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■春老(7)

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青葉は質問を変えた。
 
取り敢えず、みんなの記憶が新しい、ピュア大堀さんのケースについて、亡くなる数日前とかから、何か変わったことは無かったかというのを尋ねる。気のせいでもいいし、関係あるとは思えないことでもいい。例えばツバメが巣を作っていたとか、ゴキブリが大量発生したとか、近くで痴漢が出たとかでもいいからというので尋ねる。
 
みんな首をひねっている。八雲さんと住吉さんも考えている。
 
なかなか出てこないので青葉はまた質問を変える。
 
「でしたら、ピュア大堀さんが、キャッスル舞鶴さんから引き継いで使用していたグッズとか装置・設備の類って無いでしょうか?」
 
「それならステラジオのロゴマークが入った旗とかかな」
「どんなのですか?」
 
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サニー春吉さんが旗を出してくる。青葉は触ってよくよく見てみるが、特に何か問題がありそうには見えない。
 
他にステラジオの過去の全てのCD/DVD またそれらの元データの格納されたハードディスク、楽譜集、写真集、プロモーション素材なども1時間以上かけて見せてもらったが、青葉のセンサーに引っかかるような怪しいものは見あたらなかった。
 
青葉はこのままではお手上げという気分になる。
 

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「亡くなったピュア大堀さんのご自宅を見せていただけますでしょうか?」
「待って。家族に連絡してみる」
 
それで社長が連絡した所、見てもらうのはOKだし、まだショックで彼女の部屋はそのままにしてあるとお母さんが言っているということだった。あまり大勢で行ってもということで、社長、妹のサニーさん、ターモンさん、それに青葉と八雲さんの5人だけで訪問することにした。
 
ターモンさんが運転するロールスロイス・ファントムで移動する。
 
「凄い車ですね」
「うん。特注品」
と言って、シアター春吉社長は車を褒められてご機嫌である。
 
同じ大手プロダクションのトップでも、○○プロの丸花社長はフェアレディZとか、NSXを使っている。本当に運転すること自体が好きなようだ。ご自身国内A級ライセンスを持っていて時々サーキットで走っているようである。∞∞プロの鈴木社長の場合は、とっても庶民的なマツダ・アクセラの愛用者だ。その前はファミリアに20年乗ったと言っていた。車で見栄張る必要は無いし、適度に燃費が良くて取り回しが楽な車が好きだと言っていた。
 
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大堀さんの家は八王子市の郊外にあった。結婚してお子さんが3人できたもののご主人とは離婚していた。母親の急死で今、福岡に住んでいた大堀さんのお母さん、子供たちのお祖母ちゃんが泊まり込んで、大学生と高校生の子供たち3人の面倒を見ているらしい。
 

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喪中の紙が貼られた玄関を
「失礼します」
と言って入った青葉は、突然の雰囲気に警戒態勢を取る。
 
何だこれは?
 
青葉の眷属たちも警戒態勢である。海坊主は指をポキポキ鳴らしている。雪娘は彼女が持つ剣をいつでも抜ける体勢だ。蜻蛉も紅娘も小紫もかなり緊張しているのが分かる。
 
「どうしました?」
と青葉の様子に気づいたふうの八雲さんが言う。
 
「何か居ます。あるいは在ります」
 
青葉はその気配が存在する方向に慎重に歩いて行った。
 
「この部屋は?」
「そこが娘の部屋です」
 
と故人のお母さん。
 
「皆さん、ちょっと下がっていてください。えっと、ここより遠くに居て下さい」
と言って青葉は廊下に指で線を引いた。その線の所に蜻蛉を待機させる。
 
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青葉は強力な霊鎧を身にまとった上で、障子を開けた。
 
青葉は思わず声をあげそうになった。声をあげなかったのは、プロの霊能者としての意識ゆえである。霊能者はたとえどんなとんでもないものを見ても、クライアントの前で驚いたりする様を見せてはいけないのである。
 
しかし青葉は内心「何これ〜!?」と思った。
 
『海坊主、やっちゃって』
『OK』
 
故人の部屋の中は、まさに《妖怪の缶詰》という感じになっていた。海坊主はその部屋に中にいた妖怪を2〜3分で全部片付けてくれた。
 
「この部屋は今クリーンにしました。もう中に入れます」
と青葉は社長たちの方を見て言った。
 
それで全員中に入る。
 
「あら?何かここきれいになった感じ」
とお母さんが言う。
 
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「変なものが大量に湧いていたので処分しました」
と青葉はポーカーフェイスで言った。
 
「何がいたんです?」
「妖怪の類ですが、みんな雑魚です。大物はいませんでした」
 
と言いつつ、青葉は警戒を緩めない。どうも・・・他にも何かいるような気がしてならないのである。怪しげな気配自体は無くなったし、蜻蛉や小紫たちはもう警戒態勢を解除してしまっている。ただ勘の良い雪娘だけがまだ警戒を弛めていない。
 

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青葉は部屋の中をチェックさせてもらう。
 
念のため白い手袋をはめた上であちこち調べる。ワーキングデスクは引き出しを全部開けて中を見させてもらった。本棚に並んでいる本をチェックする。
 
「このパソコン起動していいですか?」
「どうぞ」
 
起動するとパスワードを訊いてくる。青葉は難なくパスワードを入れてOSを立ち上げたので、社長がびっくりする。
 
「なぜパスワードが分かったのです?」
「私のレベルの霊能者なら分かることです」
と青葉は何でも無さそうに言う。
 
「凄い!」
と社長もサニーさんも言った。
 

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「そのパソコン、そのまま起動したままにしておいてもらえない?業務関係のファイルが無いか調べたい」
と社長が言う。
 
