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■春老(8)

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社長が、この曲のことをもしかしたら知っているのではと言ってステラジオの2人を呼び出した。彼女たちは1時間ほどでやってきたがメンツの中に青葉がいるので驚く。
 
「あなた、たしか大宮万葉さんですよね?」
とやや敵対的な視線で言う。青葉と冬子の関係を知っているのだろう。
 
「はい、そうです。でも今日は《作曲家・大宮万葉》ではなく《拝み屋・川上瞬葉》として来ました」
 
と言って2人に名刺も渡す。
 
「私がこの名前で活動している時は全ての人間に対して中立です。守秘義務がありますので、お聞きした話は一切誰にも話しません。むろんローズ+リリーや加藤課長などにも絶対話しませんよ」
と青葉が言うと、ホシがしばらく考えるようにしていたが
 
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「あんた信用できそうだね。だったら知っていることは何でも話す」
と言った。ナミはホシがそう言ったのでうなずいている。
 
「で何ですか?」
 

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「この譜面を見て頂きたいのです。まともに読むと危険なので、あまりじっくりとは見ないで下さい。この譜面をご存じですか?」
 
見せられたホシが物凄い表情をした。
 
青葉は人間にこんな表情があるのかと思った。
 
そのホシの表情は、驚きというより激しい恐怖に包まれたものであった。
 
「ナミは見るな」
と言って後ろに押しやってからすぐに裏返しにして目に入らないようにし、
 
「この譜面、残ってたのか・・・・」
と言ってから、ホシは厳しい顔をしている。
 
たっぷり1〜2分経ってからホシは言った。
 
「ちょっとこの話を聞く人を減らして欲しいのですが」
「分かった」
 

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それで取り敢えず大堀さんのお母さん、サニーさん、ターモンさんにも席を外してもらった。青葉・社長・八雲さんの3人だけで話を聞く。
 
「この譜面は危険だといって、長浜さん、私たちの最初のマネージャーですが、彼女が私たちから取り上げて、廃棄すると言っていたんです」
 
「この譜面の由来は?」
 
「秘密にして頂けますか?」
とホシはあらためて訊く。
 
「もちろんです。私たち祈祷師は、弁護士や医者と同じです。クライアントのことは、たとえ犯罪をおかしていたとしても絶対に他人には言いません」
 
「実は、私、デビュー前の一時期、クスリをやっていて」
とホシは語り始めた。
 
「どういう系統のお薬ですか?」
「こんなこと話しちゃったら事務所クビになっちゃうかも知れないけど」
とホシは前提を置いてから
 
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「LSDです」
と言った。
 

社長は腕を組んで、しかめ面をしている。八雲さんはポーカーフェイスである。青葉も当然無表情だ。
 
「あちこちのクラブとかに出演して歌っていた時期に、クラブに来ていた客から勧められたんです。でハマってしまって。でもナミにぶん殴られて。3ヶ月精神病院に入院して、薬から抜けました」
 
「辛かったでしょう?」
と青葉は言う。
 
「薬はとうにやめているのに、度々フラッシュバックが起きるんですよ。もうあの時は自分が怖かったです」
 
「LSDは禁断症状は無いんだけど、そのフラッシュバックが怖いんですよね」
 
「それで、その曲はそのLSDのフラッシュバック状態で書いた曲なんです。LSDって、感覚が混線するんですよね。音が見えて、色が聞こえるんです。遠近感とかも無茶苦茶で、ドアが手のひらみたいに小さく見えて、四角い窓が丸く見えて、それもアドバルーンみたいに大きく見えて。窓に鉄格子が無かったら、そこから飛び降りていたかも」
 
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「まあ脳自体がパニックになってますからね」
 
「その精神状態で書いたものだから、自分で後から見てもさっぱり分からなくて。だから自分では演奏したことありません。でもこの譜面を見た、ある音楽家さんが『面白そう。ちょっとコピーさせてよ』と言って、譜面をコピーしていったのですが・・・」
 
「亡くなりましたか?」
 
「はい」
と言ってホシはうつむいた。
 

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「その譜面は長浜さんが回収して焼却したと言っていました。そして私が持っていたオリジナルも取り上げて、私たちの目の前でシュレッダーに掛けて処分しました。長浜さん、これはたぶん悪魔の歌だ。これを歌えば多分死ぬと言って」
 
「じゃもしかして長浜君は知ってて、その曲を演奏してみたのかね?」
と社長は驚いたように言う。
 
「ここにSDカードがあります。ホシさんのお話なら、もしかしたらこのSDカードはその亡くなられたミュージシャンさんが演奏なさったデータかも知れないですね。あるいはこのデータを何かの間違いでうっかり聞いてしまったのかも」
 
