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■春秋(8)
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二重化する楽器は同じ物を使用しなければならない。ギターとベースは秋月と近藤、大宅と鷹野の話し合いで、いづれもレスポールを使用することにした。ヴァイオリンは普通のヴァイオリンでは個性が強すぎるので、ヤマハの電気ヴァイオリンSV250を使用することにした。
ところがフルートで少しトラブった。
そもそもフルートのレンタルというのは、楽器の性質上、あまり無い。しかし昨夜の段階では、★★レコードの札幌支店の担当者が、こちらからのムラマツDSが1本借りられないかという照会に対して、用意しますと回答していた。DSは風花の愛用楽器で、同じ楽器を千里が使えば、というケイの計画であった。
ところが、25日の昼前に支店の若い人が網走に持って来てくれた楽器の中にムラマツDSが入ってない。それで尋ねると
「すみません。どうしてもムラマツDSのレンタルができなかったらしいんです」
と言う。
「困るよ。そういうのはもっと早い段階で言ってもらわなくちゃ」
と氷川さんが怒っている。
「すみません」
と若い人は謝っているが、この人はお使いだけだろうから、この人に怒ってもどうにもならない。
千里が言った。
「ギターとかは同じ楽器を使えば確かに似た音が出る。でも既にヴァイオリンとかでも、同じ楽器を使っても人によってかなり音が変わるよね」
「それは確かにそうだ」
とケイ。
「フルートだと、その違いが極端だと思う。同じ楽器使っても、プロの風花と素人の私ではそもそも同じ音にはならない」
「・・・するとこの編曲の前提が割と崩れるんだけど」
とケイは困ったような顔で言う。
「だから、少し編曲変えようよ」
と言うと、千里はスコア譜のフルート1,2のパートの所に赤いマーカーと黄色いマーカーで色を塗り始めた。
「この赤い所が秋乃さんのパート、黄色い所が私のパートというのでどうよ?」
「え〜〜〜!?」
と風花は言っているが、ケイはその色分けされたスコアを5分くらい見つめてから言った。
「こちらの方がうまく行く。でももう少し調整させて」
と言って、千里からマーカーを借りると、少し微妙な組み替えをした。
「ああ、その方がいい」
と千里も言っている。
「だったらヴァイオリンも同様に変えた方がいいかもね」
と七星さんが言う。
「ヴァイオリンの所はこうしようよ」
と言って、ケイはやはり赤と黄のマーカーで色分けしてしまう。
「赤が真知子ちゃん、黄色が私でいい?」
とケイ。
「まあ上手い人が赤を弾いた方がいいね」
と千里。
「私よりケイさんの方が上手いですよ!」
と真知子は言うが
「情緒性はケイがあるけど、技術は鈴木さんの方がある」
と千里が言う。
「はっきり言ってくれるなあ」
とケイは苦笑していた。
「ギターとベースのパート分けはどうしましょう? こういう感じに再編しますか?」
とケイがギターとベース担当の4人に尋ねた。
「だったら少し修正させて」
と近藤が言い、マーカーを借りて、ギターとベースのパート分けの調整をした。鷹野も頷いている。
「確かにその方が自然な流れになりますね」
「同じ楽器を使っても完全に同じ音が出る訳じゃ無いから『砂漠の薔薇』のような実験曲とは違うし、こういうパート分けの方が自然な演奏になると思う」
と近藤も言った。
「これならライブでの演奏もできるよ」
「うん。行ける行ける。最初のスコアではライブ演奏は厳しかった」
そういう訳で、二重化する楽器は必ずしも完全に同じものを使わなくても何とかなることにはなったものの、話し合いの結果、やはりギターとベースは同じ楽器で弾こうということになる。ヴァイオリンに関しては各々の自分の楽器に戻すことにした。真知子は愛用の《Monica》(1500万円の19世紀の楽器)、ケイも愛用の《Angela》(6000万円の18世紀の楽器)を使用する。但し弦は同じ物を使うことにした(プロユースのナイロン弦として標準的なドミナントを使用)。弦の予備はそもそも大量に持って来ているので、即張り替えた。