「でもファイル自体も暗号化されてるっぽいですよ」
「うっ」
「正確には・・・・フォルダ単位でパスワードが掛けられている感じですね」
「セキュリティ対策の見本にしたいな」
 
「でしたら、社長、川上君に依頼して、このパソコンのデータ全部サルベージしてもらったらどうでしょう? 川上君、できる?」
と八雲さんが訊く。
 
「私が取り出せる範囲で良ければ」
「だったらそれ頼む。50万払うから」
「了解です」
 

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取り敢えずパソコンの中をチェックする。ステラジオOld,2015,2016と書かれたフォルダがあるので、青葉はまた難なく各々のパスワードを打ち込んでフォルダを開く。社長が感心している。
 
中を見ていくが、特に怪しい雰囲気のものは無い。
 
青葉は考えていた。
 
あれだけの妖怪が集まったということは、この部屋に何かがあるはずだ。そう簡単にあれだけ大量の妖怪は集まって来ない。青葉は目をつぶり、自分の存在を滅却して、その場の空気と一体になった。
 
この部屋の波動を感じ取る。それにシンクロする。
 

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青葉はふと目を開けると、本棚に立っていた《SR楽譜集》と書かれたファイルを取った。SRはステラジオのことだろう。Cubaseか何かで作ったスコア譜が多数ファイリングされている。
 
ファイルはごく普通のフラットファイルだ。国内大手メーカーの製品である。裏表紙に綴じ具が固定されているので、古いものが下、新しいものが上に来る。
 
青葉はそのいちばん下を見た。裏側の表紙が二重になっているのに気づく。
 
「これ外してみていいですか?」
「どうぞ」
 
楽譜を全部外し、その二重になっている裏表紙の1枚目を取り外すと、そこに1枚のピアノ譜があった。他のはプリントしたバンドスコアなのだが、これは手書きのピアノ譜である。そして譜面に1枚SDカードがセロテープで留めてある。ピアノ譜のタイトルの所にはSR-DSと書かれていて、SDカードにもSR-DSという同じ字が書かれている。おそらくはこの譜面を演奏したデータがこのカードに入っているのだろう。
 
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青葉はその先頭数小節を読もうとしたのだが・・読めなかった。
 
何だこれは!?
 
およそ「曲」とは思えなかったのである。
 
「この曲は聴いたことありません。未発表曲ですか?」
と青葉は尋ねた。
 
「見せて」
と言って八雲さんが楽譜を見る。八雲さんも数秒見ていたが首をひねる。
 
「この曲は見たことない。それにそもそも、これって曲だっけ?」
と八雲さんが言う。
 
「およそ普通の楽曲のスタイルを取ってませんよね」
「無調音楽っぽいね」
と社長もそれを眺めて言う。
 
「ちょっとそのSDカード聞いてみようか?たぶんこの譜面の演奏だよね」
「そう思います」
 
それで八雲さんは、そのSDカードを先ほど青葉が立ち上げたパソコンにセットしようとした。
 
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そこに青葉のスマホに着信があった。
 
「礼江さん、ちょっと待って」
と青葉は八雲さんを女性名で呼んで停めさせる。八雲さんは勘弁してよおという顔をしている。
 
着メロは『ワルキューレの騎行』で、千里姉からの着信を示している。
 
「はい」
「おっはよー。青葉、死んでない?」
などと千里は明るい。
 
「何とか生きてるけど」
「今凄く危険な曲を再生しようとしたでしょ?」
「よく分かるね」
 
「青葉と私は霊的につながっているから、青葉が危ない時は私もピクッとするよ」
「そちら、練習中だった?」
「練習試合中だけど、タイム要求した」
 
「この電話掛けるために!?」
と青葉がさすがに驚く。
 
「だってまだ青葉に死なれたら困るからさ。警告。その曲を再生したら、今そこの場にいる人全員、1分以内に死ぬから」
 
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え〜〜〜!?と青葉は思わず声をあげそうになったが、それで青葉はこの事件の原因が分かってしまった。
 
「その時の死因はね、各々本人が自分の健康に関していちばん不安を持っているものになると思う」
 
なるほどー! それでいきなり癌で死ぬ訳だ。
 
「青葉、譜面を数小節頭の中で読んでみたりしなかった?」
「ちょっと読んだ」
「それだけで寿命1年くらい短くなったから」
「うっ・・・」
「まあ青葉はあと50年くらい生きられた筈なんだけど、享年が1年短くなったね」
 
私、そんなに寿命が残っているのかなあと青葉は考えた。以前自分の寿命は50歳くらいと誰かに言われたことがある気がした。50歳で死ぬのなら余命は31-32年である。
 
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「あまり危ないことしてると、その内また寿命消費するよ」
 
「でもありがとう。助かった」
「じゃチャージドタイムアウトが終わるから。また」
「うん」
 

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千里との電話を切ってから青葉は言った。
 
「今のは私の姉弟子からの連絡です。私たちがこの曲を再生しようとしたのを察知して、やめろと電話を掛けてきました」
 
「凄いね!その姉弟子さん」
と春吉社長が驚く。
 
「数少ない瞬の字を持つ人のひとりです。それで、この曲を聞いたら、この場にいる人は全員1分以内に死ぬそうです」
 
「え〜〜〜〜!?」
とその場にいた全員が声をあげた。
 
「その時の死因は、各々本人が自分の健康に関していちばん不安を持っているものになるそうです」
と青葉。
 
「つまり一番弱い所を突くんだな」
と八雲さんが言うが、女声である。恐らく、あまりに驚いて、男声を使うのを忘れて女声になってしまったのだろう。しかも女声を使っていることに気付いていないふうである。
 
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