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■春秋(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2017-07-28
 
その日朝高岡から金沢に走るアクアの中で、唐突に美由紀が尋ねた。
 
「中国の歴史で春秋戦国ってあるじゃん」
「うん。それがどうかした?」
「戦国は日本の戦国時代みたいに国が分裂して争っていたんだろうなと思うけど、春秋って何だっけ?異常気象で夏と冬が無くなったとか?」
 
「いや、春秋という歴史書があるんだよ。その春秋が取り扱っている時代を春秋時代というんだよ」
と世梨奈が解説する。
 
「あ、そういうこと?じゃ戦国も歴史書の名前?」
「そういう歴史書は無い」
「なーんだ」
「周で王位継承争いから都を洛陽に移したBC771年から、秦の始皇帝が統一王朝を樹立したBC221年までを春秋戦国時代と言うんだけど、その中で春秋でカバーされているBC481年までを春秋、それ以降を戦国と言う」
 
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「秦の始皇帝は記憶があるな。その息子が聖徳太子の国書を受け取った人だっけ?」
「それは隋の二代目・煬帝!」
 
「あれ?別の時代?」
「BC221年に聖徳太子がいる訳無い」
と明日香にまで呆れられている。
 
「でも確かに秦と隋は似ている。どちらも、短期間で漢・唐にとってかわられた」
と青葉は言う。
 
「秦が倒れて、項羽と劉邦の争いに劉邦が勝ち漢ができた。やがて漢が滅んだ後、南北朝時代を経て、また隋が統一王朝を建てた。でも隋も実質2代で滅び、有名な李世民とその父・李淵によって新たな王朝・唐が樹立された」
 
「ああ、それで遣隋使から遣唐使になったのか」
「そうそう」
 

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2016年7月中旬。富山B高校。
 
1年生の左倉ハルはその日バスケット部の練習を遅くまでしていた。一応公式の練習は19時までなのだが、その後もバスや電車の時刻を待つまでの間、体育館に居てもいいという「黙認」の元、居残り練習している子がいる。これは「練習」しているのではなく単に「居る」だけである。監督やコーチも教官室で「残務整理」しているだけで「指導」もしない。
 
それでも実際にバスや電車の時刻が来たり、親が迎えに来たりして、少しずつ人数が減っていく。20時の段階でまだ練習していたのは、ハルの他には3年生の凛子副部長、2年生の泰美さんの2人だけだった。
 
「ハルちゃんはお父さんが迎えに来るの?」
と凛子さんが心配して言う。
 
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「母が放送局の仕事が終わってからこちらに回ってくれることになっているんですけど、たぶん予定外の仕事が入ったのかも」
 
「だったらお父さんとかに電話してみたら?」
「そうですね」
 
それで父に電話したら、今から迎えに来てくれるということだった。
 

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それから5分もしない内に泰美さんのお父さんが迎えに来て帰っていき、ハルと凛子の2人だけになる。
 
「部長はお父さんか誰か迎えに来られるんですか?」
とハルは尋ねた。
 
「うん。もう少ししたら来ると思うんだけどね。1on1やろうか?」
「はい!」
 
それで2人は攻守を入れ替えながら1対1の練習をする。
 
「ハルちゃんやはり強いなあ」
と3本ずつやった所で部長が言う。
 
「そうですか?」
「愛知J学園からも誘われたんでしょ?行けば良かったのに」
 
「えー?でもあんな所に行ったら私、とてもベンチ枠に入れませんよ」
「ああ、それはあるかもね〜。うちなら確実にロースターになれるし」
「いえ、そんなことないです。この学校でも私、ギリギリでインハイのメンバーに入れてもらったのに」
 
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ハルは1年生では唯一人、インターハイ代表12名の中に入れられたのである。
 
「とんでもない。ハルちゃんは既に中核選手だよ。県大会でも得点数2位、スリーポイント数2位、アシスト数3位の大活躍。広島ではスターターで使うから頑張ってね」
 
「はい!そういうことになったら頑張ります!」
 
今年のインターハイは7月31日から広島市で開かれる。
 

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「性別問題はJ学園側も大丈夫だと言ったんでしょ?」
と部長が小さな声で訊く。
 
