゴーストスポットになるだろうけどね」
「だいたい2〜3階付近だよね」
「そうそう」
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春秋(11)