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■春秋(9)
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(C)Eriko Kawaguchi 2017-07-30
千里たちが北海道で『赤い玉・白い玉』の制作をしていた9月24-25日、千葉県では秋季バスケット選手権の1-2回戦が行われていた。但し女子はチームが少ないので25日に1回戦の3試合が行われる。千里の古巣であり、現在はケイがオーナーを務めているローキューツはこの1回戦は不戦勝であった。つまりこの週はローキューツは試合は無く、翌週の準決勝から登場する。
金沢のK大学・笑劇団では、夏休み中、10月下旬の学園祭に向けて『アリババと4人の盗賊』の練習に余念が無かった。
配役はこのようになっている。
アリババ 楡木♂(2年)
アリババの妻 桃崎♂(1年)
カシム 柏原♂(2年)
カシムの妻 楢山♂(1年)
カシムの息子 桧川♂(3年)
モルディアナ 吉田♂(1年)
靴屋の老人 槇戸♂(2年)
盗賊の首領 桜井♂(3年)部長
手下1・客人1 杉浦♂(3年)
手下2・客人2 松居♂(4年)
手下3・客人3 梅野♀(4年)前部長
1人だけいる女性(前部長)は入学した時は男だったのだが、いつの間にか女性になってしまって、現在唯一の女性部員である。手術したのかどうかまでは聞いていないが、普通に女にしか見えないし、声も女の声である。この部の部長は3代続けて性別が途中で変わっている。現在の部員は、彼女以外は全て男である。そして1年生は全員女役である!
「女の服に慣れろと言われて、ここしばらくずっと女の下着つけてるんだけどさあ、なんか変な気分にならない?」
「女の下着ってさあ・・・なんか肌触りがいいよな?」
「そうそう。もう癖になりそうだよ」
「俺、既に癖になりつつあるかも。こないだもうっかりスカートのままアパートを出てコンビニに行こうとして50m近く歩いてから気付いて、慌てて着換えに戻ったよ」
「俺は、うっかりスカート姿のまま宅急便受け取っちゃったよ」
などという同学年の2人の会話を聞いて吉田は「うーん」と悩んでいた。正直吉田も、最初の内は女のパンティを穿いただけで、興奮してしまって、つい「やって」しまったものだが、最近は何とか慣れて平気になってきた。しかし・・・平気になってきた自分が怖い! 足の毛を剃るのも日々の習慣になってるし。
「でも3代続けて部長は性転換したんだろ?桜井部長、どうするんだろう?」
「あの人、結構怪しい気がする」
「桜井さんが2年前の公演『坊ちゃん』でマドンナ役してる写真見たけど凄い美人だった」
「去年の『シンデレラ』のお母さん役の写真も見たけど普通に女にしか見えん」
「学園祭終わったら、女の格好で出てきたりして」
「いや、学園祭までにもう女になっていたりして」
「次の部長は誰だろう?」
「楡木さんじゃないの?」
「演技力あるしね」
「女装が似合いそうだし」
「そっちで選ぶのかい!」
青葉は26日(月)の朝の便で富山に戻ろうと思った。
女満別9:30-11:25羽田/東京13:24-16:06新高岡
なお、千里姉は札幌に用事があるらしく。ここに来る時に使ったレンタカーで明日札幌まで行き、そちらの用事を済ませてから東京に戻るらしい。
ところが25日の夜、牧場で夕食を頂いてからE棟の部屋(結局千里と同室である)に戻ると、自分のスマホにCメールが入っているのに気付く。母からで《そちらの案件が一段落したら電話して》というメッセージである。時刻を見ると今日25日の夕方18時半に送信されている。これは多分あまり早く送信すると自分が気にするから、終わった頃を待って送ったのではと思った。
その場に居るのは千里姉だけなので、千里姉なら居ても大丈夫だろうと思い、母に電話を掛けてみた。