「ええ。中学の顧問の先生が尽力してくださって。日本代表の村山千里選手も口添えしてくださったので、バスケ協会から女子のidカードもらえたから。それに中学の学籍簿も“ハル”名義になっていたので、それなら女子校である愛知J学園でも女生徒として入学させられるから、とは言われました」
 
「せっかくの機会だもん。女子校の生徒になりたいとは思わなかった?」
「けっこう不純な動機で、それ少し考えました」
とハルが正直に言うと、凛子さんも笑っていた。
 
その時、体育館の2階で誰かがボールを撞くような音がした。
 
「あれ?峰川先生がドリブルしてるのかな?」
「珍しいね。自分ではあまり実演しないのに」
「あまり下手でもまずいから少し練習してるんだったりして」
と言ってふたりは微笑む。
 
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峰川先生はバスケの名門大学の出身で、オールジャパンへの出場、日本代表候補の経験もあるが、現在54歳で実際のプレイからは長く遠ざかっている。様々なプレイもだいたい若い高橋コーチに実演してもらったりしている。
 

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ところが、ふたりがそんな話をしてから1分もしない内に、当の峰川先生が体育館の入口の方から入って来た。
 
「君たちまだやってんの?」
「すみませーん。もうすぐ親が迎えに来ると思うんですが」
と部長が言う。
 
「連絡は付いてるのね?」
「はい、ふたりとも連絡は取れています。左倉は最初お母さんが迎えに来る予定だったんですが、急な仕事が入ったみたいで、代わりにお父さんが迎えに来てくださることになったんですよ」
 
「ああ、それで遅くなったのね。お疲れさん」
 
しかしハルは疑問を感じて訊いた。
 
「峰川先生、さきほどまで2階の教官室におられましたよね?」
 
「いや。今夜は僕はさっきまで校長室で、校長・教頭とインターハイ遠征の件で打合せしていたんだよ。体育館に大人が誰もいなくなるけど、たぶん鶴野君が最後になるだろうから大丈夫だろうと思って、しばらく席を外していた」
 
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その言葉にハルと凛子は顔を見合わせた。
 
「ついさっき、教官室でボールをドリブルする音がしたのですが」
「何!?」
 
と言って、峰川先生は顔色が変わる。
 
「君たちはここにいて」
 
と言うと、ステージ横の螺旋階段を駆け上がって教官室に行ったようである。そして灯りが点く。そういえば、さっきまで教官室には灯りが点いていなかったことにここで初めて凛子もハルも気付いた。
 
しばらくして灯りが消えて、先生は外側の階段を降りてロビー側から戻ってきた。
 
「誰も居なかったし、居たような形跡も無かったよ。鍵も掛かっていたし」
と先生は言う。
 
「じゃ何かの聞き違いかなあ」
「外を通る車の音か何かを聞き違えたのかもね」
 
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そんなことを言っている内に、ハルの父と、凛子の父がほぼ同時に体育館にやってきた。ふたりとも峰川先生に挨拶した上で、各々の娘を引き取り下校する。それで教官室(?)で聞こえたドリブルの音の件もこの日はそれまでとなった。
 

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「あきちゃ〜ん」
と言って、その女性3人組は入って来た。
 
「明日は店休日だから、デートなんでしょう?」
と青沼さんが言う。
 
「ええ、そうですけど」
と笑顔で答えながら、このおばちゃんたち苦手〜、と亜記宏は思う。
 
「デート用に可愛い服、買ってきてあげたよ」
と言って、赤岩さんが見せるのは襟とか袖口・裾なんだかレースのフリルが付いていて、花柄の可愛すぎるチュニックと、膝丈のプリーツスカートである。
 