「それならあり得るな」
 
「じゃ、舞鶴君や大堀が死んだのも?」
「その人たちは危険な曲とは知らずに、再生したのかも。大堀さんが亡くなる直前に焼却したのはこのデータのコピーかも知れませんね」
 
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と青葉は言う。
 
ホシが泣き出した。
 
自分が書いた曲のせいで、少なくとも4人の命が失われたことになる。
 
「私・・・・歌手引退します。亡くなった人たちに悪い」
と言ってホシが泣きじゃくっている。ナミがその彼女の背中を撫でている。
 

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社長はしばらく考えていた。
 
「その最初に亡くなった音楽家さんって、どういう人?」
「金沢の片町でスナック経営していた40代の人です。金沢でのライブの時に伴奏とコーラスをしてくださったんですよ。せめてもの贖罪にご遺族に最初の頃は毎月2万円、今は毎月10万円、匿名で送金しています。もっと送ってあげたいけど、そこまで経済力が無いので」
 
とホシは言った。
 
発端は金沢か・・・と青葉は少し驚いていた。
 
「男の人?女の人?」
と社長が質問すると、ホシとナミは一瞬顔を見合わせた。
 
「うーん。。。。どっちだろ?」
とホシが悩む。
 
「へ?」
 
「身体は男、心は女というか」
とホシ。
「ああ、そういう人か」
 
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「でも奥さん居たね」
とナミ。
 
「いや、ニューハーフさんで女性と結婚している人は割とよくいる」
と八雲さんが言う。
 
「名前が奇抜すぎて最初ドラッグクイーンさんかと思ったんですけどね」
「うん。でも中身はまともに普通の女性という感じだった。話していて男と話している感じが全く無かったから」
「へー」
 
「じゃ、その人の遺族への補償は僕にさせてよ。僕は君たちとアーティスト契約をした。その君たちに関する全ての責任は僕が取るから」
 
と社長は言った。
 
「すみません」
と言ってホシはまだ涙ぐんでいる。
 

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社長は妹のサニーさんだけを呼んで事情を話した。サニーさんも息を呑んでいた。
 
「とりあえずステラジオは1週間お休み。一週間後にまた今後のことを考えよう。だから、絶対早まったことしないこと。いいね?」
と社長は念を押した。
 
「はい」
とホシは力なくうなずいた。
 
「波流美(ナミ)ちゃん、紗早江(ホシ)ちゃんから絶対に目を離さないで」
「分かりました」
「陽子、おまえもこのふたりに付いてて。おまえか、波流美ちゃんかどちらかは必ず紗早江ちゃんを見ているようにして」
 
と社長はサニーさんを本名で呼んで話した。
 
「分かった。絶対に目を離さない」
とサニー常務も答えた。
 
その後で社長はまずターモン舞鶴さんを呼んだ。亡くなったキャッスル舞鶴さんの妹さんである。
 
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ターモンさんはじっと話を聞いていたが、やがて言った。
 
「それホシちゃんは悪くないよ。クスリの仕業だよ。だから、二度とこういう過ちをしないこと。それだけを誓ってくれれば私はいい。姉貴も絶対あんたを恨んだりはしてないから」
 
「ありがとうございます」
と言ってホシはまた泣いている。
 

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最後に大堀さんのお母さん、そしてお子さんたちも呼んだ。
 
社長の話にお母さんは悲痛な表情をして聞いていた。子供たち3人はむしろ無表情で聞いていた。
 
「じゃ、ホシちゃんたちは、この曲が残っていたことを知らなかったのね?」
「はい。初代マネージャーが処分したと言っていたので、それを信じていました」
 
「だったらあなたたちに罪は無い。これはただの事故だよ」
とお母さんは言った。
 
「私もその意見に賛成。これはただの事故。お母ちゃんは交通事故とかに遭ったのと同じだよ」
と長女の女子大生・浮見子さんがしっかりした口調で言う。その弟と妹の高校生はお姉ちゃんがそう言ったので、顔を見合わせてから頷いた。
 
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「すみません」
と言ってホシはその場に土下座してまた泣いた。
 

社長は、大堀さんの遺族、舞鶴さんの遺族、長浜さんの遺族にもあらためてきちんと補償をすることを約束して、青葉たちとともに大堀家を出た。なお譜面とSDカードは青葉が持った。
 
「それ処分するの?」
「処分させてください。これ以上死人を出したくないです」
「どうやって処分するか見てもいい?」
「いいですよ」
 
それで青葉は瞬法さんに連絡を取り、彼のお寺に社長・八雲さんと一緒に3人でお邪魔した。
 
「禍々しい気を放っているね」
と瞬法さんは言った。
 
「そうですか。私にはよく分からなくて」
 
瞬法さんはこの手の感覚に物凄く鋭敏なのである。
 
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「修行不足だな。お焚き上げしようか」
と言って瞬法さんはお寺の庭に護摩壇を組むと火を入れた。瞬法さん、そして青葉が特別なお経を唱える中、瞬法さんは楽譜を火に投じた。その瞬間炎が凄まじく巨大になる。
 
