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■春老(16)

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5月14日(土)。
 
青葉は外出許可を取ったジャネさん、付き添いのお母さん、圭織さんと4人で北陸新幹線に乗り、東京に出た。ジャネさんは
 
「私が意識を失っている間に開通してたんだね」
と北陸新幹線での旅を楽しんでいた。
 
その日は都内のホテルに泊まり、翌15日朝、千里が車椅子ごと乗せられる福祉車両を運転してホテルまで来る。みんなで協力してジャネさんの車椅子を車両に乗せた。
 
千里の運転で首都高を走り、神奈川県内某所にある大学の体育館そばに付けた。みんなで協力して車椅子を下ろし、圭織さんが後ろを押す。
 
体育館内ではバスケットの試合が行われているようであった。男女混合チーム同士の対戦のようである。
 

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千里は何も説明しない。青葉も内容を聞いていなかったので、これは何だろうと思って試合を眺めていた。
 
「なぜこんなに音が鳴っているの?」
とジャネさんが尋ねる。
 
「バスケットのゴールの所で固有の音が鳴っています。そしてボールの中にも音を発する装置が入っています」
と千里は説明した。
 
「お姉ちゃん、コートの周りに蛍光色のマットが並べてあるのはなぜ?」
と青葉が千里に尋ねた。
 
「そこを踏んだ時に、あ、ここはコートの外なんだと分かるようにするためだよ」
と千里は答えた。
 
5分くらい観戦してから、圭織が言った。
 
「もしかして、この人たち目が見えないの?」
 
「正解です」
と千里は笑顔で答えた。
 
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「え〜〜〜!?」
とジャネさんとお母さんが声をあげる。
 
「Blind Basketballというんですよ。ルールは基本的に普通のバスケットと同じです」
 
「でもでも、今ボールをドリブルしてくる人を手を広げてディフェンスして、攻撃側はフェイント1回入れてから反対側を抜いて、シュート撃ちましたよね」
と圭織さんが言う。
 
「どうしてゴールの方向とか距離が分かるんです?」
とジャネのお母さんが訊く。
 
「ゴールの所で音が鳴っているので、それを聞いて方角と距離が分かるんですよ」
「音だけでよく分かりますね!」
 
「他に、センターライン付近でも別の音を鳴らしていますし、制限エリアの所は踏んだ時に他の部分と違う音がするシートを床に貼っています。それでゴールの近くまで来たことが分かります。ただこの試合では3秒ルールは6秒ルールで運用していますし、お互い見えない同士ですから、悪質で無ければ制限エリア内全部ノーチャージ(チャージングを取らない)ということにしています。一応、怪我防止のためユニフォームにお互い1m以内に近づいたら振動で知らせる装置を付けています。右半円に入ったら右側の装置、左半円に入ったら左側の装置が反応します」
 
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「なるほどー」
「かなりハイテクだ」
 
「でも何かパスも普通にしてるし」
 
「履いている靴をチームごとに統一していますので、味方と敵はその靴音でも識別できます。そして、ボール自体から音が出るから、それを聞いてボールの場所が分かるし、ちゃんとパスを受け取れるんですよ。お互い声も出し合ってますし。もっとも1m以内のバイブを確認してそのくらいの距離に届く勢いでパスを出す選手も多いです」
 
「それにしても凄い」
 
それでしばらく見ている内に圭織が言う。
「この人たち、物凄くうまくないですか?」
 
すると千里は説明する。
 
「どうかしたチームなら、目が開いていてもこの人たちに負けますよ。今ここでプレイしている人の半数くらいが、インターハイの県予選決勝リーグくらいまでは行った経験のある人たちですから」
 
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「でも事故とかで視力を失って・・・」
 
「そうです。たとえば今、緑色のチームの4番付けている人。あの人は私が高校時代にインターハイで対戦したことのあるチームのシューターですよ。でも化学の実験をしている時に薬品が爆発して両目の視力を失ったんです」
 
その4番をつけた女子選手がドリブルしていた相手男子選手から巧みにボールをスティールするとそのままシュートに行った。
 
「スリーポイントゴール!」
と記録員の人が大きな声で言っている。
 
「すげー!目が見えないのにスリーを入れるなんて」
「その前に男子選手からスティールしたのも凄い」
 
「あの人の場合はちょっと特殊なんです」
「特殊?」
 
「あの人はコートを何度も色々な歩幅で走ってみて、それでどのくらいの歩幅で何歩走ればコートのどのあたりまで来るかというのを完全に把握しているんです。ですから、実はあの人はゴールで音が鳴っていなくても、正確にボールをゴールに放り込むことができます」
 
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「凄い!」
「スティールは?」
「あれは、ほとんど勘でしていると思う」
「ひゃー」
 
「それにしても」
「音と勘だけでそこまでできるって」
「この人たち凄い」
 
「かすかに見える人も混じっています。その人たちのために、ユニフォームは派手な視認しやすい色にしているんですよ」
「なるほど!」
 

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「選手たちの中には、元々目が見えなかった人もいますけど、中途失明者の方が多いです。彼らは視力は失ったけど、バスケットボールに対する情熱は捨てられなかった。それでこういうシステムがあることを知って参加したんです」
 
「ブラインド・ベースボールというのは聞いたことあったけど、バスケットもあるんですね」
 
「こういうシステムが確立したのは割と最近のようです。車椅子バスケットはかなり以前から行われていましたが、ブラインド・バスケットはまだできる環境、そしてチームとかも少ないです。ルールも試行錯誤があるようですね。この試合では採用していませんが、ゴールに入らなくてもバックボードに当たっただけで得点を認める流儀とかもあります。今関東はこの2チーム、あと名古屋に2チームあるだけで。両者で半年に1度交流戦してます」
 