そしてフルートも風花と千里が各々の愛用楽器を使うことにする。風花の楽器は問題のムラマツDS (Ag925 inline ring-key E-mecha Drawn 695,000円)である。そして千里が取り出した楽器を見て、青葉は「え!?」と声を出した。
「その楽器は見てない」
「この楽器は音源制作の時だけ使うんだよ。デリケートな楽器だから、ライブとかには持ち出さない。だから青葉は見たこと無かったかもね」
「ちょっと貸してください」
と七星さんが言うので、千里が手渡している。
「こんな良い楽器を持っていたんだ?」
「それ何?」
とケイが尋ねるので、七星さんが解説した。
「サンキョウのAg950-ST inline ring-key new-E-mecha Soldered 確か90万円くらい」
こないだ千里が見せたArtistなら55万円くらいである。
「千里、ソルダードのフルートも持ってたんだ?」
とケイが驚いている。
「音源制作専用だよ。以前は同じシリーズのAg925のSTモデル使っていたんだけどね。こちらAg950の方が音の広がりがいいから最近こちらに変えた」
「以前から使ってたっけ?」
「これ、ケイの前でも何度か使っているけど、ケイはたぶん楽器の種類にはわりと無頓着」
「うん、実はそうかも」
とケイも認めている。
「だけど、千里さん、こないだ青葉ちゃんのフルート選びの時はそれ見せなかったのね?」
と七星さんが言う。
「まあ、青葉にソルダードが吹きこなせる訳無いと思ったし、自分のメイン楽器は妹といえどもあまり人に貸したくない」
と千里は言っている。
「うんうん。それある。だから私もあの時、自分の楽器は持ってこなかった」
と七星さんは言っていた。
うーん。。。自分は結構見くびられているようだと青葉は思ったが、それは実際プロのレベルには遠いんだから、そう見られても仕方ない、と青葉は考えた。
「ちなみに千里ちゃん、金のフルートは持ってないの?」
「さすがに高すぎますよ」
金のフルートは銀のフルートの10倍の値段がする。
「うん。ほんとに高いよね。私もサマーガールズ出版で買ってもらったのを貸与してもらっているけど」
と七星さんは言っていた。
実際には千里は風花がムラマツDSで吹いたのと、似たような雰囲気の音を自分のサンキョウAg950(ST)で出してみせた。メーカーも違うし、材質も違うし、ドローンとソルダードも違うのに似た感じにしてみせる、というのはそれがひとつの「芸」という感じである。
「村山さんの吹き方が、俺たちに何をしなければならないかというのを教えてくれた」
と近藤さんが言い、鷹野さんも頷いた。
それで近藤さん・鷹野さんは秋月さん・大宅さんが出す音にひじょうに近い感じの音を出してみせたのである。
これでこの曲はとても統一感のある演奏にまとまった。
「ヴァイオリンだけは2つ使っているのがよく分かるなあ」
と鷹野さんが収録された演奏を聴きながら言っている。
「ごめーん。そういう合わせるのって、わりと苦手かも」
とケイ。
「ケイはまあトゥッティ奏者にはなれない」
と鷹野さん。
「それは中学生の頃から言われた」
と本人。
「ごめんなさい。私がケイさんの弾き方に合わせるべきですよね」
と真知子が言っているが
「気にしない気にしない。真知子ちゃんがメイン奏者なんだから、真知子ちゃんはフルパワーの演奏をすべき。それに合わせられないケイが悪い」
と七星さんは言っていた。
その会話を聞きながら青葉は考えていた。近藤さんや鷹野さんがきちんと秋月さん・大宅さんの演奏に合わせられたのは近藤さん・鷹野さんの技術がとても高いからではないか?
