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■春秋(10)

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「あと、体育館に歪みとか出ていて、家鳴りがしているのでは?という意見もあったので、建築会社の人に見て歪みとか測定してもらったのですが、問題は無いということで」
 
「それいつ頃から始まったの?」
「コーチがみんなに個別に面談して、怪しいことが起きたケースを全部報告させて報告書にまとめたのですが、そしたら一番早い現象は、インターハイ富山県予選の直後からあっていたらしいです」
 
「その報告書見たい」
「コピーしてお送りするように言いましょう?」
「いや、多分これは現地に行くことになると思うから、その時に見るよ」
「分かりました。よろしくお願いします」
 
「その予選の日程は?」
「6月5日に終了しています。ですから怪異は6月6日頃に始まったのだと思います」
「それで今も起きているのね?」
「そうなんです。週に数回誰かが経験しています。あまり多いので、最近はもうみんな気にしないようにしているんですが、やはり夜遅く練習している時に正体不明の音がするのは、あまり気持ち良くないので」
 
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「じゃとにかく1度見てみようかな」
「お願いします。依頼料に関しては、私が凄腕の霊能者さんを知っていると言ったら、必要なお金は理事長さんが個人的に出すからと言って下さったんですよ」
 
「分かった。いつなら行ってもいい?」
「川上さん、平日は学校がありますよね?」
「今月いっぱい夏休みだよ」
「わあ、大学は違うんですね。どちらの大学でしたっけ?」
「金沢のK大学」
「すごーい!一流大学だ!」
「そうでもないですけどね〜」
 
「こちらは平日でも土日でもいいのですが・・・」
「じゃ明日、そちらに寄ってみようか?」
「いいんですか?よろしくお願いします!」
 
「授業は何時まで?」
「明日は16時半に終わります。その後、教室の掃除とかしてだいたい17時頃に部員が集まり始めると思うのですが。でも怪異はやはり日が落ちてから始まることが多いんですよ」
「ちょっと待ってね」
 
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明日9月26日の富山の日没を自分のスマホを使い、国立天文台のサイトで確認すると、17:42である。
 
「明日の日没は17:42だね。だったら17時半くらいにそちらに行こうかな」
 
「済みません。よろしくお願いします。もし早く着いた場合は、職員室で顧問の峰川先生かコーチで講師の花形先生あるいは高橋先生に声をお掛け下さい」
 
青葉はその名前をメモした。
 
「分かった。時間が変わったら連絡するね」
 

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青葉は電話を切って少し考えてから言った。
 
「ねぇ、ちー姉、明日は札幌で用事があるんだったよね?」
「ちょっと物を受け渡すだけなんだけよ。ここに来る途中渡せたらよかったんだけど、帯広経由で走ったし、深夜だったからね。でも明日、富山に付き合ってもいいよ」
 
「その用事は?」
 
千里は数秒考えてから言った。
 
「今から出発して、札幌で荷物の受け渡しをする」
「え〜〜〜!?」
 

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千里は自分のパソコンを取り出して春美から渡されたパスワードで無線LAN経由でネットに接続し、どうもルート検索をしているようである。
 
「ここから札幌まで5-6時間あれば行く。それでレンタカーは札幌に住んでる玲羅に返却を頼んで、私たちは朝1番の新千歳発羽田行きに乗る。それで富山に入るというのはどうよ?実は荷物を渡す相手が玲羅なんだよ」
 
千里姉が書き出したルートはこのようなものである。
 
美幌21:00-3:00札幌/新千歳7:30-9:05羽田10:15-11:15富山
 
「昼前に入れるのか・・・・」
 
「うまい具合に富山空港行きの連絡があるんだよね。それでハルちゃんの授業が終わるまで現地で少し時間調整すればいいし」
と千里。
 
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「それでももいいね」
と青葉。
 
「女満別空港の始発で帰ると、富山行きの飛行機は無くて13:24の新幹線にしか間に合わないからハルちゃんの高校には16時半になっちゃうんだよね」
 
女満別9:30-11:25羽田/東京13:24-15:57富山
 
「でも、できたら15時半くらいには着いて、学校に入る前に周辺を少し歩いてみた方がいいとは思わない?
 