「わっ」
と社長が声をあげる。
 
しかし瞬法さんと青葉は何事もなかったかのように長いお経を最後まで唱えた。
 
「終わりました。あの世の物はあの世へ送り届けるのが良いです」
と瞬法さんは言う。
 
「今の炎を見て僕も思った。あれはこの世のものでは無いんだよ」
と社長も言った。
 

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ステラジオのふたりは取り敢えず静かな所で静養させようということで、社長の親戚が経営している富山県の温泉宿で過ごさせることにした。社長はサニー春吉さんの他、懇意にしているカウンセラーさんと連絡を取り、その人にも同行してもらうことにした。
 
青葉たちは事務所に戻ってあらためて今後のことを話した。
 
「ステラジオに関しては半年くらい休養させてもいいと思う。アルバムの制作中とか言えば、そのくらい露出しなくても大丈夫だろうし」
 
と社長は言う。
 
「ツアーとか夏フェスとかはどうします?」
「全部キャンセルする。もしキープロスとかの代替出場が可能なら出させる」
 
「まあキープロスを売り出すチャンスになるかも知れませんね」
「うん。それは言える」
 
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「その後は?」
と八雲さんが訊くと、
 
「その後、どうなると思う?」
と社長はこちらに質問を返してきた。
 
「ホシさんは強いです。絶対に立ち直りますよ」
と青葉は言った。
 
「僕もそう思う。今回の事件を契機にして彼女はアーティストとしてひとまわり成長すると思う」
と社長。
 
「私も同感です。ステラジオはここ2年ほど全力疾走してきたし、ここで一度休養するのもまた良いかも知れません。きっと復活したステラジオは物凄く強烈になってますよ」
と八雲さんは言った。
 
「じゃ、そういうことになることを期待して、前祝いしようよ」
と言って社長はドンペリを持って来た。
 
「社長、川上君はまだ未成年なんですが」
と八雲さんが言う。
 
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「八雲君、君は守秘義務があるよね?」
「はい」
「川上君、君も守秘義務があるよね?」
「はい」
 
「ということであれば、ここで未成年飲酒させても、それがどこかに漏れることはあり得ない」
と社長。
 
「分かりました。頂きます」
と青葉も苦笑してグラスを持つ。
 
社長が3つのグラスにシャンパンを注ぎ、社長・青葉・八雲さんは乾杯した。
 
あ、美味しい、と青葉は思った。
 

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「だけど、今回の川上さんの問題解決の仕方は見事だったね」
と社長はドンペリをお代わりしながら言う。
 
「今回はうまく行き過ぎました。正直この問題は1日で解決するとは思ってもいませんでした」
 
「トラブルを予兆するようなものが無かったことを確認。あれで多分怨恨とか呪詛とか、その手の可能性が消えたよね」
 
「そうですね」
「それから死んだ人たちが共通で持っていたものが無いか聞いた。実際にはそれがホンボシではあったんだけど、結局引き継いだ人が危険なものを引き継いでいたこと自体を知らなかったんだな」
 
「世の中、結構知らぬが仏ですよ」
と青葉は言う。八雲さんも頷いている。
 
「それで解決の糸口を求めるのに、最も最近死んだ人の自宅に行く。これも基本を踏襲している。そしてそこで問題の原因となるものを発見した」
 
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「あそこで姉弟子の力を借りましたけどね」
 
「でも君たちってそもそもネットワークで動いてるんでしょ?」
「まあそうですね。この世界に1匹狼の祈祷師は存在しません。ひとりひとりの得意分野があるから、いつも助け合っているんですよ。私も竹田さんや中村さんとお互いに助け合ってますよ」
 
「でも凄いよね。あの電話が掛かってくるのが遅れていたら、みんな死んでしまっていた所だ」
 
「それを停めたんだから、やはり川上君は優秀なんですよ。社長、報酬はたっぷり払ってあげてください」
と八雲さんが言う。
 

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「分かった。口座番号教えて。今月中に払うから」
「ありがとうございます。あ、でももしよかったら今月ではなく来月いただけませんか?」
 
「それはかまわないけど、どうして?」
「今、私個人会社の設立をしようと思って手続きを進めている所なんですよ。それが近い内に設立できると思うので、できたら登記が終わって銀行口座を開設してから、その口座にいただけないかと」
 
「ああ。それはかまわないよ」
「ではその会社の口座ができましたら、すぐお知らせしますので」
「OKOK。よろしく」
 
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