「そちら終わった?」
と母。
「だいたいね」
と青葉。
「実は連絡があったのは昨日なんだけど」
と母は話す。やはり、こちらの用事が終わるまで待っていたようだ。
「左倉ハルさんという人覚えてる?」
「秋田杉のボールペンの修理の件の子だね。当時は中学生だったけど、もう高校生になってるかな」
「そうそう。ボールペンの修理でお世話になったと言ってた。その人から連絡があってね」
「うん」
「ちょっと相談したいことがあるらしいのよ。内容は素人の私が聞いて変に誤解が生じるといけないから聞いてない」
「それでいいよ。連絡先は聞いてる?」
「うん。本人の携帯に電話かメールもらえたらということなんだけどね」
それで母から聞いたアドレスに取り敢えずメールを送ってみた。それで返信を待つことにする。
「青葉もホントに忙しいね!大学の授業受ける暇が無いんじゃない?」
と千里から言われる。
「結果的にだいぶサボってる。割とやばい」
「必須科目だけでも絶対に落とさないようにね。4年で卒業できなくなるから」
「そうなんだよねぇ」
と言って青葉はため息をつく。
「アナウンス学校まで行けてないでしょ?」
「事実上、籍を置いているだけになっている」
「まあそうだろうね。部活までやってるし」
「やめさせてもらえないんだよ!」
千里姉はホントに可笑しそうに笑った。
「でもちー姉の大学生時代もかなり無茶苦茶だったと思うけど」
と青葉は言う。
「ファミレスのバイト、神社のバイトをしつつ、作曲の仕事をしつつ、バスケットの選手をして日本代表までやりつつ、学生生活、しかも理系なんて、ほとんど無理ゲーだよ」
と青葉。
「まあ私はバスケと作曲以外はまじめにやってないからね」
と千里。
「うーん・・・・」
「青葉は全てをまじめにやろうとするから破綻する」
「正直、身体が3つくらい欲しい」
と青葉は言った。
「自分のクローンでも作る?」
「20歳の自分を作るには20年掛かるし」
「まあそれがクローンの問題だろうね。人間を丸ごとコピーとかできないし」
「ちー姉は丸ごとコピーした、ちー姉が3〜4人居るんじゃないかと思いたくなる。神社の副巫女長は名前だけみたいだけど、作曲家とバスケット選手だけでもかなり忙しいはず。もうソフトハウスのことは忘れることにした」
「まあ実際問題として、あそこにはほとんど行ってないしね」
「だよね〜」
青葉は今日の昼間に疑問に思ったことを聞いてみようと思った。
「ちー姉のフルートが物凄いと思ったんだけど、いったいいつ練習したの?」
「私はフルートは大したことないし、そんなに練習してないよ。私の基本は龍笛だし。フルートはゴールデンシックスや、その前身のDRK、それに高校時代に所属していたオーケストラでフルートを吹いてたからそれで練習したのと、あとは音源制作の場でフルート吹く機会が結構あるから、それで自然に上達した分もあると思う」
「でもさ、今日の音源制作でだけど」
と言って、青葉は他の人の演奏にピタリと合わせて同じような音が出るように吹くというのは、その人を遙かに凌駕する技術があってこそできるのではないかという今日の考察を話した。
「それは相手が物凄く上手い人の場合だよ」
と言って、千里は笑った。
「だって秋乃さんって、音楽大学の管楽器科を出てて、フルートの専門家なんでしょ?」
「音楽大学の管楽器科を出ているから凄いということはない」
「えっと・・・・」
「そもそも風花はフルートよりピアノの方がずっと巧い」
「そうなの!?」
「ピアノ科に入りたかったけど、♪♪大学のピアノ科なんてとんでもない天才揃いだから入れず、第2志望の管楽器科に入ったと言っていたよ」
「そういう人って結構いるかも」
「今日の演奏でいえば、あれが今田七美花とか七星さんのフルートと音を合わせるというのならできなかったと思うよ」
「七星さんの方が秋乃さんより上手い?」