「勘弁して下さいよ〜。ぼく女装の趣味は無いので」
「あら、もっと自分に正直になった方がいいわよ」
と黄金さんが言う。
 
「愛する奥さんに、可愛いあきちゃんの姿見せてあげなきゃ」
と青沼さん。
 
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「それ、どこか間違っている気がするんですけどー」
 
「だって、あきちゃんは可愛いんだから、もっともっと可愛くしなきゃ」
と赤岩さん。
 
「ねね、これ着てみてよ」
 
参ったなと思いながらも、断りにくい相手なので、亜記宏はその服を受け取ると、奥で着換えて来た。
 
「わぁ、可愛い!」
「やっぱり、あきちゃん、そういう格好が似合うわあ」
「じゃ、明日はその服でデートね」
 
とおばちゃんたちは盛り上がっている。亜記宏はこんな格好で行ったら、また美智に「やはり女装が好きなのね」とか言われそうだと思い、頭が痛くなってきた。
 

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2016年9月。
 
青葉は1-4日に東京辰巳でインカレの水泳に出場するために東京に出てきたのだが、大会が終わった後で、松井医師に呼び出され、あきる野市内の産婦人科に行って、そこでレインボウ・フルート・バンズのフェイの妊娠出産のサポートをして欲しいと頼まれた。
 
一方9月4日に札幌でチェリーツインの桃川春美の結婚式に出た千里は出席者のひとりである丸山アイから「彼女を妊娠させたかも」という相談を受けたが、その妊娠させたかもという相手が、フェイであった。
 
ふたりは双方の案件が絡み合っていることに気付き、お互いの依頼者の許可も取った上で、共同でこの問題に対応することにした。それで青葉はこの問題の当面の対処で結局、1週間ほど東京に滞在することになった。
 
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その間に青葉はフェイの妊娠問題だけでなく、他にもいくつかの作業をしていた。ひとつはこの春に対処した“妖怪アジモド”の封印の護符を、ケイ、桃香、彪志、山村星歌を通じて合計50枚ほど頼まれていたので、それを配布する作業であった。この護符は間接的に渡しても効果が十分出ないので、使用する本人に直接渡す必要があるし、できたら青葉自身でその人の車に貼り付けてあげたほうがよい。それでこの配布作業だけで総計3日くらい掛かっている。
 
また、青葉は今回の東京行きでは新しいフルートを買おうと思っていた。
 
これまで青葉は3年前に政子(ローズ+リリーのマリ)からもらった白銅製のフルート(マリ自身が中学生の時に吹奏楽部で吹いていたもの)を使っていたのだが、充分横笛が吹ける青葉には、合っていないと指摘され、上手いんだからもっと良いフルートを使った方がいいと言われていたのである。
 
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それでそのフルートを、以前サックスを見立ててもらった近藤七星さん(ローズ+リリーのサウンドプロデューサー)に見てもらって買おうというのであった。青葉はアジモドの件やフェイの件の対応に追われる中、9月8日午後にケイのマンションで七星さんと会った。
 

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この時期の青葉・千里・ケイ・七星の動き
 
■青葉
8.31-9.4 インカレで東京辰巳
9.5 フェイの件で打合せ
9.6-11 アジモドの件対応
9.8 ケイのマンション訪問
 
■千里
8.31 新横浜で貴司と密会。大阪で買物中に倒れた阿倍子を助ける。京平の絵を合宿所の貴司に届ける。
9.3 秋田で全日本クラブ選抜に出た40 minutesの応援
9.4 札幌で桃川春美の結婚式
9.5 東京でフェイの件で打合せ
9.6-7 沖縄に飛び、木ノ下大吉らと会う
9.8 ケイのマンションに流れ込む
 
■ケイ
9.4 札幌で桃川春美の結婚式
9.5-7 沖縄に飛び、木ノ下大吉らと会う
9.8 東京に戻る。青葉と会う
9.10-11 田村市の入水鍾乳洞を訪れる
 
■七星
9.5-7 沖縄に飛び、木ノ下大吉らと会う
9.8 東京に戻る。青葉と会う
 
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実は昨日までケイは七星さんや千里と一緒に沖縄の木ノ下大吉さんの家を訪問しており、この日の午前中に一緒に戻って来た所であった。青葉が恵比寿のマンションを訪問した時に居たのは、ケイ・マリ・千里に七星さんである。
 