「確かにこの事件はその場でちょちょいと対応できるものではない気もする」
と青葉も言った。
 

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「じゃ、今すぐ出発しよう」
 
それで千里は春美の携帯に電話し、急用ができたので今から出発すると言った。
 
「急用ってこの時間からなんですか?」
「うん。ちょっと札幌で荷物の受け渡しをしたくて。更に明日の午後富山市内に行く用事ができちゃったから、どっちみち女満別の始発では間に合わないんだよ。それで新千歳から羽田への始発に乗ろうと思って」
 
「あ、だったら私同乗させてもらえません?私も明日札幌に出る用事があったんですよ」
と春美。
 
「いいよ」
「運転交替でいきましょうよ。何でしたらレンタカーの返却は私がしておきますよ」
 
「だったらお願いしようかな」
と千里。
 

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それで結局各々準備を整えて21:30に出発することにした。千里は妹の玲羅に渡す品物があるらしく、連絡を取っていた。深夜の受け渡しというので向こうはびっくりしていたようだが、元々向こうは夜型の生活なので、夜中の行動は全く問題無い(現在している仕事もお昼に出勤して終電で帰るのが普通らしい)。札幌の到着予定時刻は午前3時である。
 
最初は千里が運転し、青葉が助手席、春美が後部座席に座って、春美には仮眠しておくように言っておいた。
 
しかしどうも春美は話したいことがあるようであった。
 
「このことは亜記宏には聞かれたくないのですが・・・」
「私たちは守秘義務があります。聞いたことを無闇に他の人には話しませんよ」
 
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「私、実は昨夜夢を見たんです」
「夢?」
「物凄く現実感のある夢で。むしろ夢ではなく現実のようにも思えるんですが、実は母・・・真枝弓恵と会ったんです」
「お母さんと?」
「母はもう死んでから9年経ちますし。だから夢なんでしょうけど」
 
青葉は弓恵が春美の守護に入っていることには気付いていた。実の息子である亜記宏ではなく春美の方の守護に入っているのはきっと春美の行く末を案じていたからだろう。そしてその守護霊が『何か』の影響で実体化に近い状態になったのではという気がした。
 
「それで母がこんなことを言ったんです。誰にも言わずに墓場に持って行ったんだけど、やはり私だけには話したいと」
 
青葉も千里も無反応である。こういう状況でポーカーフェイスを保つのは青葉でも十分出来る。
 
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「母は、実音子さんとそのお母さんが人工授精と代理母で子供を作ろうとしていることに不快感を持っていたと言いました。私が子供を産めない女だから身を引きたい、お母ちゃんに孫の顔を見せてあげたいと強く主張したから、母は亜記宏が実音子さんと結婚することを渋々認めたと言いました。それなのに、代理母とか生殖細胞を借りるとか、それならやはり亜記宏は私と結婚させるべきだったと母は悔やんでいました」
 
青葉も千里も無言で聞いている。
 
「しかも亜記宏がEDになってしまって、射精もできない。それで精子は実音子さんの親族の物、卵子は血縁関係は無いが、親しい人の物を使うと聞いた。ただその卵子は生の物が得られるが、精子は冷凍されたものが3本あるだけで、本人は事情によりもう精子が提供できなくなっているという話だった」
 
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それはつまり実音子として亜記宏と結婚した駆志男の男性時代の精子を冷凍していたものだろう。
 
「それでですね。母は実音子さんの実家を訪れた時に偶然見かけた、冷凍精子を保存し続けるかどうかを確認する手紙にですね。破棄するというのに○を付けて返事を出しちゃったと言ったんですよ」
 
と言ってから
「これ犯罪になりますかね?」
と心配そうに訊いた。
 
「夢の中で既に亡くなっている人が春美さんに語ったことを裁ける裁判官なんて居ませんよ」
と青葉は優しく言った。
 
「ですよね。。。それで結局、その人工授精用の精子は破棄されてしまったんだそうです。当時はその件で大揉めに揉めたようですが、誰がその破棄してという返信を出したかなんて分からない。あの家は人の出入りが激しいから、やろうと思えば誰でもできたんですよ。○を付けるだけですから筆跡も分からない。大将とうまく行っていなかったパートさんが3人疑われて辞めたそうです。本来は破棄の選択の場合は電話で再確認するのですが、この時の病院のスタッフの間で行き違いがあって、その確認がされているものと勘違いして破棄してしまったらしいです」
 