「それは微妙だけど、タイプが違うんだよ」
「タイプ??」
「風花の吹き方はオーケストラの中の演奏者のような吹き方。元々均質な音を出しているんだよ。そもそも使っているフルートがプロユースの楽器としては、普及品クラスだしね」
「そういえばそうだった」
「最初から合わせやすい音を出してくれているから、こちらもそれに合わせられただけだよ」
「なるほどー」
「ヴァイオリンが合わなかったのは、真知子ちゃんもケイも双方がソロ奏者志向で、むしろ他の楽器に埋もれない弾き方をしてきているからだよ」
「あぁ・・・」
「だから七星さんや鷹野さんのヴァイオリンにも、ケイは合わせきれないと思う。ケイの方が遙かに巧いにもかかわらず。でも七星さんと鷹野さんなら相互に合わせられる」
「ソロ志向か、合奏志向かという問題か・・・」
「それはその音楽家自身の生き方とも関わってくる問題だよね」
「難しい・・・・」
左倉ハルからの電話は15分後に掛かってきた。
「済みません。練習中だったもので。今母の車で帰宅途中で、それで今着信に気付きまして」
「ハルちゃん、部活やってるの?」
「はい。バスケットなんです」
「それって・・・・男子?女子?」
「女子バスケ部に入れてもらいました」
「良かったね!」
「それでインターハイにも行ってきたんですよ」
「凄いじゃん!だったら富山B高校?」
と青葉は千里が書いてくれたメモを見ながら言った。
「はい、そうなんです」
「ベスト8まで行くなんて凄いね」
これも千里が書いてくれたメモのお陰で言えたことである。
「本当はもう1勝でもしたかったんですけど、これでも校長・理事長から褒めてもらいました」
「うん、凄い凄い。でも相手が優勝した愛知J学園じゃ厳しいもん」
「いや、実力差を見せつけられました」
「それで実はそのバスケットの練習をしている体育館なんですけど」
「うん」
「そこにですね・・・出るんですよ」
青葉は「あれ?」と思った。
こういう時によく感じがちな、背中がぞわわっとするような感覚が無かったのである。つまり・・・これは悪いものでは無い。
「誰か何か見た?」
「それがまだ『見た』人はいないんです。音だけなんですよね」
「へー」
「最初私が聞いたのは、夜8時過ぎにフロアで練習していた時に、教官室でドリブルする音がしたんですよ」
「なるほど」
「先生が行ってみたら誰も居なかったということで、外の騒音か何かを聞き間違ったのかなとも言っていたんですが」
「うん」
「朝練に来た子が、ボールがゴールを揺らす音を聞いたので、もう誰か来てると思って『お疲れ様でーす』と言って体育館の戸を開けたら誰も居なかったとか」
「朝にも出るんだ!」
「気配を感じた子もいるんです。練習試合していて、ドリブル中に後ろに気配を感じたんで、スティール警戒してドリブル中止してしっかりホールドしたら、周囲にも誰もいなかったとか」
「堂々とコートにまで出てくるんだ!」
「最初は気のせいではとか、何かの聞き間違いではと言っていたのですが、あまりにも体験する子が多いもので、ひょっとして痴漢ではないかというので一時は警備員さんに体育館周辺に立っていてもらったんですよ。ところが警備員さんがおられるのに、誰も居ない教官室から音がしたりして。私たちが騒いだので警備員さんが急行してくださったんですが、やはり教官室には誰も居ないんですよね。そしてそもそも警備員さんはその音を聞いてなかったんですよ」
「もしかして聞いてる子と聞いてない子がいたりして?」
「実はそうなんです。部員が50人いる中に、結構熱心に練習しているのに1度も聞いてない子も割と居るんです。それと顧問の先生とコーチ1人は聞いているんですが、もう1人のコーチは聞いてないんですよね」
霊感の全く無い人っているからなあ、と青葉は思う。
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