「まあ、取り敢えず、私のフルート吹いてみる?」
と千里がフルートを3本取り出す。
 
「これはヤマハのYFL-221。白銅製。カバードキイ、オフセット、Eメカ無し。作曲用に持ち歩いているもので演奏用ではない。まあ青葉も吹いてみる必要は無いだろうね」
 
実際現在青葉が使用しているのがヤマハYF-261。白銅製。銀メッキ。リングキイ、オフセットでEメカ無しである。カバードキイとリングキイの違いはあるが、だいたい似たようなクラスだ。
 
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「こちらはサブ楽器。割と吹きやすいと思う。アルタスのA1007E。管体は銀AG925でキイは白銅。銀メッキ仕上げ。見ての通りのリングキイだけどカバードキイのモデルもある。Eメカ付き」(*1)
 
実際吹いてみると、楽に吹ける。青葉は結構いい音が出るなと思った。
 
「こちらが私のメイン楽器、サンキョウの総銀フルートArtist-E。銀メッキ仕上げ。リングキイ。ニューEメカ。ドローン・トーンホール」
 
「そのニューEメカってどうなっている訳?」
「まあやってみればよい」
 

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(*1)
インラインというのは主なキーが全て一列に並んでいるもので、オフセットというのは、左手薬指で押さえるGキイが少しずれていて押さえやすくなっているものである。オフセットの方が使いやすいのに、日本では高級品はほぼインラインである。これはインラインの方が、見た目が美しいからである!
 
カバードキイはドイツで発達したものでフルートの穴をふたで完全に塞ぐもの、リングキイはフランスで発達したものでフルートの穴は指で塞ぐものである。カバードキイは指の細い人でも使いやすいし、弱い力で押さえてもしっかり穴を塞げる。一方リングキイは指の押さえ方によって微妙な音程を出すことができる。日本では初心者はカバードキイを使い、上級者はリングキイを好む傾向がある。
 
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このため、製品も「カバードキイ・オフセット」、「リングキイ・インライン」という組合せになることが多い。
 
フルートの材質には主に白銅、洋銀、銀がある。他に金、プラチナ、木製もある。なお、洋銀は銅・ニッケル・亜鉛の合金で「洋銀」とは言うが銀は含まれていない。
 
白銅は入門者用で耐久性も無い。洋銀が一般用で、銀はプロ用であるが、銀でもAG925 AG950 AG977 AG1000などがある。数字は銀の純度を表す。純度が高い方が良さそうだが、純銀(AG1000)は柔らかすぎて変形しやすいというデメリットがある。一般には洋銀や銀のフルートには銀メッキを施している。銀のフルートに銀メッキというのは不思議な気がするが、メッキに使う銀は本体より純度の高いものであり、空気中の硫化ガスと反応して黒ずみが生じるのを抑える効果がある。
 
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Eメカは高音のE(E6)を出しやすくするための機構である。高音のEを出すにはオクターブ下のE5の指使いからAキイを開ければいいのだが、現代のフルートはAキイを開けると同時にGisキイまで連動して開いてしまう。そこでEメカでは右手中指で押さえるEキイに連動してGisキイを押さえてくれるので、E6が出しやすくなるのである。
 
ニューEメカというのはサンキョウ独自の技術で、普通のEメカの機構を付ける代わりにGisキイのトーンホールにドーナツ状のリングを仕込んだものである。サンキョウ製品の標準仕様で、これによって楽にE6を出すことができる。この仕組みで他の音に影響が出ないようにするためサンキョウはフルート全体に綿密な調整をしており、他のメーカーが模倣してみたことがあるものの、うまく行かなかったと言われている。
 
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ドローン(引き上げ)方式とは管体自体を引き延ばしてトーンホールを作る方法、ソルダード(ハンダ付け)方式とは、管体とは別に用意したトーンホールのパーツをハンダ付け(金の場合はロウ付け)するもの。一般に普及品は前者、高級品は後者である。
 

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