上から下は見えるが、下から上は見えない。
昔、師匠からそんなことを言われたことを青葉は思い出していた。ケイさんが真知子ちゃんの演奏に合わせきれないのは、真知子ちゃんの方が遙かにうまいので、技術的に追いつけないからだ。
ということは。。。。
ちー姉のフルートの技術って、音大の管楽器科を出ている秋乃さんより上ってこと!??
『赤い玉・白い玉』の録り直しが終わった後で、青葉・千里・天津子は今後のことについて、軽く打合せをしておいた。
実は今回の「解決」内容として3人が想定していたストーリーは実は複数あったのだが、それを春美と亜記宏の反応を見ながら、選択と微調整をしたのであった。それでいくつか没と決まったストーリーについても確認した。
「じゃ、亜記宏さんが立たなくなったのは、そもそも春美さんが意識して掛けていた呪いのせいという説はボツで」
「春美さんの表情を見ていて、ああ、この人は人を恨むような人ではないと思ったよ」
「亜記宏さんに精子が無かったのは、亜記宏さんが実はFTMで元女だからという説もボツで」
「結果的に、4人の子供を作った卵子は実は亜記宏さんの女性時代のものという説もボツで」
「どうも亜記宏さんのおちんちんは以前はちゃんと立っていたみたいだからね」
「春美さんわりとウブだし、ぼんやりさんだから、偽物のおちんちんでも誤魔化されそうでもあるけどね」
「実際昨夜はちゃんとあのふたり夫婦になれたみたいだし」
「朝の2人の顔が物凄く充実していたので分かった」
「それからすると、亜記宏さんのおちんちんは本物と考えた方が良さそうだもんね」
「織羽と多津美が本当に一卵性双生児なのでは?という話はどうする?」
「地震が生み出した、時間差一卵性双生児という説だよね」
つまりシャーレの中で培養中だった受精卵が、地震のショックで分裂し、そのひとつが織羽になり、もうひとつは2年間凍結された上で子宮に投入され多津美になったのではという仮説なのである。
「結婚式の時に気付いたけど、あの2人の波動は同一人物かと思うほど似てるんだよね」
と千里が言う。
「多津美ちゃんも物凄い霊感を持っている。だからあの子にはかなり気を掛けて変なものに染まらないようにしてる。ここだけの話、常時私の眷属のひとりをあの子に付けてガードさせてるんだよ」
と天津子。
「そういうの考えても、一卵性双生児という可能性が8割くらいあると思うけど、やはり言わなくていい気がする」
「うん。知る必要は無いと思う」
「じゃそれは取り敢えず当面はパスということで」
「交通事故は実は駆志男さんの実質的な無理心中未遂だったのでは?という説は?」
「駆志男さんと有稀子さんは離婚調停中だったからね」
「亜記宏さん、凄く優しいからその件を言わないけど、亜記宏さんと実音子さんの関係もほぼ破綻状態だったみたい」
「だから有稀子さんは亜記宏さんを誘惑したんだと思うよ」
「それと本物の男とのセックスを体験して、駆志男さんとのセックスと比較してみたかったのもあったと思う」
「子供たちの件もあるから、この人と結婚してもいいかもと思っていたかもね」
「うん。私が最初あの2人を見た時、夫婦だと思ったのよ。やはりあの2人には恋愛関係ができていたと思う」
「でも亜記宏さんが、やはり春美さんのことをずっと思っていることを認識したから、有稀子さんは別行動を取ることにしたんだと思う」
「その付近の話は蒸し返すと春美さんが有稀子さんに嫉妬してややこしくなるし、話さないのが花だね」
「事故の件も確証無いし、そうだったからといって誰かが救われる訳でもないからパスしよう」
「OK。じゃこれにも触れないことにして」
そういう感じで3人は春美たちに言うべきことと言わないことを若干仕分けしていたのである。
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