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「しかし目が見えないのに、飛んでくるボールをきちんと受け取るって、物凄い感覚ですね。歩数を数えて今自分がどこにいるかを常に把握しているというのも本当に凄い」
とジャネさんが言う。
 
「人間の能力って凄いでしょ?」
と千里は彼女に言う。
 
「私、俄然やる気出ました。お母ちゃん、今月中に退院しようよ」
 
「それはちょっと・・・・お医者さんの許可が出るかどうか」
 
「許可出なかったら脱出してプールに行って泳ぎたい」
 
「1年泳いでないとプールが恋しいですよね」
と千里は煽る。
 
「恋しいです。リオデジャネイロ・オリンピックの最終選考はまだかな?」
 
「まだですけど・・・・パラリンピックじゃなくて、まさかオリンピックを目指すの?」
 
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「そのくらいのつもりで頑張るよ」
とジャネさんは意欲満々な顔で言った。
 

試合見学が終わった後は学食で少し休憩したあと、大学を出る。千里は車を新横浜駅につけた。
 
「新幹線で東京に戻るの?」
「ちょっと岐阜県まで移動しましょう」
「岐阜県?」
 
千里は車を駅近くの駐車場に駐め、ジャネさんを車椅子に乗せて駅構内に入る。
 
「青葉、駅弁とお茶を5つにおやつとかも少し買ってきてくれない?」
と言って千里が1万円札を渡す。
 
「あ、うん」
と言って青葉は他の4人から離れる。多分自分に見られたくないことを何かするんだろうなと青葉は思った。
 
駅弁などを買ってから改札前で千里やジャネたちと合流する。千里が岐阜羽島までの切符を渡す。やはりグリーン券である。
 
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「今度は何があるんですか?」
と圭織が尋ねる。
 
「まあ行ってみての楽しみです」
と千里。
 

新幹線の中で駅弁を食べながら、話はまださっきのブラインド・バスケットの話で結構盛り上がった。膝下切断のハンディを乗り越えて北京五輪の水泳に出場したナタリー・デュトワや、義足でロンドン五輪の陸上400mに出場したオスカー・ピストリウスなどのことも話題になる。
 
「でも今回ごめんね。私が自分で迎えに行きたかったけど、時間が無いからそちらから自主的に出てきてもらった」
 
と千里。
 
「いえ。凄いものを見られて、本当に水泳復帰への意欲が湧きました」
とジャネさん。
 
「お姉ちゃん、今回合宿の谷間だったんでしょ?」
と青葉が言う。
 
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「うん。11日まで北区のナショナル・トレーニング・センターで合宿してた。13-14日は川崎でクロスリーグの試合やって、今日だけ休み。明日からはまた合宿で今度はフランスに行ってくる。帰りは6月6日。その帰国した日に最終的な代表が発表される」
 
「お姉ちゃん最終メンバーに残るよね?」
「さあね。現在代表候補は18人いる。補欠として参加している人もいれると24人。でもリオデジャネイロに行けるのは12人だけ。生存確率2分の1」
 
「お姉さん、もしかしてバスケットの選手なんですか?」
 
「姉は今オリンピックの日本代表の合宿に参加しているんですよ」
 
「お姉さん、そんな凄い選手なんだ!」
 
「じゃ、お姉さんはバスケットで、妹は水泳でリオに行こう」
と圭織さんが煽る。
 
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「それはさすがにレベルが足りません。それとこないだも言ったように私は申し訳無いけど水泳部は辞めますので。代わりにジャネさんが復帰するということでどうですか?蒼生恵も入れたし」
と青葉は言った。
 
「甘い。新入りは3人は勧誘してもらわないと」
「それじゃマルチ商法ですよぉ」
「でもジャネさんは復帰してください」
と圭織は言っている。
 
「うん。そうさせて。今から練習してれば、取り敢えずインカレあたりには間に合いそうな気がするもん」
とジャネさんは言っている。
 
「ジャネさん、右足くらい無くてもインカレ、ぶっち切りで優勝したりして」
と圭織。
 
「短距離は厳しいけど、800mなら結構行ける気がするんだよ。できたら女子にも1500mが欲しいよね」
とジャネ。
 
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「欲しいですよね。それともジャネさん性転換します?」
と青葉。
 
「あ。それもいいな。義足作るついでに真ん中にも1本足付けちゃおうかな」
 
「勘弁してぇ」
とお母さんが言っていた。
 

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やがて新幹線が岐阜羽島に着く。車椅子を押して出札口を通ると、青葉も見たことのある人が手を振っていた。
 
「こんにちは、舞耶(まや)さん」
と千里が挨拶する。青葉も慌てて挨拶する。この人は確か・・・・先日の高知での葬儀の時に会った人で、えっとえっと・・・青葉は必死に記憶をたどった。
 
「そうか。芳彦さんのフィアンセさんでしたね?」
「うん、そうだよ。青葉ちゃん」
 
と彼女は笑顔で答えた。
 
彼女の案内で外に出る。駐車場に福祉車両が駐めてあり、車椅子ごとジャネさんを乗せる。それで舞耶の運転で車は岐阜羽島ICから高速に乗り、30分ほど走ってから下道に降りた。
 
「ここは何ですか?」
「きっとジャネさんのお役に立ちそうなものがあるんですよ」
 
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と千里は言った。
 
そこは何かの研究所のようであった。
 
青葉たちは建物の中に入ると「わぁ・・」と言って、展示されている製品のラインナップを眺めていた。
 
 
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