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「ともかくもその精子は無くなってしまった。それで困っていた時に、母は年数が経っていて使えるかどうか不明だが、亜記宏の精子を若い頃冷凍保存したものがあるのだが、と実音子さんに言った。すると、こちらの親族の精子が使えないのは残念だけど、亜記宏さんの精子があるならそれで子供を作ることを試してみたいと実音子さんは言った。それで精子は母が亜記宏の精子と称して持ち込んだものを使ったんです」
 
「それが実は春美さんの精子だったんですね」
 
「はい。夢の中で母は、そうだと言っていました。だから実音子さんや、向こうのお母さんは最後まであの子たちは有稀子さんの卵子と亜記宏の精子から生まれたものと思い込んでいたと思います」
 
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「お母さんとしてはきっと亜記宏さんの精子でも春美さんの精子でも良かったんですよ。どちらも自分の子供だから、生まれてくる子供はお母さんの孫になる」
と青葉は言った。
 
「母もそんなことを言っていました。子供を3人作ったら、1番目を亜記宏と実音子さんの子供、2番目を私の養子にして、3番目は有稀子さんの養子にするつもりだったそうです」
 
「じゃ、しずかちゃんは最初から春美さんの娘になる予定だったんですね」
「結果的にはそうなるんですよ。それを聞いて、私は、やはりしずかって最初から私の子供だったのかと思って。愛おしさが倍増した思いです」
 
青葉も千里も思わず笑みが浮かんだ。
 
「4人目を作ったのは織羽ちゃんが障碍を持っていたからですか?」
「そうです。だからやり直したんですよ」
「もしかして多津美ちゃんも代理母ですか?」
「母も確かではないがそうだと思うと言っていました。有稀子さんは双角子宮で妊娠の維持が困難なんですよ」
 
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その問題は青葉・千里・天津子の話し合いの中では、どちらもあり得る、分からないということで結論を保留にしていたのだが、少なくとも“夢の中の”弓恵は代理母だと認識していたことになる。
 
「有稀子さんは織羽ちゃんは可愛いし、障碍は気にしないから、この子を欲しいと言ったらしいのですが、駆志男さんが、こういう子を育てる自信が無いと言い、亜記宏が自分が育てたいと言ったので亜記宏の子供になることになったそうです」
 
やはり当時関係者の間で揉め事は起きていた訳だ。トラブルは無かったと断言したのは亜記宏が織羽のことを思っての発言だろう。
 
「母は言っていました。亜記宏の血を引かない子を孫として受け入れる自信が無かったから、ほとんど衝動的に精子の破棄をさせてしまったけど、結果的に生まれてくるはずだった子供の命を奪ったことにもなる。その罪悪感が心を苛むと。でも私は川上さんたちがおっしゃったように、自分の血を引く子供が4人も出来ていたことが母の言葉からも確かめられて、あらためて感動しました。そのことを母に言ったら、嬉しそうな顔をしていました。ただ、その子たちが自分を“父親”とする子供であることは私としては嫌な気分なんですが」
 
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運転している千里がその時、一瞬嫌そうな顔をしたのに青葉は気付いた。きっと今桃香姉のお腹の中にいる子:千里姉を父親とし、桃香姉を母親とする子:のことを思ったのだろう。千里姉も自分が父親になることに強い抵抗感を持っているのだろう。
 
「でも少なくとも、理香ちゃん、しずちゃん、織ちゃんの3人は春美さんのこと、ママと言ってくれているから、いいじゃないですか」
と千里は笑顔を作っていった。
 
「そうなんですよ!実際、私、最近あの子たちを自分で産んだような気がしてきていて」
「そう思っていていいと思いますよ。あの3人は春美さんが産んだんです」
 
「えへへ。本当にそう思っちゃおうかな」
「いいんじゃないですか」
 
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春美は“夢の中”で母と対話した上に、その話を青葉たちにして、心の荷物を降ろせたからか、あるいは3人の母親としての自覚を再認識したからか、安らかな顔をしているのを、青葉はミラーの中に見た。
 

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